第24話 ドロケイ試験① 初手ブッパは基本

地下施設には転移のための魔法陣が常設されていて、そこから僕たちは一気に第10層にやってきた。


学校のルール的には本来ここまで来ては駄目なのだが、今回は試験ということで特別だ。


そしてこの第10層は北学区の生徒たちにとっては一つの節目でもある。


迷宮はだいたい10層、20層、30層と10ずつに安全区画と呼ばれる場所がある。


この場所に限って迷宮の構造が変化する迷宮変性ディジェネレイトは起きない上に、迷宮生物モンスターも近づいてこない。


それに加えて転移用の魔法陣もあり、一度到達さえしてしまえば前線基地や先ほどの生徒会の所有する施設にある魔法陣によってショートカットでそこから攻略ができるようになるのだ。



そしてやって来た第10層。



安全地帯と呼ばれる場所にあったのは、森だった。



「……ここ、地下ですよね?」

「きゅー」



周囲を見回し、そして異様に明るい天井を見上げてそんなことを呟いてしまう。


シャチホコは特に興味なさそうな感じから、このあたりのことは良く知ってるらしい。



「ああ、迷宮の上層は第9層までは建築物っぽいんだが、10層から先はなぜか森なんだよな。


天井全体が光ってて明るいんだが、どうも外の時間と同期してるみたいで夜になると森全体が暗くなる。


上の層は朝だろうと夜だろうと明るさは一定だったが、ここから先は時間の変化も顕著になるんだ」


「へぇ……」



下村先輩の説明に僕は感嘆しながら周囲を見回す。



「俺たちはこのあたりを“森林エリア”って呼んでるな」


「森なのに迷なんですか?」


「ああ、言いたいことはわかるが……まぁ、時間によって変化はするが森の中にちゃんとした道があって、森が遮蔽物となって迷宮、というよりは迷路の役割をしている。


一応道を逸れて森の中に入っていくこともできるが大抵は迷宮生物が潜んでいたり、落とし穴とか毒を持つ虫が潜んでいるからよっぽどのことが無い限りは道順に進むぞ」


「へぇ」


「あともっと深くに行くと雪原とか砂漠とかただただだだっ広い空間に放り出される時がたまにあるぞ。そういう時は歩いて一分もしないところに次の層への通じる階段とか洞窟とかがある」


「それはもはや迷う要素すらありませんよね?」


「だがそういう時には必ずといって良いほどとんでもなく強い迷宮生物モンスターが待機してるんだよなぁ。


あ、そういうのをみんなエリアボスって呼んでるぞ」


「ランダムで出現するボスって質悪いっすね」



ゲームでも最悪なのに、現実でそんな事態に遭遇したら怖すぎる。



「それにしても……人いないですね」



第10層には人気はほとんどない。


一応近くで休んでいる者たちがチラホラ見えるのだが、前線基地ベースと比べるとかなり閑散としている。



「基本的に北学区の生徒は1年のうちに平均で30層以上は行っている。強い奴なら3年に混ざって50層あたりにいるぞ。


おそらく他の学区の連中だろ」


「へぇ……」



下村先輩の言葉を受けて改めてこのあたりにいる生徒の様子を見て、よく見ると僕たちの制服と肩当たりにある装飾のラインの色合いが異なるのに気づいた。


たしかこの学園の制服はネクタイの色で学年が、制服の装飾の色合いで学区を区別しているんだっけ。


北学区は黒、東学区が青、南が赤、西が白だった。


彼らの色合いは白だから……西の商業施設の学生かな。



「俺たち北学区の生徒は卒業する場合最低でも50層への到達が条件だが、他の学区は20層まで到達できればあとは攻略義務がなくなるし……気楽なもんだろうよ」



卒業するために50層か……なんか今の段階だと果てしないように思えてしまうけど……頑張らないとな。



「ほら男子コンビー、そろそろ始めるから移動するよー」


「あ、はい」



瑠璃先輩に呼ばれてるのでそちらに赴こうとした時だ。


下村先輩が突然僕の肩に手を置いた。



「歌丸、同じ男子のよしみで忠告しておく」


「え、あ、はい」


「あいつ、まともじゃないから気をつけろよ」


「え?」



どういうことなんだろうかと首を傾げる間に先に行ってしまう。


僕はどういうことなのかと思いながらもその言葉を頭の隅にいれておく。



「はい、それじゃあ今から泥棒チームは森の中へ逃げてね~


あ、安全区画の森の中には迷宮生物モンスターは出てこないけど、毒を持ってる虫とか蛇とかはいるから気を付けてね」


「普通の生物もいるんですか、ここ?」


「あ、うん。何年か前に島外から持ち込んだのが逃げてそのまま繁殖したんだって。


まぁ、中には迷宮の中で変な進化して迷宮生物化した奴もいるけど……まぁ即死するような毒じゃないし、この学園の回復魔法なら即死以外は大抵治るからへーきへーき。


それにバッジがあるから仮に毒を受けても守ってもらえるから無問題だよ。あ、当然その場合も失格ね」



バッジすげぇ。


攻撃だけでなく毒まで防ぐとか万能すぎるでしょこのバッジ。



「で、ここが牢屋ね」



瑠璃先輩は学生証をフリックして杖を出現させ、その杖の石突部分で地面に円を描く。


そしてご丁寧に「ろーや♡」と描く。


なんて適当。



「それじゃスタートね」



そういって、杖を僕の方に向けた。



「え」


「――ブレイズ・セラフィム」


「え」



思わず同じ音を口から2度出してしまう。


そんな僕の目の前に唐突に出現する巨大な火の巨人――いや、天使?


翼の生えた女性を模したその炎は、その手に巨大な剣を持っていた。



「歌丸くんっ!!」



視界が突如反転し、衝撃で頭が揺れたときに僕はようやく英里佳から突き飛ばされたことを理解し、揺れる視界の中で天使がその剣を振るったのを見た。


そしてやって来た爆音と熱波が襲ってきた。



「うわああああああああああああああああああ――――!!」



自分の声すら聞こえなくなるが、目だけはどうにか閉じずにいた僕は、天使の剣から発生して迫りくる炎から物凄い速さで遠ざかったのを感じた。



「は、ぁ……はぁ、はぁ……!」


「歌丸くん、大丈夫?」


「あ、う、うん、おかげさまで……ありがとう」



僕は英里佳に担がれた状態であることに気づく。


そして見てみると英里佳はすでに狂狼変化ルー・ガルーを使用していた。



「やっぱり性格悪いわね――あんた」


「おっとっと、ヒロにゃんこわーい」



追撃が来ないと思ったら、栗原先輩がその手に二振りの曲刀をもって瑠璃先輩に攻撃を仕掛けていた。


だが、瑠璃先輩はそれを回避し、杖を向けて魔法を発動させる。



「ライトニング」



視界が光ったかと思えば、次の瞬間杖の向けた延長線上にあった樹木の皮が焼け焦げていた。


え……いや、今……まったく見えなかったんだけど。



「雷属性の初級魔法……当たっても痺れる程度で済むけど速度は本物の雷と同等だって」


「そんなの避けるの無理じゃんっ!?」


「そうでもないみたいだよ、ほら」


「え?」



促されて見てみると、栗原先輩はすかさず前進していた。


え、いや嘘、まさか今の完全に避けてたの。



「攻撃は速くても、打ち出すのは杖を向けた方向に限定されている。


だから、杖さえよく見ていれば栗原先輩くらいなら簡単に回避できるみたい」


「へぇー」



いや、もう本当に「へぇー」だよ。


それしか言えない。


英里佳ならなんかできそうな感じだったけど、僕はそれすらできそうにないし。


というか、そうこうするうちに栗原先輩が一気に間合いを詰めて、そのまま剣を振れば瑠璃先輩に当たる。



「はぁ!!」



その時、三上さんが前に出て来てその盾で栗原先輩の攻撃を防ぐ。



「紗々芽!!」


「は、はい! 範囲拡大スプレッド!」



唖然としていた苅澤さんだったが、三上さんからの支持で即座に付与魔法エンチャントを発動し、三上さんの手にある剣がぼんやりと光を帯びた。



「はぁ!」



すかさず振られる剣。


その瞬間、まるで遠心力で伸びるゴムのように光が剣の延長した刃となった。


これが範囲拡大の付与の効果だ。その長さはおよそ通常時の2倍。


初見だったら英里佳も避けられないと述べていたその急激な間合いの変化。


しかし栗原先輩は剣が振られる前にその場から大きく後ろに飛んで回避した。



「反応早いわね」


「私は前衛なので、瑠璃先輩を守るのが仕事です」


「ふぅん…………あなたなかなか良いわね」



栗原先輩が好戦的な笑みを浮かべ、三上さんも武器を構えて睨むが――



「――フレイム・レイン!」



「あ、馬鹿! 森でそんなの使うな!」


「え? あ、やべっ」



下村先輩が叫び、瑠璃先輩がはっとした表情を見せたがもう遅い。


既に魔法は発動し、上方に広範囲に魔法陣が展開されたかと思えば、そこから文字通り雨のように火球が降り注いできた。



「榎並、歌丸つれて逃げろ!」


「は、はいっ!」

「どわぁ!?」



すでに走り出していた下村先輩の叫びを聞いて僕を抱えたまま英里佳が走り出す。


僕は首だけを動かして後方を見ると、栗原先輩はもちろん、三上さんや苅澤さんも大慌てだった。


栗原先輩はとにかくその場から離れようと大急ぎで近くの藪に入っていくが、上級から降り注ぐ火球が森の木々を燃やし始めている。



「大火事になる前に消火消火っと……えーっと……


あ、二人ともこっちこっち、魔法陣の内側に来てねぇ~」


「は、はい!」「わかりました!」



杖を地面に刺したかと思えば、そこから魔法陣が展開する。


そして青白い光が発生しブツブツと詠唱らしきものを呟く瑠璃先輩。



「――あ、の、ば、か……!


榎並、とにかく全力で走れ! 巻き込まれた即座に失格だぞ!!」



その姿を見て何をするのかわかったのか、下村先輩は走りながら叫ぶ。



「タイダルウェーブ!」



そして僕は見た。


瑠璃先輩を中心に――つまり魔法陣の外側から一瞬にして大量の水が出現して、まるで洪水のように周囲の樹を飲み込んでいく様を。



「えぇ……」



あまりの光景に絶句。


なんであの人一人でこんなことできるの?


魔法って強力であればあるほど使用する魔力って大きいはずなのになんでそんな乱発してんのこの人。



「とにかく森の中に突っ込め!


あの馬鹿はこっちの姿を確認してる限り馬鹿みたいに魔法放ち続けるぞ!


後先考えず、まず別方向に逃げるんだ!」


「わ、わかりました!」



英里佳は僕を抱えたまま近くの藪の中へと突っ込んでいく。


そして先ほど発生した水は洪水となってこちらにも迫ってくるのが見えた。



「英里佳、もう少し走ったら木の上に乗ってくれる」


「任せて!」



人一人、というか僕を抱えているとは思えないほど軽い足取りで地面を蹴って木の上に飛び乗った英里佳。


そして下の地面を流れていった水を眺めながら僕は木の枝の太い部分にゆっくりおろされた。



「おっとと……ふぅ……英里佳、さっきはありがと」


「どういたしまして。


それで歌丸くん、お願い」



「あ、了解了解。特性共有ジョイント



英里佳が狂化しないようにスキルを使用する。


これでもう英里佳は僕が能力を解除するまではいくらスキルを使っていても平気だ。



「それにしても……瑠璃先輩、やっぱりやり手だね」


「あ、うん……凄い魔法だった。あんなに連発してくるなんて……詠唱も想像以上に速かったし」


「詠唱はたぶん、あの杖のおかげかもしれない」


「杖?」


「あの杖、たしか“ルーンガンド”っていう迷宮にいる特定の迷宮生物の素材を大量に必要とされているものなの。


その効果は詠唱の短縮、特に杖を向けて相手を指定して発動させる場合の魔法はほとんど詠唱を破棄できるの」


「なるほど……ライトニングはともかく、最初に使った魔法も一瞬で発動したのはそういうわけか、厄介だね」


「それもあるけど……それよりも」



英里佳は下の方を見た。


そこには先ほどの水で湿っていたり、泥上になった地面がある。



「まさか広域に発動する水魔法で地面を濡らすなんて……足跡をつけやすくさせて私たちの追跡を容易にするあたり、すごく考えてる」


「いや、そこまで考えてないと思うよあの先輩」



英里佳の言う通り確かに足跡つきやすくなってるけど、あの先輩がタイダルウェーブを使ったのは確実に成り行きだ。


絶対にそこまで考えてないよ、絶対に。大事なことだから2回言う。



「ん?」



なんか、違和感が……



「どうしたの?」


「いや、なんというか……頭が急に軽くなったような…………」


「頭?」


「「……………あ」」



僕たちは顔を見合わせて思い出す。



「「シャチホコ!」」





「きゅぐ……きゅぐぅ」



歌丸の頭から放り出されたシャチホコ。


危うく瑠璃の使用した魔法で死にそうになったところを上手いところで回避したのだが、死にそうになった恐怖で今も震えていた。



「兎が泣くのってシュールね……本来のウサギって声帯がないはずなんだけど……」


「ほーら、シャチホコちゃんもう大丈夫だからねー、いい子いい子ー」



今は紗々芽に抱っこされながら頭を撫でてもらっている。



「あはは、ゴメンゴメン、ほら頭なでなでー」


「きしゃーーーーーーーー!!!!」



一方で瑠璃が近づくと目に涙を溜めながらその尖った前歯をむき出しにしている。


もうシャチホコの中では完全に瑠璃は敵として認識されてしまったようだ。


流石にそこまで警戒されていては仕方がないと、瑠璃は苦笑しながら手を引いた。



「きゅきゅう……きゅうう……」


「ど、どうしよう……?」



胸に顔をうずめて小刻みに震えるシャチホコ。


そんなシャチホコを困ったように抱いている紗々芽を助けを求める様に詩織を見たのだが、困っているのは詩織も同様だ。



「正直……シャチホコのいない歌丸の価値って半減よね」


「それはいくらなんでも言い過…………………………ぎ、だと……思うよ?」





「ぐふっ」


「ど、どうしたの歌丸くん!?」


「あ、いや……ちょっと……残酷な事実を突きつけられて……」



どうも、歌丸です。


現在シャチホコの安否を確認するため“聴覚共有”を発動させました。



「どうやら……というかやっぱりスタート地点にいるみたい。


今苅澤さんに抱き上げられてるっぽいね……心音みたいなのが聞こえてくる」



ドクン、ドクンと一定のリズムを刻む音。


そして一番大きく聞こえた苅澤さんの声からして間違いない。



「でも、不幸中の幸いかな。


これなら向こうの出方がわかるはずだよ」


「大丈夫かな? 聴覚共有してるのバレたりしたら……」


「バレたらその時はその時だよ」



それに、聴覚共有って正直あんまり使わないスキルなんだよね。


特に“兎ノ獣道ラビットガイド”覚えてからはほぼ死にスキルと化したから、三上さんたちも存在を忘れているのかもしれない。



『さて……とりあえずまずは誰を狙おっか』


「お……向こうの行動方針を話し合うみたい」



僕が聞き取りやすいという配慮か、英里佳は静かにしようと口を閉じた。



『私個人としてはやっぱりリカちゃんかな』


『榎並ですか? 理由はなんでしょうか?』


『だってあの子ベルセルクでしょ?


長期戦になって暴走でも起こしたらシャレにならないし……早めに捕まえておきたんだよね』



……なるほど、確かにこちらの事情を知らないと普通そう思うよね。



『あ、それなら』『紗々芽』



苅澤さんが説明しようとしたが、なぜかそれを三上さんが止めた。


……あ、いや、普通か。


試験中とはいえ、同じパーティの仲間の情報を迂闊に喋るべきじゃないと思ったのかな。



『ふぅん……やっぱりレンりんの能力でその辺りのリスクは取り払われてるのかな~?』



あ、普通にバレてる。


まぁ、確かに予想くらいはつくよね。


最初の時点で僕と英里佳をセットで運用するって話も先輩たちの前でしちゃっていたし。



『ノーコメントでお願いします』


『今は敵チームなのにそんなことしていいの?』


『……こちらの情報は開示したからと言って戦況を大きく左右するものではないと判断しました。


それに、私たちは試験中であって、まだギルドに加入はしていません。


故にパーティ内の情報を迂闊に漏らすことはしたくはありません』


『うわ、しーたん融通きかない子だにゃー。


でもまぁ、そこまで言うなら仕方ないかな。


君らの態度でだいたい読めたし……そもそも、リカちゃんが真っ先にレンりんを助けに行くリスクを冒した時点で、レンりんに何かあるって言ってるようなもんだしねぇ~』



……あれ、やっぱりこの人優秀かもしれない。



『まぁとりあえず…………――サンダーストーム』


「ッ! 英里佳!」



瑠璃先輩の魔法が発動された。


すぐにこの場から離れなければ!



「え――っ……大丈夫、こっちじゃない」



英里佳は一瞬驚いた顔をしたが、少し離れった場所で発生した落雷を纏う竜巻を確認する。


かなり広範囲に発動したみたいだ。



『遮蔽物は私が適当に攻撃してればそのうち当たるんじゃないかな。


当たらなくても隠れる場所が無くなればそのうち出てくるだろうから接近して来たら二人で頑張って防いでね~』


『……こちらからは攻めないんですか?』


『適材適所だよ。


リカちゃんがいたらそうしたけど、しーたんもさめっちも動き回るタイプじゃないっしょ?』


『……わかりました。紗々芽、範囲拡大と、あと衝撃耐性を使用効果ギリギリになったらかけて。


それまでは周囲の警戒をお願い』


『わかった』



そこまで聞いて、僕は聴覚共有を解除した。



「ふぅ……」


「どう、歌丸くん?」


「端的に言って…………まずいかも」



現時点で僕らにあの陣営を切り崩せるイメージがまったく湧いてこない。

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