第10話 素直にすれ違う。

「まったく……授業開始の日にいったい何やってんだよお前たちは?」



僕と英里佳、そして三上さんの三人は生徒指導室に呼ばれて朝教室であったことを武中先生に説明していた。



「アドバンスカード、か……まぁ、そりゃ話に熱が入るのもわかるが……

三上、昨日今日でも分かることだがお前は言動に粗さが見えるぞ。

以後気をつけろ。それが原因で誤解を招いたんだからな」


「…………はい」



沈痛な表情で頷く三上さん。


見た感じプライドの高そうな彼女にとって生徒指導室に呼ばれたこと自体がとてつもなく屈辱的に感じられるのだろう。



「そして榎並だが……まぁ、今回はお前も誤解してもおかしくなかったという状況を認めるが人の話に耳を傾けろ。

痛い目に遭ってから学ぶなんてことが続けば迷宮でも命を落とすぞ」


「……わかりました」



事情を聴いた英里佳も自分の早とちりを認めて大人しく頷く。



「そして歌丸」


「はいっ」


「指導室呼ばれてヘラヘラしてんじゃねぇ。

お前ちょっと床で正座」


「はいっ」


「はきはき返事すんな。反省を示せ反省を」


「さっせーん」


「喧嘩売ってんのか?」


「え、違うんですか? マンガだとこういう場所に呼ばれる生徒って大抵こういう返事をするってあったんですけど……」


「いつの不良だそれは?

そこの二人はもう教室戻っていいぞ。歌丸には説教追加だ」



二人は椅子から立ち上がり、武中先生に頭をもう一度頭を下げる。



「失礼しました」



早々に指導室から去っていく三上さん。その後に教室を出ていこうとする英里佳は僕の方を見て何か言いたげな表情をしていたが、結局そのまま無言で頭を下げて出て行ってしまった。



「歌丸」


「あ、はい、そうでしたね正座すればいいんですよね?」


「しなくていい。というか、お前この状況楽しんでるだろ?」


「はい、こういう場所に呼ばれたの初めてでワクワクしてます」



武中先生は額に手を当てて大きな溜息をついた。疲れているのだろうか?



「……まぁ、別に今回の一件はお前が悪いってわけでもないんだが……一応確認を取るがどうして三上を叩いた?」


「言ってはいけないことを言ってたからです」


「死ねとか他人に言うなってことか?」


「え?」


「は? 違うのか?」


「迷宮学園で死ぬか生きるかなんて日常茶飯事なんですから別にそれくらいはどうでも……というか、普通に死ねとか殺すって使いますよね、日常会話で?」



僕がそういうと、武中先生はなぜかとても顔をしかめた。

これがいわゆる苦虫でもかみつぶしたような顔、というやつなのだろう。



「教職の身としては認めたくはないが、まぁ……確かに使われるな」


「僕も今朝海に身投げしよとしたときに使いましたし」


「待て、お前朝何があった?」


「まぁまぁそれはひとまず置いといて」


「置いとくのかよ……まぁ、察するに大したことでもないんだろうがな。

じゃあ三上の言葉の何が気に入らなかったんだ?」



武中先生の言葉に、僕は三上さんを叩いた右手を少し強く握った。



「気に入らないとか、そんなんじゃないんです」



そう前置きをして、僕は戒めるように左手で右手を握りしめた。



「もちろん女の子の顔を叩くのは、はっきり言って最低な行為であることはわかっているんですけど、あの時はそうしなきゃダメだと思ったんです」


「どうしてだ?」


「その……僕、怖くなったんです」


「怖い? なんかそんなに恐ろしいことを言ったのか、三上が?」


「はい。勝手に死ねばいい、と」


「……その言葉の、何が怖かったんだ?」


「あそこで黙ったままだったら、英里佳がその言葉を真に受けてしまう気がして」


「榎並が?」


「はい」



武中先生は口元に手を当てたまましばし沈黙し、おもむろに椅子から立ち上がった。



「…………ちょっと煙草吸っていいか?」


「どうぞ」



武中先生はポケットから煙草を取り出して慣れた手つきで一本取り出し、そしてライターに火をつけた。


その動作を席から立ち上がって窓を開ける間にやって、外に向かって紫煙を吐く。



「つまりお前は榎並のことを想ってあの時動いたのか?」


「違いますよ、僕のためです」


「榎並が死なないように行動したのに、どうしてお前のためになるんだ?」


「英里佳がいなくなったら、僕は悲しいと思うからです」


「………………わかった。お前も教室に戻っていいぞ。

ただ、三上にはちゃんと叩いたことは謝罪しとけよ」


「わかりました」



僕は指導室の扉を開け、そして締める前に武中先生に頭を下げた。



「失礼しました」





歌丸が教室から去ったのを確認し、武中幸人は口にくわえた煙草が一気に灰になるほど大きく息を吸い込む。


「おやおや、この時間帯は校舎内全面禁煙ですよ?」



「っ――げほっ、ごほっ……!」



突如聞こえてきた声に、武中はせき込み、そしてうんざりして目を瞑った。


どうせ窓の外に浮いているのだろうと振り返りすらしない。



「……またですか学長。あなたも暇ですね」


「いえいえ、今も忙しいですよ。ですので」



ポンと、肩に何かが乗った。


見てみると、そこには掌に乗るくらい小さくなった学長がいた。



「分身作ってみました。


って、あれ? 武中先生? どうしてそんな強引に私を掴むのですか?」



額にうっすら青筋を浮かべ、武中はちっちゃい学長の分身を握りつぶそうと力を籠めるのだが、分身とはいえ流石は最強のドラゴン。


全力で握っているにもかかわらず痛がるそぶりすら見せない。



「歌丸への贔屓だけではなく、榎並の前に姿を現すとは何事ですか?」


「ふふふっ、それは申し訳もないです。

歌丸くんと三上さんの青春のやり取りに心打たれてもう我慢できなかったのですよ」


「ほっほぉ……では俺も我慢せずこのまま学長の分身をほかの教員にさらしましょうかね、これで仕事の量を倍にできるぞと」


「た、武中先生! それは流石に洒落になりません! これ以上の書類業務とか死んでしまいます!」


「それが事実なら国家ぐるみであなたを忙殺するように仕向けるでしょうね……まぁ、どうせ無駄なんでしょうが」


ゴミを放り投げるように学長を解放すると、学長はその小さくなった羽を羽ばたかせて武中の肩に再び止まる。



「元気がないですね? どうかなさいました?」


「いえ……ただ」


「ただ?」


「歌丸くらいに素直だったら、俺は……あの頃の俺たちはもっと違う道を選べたのかなっと……今更ながら思っただけですよ」



と、武中はそこまで言ってから「らしくないな」と苦笑する。


そしてその時、視界の端で彼の経験則で分かる程度には、嬉しそうに笑っている学長の顔があった。



「ふふふっ、青春ですねぇ~」



その発言は学長が普段良く言う口癖みたいなものだったが、この時は以上に武中の怒りの琴線に少々触った。



「……ふぅー」



武中は吸っていた煙草を携帯灰皿に入れて、再び方に止まった学長を握り締めた。



「ん? 武中先生、どうして私をそんな野球のボールみたいに振りかぶって――――」



最後まで聞くことなく、その強肩をいかんなく発揮した武中は即座に窓を閉め直して施錠した。



「さて……分身のこと各校長に報告するか」



手に持った教員専用の電話を操作しながら生徒指導室を去るのであった。





教室へと戻る際中、僕はふとあることを想いだして廊下で足を止めた。



「おっと……忘れてた」



胸ポケットに入れておいたのはアドバンスカードだ。



「出てこい、シャチホコ」



名を呼ぶとカードが発光して、僕の目の前にエンぺラビットのシャチホコが姿を現す。



「きゅきゅっ」


「おっとっと」



シャチホコはすぐさま僕の頭の上に乗った。



「やっぱカードの中より頭の上がいいのか?」

「きゅう」



「当然」と即答するかのように鳴くシャチホコ。



「でも授業中はカードの中にいてもらうぞ。


それ以外ではなるべく入れないから我慢しろよ?」


「きゅぅ……」



「仕方ないなぁ」と残念そうに頷くシャチホコ。


これはアドバンスカードの機能の一つで、武中先生に教室からの移動中に教えてもらった。


契約した迷宮生物モンスターをカードの中にいれて持ち運べるのだという。


重さもなく、いつでも自由に呼び出せるようになるというのだから本当に便利だ。


完全にアレだよ、昔流行ったっていうポ〇ットモンスターのモンスターボ〇ルだよね、これ。



「おい、この時間新入生は授業中のはずだったと思うのだが?」


「え、あ、すいません、ちょっと先生に呼び出しを受けてまして……って、あ」


「む? そのエンぺラビットは……」

「あれ、クロ先輩の知り合い?」



声を掛けてきたのは上級生の二人組だった。


片方は見覚えがある。というか忘れるはずもない。



「確か……生徒会の来道先輩、ですよね?」


「ああ、あの時の新入生か。昨日は大変だったな。

しかしなかなかのガッツだったぞ」


「その、昨日は助けていただきありがとうございました」



昨日あのまま気絶しちゃったからお礼言いそびれてたから、とりあえず今会えてよかった。



「ああ、君が噂の新入生か。ふぅーん」


「あの……」

「きゅ……」



来道先輩と一緒にいた女子の先輩。背は僕より低いが、ネクタイの色で上級生だとわかる。


その先輩は僕を観察するように見上げて僕の周りを歩く。


「本当にエンぺラビットテイムしたんだ。って、その手にあるカードってもしかしてアドバンスカード? なんで?」


「落ち着けルリ。今朝学長が直々に申請書出しに来ただろ」


「え? そうだっけ?」


「お前なぁ…………ああ、一応改めて自己紹介しておくか。


俺は来道黒鵜らいどうくろう、3年生だ。北学区生徒会の副会長を務めている。


こっちは同じ生徒会の2年で、書記の一人である金剛瑠璃こんごうるりだ」


「よろ~、瑠璃先輩って呼んでね~」


「ど、どうも。1年の歌丸連理うたまるれんりです。よろしくお願いします」


「なるほど、じゃあ“レンりん”って呼ぶね」


「レンりん、ですか?」



初対面で唐突にあだ名をつけられてしまった。



「嫌だった?」


「嫌ではないですけど、基本的に苗字が珍しいのでそちらをよく呼ばれるので慣れてなくて」


「え~、歌丸より絶対名前の方が可愛いよ」


「可愛い、でしょうか……?」



来道先輩の方を向くと、先輩はやれやれと嘆息しながら首を横に振った。



「歌丸、気にするな。こいつとの会話は話半分程度に聞いておけ」


「ぶーぶー、クロ先輩の意地悪ぅ」


「そんなことよりさっさと行くぞ。歌丸も授業に戻れよ」


「あ、はい。では失礼します」


「じゃあねレンりん、困ったことあったら生徒会に相談してね~」



そのまま二人は歩いて去っていく。


僕もさっさと教室に戻ろうとした。



「歌丸」


「え、はい、なんですか?」



突然に呼ばれて振り返る。



「迷宮、気をつけろよ」


「……は、はい」



僕が頷くと、来道先輩はまた歩き出して去っていく。


気をつけろと言われても、迷宮ではそれくらい常識というか……改めて念押しするようなことがあるのだろうか?



「とりあえず、もう一回入っててなシャチホコ」

「……きゅぅ」



すっごい渋々な感じだが、大人しくカードにシャチホコが入ってくれた。


そして自分の教室まで戻ると、僕はゆっくりと扉を開く。



「すいませーん……遅れましたー」



「ん? ああ、訊いてるよ、自分の席について」



淡々と教壇に立って数学の教科書を開いている先生。


僕は自分の席に戻ろうとして、その途中、必然的に僕の後ろに座っている英里佳と目があった。



「っ…………」



そして目を逸らされた。


……いや、別に……わかってたし。


うん、さっきのことは彼女の正義感からの行為であって、僕に対して好意的なわけじゃなかったことくらい、わかってましたし……うん、気にしない……気にしない。



「ぐすっ……」



大人しく座って数学の教科書を開くのだが……おかしいな、なんだがぼやけて良く見えないよ。


まぁ、とりあえず午前中は四限まであって、数学、国語、生物、世界史って感じでこれからの授業の進め方と教科書の触りくらいの内容だった。


昼休みになり、僕はとりあえず席を立ちあがって即座に振り返った。



「英里、佳…………あれ?」



そこにはもう英里佳の姿はなかった。


おかしいな、昼休みになってまだ10秒も経ってないのに姿を消したぞ。


ちゃんと話しておきたいことがあったんだけどなぁ……


仕方ない、とりあえず……



「あの、三上さ」「紗々芽、お昼どうする?」


「え……えっと、今日は学食にしようかなって」


「みか」「じゃあ行きましょ」



僕の方を一切見ることなく三上さん――もといグンマーは席から立ち上がって教室を出ていった。


出ていく直前にたわわさんが僕に対して申し訳なさそうに会釈していたが、君は何も悪くないよ。そのままの君でいて。



「…………また今度謝るか」



僕も、医務室に来るように言われていたし、また時間を見計らって二人に話しかけるとしよう。



「失礼します」



昨日の行った医務室に入っていくと、昨日と同じように白衣を来た湊雲母みなときらら先輩がいた。


ただし、福笑いみたいに位置のズレた目の絵が描かれたアイマスクをつけて大きなソファに腰かけた状態でだ。



「み、湊先輩?」



「ん……だれぇ?」



椅子に座ったままだった先輩はアイマスクを指でずらしてこちらを見る。



「……ああ……歌丸くん。そっか、もうお昼だったんだ」



「んん~っ」と背伸びをして、立ち上がって黒いキャスターの着いた円形の椅子に座りなおした。



「寝不足ですか?」


「そうよぉ…………ちょっと気になることがあってね。

とりあえず怪我の具合見るからそこ座って」


「はい、お願いします」


「それじゃ簡単な触診から始めましょうか」



言われたまま座って、湊先輩は僕の手足を触れてみる。


正直触られても全く痛いとは感じないのだから、回復魔法の凄さを思い知る。



「私ね、医者になりたいのよ」


「え? あ、あぁ……凄く立派だと思います。

もしかして回復魔法を医療にって、奴ですか?」


「そ。まだ正式に認められてないけど手術の必要もないし、高価な薬も必要ないからね。ただ……」


「卒業したら、魔法が使えなくなる……でしたっけ?」


「そうなのよねぇ……」



どこか疲れたように大きくため息を吐く湊先輩。



「本当に面倒なのよね。


迷宮生物や、発見した物質とかは普通に持ち出せるのに学生だった時に持っていた能力を卒業と同時にほとんどの生徒が消失してしまう。


その能力を卒業後も保持するためには条件がある」


「聞いたことありますけど、複数あるんですよね。


特定の迷宮生物を倒す、特殊なアイテムの入手、他にも学長主催のイベントでの功績とかいろいろ。歴代だと300人近く一気に能力を保持したまま卒業したって事例もありますよね?」


「それでも、全体を見れば能力を保持したまま卒業できた人なんて一握り。砂漠で掴めた砂みたいなものよ。


その中に回復魔法を使える人がどれだけいたか…………おかげで回復魔法はいまだに医療として認められるだけの実用の目途も立たない。


儘ならないのよね。だけど、それでも私は将来医者になりたいの」


「……は、はぁ……あの、そんな話をどうして僕に?」



ただの検査のはずなのにそんなことを今僕に話すのはなんかおかしい。


医者になりたいから私は頑張ってる。どう、偉いでしょ? って感じに威張るようなタイプとは湊先輩は違うような気がするし……



「うん、だからね。私、気は早いとは思ってるんだけど医学書とか見ててさ、いろんな怪我や病気について下手な医学生よりは詳しい自負があるの。


そして……治療の際、私は君の怪我の状況を確認するため解析の魔法使った。言ってみればファンタジーのCTって感じなの。


ここまで言えば、わかる?」



「…………ああ、はい。よくわかりました」



なるほど、そういうことか。


僕は湊先輩が何を言いたいのか納得した。



「失礼な質問だけど、医学的な観点から言わせてもらうわね。


――君はどうして生きてるの?」



その問いに、僕は笑顔でこう答えた。



「なんででしょうね」



僕もそれを知りたい。

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