第213話 戸惑いの変化



街中で迷宮生物と戦うこととなったと思ったら、英里佳のお母さんと出会った。


正直意味が分からなかったのだが、その理由についてはいつの間にか用意されていたリムジンバスの移動中に判明した。


運転手さんは、どうやら金瀬製薬から派遣されたそうで、本来は英里佳のお母さんを迎えに来たらしい。


しかし今回は突然のトラブルもあったので、そこに僕たちも同乗することとなった。


行き先は同じホテルだったのだ。



「私は金瀬製薬から招待を受けたんです」



英里佳のお母さん、榎並伊都さんの言葉である。



「本来はサプライズとして、今日行われる顔合わせの後に会う予定で……今回の顔合わせに出席する生徒の身内には一通り声を掛けられているはずですよ」



ってことは、もしかしなくても僕の両親や椿咲が来てる可能性があるわけか。



「お父さんとお母さんが……」


「会えるんだ……お母さんとお父さんに」



詩織さんと紗々芽さんは少々戸惑い気味であるが、嬉しそうだ。



「けっ……来ないことを心から祈ってるッス」



そして何故か戒斗は目に見えて渋い顔だ。


何だろう、仲が悪いのかな?



「あの……榎並さんに少々お聞きしたいことがあるんですけど」


「何かしら?


娘の小さい頃のことなら話すわよ」


「お、お母さん……!」


「それはそれで後程にお願いします」


「う、歌丸くんっ!?」



英里佳がワタワタしてる。


可愛い(確信)



「では、何が聞きたいのですか?」


「その……物理無効スキルについて、何か知ってることとかあったりしませんか?」


「物理無効スキルというと……あなたたちが見つけた、ドラゴンに対しての有効的な攻撃ね。


それを見つけたのは貴方たちであって、私たちの世代ではそんな単語自体なかったわよ」


「いえ……もっと具体的に言うと、“竜殺しドラゴンスレイヤー”というユニークスキルで何か知ってる情報があれば」



物理無効スキルはまだ未知な点が多い。


なおかつドラゴンに対しての特効を持っている竜殺しというスキル


もしその特性がわかれば、きっと役に立つ。



「お、おい、連理」



僕の言葉に、隣にいた戒斗が肩を掴んで首を横に振った。



「馬鹿、話題を考えなさいよ……!」


「え」


「歌丸くん、ちょっと頭を働かせて」


「え」



詩織さんや紗々芽さんから小声で怒られた。


いきなりなんで、と思ったが……伊都さんの暗くなった表情を見て自分が失言したのに気付いた。



「あ、す、すいませんっ!


その、嫌なこと……思い出させてしまって…………あの、本当にごめんなさい」



そうだよ、馬鹿かよ僕は。


竜殺しのユニークスキルって英里佳のお父さん、つまりは榎並さんの夫であるユーゴ・ベルレアン……帰化したらしから、正式には榎並勇吾か……とにかく、十年前に迷宮学園で亡くなった先生のことを指すわけで……


それが理由で英里佳を鍛え続けていた人だ。


つまりは地雷といってもいい。


僕はそんなところを深く考えずに踏み込んでしまったのだ。



「別に、構いませんよ」


「……え」


「ドラゴンを殺すために必要な情報なら、出し惜しみはしません」



セ、セーフ……で、いいのだろうか?



「とはいえ、ユーゴく……こほんっ、夫のスキルについては私も多くは知らないのです。


ただ彼はフェンサー系の技術を極めていました。


竜殺しというのは……おそらくですが、一つの職業を極めた到達点であると私は考えています」


「一つの職業の、到達点……」


「ええ。最近だと……三上詩織さんの“ルーンナイト”


これもナイト系の到達点の一つでしょう。


“竜殺し”というのは実はユニークスキルではなく、何らかの条件達成で誰でも入手できるものなのではないか……私はそう考えています」


「なるほど……」



確かに、ユニークスキルってあくまでも人類が呼称し始めたのがそのまま定着したものだ。


同じスキルを持っていることが確認されていないだけで、今あるユニークスキルと呼ばれているものがいつか別の誰かが発現する可能性は決して低くはない。


現に、ちょっと経緯は違うけど……未来の椿咲が僕のスキルを使って、それどころか僕では使えない先のスキルすら使っていた。


今後はユニークスキルを、言葉の本来の意味合いだけで使えないと切り捨てるのは早計かもしれない。



「そう考えたからこそ、私は戦闘力として間違いなく最上位であるベルセルクになるようにこの子を指導してきました。


……予想とはかなり違う形となりましたが、この子は私の期待通りに……いいえ、期待以上の活躍をしてくれました」



そう言って、榎並さんは英里佳の方に手を置いた。


その表情は誇らしげに見える。


見えるのだが…………なんか、ちょっと親の顔としては違う気がした。



「…………」



そして英里佳も、何か様子がおかしい。


母親との再会、嬉しくないわけではないのだろうが……なんか気まずそうな…………って、あ。



「そういえばみんなとの合流前に僕と英里佳で、西のノルンと会ったよ」


「「「は?!」」」



英里佳の曇った表情を見て今更思い出した。


そうだったよ、今英里佳相当なデリケートになってる状態で、その原因を思い出した。


内容についてはぼやかすとしても、接触の事実は伝えておかないと。



「ノルンって、神吉千早妃と?」


「うん。口ぶりから察するに、僕たちが分かれる前から隠れてたみたい。


護衛にクノイチっていう、エージェントとシーフの複合した職業の双子の女の子がいて、それで隠れてたみたいで……で、僕と英里佳だけになったところを見計らって接触してきた」


「何を話したの?」


「西への勧誘だね。


基本的に穏健派よりで、僕の意志を尊重はしてくれる感じだった。当然断ったけど」


「可愛かったッスか?」


「可愛いというよりは綺麗系かな。大和撫子っていうか、古風で、喋り方もなんか浮世離れしてた」



詩織さん、紗々芽さん、戒斗の順番で質問に答えていく。



「よくわからないけど、その話って私が聞いても問題のないことなんですか?」



「「「「あ」」」」



榎並さんに指摘されて気付く。


そうだった、一応この人部外者でした。



「気を許してもらえているなら嬉しいことですが、もう少し細心の注意を払った方が良いですよ。


まぁ……生徒の移動がルールで明記されている以上、歌丸さんがその対象になっていることは目に見えていましたが……ノルンが動くとなると、西の学園も相当本気のようですね」


「あれ、榎並さんもノルン知ってるんですか?


一応、公表はされてはいないはずですけど……」


「娘を東か西で入学させるかを考えていた時期に両方の学園を念入りに調査しましたので。


一応、私は学生証持ちなので、戦闘系の講師として全国の中学から呼ばれることもあり、関西の方で情報も集めました」


「……英里佳を西に入れるつもりだったんですか?」



それは妙だ。


ユーゴ先生が亡くなったのは東の学園であり、仇を討つなら西は関係ないのでは……



「西の学園でドラゴンを殺すための手段があれば、一度入学させてそれを学ばせ、卒業後に東の学園に赴く……ということを考えたので。


ですが、死亡率が低い以外特に変わったところもなかったので当初の予定通りに東へ入学させたのですよ」



なるほど……つまり、榎並さんのスタンスとしてはドラゴンを殺せるなら必ずしも在学中ではなくてもいい。


ただ、必ず殺せるだけの算段が欲しいということなのかな。



「あと、戦闘の臨時講師の資格があるなら、榎並さんが直接東に来ることは可能なのでは……?」


「すでに何度も試みてますが……あのドラゴン、私のことをちゃんと覚えていたらしく、すべて書類選考で落とされました。


忌々しい……」



車内の空気がとても張り詰めたものに変わる。


あー……あのドラゴン、確かに学生の反感に関してはとても楽し気に受け入れるけど、大人には超絶塩対応とか嫌いそうだもんなぁ……


そうこう考えているうちに、車が止まった。


目的地のホテルに着いたようだ。



「……おぉ……デカい」



見上げるほど大きなホテルに気圧されてしまう。



「――来たな、お前ら」



車から全員降りたタイミングで、ホテルから一人の男子生徒がやってきた。


我らが北学区の副会長である来道黒鵜先輩だ。



「話は聞いてる。ご苦労だったな。


それで……そちらは、榎並英里佳さんのお母様でよろしいでしょうか」


「ええ。あなたは今の生徒会役員かしら。


お名前をお聞きしても?」


「はい。北学区三年副会長の来道黒鵜です」


「榎並伊都です。


娘がいつもお世話になってます」


「いえ、榎並英里佳さんには我々北学区で活躍していただいています。


ひとまず、部屋を用意してありますのでそちらに案内します」



来道先輩はそう行ってから僕……というか三上さんの方を見た。



「三上、お前らはひとまず八階のフロアで待機しててくれ。


エレベーターで行けばすぐに案内板がある」


「わかりました」


「じゃあ、英里佳。


またあとで」


「……うん」



榎並さんは来道先輩と共に先に行ってしまう。


僕たちは言われた通りにエレベーターにて上へと向かう。



「英里佳、神吉千早妃との接触の時に何かあったの?」


「え……どうして、私に聞くの?」



エレベーターに乗って扉が閉まった途端に、詩織さんがそんなことを切り出した。



「いつもと雰囲気が違うからよ。


母親に会ったからかと最初は思ったけど…………あんた、連理の口から神吉千早妃の名前が出た瞬間だけ凄い眼してたわよ」


「う、うん……」


「一瞬殺されるかと思ったッス……」



詩織さんの言葉に頷く紗々芽さんと戒斗


え……そんな顔してたの英里佳? 全然気づかなかった。



「別に、何もないけど……」


「ないならなんで落ち込んでるのよ」


「落ち込んでなんて……ない」



そう言いながら目を伏せる英里佳


誰がどうみても落ち込んでいるようにしか見えない。



「……話したくないなら無理には聞かないけど、その状態で連理のこと守れるの?」


「守る」



その質問にだけは、即座に顔をあげた英里佳



「歌丸くんを守ることに余計なことは持ち込まない。


そこだけは、絶対に揺るがない」


「……ならいいわ。


けど、本当に困ってるときならいつでも相談して。


私たちだって英里佳のことは大事なんだから」


「うん……ありがとう」



英里佳は笑顔を浮かべるが、やはり無理をしているように見える。


まぁ……仕方ないよな。


僕が原因というか…………ドラゴンを倒すために協力するはずの僕が原因で、ドラゴンと戦うことを悩むわけで……そんな、僕たちの目標の根幹が揺れている状態なわけだし。


英里佳がこの悩みに答えを出すのは、簡単ではないなと思いつつ、エレベーターが目的の階に到着した。



「――ようこそみな」「行け」


「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」



最後まで言わせない。


というか扉の隙間からぱっつんぱっつんなスーツに鱗が見えた時点ですでに行動していた。


アドバンスカードから召喚された三匹の兎、シャチホコ、ギンシャリ、ワサビは物理無効スキルの“兎ニモ角ニモラビットホーン”を発動して即効で体当たりした。



「ぎゃあああああああああああああああ!?」


「あれだけのことしてよくのこのこと顔を出せるな、ドラゴン」



痛みにのたうち回るドラゴンを見下して僕はそう吐き捨てた。



「が、学園長!?」

「な、なんでこんなところに……!」

「……ノータイムで攻撃とか流石ッスね」



突然のドラゴンの登場に驚く詩織さんと紗々芽さん、そして何故か言葉とは裏腹に呆れ気味な戒斗である。



「お前……!」



一方の英里佳はシャチホコたちの攻撃によってその場でのたうち回るドラゴンに殺意の籠った視線を送る。



「ほっほぉ……これが噂の物理無効……本当に人類が手にしてるんやな」



その時に感じた、また別の圧倒的な存在感


シャチホコたちはその途端、攻撃していたドラゴンから離れて僕の元に戻ってきた。



「おおきに。


うちが西の学園長を務めとるもんや。


よろしゅうな」



二匹目のドラゴンが、そこにいた。



「ほほぉ……」


「っ……!」




西の学園長を名乗るドラゴンは、何故か英里佳を興味深そうに目を細めてみていた。


それも数秒。


今度は何か残念そうにため息をつく。



「……なんや東の。


聞いておったほどの迫力あらへんぞ」


「え、そんなはずは…………おや?」



そして東のドラゴンも、英里佳を見て何やら首を傾げた。



「……なんだか覇気がありませんね。


どうしたのですか? もしかして体調が悪いのですか?」


「――黙れっ!」



ドラゴンの態度に英里佳はとてつもなく苛立っている。


だというにドラゴンは二匹とも首を傾げるばかりでその場にとどまり続ける。



「ふむぅ………………まぁ、しばし様子見ですかね」


「せやな。


ちっと肩透かしな気分やけど……この後どないなるかはわからんしな」



そう言いながら、二匹とも背を向けてその場から去っていく。



「――はぁ……」



すぐ後ろで、紗々芽さんがその場で座り込む。



「まさか……同時に二匹と会うことになるとは思わなかったッスね……」



そう言いながら、戒斗は袖で汗をぬぐう。


どうやらかなり緊張していたようだ。



「……ひとまず、おりましょう」



座り込んだ紗々芽さんに手を貸しながら詩織さんがそう言う。


ああ、確かにエレベーターに乗りっぱなしだった。



「……英里佳?」



エレベーターから他のみんなが下りたのに、英里佳は下を向いたまま動かなかった。



「……何をやってるんだろう、私」


「え?」


「倒そうと、しなかった。


私、今…………相手の出方を伺って、その場で身構えてただけだった」


「いや、それは別に普通のことじゃ……」


「歌丸くんは……本気であいつを倒そうとしてる。


思うだけじゃなくて……それを行動にも移してる


それなのに私は……」


「英里佳……」



俯くこと数秒


英里佳はゆっくりとその場で顔を振ってからエレベーターを降りる。



「ごめん、なんでもない」



そう言って、英里佳は僕の横を通り過ぎる。



「あ……」



何か声をかけたい。


そう思ったのだが、実際になんと言ったらいいのかわからず、僕は少しずつ離れていく彼女の背中を見送るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る