第117話 連理&紗々芽『ルールとは、己の手で勝ち取るものである』

正直、負ける気がしない。



「今からお前に腹パンする。嫌ならすぐに降参しろ」


「歌丸くん、流石にそれは……」



隣で紗々芽さんがドン引きしているが、気にしない。



「ん……? ねぇ、パートナーのウサギはどうしたのよ?」


「え……あれ?」



ふと、稲生に指摘されてシャチホコがこの場にいないことに気が付いた。


聴覚共有を発動させてどこに行ったのかを探ると……



『はぁああああ!』


『GRRUUOOOO!!』



「……英里佳と一緒にユキムラと戦ってるみたいだね」


「むっ……いきなり予定が狂ったわね。


まぁ、ユキムラとなら問題ないわね」


「その言い方だと、自分でも問題ないみたいに聞こえるね。


言っておくけど、僕と違ってシャチホコの対人戦はえげつないくらい強いんだからね」


「知ってるわよ、三年生すらも封殺したんでしょ」


「そうだ、凄いだろっ!」



僕がそう言うと、紗々芽さんが呆れ気味に口を開く。



「歌丸くん、今の君って『お父さんがパイロット』って言ってる小学生みたいだよ」


「え、うちの実家は農家だよ? 米作ってるよ、ハエヌキとコシヒカリ」


「いやそういうことじゃなくて……」


「勝った! うちは酪農よ!」


「何が!?」


「はぁ! うちは果樹だってやってるんだからな!


リンゴ作ってんだぞ、むしろそっちの方が儲かるから米は近々廃業だよ!!」


「何の勝負これ!?」


「全然すごくないわよ、うちはチーズとかバターとか自家製のやつ大好評で、わざわざ他の市から買いに来るんだからね!」


「他の市なんて別に凄くないだろ、こっちのリンゴは全国に卸されてるんだからな!」


「北海道舐めるんじゃないわよ、迷宮学園の何倍広いと思ってんの! 他の市から来るって何十何百kmも遠くから買いに来るのよ!」


「何十はともかく何百はないだろふざけんな!」


「ありますーっ、道路とか直線距離じゃないから、往復すればそれくらいきっとありますーっ」


「ないですーっ、地図の縮尺ちゃんと見ろばーかばーか!」


「うるさいばかばかばかばかばーーーーーーかっ!!」


「だから何の勝負これっ!?」






『おっと、歌丸選手と稲生選手、試合そっちのけで実家自慢対決を始めました。


解説の来道副会長、これはどう思いますか?』


『ノーコメントで』


『では、柳田会長は?』


『うちの実家は馬飼ってるぞ。競走馬だ』



――くっ、僕の負けだ……!

――競走馬はずるい……!



『おっと、口論していた二人がその場で膝をつきました。柳田会長の自慢に心が折れたようです』



――ねぇこれ、本当に何の勝負!?



『そして残った苅澤選手がひたすら困惑しておりますねぇ』


『苅澤、強く生きろ』



という実況を聞きながら、模擬試合会場から少し離れた場所に設置された観覧席にて、遠い目をしている者がいた。



「あの子たちは、何がやりたいのかしら?」



北学区生徒会長・天藤紅羽てんどうくれはである。



「ナズナ……」



そしてその隣には妹の雄姿を拝もうと観覧席までやってきた姉である南学区の稲生牡丹副会長がいるのだが、試合会場で繰り広げられているコントみたいな状況に恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。



「ん、んんっ……まぁ、どっちにしろこれでこっちのチームの勝ちは決まったようなものだな」



咳ばらいをしながらそう切り出したのは、チーム竜胆のコーチを担っている北学区の会計である会津清松あいづきよまつであった。



「どういう意味かしら?」



チーム天守閣のコーチをしていた紅羽が清松を睨む。


ここで歌丸たちが敗北すれば、それすなわち終わらないハンコマラソンが待っているので、紅羽も鬼気迫っていた。



「原則として、テイムした迷宮生物は本体が倒されるだけでなく、パートナーである学生が負けても失格扱いだ。


つまり、あの場で歌丸が倒されればそれだけでエンペラビットもまとめて失格となる」



視界会場を映し出すモニターに映る、今もユキムラに体当たりを行うシャチホコを清松は一瞥する。



「エンペラビットの存在がベルセルクの撃破を妨害しているからこそ今も戦況は保たれているが……逆を言えばあの場からエンペラビットがいなくなればそれだけで戦況は崩れる。


他が硬直状態でも、マーナガルムの戦力で蹂躙して、チーム竜胆の勝利は確定だ」



「はぁ? それならむしろ有利なのはこっちでしょ。


それってつまり、あの場で歌丸くんたちが稲生妹を倒しさえすればマーナガルムも失格


自由になった榎並さんの力で他の連中を撃破。完全勝利よ」



紅羽がそう告げると清丸は「やっぱりな」と不敵に笑う。



「お前ルールちゃんと見てなかったな」


「な、何よ?」


「いいか、試合のルールとして、使だぞ?」


「は?」



一瞬わけがわからないという顔をした紅羽だが、その言葉の意味をゆっくりと咀嚼して、そしてようやく理解したとき青ざめた顔で隣にいる牡丹を見た。



「……その、あはははは」



ぎこちない顔で笑う牡丹が、そのルールの抜け道を物語り、紅羽は絶望のどん底に叩き落とされたような心境となった。


そして清松はそんな紅羽の表情を見て悦に入る。



「――テイマーが試合に連れてきていい迷宮生物に数の制限はないんだよ」





「くっ……まぁいいわ、すぐに片づけてあげる!」



土門会長の敗北から回復した稲生が再び立ち上がる。



「――さぁ行くわよ! 来なさい!」



稲生が何やらそう叫ぶと、四つの影が出現した。



「GAU!」

一体は大きなゴブリン――最初の通常エリアに出現するボブゴブリンだ。


「BOW!」

次は同じく通常エリアに出現するブラックハウンド


「KIRRR!」

森林エリアのファングラット


「ウホッ」

森林エリアのアームコング



「さぁ、この子たちにあんたは勝てるかしら!!」



それら四体の迷宮生物を引き連れ、稲生は勝ち誇った顔を見せる。



「ちょっと、ちょっとタイム」


「ん、何よ?」


「ズルくない?」


「え」


「いや、え、じゃなくて……ズルいよね、普通にズルいよね」


「な、何がズルいのよ?」


「いや何がって……いやいやいやいや、ねぇ、紗々芽さん、これどう考えてもズルいよね?」


「うん……これは……………ちょっとずる過ぎると思う」


「え……で、でも……別にルールでは問題ないわよ?」



そうは言うが、稲生は物凄く不安そうな顔だ。



「すいませーん、ちょっと審判さーん!」



『おっと歌丸選手、何やら近くにいた審判の教師の方へと確認を取っているようです』





「何してんだよ稲生妹! さっさと倒せよ!」


「いや、普通ああなるわよね、テイマーだからってあれはあんまりでしょ」


「うん……私も正直やり過ぎだとは思ってた」





近くにいた先生に流石にこれはやり過ぎじゃないかと文句をつけたら、何やら一時試合中断して協議に入った。


そしてしばらくして……



『あ、あー……連理、聞こえるか?』



何やらマイクの方から聞こえてきたのは土門会長の声だった。



「はい、聞こえます」


『テイマーは基本的に個人で戦う職業じゃない。


故に、テイマーとして迷宮生物はその戦うための戦力として数えられるし、テイムできる数もまた実力のうちだ。


だからルール上はこれで問題はない』


「でもだからって限度があるんじゃないですか?


いくら何でもユキムラ込みで5匹とか、過剰ですよね、どう考えても」


『とはいえ、もう決まったことだ。


男ならそういちいち文句つけるなって。


ルールの見直しは何もこの場ですることじゃないだろ?』


「そうよそうよ! 女々しいわよ!」

「GAU」「BOW」「KIKI」「ウホッ」



土門会長の言葉に稲生がのっかり、そして横に控えている迷宮生物共まで乗ってきた。


イラっと来た。



「……ふぅん…………歌丸くん、ちょっと耳貸して」



そして僕の横で話を聞いていた紗々芽さんは少し考えてから僕にあることを吹き込む。



「……え、それ大丈夫?」


「でも、たぶんこれくらいしないとこのままあの数を相手にすることになるけど……勝てる?」



その確認に、僕はもう一度稲生の横に控えている四体の迷宮生物を見た。


……紗々芽さんもいるから、たぶん二体までなら可能、ギリで三体までなら時間稼ぎはできるはずだ。



「わ、わかった……やってみる」


「お願い、とにかく強気で、いつかの演説もどきみたいに」



さらっと黒歴史を……まぁいい、やってやるさ、勝つためなら。



「――わかった、その数で相手になろう」


「ふふん、いい度胸じゃない。


それじゃあ早速」「ただし!!」



稲生が攻勢に入る前に、僕はある宣言をする。



「――僕は今から、相打ち覚悟でお前の服を引っぺがす」


「…………え」


『『『え』』』



「「「「「え」」」」」



今試合は中断され、この場にあるすべての意識が僕に向いている。


そしてそれが今、僕の発言によって思考停止した。



「宣言しよう!


今日、今この時、試合が再開したその瞬間に、僕はボブゴブリンに阻まれようと、ブラックハウンドにひっかかれようと、ファングラットに噛みつかれようと、アームコングに殴られようと……絶対、絶対の絶ぇ対に……お前の服を脱がす!」



瞬間、稲生が顔を真っ赤にしながら自分の身体を抱きしめる。



「な、ななな、何言ってんのよこの変態っ!!」


「それがどうした!」


「そんなこと許されるはずないでしょ! 失格よ失格!!」


「――そんなルールは存在しないっ!!」



僕は断言した瞬間、稲生が大きく目を見開いた。


そりゃそうだ、この模擬戦はそもそも体育祭で行われる試合競技のルール確認も兼ねているもの。


つまり、ルールは穴だらけのガバガバ状態の無法地帯。



『こ、これは……えっと…………どういうことでしょう、来道副会長!』


『ノーコメントで、いや、本当に俺何も答えたくない』


『あ、あの……連理、いくらなんでもそれは……その、やり過ぎというか、あんまり公序良俗に反するというかだな……やめた方がいいぞ、な?』




「そ、そうよ! い、一般常識的にどう考えても駄目でしょう!!」


「だがルールにはそんな項目は存在しない!!


この後僕が校則で裁かれるようになったとしても、この試合の中で僕が失格になるかどうかは別問題だぁ!!」


「っ――――ぁ、え……!


し、審判、失格、失格でしょこれはぁ!!」



稲生の涙目の訴えに、審判である先生が困惑した表情を見せる。



「僕の何が失格だと?」


「え、何って何もかもがでしょ!」


「おいおい、僕は何もしてないだろぉ?


まさか、実行すらしてない、ただの発言だけで失格となるのかぁ!


それじゃあ試合中、一切一言も相手と会話せず、独り言も叫び声も上げずに戦うのがルールなのか!!


だったら今この試合に参加してる連中まとめてみんな失格だろうがぁ!!!!」


「――――――」



パクパクと、金魚みたいに口を開閉する稲生


茫然自失である。



「僕が失格となるならば、それは実行に移してからだろ!


実際にお前の服を脱がしてからだろ! 何もせず、ただここに立ってるだけで失格?


ちゃんちゃらおかしいね!! そんなんで試合が成立すると思っているのかぁ!!


大体、服脱がすっていってもさぁ、攻撃して服が破けるなんて良くあることだろ!


それすら駄目なら攻撃すら禁止ってことじゃん? ねぇねぇ、それでどうやって試合するのー、稲生さーん、教えてくださーい!」


「こ、この……!」


「おら、さっさと再開しろ!


審判の人も、僕を失格にしたいならすればいい! ただし僕が明確な行為を実行したという物証を持ってきてください!


そうじゃないと一方的な相手チームへの有利な不正行為として後で生徒会長を通じてクレームしますからねぇ!!」



――そうよそうよぉ!!


――テメェ天藤ぉ!!



観客席から聞こえてきた会長の言葉


それに審判の先生がさらに困惑した顔になる。


ふっ、生徒会はこの学園においては最高意思決定機関の一つ。


教師としてもその権力は無視できないだろう。



「ぐ、ぐぬぅ……!


ちょっと、あんたも何黙ってるのよ、これ明らかに問題発言でしょ!」


「え、どこが?」


「……はい?」



話題を振られてもさらっと流す紗々芽さんに、稲生が間抜け顔をさらす。



「別に致命傷を負うわけじゃないんだから問題はどこにもないでしょ?」


「――――」



紗々芽さんの言葉に稲生は白目すらむいた。


女子がしていい顔じゃないぞ。



「そう! この試合において禁止行為は、明らかに相手を殺害するような行為全般!


服を脱がすのは厳密には相手の装備を奪うことであり、剣や盾をその手から弾く行為となんら変わらない! つまり禁止行為にはならない!


さぁ、再開しましょう審判!! さぁ、さぁ!!」


「ま、待って、待ちなさい、タイムタイムタイムっ!!!!」



血相を変えて待ったをかける稲生



「なんだ、試合を始める言い出したのはお前だろ?」


「そ、それはそうだけど!


くっ…………だ、だったら! 私もそっちのドルイドの服脱がせるわよ! いいの!」


「やれるものならどうぞ」


「――――きゅぷ」



絶句の余り口から変な音を発する稲生



「な、何考えてるのよ! そんな、あんた恥ずかしくないわけ!!」


「それは当然恥ずかしいですけど、フェアではないでしょう?


脱がすなら、脱がされる覚悟もすべき……至って当然のことです」



ガクガクと震えだす稲生


紗々芽さんの言葉は完全に彼女の処理能力を超えている。



――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!



そして紗々芽さんの言葉で外野の男子たちがもの凄く盛り上がる。


そうだよね、紗々芽さんスタイルは物凄くいいから、そんな彼女が「脱ぐ」発言すればそうなるよね!



「まぁ、私は再開と同時に棄権しますけど」


「はぁぁああああああ!?」


「だってこの場で歌丸くんが相打ち覚悟で特攻するなら私だけ残ってもどう考えても勝てないし……だったら棄権するのは普通でしょ?」


「な、なっ、でも、だって、そんな――」


「何をそんなに焦ってるんですか?


あなたのチームにとって一体どんな不利益が生じると?


この場であなたが試合を再開すれば、貴方は私と歌丸くんを倒せる。


つまりチーム竜胆が有利になる。


損失なんて、貴方の裸が――――この場にいる男子と、中継を見ている男子、インターネットで全世界に公開生放送されるだけじゃないですか」



「――――――――――――――――」



顔面蒼白、というものを生で見た気がする。


血の気がないというか、もはや死人の顔だ、これ。



「今からお前を脱がす、降参しなくていいぞ」


「歌丸くん頑張ってね、義吾捨駒奴ギアスコマンドで応援するから」



その場で僕たちがそれぞれ構えると、実況席も慌てだす。



『やる気です! この二人、完全にやる気です!


試合開始と同時に、乙女の尊厳を全力で殺しにかかる気です!!』


『ま、待て待て待て待て! OK、わかった、今からルール変えるから!!


服脱がすとかそういう行為はやめてくれマジで!!!!』


「いや土門会長ゲストだからそういう立場じゃないでしょ」



僕の指摘に土門会長も慌てだす。



『え、あ、えっと――来道、来道様!!』


『ノーコメント……と言いたいが……わかった……テイマーの使用していい数を制限する。


…………そうだな、三体までだ。マーナガルムも込みだから、稲生薺いなせなずな、その四体の中から二体だけ残して残りは会場の外に出しておけ』



その言葉に、僕が紗々芽さんに視線で確認する。


すると彼女は小さく頷いた。



「では、僕たちも普通に戦います。


少なくとも故意で服を脱がすなんて真似はしません」


「…………は、はぁ~……」



僕の言葉に、稲生がその場で安堵しながらへたり込む。


試合開始直後から一時試合中断、そして場の流れが完全に変わったことを僕と紗々芽さんは肌で感じ取った。


今僕たちは、持って行かれた場の主導権を取り返したのだ!



――歌丸くん……

――後で話あるから

――俺知らないッス



聞こえないはずの仲間たちの声が聞こえたが、きっと気のせいだろう、そうだろう。



『え、えぇ……では、試合は五分後に再開しますので、選手の皆さんはその場で待機しててください』



――そう、僕たちの試合は、まだ始まったばかりなのだ!!

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