第146話 遠くても、確実にそこにいる。



新しい朝が来た。


どうも、歌丸連理です。


昨日の土曜日、椿咲と一緒にプールで遊んだ後、みんなで軽く買い食いしながらホテルにチェックイン


その後は今後のことを軽くミーティングしながらホテルのそれぞれの部屋に泊まった。


部屋分けは僕と戒斗、詩織さんと紗々芽さん、そして英里佳と椿咲という組み分けだ。


一応、僕たちチーム天守閣はそれぞれスキルを使いながら交代で周囲を警戒したのだが、特に犯罪組織が襲ってくるようなことはなかった。



「さて……今日は西学区での研修ッスね」



制服に袖を通しながら、気だるげにそんなことを呟く戒斗


今日は日曜日


普段の僕たちなら迷宮に挑むか休養するかしている日なのだが、今日は違う。


この商業を専門で扱う西学区においてはもっとも忙しい日


そんな日に僕たちはこの西学区での椿咲の体験入学に付き添うこととなっているのだ。



「西での体験って何するんだろうね?」


「普通にアルバイトでお茶濁すんじゃないんスか。


控え目かもしれないッスけど、中学生には充分に貴重な体験ッスから」



なるほど、たしかにそうかもしれない。


迷宮という非日常に慣れてきた僕たちだが、冷静に考えると普通のアルバイトというものはまだ未知の領域だ。


南学区のは、ちょっと違う気がするので除外する。


これも人生経験。張り切って行こう!




……などと思っていたのが朝のこと。



現在お昼少し前




「三番オーダー、Aセット入りましたー!」


「七番、おまかせ1、Bセット2、入りまーす!」



ホールから聞こえてくる元気のいい椿咲と詩織さんの声



「はい、盛り付け完了ッス!」


「日暮くん、そっちのスープ火弱めて!」


「皮向き終わったのここに置くね」



厨房内で慌ただしく動くのは手先の器量さと素早い正確な動きを買われて出来上がった料理をプレートに盛り付ける戒斗


料理が得意ということでオムレツとか任されつつ、もともと出来合いの料理の仕上げや全体の料理の出来具合に注意している紗々芽さん


ナイフの扱いが一番上手いと野菜の皮向きや下処理に徹する英里佳



そして……



「おいバイト、もっと早く皿洗え!」


「す、すいません!」



皿洗い、僕!


ゴーグルを外して真面目に全力で皿洗いに力を注ぐ。


必死に、それでいてしっかりと皿の汚れを落としているのだ、いくら洗っても洗っても皿が減らない!


ここは西学区の港近くの学園側の用意した食堂


主に船でやってくる船員向けの食堂で、安い、早い、多いが売りらしい。


ここは西学区で料理人志望の中でも新人の人が研修として働きに来る場の一つであり、監督として一人の料理人のプロが監督しながら今の僕たちみたいに学生が働くという場になっている。


そんな場にやってきて、椿咲だけでなく僕たちまでもこうして思い切りこき使われている。



しかし、いくらやっても客が減らない。



「バイトぉ!!」


「す、すぐやりまーす!」



兎に角、僕は皿洗いを急いでやる。





「お冷をどうぞ、こちらメニューです」


「どうも」



接客業務を続けながら、椿咲は厨房で必死に皿洗いにいそしむ兄の連理の姿を見る。


見るからにやり慣れておらず、今にも皿を落として割らないかハラハラしてしまう。



「椿咲さん、あっちのオーダー聞きに行って」


「あ、はい」



同じく自分と同じホールを担当している詩織にそう言われすぐに自分の仕事を果たそうとする。


その一方で詩織は素早い動きで自分の倍以上の客の相手をしているように見える。


客がたくさんいるのに、あまり疲れないのもそれが理由だ。



「はい、十二番卓分できたッスよー」


「ソテーできました」


「サラダ用のキャベツの千切り終わりました」



客の数を考えれば厨房など地獄の様に大変なはずなのに、そこにいる三人とも涼しい顔でこなしている。


この食堂ではほとんどの食材が調理済みで簡単な仕上げを残すばかりのものを提供するのだが、それでもホールより忙しいはずなのだ。


だが三人はそれをまるで疲れを感じていないようだ。



「凄い……」



素直に感嘆する椿咲


自分はあまり数をこなしていないのだが、正直結構疲れてしまっている。


西学区に入学した専門でもないのにこれだけできるから北学区でも活躍できるんだろうなと考える。


その一方で……



「だから遅いって言ってんだろバイト」


「手が足りませんっ!」


「無駄な動きが多いんだよお前は! これを、こう、こう、こうするんだよ!」


「ウッス!」


「力が弱ぇ! もっと腰使え!」


「ウッス!!」



先ほどから監督役の大人に怒鳴られながらも必死に皿洗いにいそしむ兄は、正直他の四人に比べるとどうしても見劣りしてしまう。


まじめにしていることはわかっているのだが、やはり兄はこういったことは向いていないのだなと再認識してしまう。



「やっぱり……兄さん無理してるよね」



あの兄が、こんなにできる人たちと一緒にいるのはおかしい。


連理の過去をよく知る椿咲には、今のこの状況をそう思わざるを得なかった。





「はぁ……」



お昼のピークも過ぎ、ようやく皿洗い地獄が終わった。


時刻はもう三時になろうとしていた。


この食堂は四時までが営業時間で、そこからは酒を取り扱う居酒屋が開いてそっちに客を取られるので閉店するそうだ。


スキルの効果で肉体的に疲れないが、いくらやっても終わらない皿の山というのは精神的に辛いものがあった。



「よし、お前らご苦労だった。


他の学区だと聞いて心配だったが、なかなか手際よかったぞ。皿以外」


「うぐ……」



監督役の料理人の人にそんなこと言われて地味に傷つく。


でも仕方ない。本当に僕以外みんなそつなくこなせてたもん。


僕皿洗いながらずっと怒鳴られてたしね……



「少し遅くなったが賄いだ」


「お、これが噂の料理店の賄い!」



出てきた料理に大袈裟なくらい反応する戒斗


なんだかんだで今まで何も食べてなかったから、他のみんなも無言ながら食いついている。



「カルボナーラ風皿うどん、時短ロールレタス、で、余ったスープだ」


「「「おぉ」」」



調理してる様子はテーブルに座りながら垣間見ることができたが、この短時間で作られたとは思えないほど豪華なものだった。



「ほれ、冷めないうちにとっとと片付けな」


「いただきまーす!」



お腹が減っていたので、我先にと箸を伸ばす。


パスタと比べて明らかに太い麺。だからこそ水気が多めになっており、それが濃厚なクリームソースとよく絡み、丁度いい感じに。


そしてコショウのピリッとした辛さが味を強調し、その後にくる卵のまろやかさが下を優しく包み込む。



そして個別に盛り付けられたロールレタス


ロールキャベツの親戚というか、あらかじめ作られていたハンバーグをキャベツで包んで煮ただけのもので、手抜きに見えるものであるが、味はまったくそんなことはない。


船員相手、つまり肉体労働者相手に食事を出すこのお店では味付けがもともと濃いめとなっており。ハンバーグも自然と塩分が濃い味付けだ。


そこをあんまり煮込まないレタスが味を丁度よく抑えてくれていて食べやすい。


そしてそれぞれの味を楽しんでから、野菜多めに入れらた優しいコンソメスープで口の中をさっぱりさせ、またさらに美味しく食べられる。



「たくっ、皿洗いは二流のくせに食べるのは一流だなバイト」


「え、あ、す、すいません……」


「ま、最初は皿洗いがド三流だったのを考えれば短時間でよく頑張ったもんだろ」



監督役のコックはそう言って僕らの近くの席に座る。



「で、どうだ、美味いか?」


「はい、凄く美味いです!


皿うどんってこんなおしゃれにできるもんなんですね」


「これくらいは別に大したもんじゃねぇが、俺も昔イタリアで色々勉強してな。


それで向こうのアレンジが色々できるようになったんだ」


「へぇ……あ、だからオリーブオイルが」


「あ?」


「あ、いえ、ここって食堂だから丼物とかよく出るんですけど、油汚れが普通のサラダ油となんか違うなって思って。


紗々芽さんがオムレツ作ってるときにオリーブオイル使ってるの見たんですけど、丼の方もオリーブオイル使ってたんですよね?」


「ほぉ……なんだ、意外と見る目もあるんだな」


「いやぁ、それほどでも。


でも、オリーブオイルってサラダ油より高いって聞きましたけど、ここで使って大丈夫なんですか? 安売りがこの食堂のメリットなのに赤字になるんじゃ……」


「安心しろ、南学区で作ってるものだから地産地消だ。寧ろ日本から取り寄せてるサラダ油より安い」


「なるほど……でも、わざわざ海外にまで料理の勉強をしたのになんでこの学園に?


専門店とかで働こうとか……いや、むしろ専門店開こうって考えなかったんですか?」



正直、南学区で店を構えている銀治さん並み……いや、あの人はラーメンに特化してるから総合的にはこっちの方が上かもしれない。



「まぁ、俺もいずれはこういう学園側の用意した店じゃなくて自分の店を持ちたいとは思ってはいるぜ。


でもな、まだそれがはっきり形になってないわけだ」


「え、こんなに美味しいのに?」


「美味いのは当然だ。そうやって作ってるんだからな。


だが、迷宮学園はあらゆる分野の最先端が生まれる場所だ。


新しい食材、新しい調理法、新しい文化……そういうのが毎日多かれ少なかれ生まれてくる。


料理ってのは常にそれと寄り添っている。


そうやっていろんな最先端に触れていると、つい欲が出ていろんな物をつくりたくなるわけだが……下手に詰め込むと不味くなる。


だから美味くするためにそう言ったものの中から一番自分にあった物を取り入れていこうとしてるわけだが……そうこうしてるうちにまた最先端が出来てきて、なかなか満足できないわけだ」


「あー……料理とは別ですけど、なんかわかる気がします。


僕も先輩たちの話聞いてると、できもしないのにもっといろいろ頑張りたい、もっと奥に進みたいって思っちゃいますね」


「まぁ、分野が違うが根幹は一緒ってことだろ。


卒業してまでこの学園に戻ってくる奴なんて似たり寄ったりだ。


バイト、かけてもいいがお前卒業したとしても絶対この学園に戻ってくるぞ」


「えぇ~……それはどうですかねぇ……?」



卒業してから、というのはあまり考えたことなかったが……でも実際冷静に考えてみるとその可能性は高いかもしれない。


だって僕のスキル、いつだか生徒会で言われたけど教師として使った方が効果的みたいだし。





「…………」



仕事中、ずっと怒鳴られていたはずの兄


それが今、この場で怒鳴っていた張本人と誰よりも一番楽しそうに話している。



「あ、あの……兄さんって、このお店来たの初めてですよね?」



思わず隣にいた英里佳に小声で質問する椿咲



「え、そういってたけど…………あの、日暮くん、もしかして休日歌丸くんと一緒にここに来たこととかあった?」


「ないないッス。正真正銘初めてッスよ」



英里佳と、そしてパーティ内で一番会話している戒斗から否定され、椿咲はさらに困惑する。



「じゃあ……どうして兄さん、あんな親し気にあのコックさんと話してるんでしょうか?」


「うーん……いつも大抵あんな感じだよ?」


「そうね、別におかしいところはないわよ」


「歌丸くんの場合、会話が成立しない相手って本気の本気で嫌いな人だけだから」



ちなみに、その本気の本気で嫌いな相手とガチの殺し合いをしていたことを思い出し、紗々芽は遠い目をしたのであった。


絶対にあれは家族には話せないなと、紗々芽の心の内にとどめておくことを決意するのであった。



「でも……あんな風に怒って、怒られててなんで普通に話せるんですか?」



椿咲にはやはりわからない。


兄がどうしてここまで変わったのか。


今はゴーグルを外していて顔は間違いなく兄そのものだ。


何故か視線を一切こちらに向けようとはしないが、本人なのは間違いない。


だがそれでも、この学園に来てからの兄は、やはり別人の様にしか思えないのであった。





「賄いレシピ教えてもらった」


「お前ホントにコミュ力高いッスね」



怒鳴られまくって怖かったけど、話してみるといい人だった。


ああやって怒ってたのも、それだけ仕事に一生懸命だったのだなと分かると、なんか嫌な感じはなくなり、むしろ頑張って応えようって気持ちになる。



「今度作ってみるから食べに来なよ」


「本場の食べた後でお前が作ってもなぁーって感じッスけど、まぁそこそこ楽しみにしておくッスよ」



あ、ちなみに今はゴーグル装備済みです。



「こんなにお金が……あの、明らかに多くありませんか?」



一方で椿咲は先ほどの研修でバイト代としてもらったお金の金額に困惑していた。


まぁ、そりゃ一人で働いた分としては明らかに封筒の厚みがおかしいもんね。



「そりゃそうよ、そのお金、私たち全員分……つまり六人分の金額が入ってるもの」


「え!? そ、そんなだったら皆さんに均等に分けないと」


「いいのよ、それは貴方が使いなさい」


「で、でも」


「使わないと、下手したら命に係わるんだからおとなしく使いなさい」


「……命に?」



詩織さんの言葉にキョトンとする椿咲



「今回のカリキュラム、貴方は実際に迷宮に入るでしょ。


その時の武器、もしくは防具を買う時のお金よ、それは」



詩織さんのその言葉に、椿咲は不安を覚えたのか手にした封筒をぎゅっと握った。



「……あの、兄さんも迷宮ではやっぱり戦ったりしてるんですか?」


「そりゃまぁね。


英里佳たちの取りこぼし……というか、おこぼれをもらうみたいな形だけど。


これでももうゴブリンとかハウンド相手なら素手で倒したことあるんだからね」


「す、素手で!?」



お、いいリアクション。


なんかちょっと嬉しいかも。



「椿咲さん、本気にしないでね。


確かに素手で倒したことはあるけど、私の支援受けた状態だからね」


「…………兄さん」



妹にジト目で見られてしまった。



「あの、紗々芽さん」


「歌丸くん、下らない見え張っても後でバレて株下がるだけだからやめた方がいいよ」


「……ウッス」


「というか、現時点で北学区所属してる生徒で素手であの階層の迷宮生物倒せないって生徒を探す方が逆に難しいと思うわよ」


「……ウッス」


「だ、大丈夫。歌丸くん、凄い進歩してるから落ち込まないで」



紗々芽さん、詩織さん、そして英里佳といろいろ言われて地味に自信を無くす。


というか、英里佳さん、このタイミングでそのフォローは本来のフォローの意味をはたしていない気がするんですけど。



「まぁ、とにかく……学生証があってそれなりの訓練をすれば誰でもできることだよ。


とはいえ、今の椿咲は学生証の恩恵がないから、迷宮の研修に備えて訓練はしたほうがいいよ」


「訓練……わかりました、頑張ります」



流石に真面目なだけある。いい返事だ。


まぁ中学でもある程度の訓練はしてるだろうし……あとは実践あるのみかな。



「ひとまず今日はこれで終わりだから東学区に移動しましょう。


宿泊施設に入る前に、東学区で武器と防具を見ておきましょう。今のうちにあった物かって、慣れた方がいいわ」


「お、いいね、東学区の武器、やっぱり見ておかないとね!」


「言っておくけど、普通の武器よ。というか防具を中心。


新素材の、軽くて安い奴。あんたたちの好きな色物武器なんて見に行かないわよ」


「「えぇ~」」



まったく詩織さんは浪漫がわかっていないなぁ……やれやれ。



「なんか文句あるのかしら?」


「「なんでもないです」ッス」


「まったく……ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ、次の電車逃したらニ十分くらい待つんだから」



そう言って、詩織さんは先を歩いていき、他のみんなや椿咲もそれについていく。


僕もおいていかれないように続こうとした。


その時だ。


自分の首に、大きな鎌が添えられた。


そんな強烈なイメージが見えたのだ。



「っ!」



咄嗟に後ろに後ろに下がりながらしゃがみ込もうとして、結果体勢が崩れてしりもちをつく。


だが痛がる前に、転がるようにして後ろを見る。



「はっ……はっ……はっ……!」



嫌な汗が止まらない。


呼吸が乱れる。



「な、なんだ……今の……?」



今の感覚……なんか、迷宮で危ない罠を見つけた時……それを数十倍鋭くしたような、そんな気がする。


自分の首を触れてみて、とりあえずちゃんとつながっていることは確認した。



「――歌丸くん、どうしたの?」



「え……あ、いや……なんというか……」



何といえばいいんだろうか……? 自分でも何が起きたのかよくわからない。


このゴーグル、カメラ機能があるはずだし……あとで西学区の堀江先輩に映像が録画されてるか聞いて、可能ならそれを見てみるか。



「いや、その足を滑らせて……」


「大丈夫?」


「う、うん、大丈夫。あはは……」



英里佳に手を差し出され、それを取って立ち上がる。



「……あれ、歌丸くん、首、どうしたの?」


「え、首? なんともない……よね?」



さっき触ってみてとくに異常はないと感じた。


なのに、どうして英里佳はそんなことを聞くんだ?



「え……でも、なんか首、痕みたいなのがついてるよ」


「…………え?」



どういうことなのだろうかと、ふと近くのガラスを見た。


そこには反射で映っている僕の姿がある。


それを確認して、僕はゴーグルの中で大きく目を見開いた。


先ほど幻視した大鎌


それが添えられたと思われる位置に赤い痣が残っていたのだ。

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