第166話 可能性の確定

「……生徒会長だと?」



驚愕する一方で、上部デッキにいたネクロマンサーの顔が引き攣った。



そ、そうだ……北学区の生徒会長って、確かその当時の最強クラスの実力者が担うはずじゃ……?



「――これでわかりますか」



そう言って、椿咲が自分の左腕に着けられた腕章に触れると、姿が変わった。


迷宮外での制服の変化!


間違いなく、僕たちの使っている生徒会の腕章と同じ効果があるものだ。


そしてその姿は……!



「パラディンだと!?」



ネクロマンサーが驚愕に声をあげた。


ナイト系の最上位職の一つ


全身に鎧を身に着け、そしてそれぞれに精巧な彫り物のようなものが施されている。


そして、前衛職としてその最大の特徴は……



「――エクスヒール」



椿咲が一度こちらを向いたかと思えば、僕とシャチホコの身体が淡い光に包まれた。



「傷が……!」

「きゅきゅう!」



僕の方の傷が、シャチホコの足の傷が瞬時に治る。


パラディン最大の特徴は、後衛職でしか使えないはずの回復魔法を、前衛でありながら使えるということ。


自己修復能力のある強力なタンク


壁役としては、間違いなく至高の存在だ。



「兄さん」


「え……あ、えっと……う、うん」



現状がうまく飲み込めないせいか困惑する。


頭では理解してるつもりだけど、現状だと椿咲の方が年上なわけで、そんな相手から兄と言われるのはなんかこう、違和感が……


そんな僕に、椿咲は優しく微笑む。



「守ってくれて、ありがとう」


「え?」


「あの時、ちゃんと言えなかったから。


兄さんにとっては……すぐ後のことだけど……私にとっては三年前のこと。


兄さんの言葉に従って、私は逃げるしかなくて……そして……兄さんが殺されるのをこの目で見た」



そう言って、椿咲は自分の胸に手を当てる。



「だから、ちゃんと返すから」



椿咲は優しく微笑んで、そして前を向き直す。



「この力で、今度は私が守るから」



そう言って椿咲が構えた武器が変化を見せる。


バックラー程度の大きさしかなかった盾は淵の部分が展開し、そこから光があふれて面積を広げた。


右手に持ったメイスも、輝き始めた。



「おいおいおいおい……嘘だろおい……!」



それを見て焦りだすネクロマンサー



「氷河エリアの精霊結晶だと……!」



僕たちもまだ行ってない、50層以降にある氷河エリア……その武器を持っているってことは、椿咲はもうそこまで行っているのか?



「今なら見逃してあげますよ?」



先ほどとは逆に、勝ち誇ったような言葉を発する椿咲


そんな挑発を返され、ネクロマンサーの形相を険しくして歯を見せた。



「調子乗ってんじゃねぇぞアマ!


どんだけ強い武器持ってようが、所詮テメェ一人で何ができる!!」



ネクロマンサーがその手に学生証を持ったかと思えば大量の死体が出現した。


どれも強力そうな武器を持っている。


そしてその数も多いが……



「――遅い」



メイスを振るう。


いつの間にか、椿咲が敵との距離を詰めていた。


そして、たったの一薙ぎ


それだけで四人以上が海へと吹っ飛ばされた。



「……なっ――く、殺せ!!!!」



先手を取られたが即座にネクロマンサーが命令を下して死体が動く。


縦横無尽、それこそあらゆる方向からの攻撃が椿咲に向かう。



「椿咲!」



いくら何でもあれは避け切れない。


そう思って叫んでしまったのだが……



「生存強想Lv6 闇立也振アンタッチャブル



その姿が黒く変わった。


全ての攻撃を受けたと思ったはずの椿咲はそこに平然と立っていた。


そして姿が一瞬で戻ったかと思えば、メイスを振るって周囲にいた死体を薙ぎ払う。



「物理透過……!」



ドラゴンが見せた芸当と同じ効果があるスキルなのか!



「くっ! だったら、そのザコの兄さまを取られたらどうだ!!」



勝ち誇ったような声で言い放つネクロマンサー


そうだ、まだ僕の手に鞭が…………って、あれ?



「解けてる……?」


「なっ!?」



何しても外れなかった金属製のワイヤーで作られた鞭


それが今、僕の手からほどけていて、よく見れば途中で切れていたのだ。



「そんなわかりやすいもの、わざわざ放っておくはずないでしょ」



淡泊にそう言いながらメイスを振るい、さらに周囲の敵をなぎ倒して次々と海へと吹っ飛ばす。



「だったら!」



上部デッキに別の遺体が出現する。


それは弓矢を構えて、狙いは……僕だ。



「くっ!」



ここで足手まといになって堪るかと身構える。


そして、引き絞られた弓が放たれ――――



「生存強想Lv4 素立無場居スタンバイ



視界が一瞬変わったかと思えば、僕の目の前には椿咲がいた。



「え……」



周囲を見回せば、おそらく先ほどまで僕が立っていたであろう場所には矢が刺さっている。



「転移……?」


「特性共有の相手を任意で近くに引き寄せたり、近くに転移するスキルだよ」



そう説明してくれながら、椿咲は周囲にいた遺体をほとんで海へと吹っ飛ばした。


今も大荒れしている海


そこに投げ出されたら最後、とても戻ってこられそうにない。



「ふ、ふざけんな、なんだそりゃ!!


このザコどもちゃんと殺せっていったら殺しやがれ!!」



自分で操っているはずなのにそんな無茶苦茶なことを言い出すネクロマンサー



「無駄です」



迫り来る攻撃を盾で受け止め、そして間合いを詰めてメイスで思い切り殴る。



「――英里佳先輩の攻撃の方が、ずっと重い」



そう言って、斧を振るう死体の攻撃を盾で受け止める。



「――詩織先輩の立ち回りの方が、もっと上手い」



背後に回り込もうとしてくるシーフ系の職業の死体を、見もしないで後ろ手にメイスを振るって吹っ飛ばす。



「――紗々芽先輩の方が、圧倒的にズルかった」



突然床を殴ったかと思えば、床を這って迫っていた鎖を砕く。



「いくら操る死体が一流の実力者でも、あなたじゃ彼らの力を十全に引き出せない。


――生存強想Lv5 刃羅怒衝守パラドックス



椿咲の身体が光を纏う。


かと思えば、今までよりもさらに動きが早まった。



次々と現れる死体を、簡単に薙ぎ払って海へと吹っ飛ばす。



「不利な状況になるほどに能力値を強化するスキル。


――兄さんが私にくれた能力の中で一番攻撃的なスキルです」


「僕が……椿咲に与えた?」



どういうことかと不思議に思っていると、椿咲は僕に優し気に微笑む。



「三年前のあの時……いいえ、先ほどまで、本来なら兄さんのスキルが発動してたところなんです。


恩恵贈呈ギフトの発展形……共存共栄Lv3 能力贈呈プレゼント


その力で兄さんは、私にユニークスキル“生存強想”のすべて……その未来の可能性まで与えてくれたんです」


「ユニークスキルの、贈呈……」



……え、ってことは、今見た椿咲のスキルって、僕が能力を伸ばせばいずれ使えるようになるスキルってことなのか!



「ペラペラしゃべってんじゃねぇぞ!!」



ネクロマンサーの声


激しく苛立っているのがわかる。



「だったら、これでどうだ!!」



何をしたかと思えば、突如腐臭が周囲に充満した。


僕だけでなく椿咲も、そしていつの間にか足元にやってきていたシャチホコまで酷い悪臭に顔をしかめる。



「俺の本気の、最高傑作だ!」



そして、僕たちの前に現れたのは……異形の死体だった。



「これは……」



前にどっかの漫画とかで見た覚えがある。


こういう……継ぎ接ぎの死体の呼び名は……



「フランケンシュタインの、怪物」



「ベルセルクの頭、ロイヤルナイトの胴体、ソードダンサーの腕……それをベースに背中にアークウィザードの頭に、前衛職の腕をつけた。


どうだ! こいつはさっきまでの暗殺用の死体とは桁が違うぞ!」



命の冒涜とは、このことか


複数の学生の、強力な部位を人形みたいにくっつけ、縫い付け、不要と考えた部分は捨て去ったその姿は、見ているだけで心が軋みそうになる。


あまりにも、あまりにも惨いその姿に僕は目を逸らしたくなったが……



の悪趣味な人形ですね」



椿咲は、まるで以前にも見たことがあるかのような声でその怪物を評した。



「……何言ってやがる?


これは今まで、誰にも見せたことはねぇ!


蛇の奴だって、こいつは知らねぇんだぞ!」


「今回の事件を経験した私が……今に至る三年間であなたをそのまま取り逃がすと本気で思っているんですか?」



奥の手を切って優位に立ったと思っていたネクロマンサーが、目に見えて慌てだす。



「その怪物は、二年前に私があなたを捕縛した際に倒しました」



その眼に、言葉に、仕草に、恐怖はない。



「むしろ、あの時より弱そうですね。


あの時はもっと改造されてましたから……これならすぐに倒せそうです」


「っ、~~っ、そんなはったりが!


やれ、殺せ、踏みつぶして食い殺して、そのままお前も部品にしてやるよぉ!!!!」


『――――ァァア』



ネクロマンサーの言葉に、怪物が動き出す。


歩くたびに、体の継ぎ接ぎ部分から血が噴出し、痛々しい。



「今、解放してあげますからね――Lv7、Lv8」



ゆっくりと歩き始める椿咲


無防備に見えるほど、自然に近づいていく。



『ゥぅうううううううううううああああ!』



怪物がその手に巨大な武器を出し、思い切り振り下ろそうとする。



「椿咲!!」



避けようともせず、そのままただ歩くだけの姿に思わず叫んでしまった。


だが僕の声が聞こえていないのか、椿咲はその剣を避けようともせず、そして――



――バキンッ!!!!



椿咲に当たったはずの剣が、砕けた。



加有無絶吾カウンター


もうあなたの攻撃は私に届きません」


『ああああああああああああああああアア!!』



怪物が声を発しながら殴り、蹴り、掴み、そして背中の頭も声を発したかと思えば炎も発したが……そのすべてがまるで椿咲に通じていない。


それどころか、攻撃しているはずの怪物がダメージを受けている。


生存強想


生きること、生き残ること、それに特化したはずのスキルが……ここまで圧倒的に機能するものなのかと僕は唖然とした。



「――なら、これでどうだ!」


「っ――しまっ!?」

「きゅきゅ!?」



背後から声が聞こえてきて、見ればそこにはネクロマンサーが、なぜか戒斗みたいなマントを纏った姿に変化していた。


まさか、消音スキル!


それでシャチホコも反応できなかったのか!?


僕はもちろん、シャチホコも対応が遅れた。


ネクロマンサーの手にはナイフが握られており、それを僕に向けて突き出そうとしてきた。



「大丈夫、兄さんはもう絶対に死なないよ」



振り返った僕に、椿咲は穏やかな声でそう告げた。



「だってもう――ここに来るから」



すべてを見通したような、そして安心しきった声だ。



「――死ねぇ!!!!」



片目の潰されたネクロマンサーが、その手にナイフを持って僕に迫った。


だが、それは真横から飛び出してきた何かが弾く。



「がはっ!?」



そして、接近していたネクロマンサーまで吹き飛ばされて、僕の目の前に二つの小さな影が着地した。



「ぎゅぎゅ」

「きゅるる」


日時世夢ビジョン


兄さんが死ななないって未来が、もう確定したんだよ。


ここから先は、もう私の未来じゃない。兄さんの未来なの」



未来視のスキル


本来ノルンしか持たないと言われる、その力で、椿咲はこの光景をすでに見ていたんだ。



「ギンシャリ、ワサビ!」

「きゅきゅう!」



僕の目の前に姿を現したのは、見るからに成長した二匹のエンペラビット


……いや、もしかしたらもう別種族かもしれない。


ギンシャリは毛皮の色が赤茶色っぽくなり、手足がとても太くなっていて、可愛いというよりたくましい姿になっている。


一方のワサビは、毛皮がうっすらと緑っぽく白で、なんか前より細くなっていて綺麗な印象があり、しぐさがなんか気品がある。



「ドワーフラビットと、エルフラビット


稲生会長が、そう名付けた新しい種族


そして……私の知る限り、対人戦で最強の迷宮生物だよ。


私、その子たちに一度も勝てたことないもん」



「――――――――――ああ、ぁ」



ずしんと、船が揺れる。


振り返れば、怪物が倒れていた。


……え、ちょっと目を離した隙に勝っちゃったの?



「そんな、馬鹿な……こんな、ふざけたことが……あって、あって堪るか……!」



近くの壁に寄りかかりながらゆっくりと立ち上がるネクロマンサー


そして学生証をその手に持つ。


また死体を呼び出す気か。



「シャチホコ」

「きゅう!」


「ギンシャリ」

「ぎゅぎゅう!」


「ワサビ」

「きゅるるるん!」



僕の声に、三匹のウサギが答える。



「完封しろ!!」



もうこれ以上、好き勝手はさせない。

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