第214話 保護者公認(事後報告)

東部迷宮学園の生徒とその関係者のみが集められたフロア


それでもかなりの人数が集まっているのがわかる。


しかし、それでもこの室内には独特の雰囲気があった。


呆れている者がいて、その倍くらい多い人数が緊張している。


その理由は、このフロアの上座に位置する場所のステージ、そこに立っている存在


ぱっつんぱっつんのスーツに身を包んだ、マイクを握っているドラゴンがいた。



『えー、それではこのフロアは我々東の学園の生徒と、そのご家族の皆様が集まっていますね。


生徒会関係者とか各学区の責任者の方だけでしたが……いやー、やっぱり東西南北となると人数も揃います。


壮観ですねぇ~』




当初の予定ではここで僕たち生徒会関係者が政治家や今回の体育祭の出資者の多くの人たちと合って挨拶周りをさせられるはずだったのだが……



『いやぁ~、本当に残念ですねぇ~


政治家の皆さんは迷宮生物出現によって起こった騒ぎの事後処理とか、他にも急な体調不良とかで来られなくなってしまった人がいて、いやぁ、本当に、本当に残念で仕方がないですねぇ~~~~』



誰が聞いてもわかるほどに弾んだ声でそんなことを言う迷宮学園の学園長を務めるドラゴン


いや、そもそも政治家の人たちが来れなくなった原因はお前ともう一匹のドラゴンだし、この場に来てない出資者ってお前が来るって知って逃げたんだろ。


なんかうっすら体の表面にオーラっぽいのが見える。


たぶん、対象を選んで威圧を飛ばす感じのスキルだろう。社会人特有の柵嫌いだから力業使ったんだな。


まぁ、僕もそういうの面倒くさいと思っていたからいいけど。



『そんなわけで予定を変更して、もう普通に皆さんでご家族と一緒に食事を楽しんでください。


料理の方が今日は来てない方々が高い金払っている高級品ですよぉ~


それでは私はちょっと結界の最終調整してきますので!』



言うこと言って転移で姿を消すドラゴン


それを確認して会場内のいたるところで安堵のため息が聞こえてきた。



「はぁ……さて、とりあえずこのフロアに私たちの家族も来てるみたいね」



ドラゴンが消えたのを見て、詩織さんがそう言った。


僕たちは先ほどまで別の部屋で待機していた、このフロアに入ってすぐにドラゴンの今の演説が始まったのだ。


だからまだ、この会場に椿咲や父さんと母さんが来ているのか確認はしていない。



「とりあえず歌丸、シャチホコたち出しておきなさい」


「え、いいの? 室内だから一応控えてたんだけど……」


「確認したけど問題ないわよ。


というか、ほら、あそこに明らかに専用のスペースがあるし」



そう言って詩織さんが指した方向を見ると、確かに山盛りの虹色大根とか黄金パセリとかが置いてあるところがあった。


あれは人類の食べ物ではない。


間違いなくシャチホコたち専用のスペースだ。



「一匹は必ず護衛として連れまわしなさいよ」


「わかった。


とりあえず出てこい」



「きゅう!」


「ぎゅぅ……」

「きゅる……」



呼び出した瞬間、まさに脱兎のごとく虹色大根と黄金パセリへと向かうシャチホコ


それを見送って呆れているギンシャリとワサビ



「あの野郎……たく、仕方ないな。


じゃあギンシャリ、護衛頼む。


ワサビはシャチホコの面倒見てて」


「ぎゅう」

「きゅる」



そしてワサビはシャチホコの方へと向かって行き、ギンシャリは僕の足元に控える。



「――兄さん!」


「ん?」



聞き覚えのある声に振り返る。


そこには、以前にも見た中学の制服を着た椿咲がこちらに駆け寄ってきている姿が見えた。



「椿咲! やっぱり来てたんだな」



思っていたよりあっさりと見つかってよかった。



「父さんと母さんも来てるよ。


さっきシャチホコが走ってるの見てすぐに分かった」



おぉ、シャチホコ、意外なところで役だったな。



「おっす、椿咲ちゃん、久しぶり……って、ほどでもないか」


「戒斗先輩っ」



そして戒斗を見た瞬間、椿咲の表情が明らかに輝いた。



「ギンシャリ、とりあえず邪魔しろ」


「ぎゅう」


「ちょ、お、おい顔に張り付くなッス!」



流石ギンシャリ


僕の言葉通り、即効で戒斗の顔に張り付いてその視界を塞いだ。



「せ、先輩、大丈夫ですか?」


「まぁ、見えないだけッスから…………あ、でもむしろ凄い良い感じッスね。


こいつかなり毛皮フワフワッス」



ちっ……一応この場に戒斗の親が来てるかもと思って手加減したけど……普通に体当たりさせればよかった。


ギンシャリの体当たりって普通に僕の体当たりと同じくらいの威力あるんだよな。


勢いづいた時とかなら岩も砕けるし。



「なんか寒気がしたッス……」


「え、大丈夫ですか? もしかして風邪とか」



顔にギンシャリ張り付けた間抜けな姿のまま椿咲に心配されている戒斗


物凄く後ろから殴りたい。



「――連理」



「え、お、ぉお!?」



名前を呼ばれてそちらに顔を向け、相手を確かめるより早く抱き着かれた。


一瞬誰かと思ったが、すぐにわかった。



「か、母さん……」



歌丸羽月うたまるはづき


僕と椿咲の母


こうして顔を合わせるのは入学前に会って以来だ。



「よかった……本当に、よかった。


また元気な姿が見れるなんて……夢みたいだわ」



泣いているのか、声が震えている。


それでも僕を抱きしめてくるその手から、どれだけ自分が思われているのかということが伝わってくる。



「母さん…………僕も会えて嬉しいよ。


本当に、会えてよかった」


「まったくあなたは……」



母さんは背中に回していた手を放し、そして正面から僕の顔を見て、優しく頬に手を当てる。



「本当に心配したのよ。


あんなに寝たきりだった子が、いきなりレイドボスの囮したりして……どれだけ心配したと思ってるの?」


「それは…………ごめんなさい」



軽く頬を引っ張られるが、これまでのことを考えると申し訳なく思ってしまうので素直に謝罪した。


だって、入院してた頃の僕の姿を知っている母さんからしてみれば、今の様に学園で活躍してる僕の姿の方が信じられないはずだし。



「あなたはどちらかというと私に似てるのかと思ったけど…………誰に似ちゃったのかしらね。あなた」


「――まるで僕のせいみたいに聞こえるんだけど……」



苦笑いを浮かべながらこちらにやってきた男性



「……ん……おぉ、似てるッスねぇ……」



いつの間にかギンシャリを顔から外して椿咲に渡した戒斗の言葉である。



「父さん」



歌丸誉うたまるほまれ


僕の父だ。


自分ではあまりわからないのだが、僕は父さんの若い頃に結構似ているらしい。



「詳しいことは教えてもらえなかったが…………この前、学園で椿咲を守ったんだってな。


よくやったな」



そう言いながら、父さんは僕の頭に手を置いて撫でてくる。


もうそんな子供じゃないので、こういうのは本来ならやめてもらいたいはずなのだが……



「……うん」



嬉しかった。


こんな風に、純粋に褒めてもらえたのっていつ振りだろう?


少なくとも、入院してからは一度もなかったはずだ。



「まぁ、それはそれとして」


「え」



いつの間にか、頭に添えられる手が二つになって、握り拳に変わり、それが僕のこめかみを挟みこむようにして押されてぇあああああああああああああああああああああああ!!



「いだだだだだだだだだだだだっ!!」



あまりの痛さに大声を出してしまう。


これは、いつぞやの詩織さんのアイアンクローに匹敵する痛み!



「いくらなんでも、怪我しすぎなんじゃないかぁ?


そうでなくとも貧弱に育ったんだから、もう少し身の振り方ってものがあったと思うんだがなぁー、連理ぃ?」


「ご、ごごごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」



あれ、こんなこと今までされた記憶ないんだけどなんか懐かしい!!


――はっ、そういえば幼稚園のまだ元気な頃、椿咲に意地悪してオヤツ横取りした時とかこれやられてた気がするぅ!!



「まぁ……お前が無茶しなきゃいけないことはわかっているから……このくらいで許してやる」



こめかみへのグリグリ攻撃から解放された僕は痛みにその場で呻きながらも、自然と笑ってしまっていた。


おかしいな……こんな風に笑いあってたことなんて、まったく記憶にはないんだけど……なんだか懐かしくて、照れくさくて……温かい。



「生きててくれて、ありがとうな連理。


それと……おかえり」


「……うん、ただいま」



本来なら、こうして会えることはなかったはずだ。


卒業までに心臓のことをどうにかしない限りは卒業と同時に死んでいたわけだし、そもそも三年間は日本に戻れないと思っていたし……


それが、まさか入学から三カ月で再会できるなんて夢にも思わなかった。



「歌丸連理くんだねっ!」


「え、あ、はいっ」



後ろから呼ばれて思わず振り返ってしまった。


折角家族と話をしてるのにいきなりなんだと内心ちょっと毒づく。


しかし、振り返るとまず先に目に入ったのは、申し訳なさそうに、それでいてちょっと顔を赤くして目を伏せている詩織さんの姿だった。


そして目の前にはうちの父さんより少し年上と思われる男性が笑顔で手を差し出してきた。



「初めまして、三上聡みかみさとるだ。


君の活躍、いつも拝見させてもらっているよ!」


「は、はい……えと、もしかして詩織さんのお父さんですか?」



差し出された手を握ると、力強く握り返してきた。



「ああ、自慢の娘だよ!


君のような将来有望な少年と一緒のパーティで、その上、生徒会関係者と、鼻が高いよ。あははははははははは!」



なんか詩織さんの親の割に豪快な人だ。



「お、お父さん、ちょっと、恥ずかしいからやめて」


「何を恥ずかしがることがある!


むしろもっと誇れ。俺なんてもうお前の姿がニュースで流れた当日にご近所や職場で自慢しまくったぞ!」


「ああもうっ……」



そういえば、前に詩織さんって両親とあまり仲が良くなかったみたいに言ってた気がするけど…………これは、あれだね。


詩織さんが一方的に苦手意識持っていただけで、当の親の方は全然気にしてなかった感じかな。



――カシャカシャカシャカシャ!



「ん?」



なんか近場からシャッター音が聞こえてきたのでそちらを見ると、ゴツイカメラを構えた女性がそこにいた。



「聡さん、あと歌丸連理くんも、こっちに笑顔頂戴っ」


「おう! さぁ、歌丸くんも!」


「え、あ、えっと……こう、ですか?」



とりあえず作り笑いをしてみると物凄い勢いでシャッターが切られた。


そんな女性に対して、詩織さんが羞恥からさらに顔を赤くしていた。



「お母さん!!」


「ほら、詩織も一緒に!


歌丸くんの隣にくっつく感じで、ほら、早く入って入って!」



どうやら、というかやっぱりこのカメラを構えた女性が詩織さんのお母さんらしい。


父親の聡さん同様に、かなりハイテンションでマイペースだ。


この二人からどうして詩織さんのような性格の娘が生まれたのだろうか?



「あ、私は三上篠みかみしのと言います」



自己紹介しながらもシャッターを切ることはやめない。


……なんだろう、何故かこの人とは仲良くなれる気がする。



「お父さんもお母さんも、恥ずかしいから、そんな人前でそんなにはしゃがないでよ」


「あははははは、それは無理だな。


なんせ三年は会えないと思っていた娘とこんなに早く再会できた上に、テレビでしか見れなかったあの歌丸連理と直に会えるんだぞ?」


「そうね、あ、記念に私とも握手してもらえる?」


「あ、はい」「連理もいちいち応じなくていいから!」



普通に握手しようとしたらこっちまで怒鳴られた。理不尽だ。



「おやおやおやおやぁ?」

「あらあらあらあらぁ?」



「な、なに……?」



急に詩織さんの両親がニヤニヤしながら僕と詩織さんを交互に見る。



「中継見た時からまさかと思っていたけど……なんだ、なかなか親密じゃないか」


「二人の関係、詳しく教えてもらっていいかしら?」


「――――もう、いいから、少し、静かに、してっ!」



顔を真っ赤にしながらご両親を引き連れて……っていうか押して離れていく詩織さん


「お、否定はしないのか!」「まぁまぁまぁまぁ!」とか聞こえてくるが、あまり深入りするとこちらに飛び火しそうなのでスルーしよう。



「連理、さっきの子と付き合ってるのか?」


「ちゃんと後でお母さんにも紹介してね」



手遅れだった。



「あ、いや、その……そういうのとはちょっと違うというか、なんというか……」



なんだろう、凄く説明しづらい。


説明内容が複雑とかじゃなくて、純粋に話したくない。


今、ちょっと僕の周りの人間関係って自分でもかなりデリケートゾーンな感じに思えるから触れて欲しくない。



「歌丸くん、ちょっといい?」


「あ、うん」



渡りに船


今度は紗々芽さんが読んでいる。


声のした方を見ると、そこには紗々芽さんの他に、たおやかな雰囲気の微笑みを浮かべた美人がいた。



「お母さん、こっちが私と同じパーティの歌丸連理くん。


それで、歌丸くん、この人は」


「初めまして。


紗々芽の母の苅澤環かりさわたまきと言います。


いつも娘がお世話になっております」


「は、はい。歌丸連理です。


こちらこそ、紗々芽さんにはいつも助けられてます」



……うん、遺伝だ。


確実に紗々芽さんの豊かな胸部の遺伝はこの人からだ。



「――初めまして」



そして背筋がゾッとするような威圧感たっぷりの声が頭上から降ってきた。


見上げると、凄い強面の、ヤクザっぽい形相の、顔に傷のある男性がそこにいた。


……うん、状況から判断するに、おそらくこの人は……



「この人は私のお父さんの」


苅澤かりさわ弥彦やひこだ」



身長は2m届くくらいだろうか。


威圧感が半端ない。


半端ないけど…………



「初めまして、歌丸連理です」



ドラゴンやマーナガルムとかと比べれば普通に人間な分、安心だよね!

←(感覚麻痺)


手を差し出されたので、普通に握手


ちょっと強めに握られた気がするが……まぁ、ステータスの効果があるから別に問題ない。



「……なるほど」



一言そう言って、弥彦さんは手を放した。



「娘のこと、とりあえずは卒業まで頼む」


「はい、もちろん」


「………………」


「…………あの、何か?」



なんか弥彦さんにジッとみられる。



「貧弱な割に、肝が据わって――」



――スパーンッ!


言葉の途中で弥彦さんはネクタイを引っ張られて、頭が下に向けられたかと思うと、その頭を結構な勢いで叩かれた。



「弥彦くん、初対面の人に失礼でしょ」



叩いた人は紗々芽さんの母――つまり、弥彦の妻である環さんだった。



「い、いや……別にそんなつもりは……ただ褒めただ」



言葉の途中でまた叩かれる。



「褒めるって意味わかっているのかしら?」


「い、いやだが」「口答えしない」



そしてまた叩かれる。



「弥彦さん、失礼を働いた相手にはどうするもの?


相手はうちの娘を守ってくれる人なんですよ」


「……いや、だが、しかしだな、詩織嬢ちゃんは認めているが、やはりどこの馬の骨ともわからない男に紗々芽は」「はい?」「なんでもない」



なんか、環さん、めっちゃ怖い。


笑顔なんだけど、凄く怖い。


というか、さっきから何度か弥彦さんの頭叩いているんだけど……その手の動きがよく見えない。


もしかしなくても僕より動きが速い。



「ごめんなさいね。


この人ったら子離れできなくて……」


「いえ、お気持ちは…………少しわかります」


「連理、なんで今俺の方をみたんスか?」



戒斗はスルーしよう。



「ですけど、紗々芽さんは僕にとっても大事な仲間です。


いざという時は体張って守ります」


「歌丸くんがそれ実行したら大怪我するからやめてね。


本当にやめてね」


「えぇ……」



紗々芽さんは真顔である。


守ると言った相手からそんなこと言われたら僕はどういう顔をしたらいいのだろうか。



「歌丸くんはもっと自分のこと大事にして。


そうやって歌丸くんがボロボロになるのは私だって見たくないんだから」


「いや、だけど」「言い訳しないの」



紗々芽さんは真顔のまま僕に近づいてきて親が子供にしかりつけるみたいに僕の顔を指さす。



「すぐ調子に乗るところも直して。


今歌丸くんのお父さんやお母さんも心配してるって言われたのに自分から怪我するようなことするとか、駄目なことをしてるってわからないわけじゃないでしょ」



親の前で同級生から説教されるって凄い情けない感じである。


できればやめて欲しいのだが、それを言ったらさらに怒られるので黙ろう。そうしよう。



「「………………」」



そして背後からの両親の視線が痛い。



「ふふっ……少し見ない間に逞しくなったわね」


「……そう、だな…………なんだか環に似てきた(ボソッ)」


「何か言いました?」


「なんでもない」



紗々芽さんのお母さんは微笑ましそうにこちらを見ており、お父さんの方からはなんか同情的な視線を向けられた。



「いつも賑やかですわね」



と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


この流れ的には戒斗のご家族なわけだが……



「あ、日暮先輩」



そこにいたのは東学区の副会長である日暮亜里沙先輩だった。


確かに戒斗の家族なわけだが……ここは普通親じゃないの?



「父は政治家なので、先ほどのドラゴンが言ったようにこの場にはいませんわよ。


母も、体が弱いので、ドラゴンと接触させるのを控えるためにこの場にはいません」


「え、そうなんですか。


……というか今僕、口に出してました?」


「そんな表情をしていましたので」



そう言って、日暮先輩は僕たちの両親に挨拶する。



「初めまして。


東学区の生徒会にて副会長を務めている日暮亜里沙と申します。


歌丸連理さんと苅澤紗々芽さんと同じパーティの日暮戒斗の姉です」


「どうもご丁寧に。


歌丸連理の父の誉です」


「母の羽月です」



挨拶を返す父さんと母さん。


そして父さんの顔を見てから、日暮先輩は僕の方を見た。



「……似てますわね」


「やっぱ姉貴もそう思うッスか」


「ええ…………それはともかく、戒斗。


その喋り方はやめなさい。公式の場ですよ。


この場にお父様がいたらなんと言うか……」


「しったこっちゃねぇッスよ」



日暮先輩の言葉にやや苛立った様子でそう答える戒斗


なんか、父親の話題が出てから少し機嫌が悪い。



「お父さんと仲が悪いんですか?」



そんなところに不思議そうな顔で質問しちゃう

椿咲


あ、みんな避けてたのに……



「単なる反抗期ですのでお気にせず。


私の入学前、この子が中学二年の頃に大喧嘩してからそれっきりですわ」


「…………」



呆れ気味の日暮先輩と、気まずそうな戒斗である。



「お父様は、良く頑張ってるなとあなたのこと褒めてましたわよ」


「そうッスか」


「あと、お母様から時間があったら会いに来て欲しいとも。


私は忙しいので離れられませんが……あなただけでも、時間を見つけて行ってきなさい。


それと、これ、お父様への直通の連絡先です。


電話しろとは言いませんから、メールだけでも送って無事の報告しておきなさい」


「…………了解ッス」


憮然とした表情ながらも、手渡された名刺らしきものを受け取る戒斗。


ふむ……危惧していたほど親子中は悪くはないのかもしれない。



――パリンッ!



突然、ガラスの割れる音が聞こえてきた。



「――何を言ってるのか、分かってるの?」



そのすぐ後に聞こえてきたのは、英里佳の母親の榎並伊都さんの声だった。


なんだと思って振り返ると、いつの間にか僕たちから少し離れた場所に英里佳がいて、榎並伊都さんと向き合っている。


そして、英里佳の頬が赤くなっているのを見て、僕は考えるより前に動く。

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