第105話 忘れてたわけじゃないよ!

創太郎さんとの会談後、彼は夕方にはクルーザーで学園から本島に戻るということで、他にも面会の予定があるため僕たちは退席することになった。



「ごめん、今は一人になりたいから……」



英里佳はそう言って、車にも乗らずに歩いて行ってしまった。



「何やってんのよ?」

「何してんスか?」

「何がしたいの?」



車に乗り、帰る道中で僕が受けた言葉である。


ちなみに会津先輩と瑠璃先輩は警備があるということで迎賓館の方に残っている。



「うん……なんか、完全に失言でした、ごめんなさい」



英里佳のトラウマスイッチ完全に入れた。


地雷の起爆スイッチ思い切り踏み抜いた。


そう自覚してしまっているので僕はただひたすら頭を抱える。



「お前さぁ、ぶっちゃけ榎並さんのブレーキというか、安全装置みたいな立場なんスよ?


そのお前がアクセル吹かしてどうするスか? 暴走以外にどんな結末があるんスか?」


「戒斗、冷静になりなさい。基本英里佳よりこいつの方が暴走してる頻度高いわよ」


「というか歌丸くん、基本的にみんなで見張ってないと暴走以外何もしてないよね」


「ああ、確かにそうだったッス」



僕の普段の行動ぼろくそ言われすぎな上に信頼度がほとんど無ぇ。



「とにかく、英里佳にこれまで以上に気を遣ってあげなさいよ。


なんだかんだで英里佳が一番気を許してるのってあんたなんだから」


「はい……本当に気をつけます」


「まぁ、でもそこまで心配はしなくてもいいんじゃないッスか?


榎並さんも別に馬鹿じゃないわけだし……流石にすぐに学長に喧嘩売るような真似はしないッスよ。


それに今までのことも考えれば、無茶なこととかするようには思えないッス」



……まぁ、戒斗の言う通り、流石に英里佳も入学式の時みたいなとんでもない行動を今さらになってやるとは思えない。


明日になったらひとまず気も落ち着いているのかな……



「だったらいいんだけど……」



窓の外を眺めながら、紗々芽さんがそんなことを呟く。


あの、なんかそのリアクションってフラグっぽいんでやめて下さい……



まぁ結局、その日は僕たちもどこかに集まって遊びに行くって雰囲気でもなかったわけで、それぞれの寮に戻って解散となる。


部屋に戻った僕は、ひとまずこれまでの授業内容をおさらいすることにした


部屋の中で一人、ただ黙々と勉強を進めていく。



「……榎並勇吾、か」



ふと、勉強の手が止まってそんなことを呟いた。


英里佳のお父さんの強さは、たぶん現段階で僕たちチーム天守閣が一丸となっても及ばないほどの実力だろう。


それでも、彼は死んだ。


その上で、彼を倒したと思われる学長に、本当に僕たちは卒業までに倒す力を身に着けることができるのだろうか?


漠然とした不安が襲ってくる。


なんだか集中ができない。



「……よし、寝よう」



どうせ今日はもともと休む予定だったのだし、別にいいだろうと僕はジャージに着替えてベッドにもぐりこむのであった。



―――――

――――――――

―――――――――――




どれくらい時間が立ったか。


ふと目が覚めた。


意識覚醒アウェアーが発動したのだ。


何事かと思って周囲を見回すと、学生証が光っていた。


すぐさま手を伸ばすと、通信が入っている。



「はい、もしもし歌丸です」


『…………歌丸くん』


「あれ、英里佳、どうかしたの?」



ついさっき別れたのでは、と思ったが部屋が異様に暗い。


時計を見ればもう7時を過ぎていた。


おぉ……どうやら軽いお昼寝気分で半日は熟睡していたらしい。



『ちょっと話したいことがあるんだけど……今、いい?』


「今から?」


もう夜は遅い。


迷宮攻略が活発な北学区だから寮に門限みたいなもんはないが、流石にこの時間から出歩くのはあまり関心されることではない。



『駄目、かな?』


「ううん、いいよ。どこいるの?」



創太郎さんと話したときのこともあるし、詩織さんが言ったように英里佳が僕を頼りにしているのなら彼女からの誘いを僕が断るわけがない。



『えっと……窓、開けてもらえる』


「……窓?」



一体なんだろうかと思うと、コンコンと窓が軽く叩かれた音がした。



「……まさか」



僕はベッドからすぐに出て、窓の方へ向かってカーテンを開いた。


そこにいたのは、学生証を耳に当てた状態で、狂狼変化ルー・ガルーを使用した姿の英里佳が窓のすぐ外にいたのだ。



「その、入ってもいいかな?」

『その、入ってもいいかな?』



目の前で話す英里佳の声とほんの少しだけ遅れて聞こえてくる学生証からの声が、重なって聞こえてきた。


スキルの効果で寝ぼけるはずなどないのだが、この時僕は、スキルの効果以上に、眠気が一気に吹っ飛んだ気がした。





ひとまず、英里佳をそのままにしておくわけにはいかずにべランドの窓を開けて英里佳を中に招く。


部屋に入ったとき、英里佳はスキルを解除して元の耳に戻っていた。



「ど、どうぞ……何もないところですが」


「お邪魔します」



明かりをつけ、部屋に備え付けられている小型の冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを持っていく。



「これくらいしかないけど、よかったらどうぞ」


「ううん。そんなことないよ、ありがとう。


私こそいきなり押しかけてごめんね」



部屋の中にある小さなテーブルをはさんで僕と英里佳は向かい合う。


……あ、あれ、よく考えたら自分の部屋に女子を入れたのって、母さんと妹除いて人生初じゃないかな?


病室とかで二人っきりってのはあったけど、自室に変わるとなんかそれはそれで緊張するな。



「ん、んんっ……それで、急にどうしたの?」



英里佳は出されたオレンジジュースには手を付けず、静かにうつむいている。


おそらくこの場に来たのは、創太郎さんの話で言っていた英里佳のお父さんに関連した話なのだろうか?



「改めて、歌丸くんにこんなことを質問するのは失礼かもしれないって思ったけど……どうしても確認したいことがあった」


「うん、何?」


「――私は、あのドラゴンを殺したい」


「……うん、知ってる」



あの月夜の晩


僕が、彼女と一緒に建てた目標であり、今の僕たちを突き動かすもの


ドラゴン殺し


僕たちは今、それを目指して毎日を励んでいる。



「歌丸くんは今も、私の復讐に協力してくれる?」


「もちろん。


君と約束したあの日から、僕は君と一緒にドラゴンを倒すって決めたんだ。


英里佳が諦めない限り、僕もあいつを倒すことを諦めることはないよ」



その気持ちは一切揺らぐことはない。


だから素直に、僕はその気持ちを伝える。


すると、英里佳は安心したように表情が和らいだ。



「よかった……そんなことないってわかっていたけど、断られたらってちょっと不安だったんだ」


「大丈夫、僕は英里佳の味方だよ。


もしかして、今の確認のためだけにここに来たの?」


「あ、ううん、確認したいって気持ちはあったけど……本題は別にあるの」



英里佳が真剣な表情を見せるので、僕もまじめに彼女の次の言葉を待つ。



「歌丸くん」


「うん」


「私と」


「うんうん」


「一緒に生活して欲しいの」


「………………え?」



歌丸連理、16歳


いきなり同級生の女の子からとんでもないことを言われました。



「…………すぅ……はぁ…………あの、英里佳、それってどういう意味?」


「え? 言葉通りだけど……」


「僕と」


「うん」


「君が」


「うんうん」


「一緒に生活をする」


「そうだよ」


「………………え、僕今、プロポーズされてるの?」


「え………………」


「え……」


「え……」


「え」「え」



無意味にえ、を交互に言い合う。


そして沈黙することさらに数秒



「――――え、あ、ち、ちがっ、今のはそういう意味じゃなくて、あの、違くて!!」



英里佳が顔を真っ赤にして、激しく首や手を大きく振る。



「おーけー、わかった、何か思いつめた末に妙な言い方になったんだね、そうなんだね。


分かったから少し声押さえて、ここ男子寮、女子がいるってばれたら大騒ぎになるから」



まぁ、どうせそんなことだろうとは思っていたので僕の方は驚きはそれほどでもない。


……うん、別に期待とか本当に、まったく、ほんのちょっぴりしかしてなかったから全然ショックなんて受けてないんだからねっ!



「まぁジュースでも飲んで一回落ち着いて」


「ご、ごめん……」



出されたジュースにようやく口をつけ、ごくごくと飲む。


僕も一口飲んで喉を潤す。



「それで、どうしてそんな急に珍妙な回答に至ったの?」


「う、うん……その……私に今、一番足りないものはなんだろうって、あの後ずっと考えたの」


「英里佳に足りないもの?」



……あるのか、それ?


身長とか、発育とかではないよね、この場合。


言ったらセクハラだから絶対に言わないけどね、特に後者。


英里佳が言っているのは、戦う上でのものだろう。


だが、英里佳の現時点での戦闘力は基本的に僕が一緒にいれば狂狼変化とレイドウェポンで三年生相手でも引けを取らない実力者だ。


パワー、スピード、テクニック、あらゆる面で誰よりも秀でている英里佳は、一年生最強と言っても過言ではない。


そのうえで彼女に今足りないもの、ドラゴンと戦う上で足りないものがあるとすれば……



「……もしかして、物理無効スキル?」


「うん」



やはりか。


ドラゴンを倒すうえでの大前提となるスキル


これを現在使えるのは僕のパートナーであるエンペラビットたちだけだ。


物理的に頑丈な上に、透過して物理的な干渉も無視してしまうドラゴンに対して唯一攻撃ができる物理無効スキル


これを入手するためには人類未踏の迷宮100層にたどり着くか、もしくは……



「僕の“適応する人類ホモ・アディクェイション”を英里佳に発動させる……というのが目的でさっきのことを言い出したってことでいいのかな?」



より正確に言えば“共存共栄 Lev.2 恩恵贈呈ギフト”を発動させるということなのだろうが……



「うん」


「…………それがどうして一緒に生活することにつながるの?


スキルの発動する条件って、今のところわかっているのは四回死にかけることと、僕が誰かを命がけで助けようとする時ってことだよ?」



まぁ、正確に言うとまだ条件が不明なものがある。


この間学生証でスキルを確認したら発動条件に“?”の項目が追加されていた。


まだいくつか発動条件があるようだが、結局はわからないのであまり当てにはできない。



「そうなんだけど、歌丸君のスキルが他の人に発動したときって基本的に二人っきりの状況が長く続いている時だよね?


詩織の時も、紗々芽ちゃんの時も、一緒にいる時間が長い時に発動してる」


「まぁ、言われてみればそうだけど……」



恩恵贈呈ギフトが発動したとき、確かに僕の身近にいた人が対象だった。



「英里佳の言いたいことは分かったけど……でも正直僕のスキルってくじ引きみたいなものだよ。


効果は発動するまでわからないし、現に紗々芽さんの時とかあの状況ではたまたまいい方向に作用したけど、僕個人にとってはかなり外れスキルを紗々芽さん覚えちゃったし。


そう都合よく物理無効スキルが手に入るとは思えない」


現に、今まで僕のスキルで獲得したものに物理無効関連のものは詩織さんの騎士回生Re:Knightのみだ。


シャチホコの物理無効スキルは自前のものであり、アドバンスカードでそれを発揮したものなので僕のスキルは関係ない。


つまり、僕のスキルで物理無効スキルそのものを獲得したことは今まで一度としてないのだ。



「それでも、歌丸くんと一緒にいれば手に入る確率は確実に上がると思う。


仮に手に入らなかったとしても、私は強くなれる。


そうすればその分だけ、確実に物理無効の攻撃手段が手に入る100層に近づくはずだよ」


「うーん……」



正論だ。


確かに、紗々芽さんのスキルについてはちょっと除外するが、今のところ僕が手に入れたスキルはどれも有効なものだ。


学長を倒すうえで100層到達は必要不可欠だとは思っているし、それを短縮するためにスキルを欲するというのもわかる。


運が良ければそれで物理無効スキルも手に入る。英里佳としての本命はそっちだけど、全体的にどっちに転んでも英里佳は損しないし、僕たちのパーティとしてもむしろプラス要素ばかりだ。



「……わかった。


僕もスキルについては完全に把握してるわけじゃないし、もしかしたらそれで新しいスキル発動条件もわかるかもしれない。


英里佳の提案に乗るよ」


「本当? ありがとうっ」


「いや、僕にとってもプラスだし。


で、一緒に生活するって具体的にどうするの?


普段から割と一緒にいるけど……」



朝のジョギングでも割と会ってる。


登校は別だけど、学校では一緒だし、昼休みもみんなと一緒だ。


放課後とか迷宮探索で一緒だし、そのあと夕食も一緒によく食べる。



…………あれ、もう普段から一日の大半は一緒にいるよね?



「うん、それなんだけどね……私、今日からこの部屋に住もうと思って」


「……ん?」



今、なんて言った?


創太郎さんの話に続き、今日何度目になるかわからない思考停止


一体今日だけでどれだけ頭の中真っ白になってるんだろうね僕。



「あ、荷物とかはもう学生証に入れて持ってきてるから大丈夫だよ」



「いやちょっと待って」



「どうしたの?」



「どうしたのって……それ、僕のセリフ。


英里佳どうしたの? いくらなんでもどうしたの?」



「え、だって歌丸くんのスキルを発動させるために一緒にいる時間を伸ばそうと思って」



「限度ってものがあると思うんだ、いくらなんでも」



そんな不思議そうに小首をかしげられても……え、僕だけ?


僕だけこんなに困惑してるの?


おかしいの僕だけなの?


僕の心が汚れているからこんなに困惑してるの?


それとも僕って男として全く英里佳から認識されていないってことなの?


あ、いや、英里佳のことは恋愛対象として意識しないようにとは決めましたけどね、そういう風に認識されるのはそれはそれで傷つくというか、いやでも僕の方で意識しないと決めてるのにそういう風に見られたいっていうのはちょっとわがままな感じがするような、いやでもやっぱりそういうの考えないほうがいいのかな、というかそれを抜きにしても思春期の男女が一つ屋根の下……いや寮だけど、同じ空間で寝泊まりするのはいくら何でも不健全というか、兄妹であってもそういうのはない思うわけでいやしかし――――……



「歌丸くん」



英里佳の両手が伸びてきて、机の上に置いていた僕の手を握る。



「お願い、力を貸して」


「えっ……あの、だけど……」


「歌丸くん、協力してくれるって言ってくれたよ?」


「うっ」



それを言われると、ちょっと反論しづらいというか……


いや、だが、だが…………









「それじゃあ、とりあえずシャワー借りるね」


「……どうぞ」




笑いたければ笑うがいい。


そうです、許可しました。


思い切り僕が負けました。






パタンと、扉一枚隔てた洗面所で榎並英里佳は一人になり、洗面台の鏡の前に立つ。



「………………ど、どうしよう」



そして考える。


――勢いって、怖い。


最初にこの部屋に訪ねてきたときの極端な思考は、実を言えば歌丸から冷静に指摘を受けた時点でもう戻っていたのだ。


――だが、スキルが欲しいのはまた事実。


――いやいやしかし、いくら何でも家族でもない男女が一つの部屋で泊まるのは……


――歌丸君なら別にいいんじゃないかな?


――いやいやいやいや、別にそういう下心があるとかじゃないし、それじゃあまるで自分が淫乱じゃないか!


――あ、なら逆に問題はないな!! 下心が一切ないんだから!!!!



…………と、いう具合に思考が空回りから転倒した末の一回転半を極めて逆走。


冷静になったがゆえに状況を正しく理解して、その状況を飲み込み切れずに暴走をした末の結果が今である。



「あ……ぁああああ……!」



声は極力抑えて、頭を抱える英里佳。


わかっているのだ、自分が「やっぱりいいや」的なことを言えばすぐに現状を打破できると。


しかし、良くも悪くも英里佳にはれっきとした日本人としての血が流れている。


そう、という見えない不思議な力を感じ、そして逃れることができない性分なのだ!


まして自分の口で招いてしまったこの事態を今さら自分で取りやめるなんてどうしてできるのだろうか? いや、できない!!


だってこの子、性根はヘタレてるから!!!!


フィジカルの面はパーティ内で最強


だが精神的な打たれ弱さはパーティ随一


それが榎並英里佳!



「こういう時は……こういう時は……!」



必死に考えて考えて、こういう時どうすべきかを考えて……!



「明日、紗々芽ちゃんに相談しよう」



他人任せにするのであった。


紗々芽ならばうまく場の空気を乱すことなく、この空回りの末にこんがらがった状況を解きほぐしてくれるに違いない。


そう淡い期待を抱いて思考停止する英里佳ヘタレなのである。










また、その結果のネタバレとなるが……








――皆さん、彼女たちが昨日、西学区のカフェでどんな内容の会話をしたのか、覚えているだろうか?








つまり、そういうことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る