第11話 人間は職業ですか?

「さて、今日の授業はこれで終了だが、まだ席を立つなよ。お前らお楽しみに迷宮探索の前に、お前らの今後の生活に関わる重要な説明だ」



武中先生の言葉に、生徒たちのほとんどが色めき立つ。



「今日はお前たち学生の生活水準を向上させるために必要な依頼の受領について……まぁ俗にいう“クエスト”ってやつだ。


達成すればするほど金や物資が貰えて生活を楽にできる」



「先生、質問あるんスけど」



「なんだ?」



「クエスト受けたら授業でなくていいって本当ッスか?」



見るからに勉強が嫌いそうな“ス”のイントネーションがおかしい男子生徒の言葉に武中先生は「本当だ」と答える。


その瞬間、男子生徒だけでなくほかの学生たちも「よっしゃ」と喜ぶが「ただし」と武中先生が補足説明をする。



「確かに報酬に単位っていうのもあるが基本的にほかの学区の生徒が在学中に専門技術を学ぶときに使うためのものでお前らのためのものではないからな。


何年か前、これを理解せず授業全部サボった奴がいてな、迷宮攻略者としては凄い生徒も卒業後は何もできない無職に成り下がったって事例がある。


という訳で、北学区の生徒が授業免除する場合はそれ相応の理由がなければ使えないというのが暗黙の了解だ。少なくとも俺が担当するお前たちには特に厳しくその辺りはチェックするからな」


「えぇ~」



見るからにげんなりする男子生徒をよそに、今度はグンマーが挙手をした。



「なんだ三上?」


「迷宮を攻略するのは人類にとって必要なことです。それが理由にはならないのは攻略を専門とする北学区としてはおかしいのではないでしょうか?」



一見すると真っ当な意見のように聞こえるが、武中先生はその質問が出ることなど初めからわかっていたかのように答えた。



「さっきも言ったが、そういって将来無職で社会不適合者になった奴を俺は何人も知ってるぞ。


お前もそうなりたいのか?」


「それは……」



確かに、迷宮攻略はよくネットだとギャンブルに例えられた。


そこで新しいエネルギーや技術、他にも財宝を発見できれば将来は安泰だが、何もできなかったら卒業後は地獄だと言われている。


初期の頃ならまだしも、今はいろんなものが発見されつくされている現状では迷宮攻略しただけで一生の生活を保障するには厳しいものがあるのも事実だ。



「まぁ、言いたいことはわかる。


だからこそ迷宮攻略者として上位に食い込めばその許可も下りることはあるし、逆にテストの成績が上位の者も迷宮攻略のために授業免除される場合だってある。


どちらにしろ優秀な生徒の特権だ。それになれるくらいの力を示してみろ」


「……はいっ」



武中先生の言葉にやる気を滾らせるグンマー。


流石はガチ勢。迷宮攻略のためならテストも凄い頑張りそうだ。



「さて、それじゃクエストの話に戻すぞ。


まずクエストの内容に制限はない。依頼内容と報酬で、依頼主と請負人双方の合意が取れれば契約成立だ。


とりあえず今のお前たちがやるクエストは大きく分けて攻略者としての実力を示すための“討伐”と、他の学区から寄せられる“採集”ってところだろう。


討伐は主に迷宮の深層に行くためのもので、現状お前たちが入るのが許可されるのは地下3階層までだ。違反した場合は罰則を科せられる。


しかし討伐で指定した迷宮生物モンスターを倒せばそれより先に入れるように学校側から許可が下りる」



なるほど、つまり討伐はあくまで腕試しってことか。



「ちなみに討伐の依頼の旨味は少ない。こっちはどっちかというと試験の意味合いの方が強いから報酬が出ないクエストの方が多い。


仮に出ても多くて精々1万円ってところだろうな」



なんというシビア。


それでは生活を豊かになんてできっこないぞ。



「だからこそお前たちが積極的に受けるのはもう一つの方、採集だ。


内容は主にほかの学区からの依頼でな、指定した鉱物や植物、もしくは迷宮生物の部位の入手だ。


研究や生産、そして販売と採集のクエストの依頼は多岐にわたるし、毎日依頼が途切れることなく来るぞ。


学区を通しての場合、依頼内容に問わず基本最低賃金として5000円の支払いが最低条件だ。学生の日給としては悪くはないだろう」



5000円……それは確かに僕たちくらいの年齢では十分に大金と言える。


学生寮の場合は家賃も必要ないし、食費に宛てれば豪華な食事を楽しめることだろう。



「ちなみに個人間での契約の場合最低賃金についての制限はないから気をつけろよ。


たまに騙されたっていう学生の報告もあるから、個人間での契約する場合は依頼内容と報酬とか記載した契約書をちゃんと読めよ。


よっぽど悪質でない限り、その依頼を破棄した場合は騙された方に罰則がいくこともあるしな」



そこまで言ってから武中先生は黒板にチョークを当てた。


トントンと二回黒板に宛てると、そこには一瞬で精密な犬――いや、狼かな?――の絵が出現した。


……今のは魔法なのだろうか……それともまさか一瞬で書いたのか?



「そして、今日お前たちには地下3階層に生息するこの“ブラックハウンド”の討伐クエストをやってもらう。


こいつを討伐できれば明日から地下5階層まで行って良いことになる。


一人で行ってもいいし、他のメンバーと協力してもいい。まぁオススメはパーティ組んでの討伐だな。数人で一匹討伐しても一人で一匹討伐しても、先に行けるようになることに変わりはないからな」



「先生、質問いいですか?」



「いいぞ、なんだ歌丸」



「パーティで討伐した場合でも全員が先に進めるようになるのどうしてですか?


一人で倒した場合と比べると実力が不足してるように思えるんですけど」



「逆に聞くが、例えば回復専門の職業ジョブの非力な生徒がいたとして、そいつに討伐ができると思うか?」



武中先生のその言葉の内容は、よく考えずともすぐに答えが出た。



「難しいと思います」



「その通りだ。だがその回復役がほかの生徒と組んだ場合、討伐の成功率が上がる。


単独の時と違って集団では戦闘能力だけを試してるわけじゃなく連携、援護、戦略も評価の対象だ。


だから仮に非力な奴でも役目をもって果たしていれば先に進める資格を得られる。わかったか」



「はい」



ということは、僕も身の振り方によっては討伐クエストを無事にこなせるかもしれないのか……よし、希望がすこし見えてきたぞ。



「ああ、ちなみにこの討伐に報酬はでないぞ。


今日からでも金が欲しいってやつは急いで前線基地ベースに行くんだな。


この時期は新入生で上層はひしめいてるから、受けられる採集クエストはすぐになくなるぞ。


よし、解散」



ガタッと、武中先生の合図と同時にほとんどの生徒が席を立って教室を飛び出した。



「え、ちょ――僕も」「待て」「ぐほっ!?」



クエストを取られてなるかと僕もすぐに教室を飛び出そうとしたら武中先生に襟を掴まれて止められた。



「お前はまず職業の方が先だ。お前まだ“ノービス”のままだろ」


「あ……そういえばそうでしたね」


昨日、医務室からの帰りで放課後に職業を決めるって言われてたっけ……


だが、おかげで完全に出遅れてしまい、教室にはもう誰も……



「……あ」

「あ」



いた。たわわさんが残ってた。



「グンマ――ごほんっ……三上さんと一緒じゃなかったの?」


「そう思ったんだけど……その、私走るの苦手で……」



確かにたわわさんって運動得意そうには見えないよね。だって走るときバランスとりずらそうだもん。主にたわわが揺れて。



「そうか。だが逆に運が良かったな苅澤。俺がお前たちを誰よりも早く前線基地に送ってやる」



不敵な笑みを浮かべながらそんなことを言う武中先生。



「どういうことですか?」


「まぁそう焦るな。ちょっと準備してくる。


とりあえず靴を履き替えて玄関で待ってろ。歌丸、お前の武器は廊下にあるお前のロッカーに入れてあるから忘れるなよ」



そういって出て行ってしまう武中先生。


残された僕たちは顔を見合わせて頭上に疑問符を浮かべる。



「今の、どういう意味なんだろうね?」


「さぁ……でも、武中先生も適当なこと言ってるとは思えないし、僕たちはひとまず玄関で待ってた方がいいんじゃないかな」


「それもそうだね」



僕は荷物をかたずけ、ロッカーに入っていた槍を持って玄関で先生を待つ。


一方、たわわさんは手ぶらだった。

ちなみに普通の意味での手ぶらだ。手ではない。



「たわ――さわわ……じゃなった、苅澤さん」


「……歌丸くん、どこを間違えたの?」


「まぁまぁ気にしない気にしない。

で、苅澤さん昨日杖持ってたよね? 持っていかなくていいの?」


「ああ、それなら大丈夫。えっと……ほら、これで管理してるから」



たわわさんは制服のブレザーのポケットから一枚のカードを取り出す。


北学区を示す校章と、たわわさんの名前と所属クラスとか書いてある。


しかし、その全体のデザインはなんか見覚えがあるような……



「アドバンスカード……?」



今も僕の胸ポケットにあるシャチホコのアドバンスカードと、今たわわさんが取り出したカードの雰囲気がかなり似ている。



「うん、これはその生徒版……というか、この“学生証”が本家で、アドバンスカードは別名で“モンスター版学生証”って呼ばれてるの。


これは職業を確定した時に出現するもので、これで生徒は自分の能力を強化できたりするんだよ」


「へぇ……」



つまり、僕も職業を確定すればそれが手に入るってことか。



「参考までにどんなこと書いてあるか見せてもらってもいい?」



「うん、いいよ。ちょっと待っててね。


えっと……ここを、こうして……」



たわわさんが学生証をまるでスマートフォンでも操作するかのように表面を触れる。



「はい、これが迷宮で攻略するときに使う主な機能だよ」



そういって手渡された学生証を確認すると、たわわさんの名前があり、そこに数字とグラフが記載され、下の方にスワイプしてみるとスキルやら装備やらの画面が出てきた。



「本当にゲームみたいだ……」



この学生証作ったやつ、ゲームの設定とかそのまま流用してるだろ絶対。



「スキルの獲得方法はポイント制のツリーダイアグラムか……あ、でも魔法や技以外に単純に体力アップとか、詠唱短縮とかパッシブ系のものもあるんだ」



これなら一点に特化させれば立ち回り次第で強い迷宮生物とも戦える可能性があるが、性能がピーキーすぎるとリスクも上がるわけで、その辺りの調整も考えないと駄目なんだな。



「――ちなみにダイアグラムは同じ職業であっても生徒によって構成が異なる場合がある。


仮にお前がエンチャンターになったとしても苅澤のように同じスキルを覚えられるとは限らないぞ」


「あ、先生」



どうも内容の確認に夢中になっていたらしく、声を掛けられるまで武中先生が近くに来ていたのに気づきもしなかった。



「よし、それじゃあ行くとするか」



パチンッと景気よく指を鳴らす武中先生。


すると先ほどまで僕たちは校舎の玄関にいたはずなのに、一瞬で周囲の景色が変わり、昨日の前線基地の広場にいた。



「これ……ワープってやつですか?」


「その通りだ」



あっさりと話す武中先生に、僕は絶句する。


北学区の教師の大半は卒業後も能力を保持した教員が多いとは聞いていたけど、この人がこんな魔法までできるなんて思わなかった。


在学中、相当優秀な迷宮攻略者であったに違いない。



「わぁ……すごい」



感心しているたわわさん。


その恰好は迷宮に入ったことで制服が通常時だからスカートの丈が伸びており、ブレザーがゆったりしたローブのように変わっており、まさに魔法使いという服装になっていた。



「とりあえず歌丸はさっさと職業を決めるぞ


苅澤はあそこの掲示板で手ごろなクエストでも探してろ。


今なら選び放題だぞ」


「はい。苅澤さん、見せてくれてありがとう」


「うん、それじゃあね」



たわわさんはまだ人が少ないうちに手ごろなクエストを選ぶに違いない。


広場から学区までは基本的に交通機関を利用するくらい遠い。


直通で往復の電車が5分おきに通っているが、それでも片道15分でそして学校から駅、駅から前線基地までの移動でも時間はかかるし……まぁ20分はかかる。


たいして僕たちは学校からここまでの移動に5分もかかってない。


あと15分も余裕がある。とはいえ、おいしいクエストは早い者勝ちだ。



「先生、早く職業決めましょう」


「焦らなくても1分もかからねぇよ。ついてこい」



前線基地の広場の北側に大きな像があった。


その像の前に来て僕はそれを見上げているのだが、なんだろうか、普通こういう時ってその迫力に圧倒されたりするはずなのだが……



「なんかこの像みてると、イラッとするのは何故なんでしょうか?」


「その像のモデルが学長だからじゃないのか?」


「そうなんですか(ゲシゲシゲシッ)」


「歌丸、気持ちはわかるが像の足の小指を集中して蹴るな」



おっと、無意識でやってた。



「で、どうやって職業選べるようになるんですか」


「その場から一歩、いや二歩くらい下がって少し待て」



言われるがまま、僕は二歩くらい下がってしばし待つと、地面ががたんと音を立てて動き、そこから石の柱出てきた。


その柱の上部分は台座となっており、ジャンケンのパーみたいな形のくぼみがあった。



「見るからにこれに手を置けって感じの奴ですね」


「その通りだ。

とりあえず今のお前ならテイマー適性は確実にあるだろう。

適性が一つの場合は自動でその職業に決定されるぞ」


「よし……それじゃあ」



少し緊張するが、意を決して台座に手を置く。



【虚ロナ者ヨ】



「っ!?」



突然聞こえてきた声に驚き、僕は台座から手を離そうとした。


だが、まるで手と台座がくっ付いてしまったかのように離れない。



「どうした歌丸?」


「な、なんか声が……!」


「声? ガイダンスのことか?」


「この声ガイダンスなんですかっ!?」



【否】



「今、否って言いましたよ! 言いましたよね!!」


「いや、ガイダンスは基本的に台座に触れてる奴にしか聞こえないぞ」


「えぇー」



【虚ロナ者ヨ、内二秘メタ闇ヲ晒セ】



「なんか中二病みたいな感じのことをドスの効いた声で言ってくるんですけど……」


「聞こえてくる声と内容は生徒ごとに違うぞ。


一説によると深層心理が作用してるらしい」


「僕の深層心理がどう作用してるのこれ?」



【虚ロナ者ヨ、汝ハ人カ? 否カ?】



「人に決まってるでしょうが」



新手のボケかと思ってツッコミを入れると台座から手が離れるようになった。


そして離れた手にはいつの間にか一枚のカードがあった。これで職業が決まって学生証が発行されたようだ。



「……なんだこれ?」



先ほどたわわさんに見せてもらった学生証と、なんか色が違う。


あっちは白かったのに、こっちはところどころ汚れているかのように黒くにじんでいる箇所がある。



「歌丸、ちょっと見せてみろ」



武中先生も僕の学生証が変だと思ったのか、ひっくり返したりしてよく確認する。



「中を見ても大丈夫か?」



「はい、どうぞ」



先生は学生証の表面をスワイプして操作してみる。



「予想通りの能力値の低さだな」



知ってた。


職業変化したら俺TUEEEできるとか別に期待してなかったし。



「しかしちゃんとエンぺラビットのテイムはされているし、スキルポイントもちゃんとある。


別にこれといって問題は…………はぁ?」



操作の途中で、あからさまに武中先生は困惑する。



「どうしたんですか?」


「いや、しかし……これは………………ふぅ」



一度深呼吸をしてから、武中先生は僕の方に向き直る。



「歌丸、お前の職業なんだが……これは俺も初めて見たぞ」


「え! もしかして凄い奴ですか! 僕強くなれる感じの奴ですか!」


「……見てみろ」



そういって差し出された学生証を受け取り、僕は自分の職業の欄を確認した。



歌丸連理うたまるれんり

――職業ジョブ:ヒューマン?



僕は学生証を地面に叩きつけた。

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