第9話 やめて、僕のために争わないで!
「ぅ、ぐすっ……えぐっ……ひっくっ……!」
「きゅうきゅ、きゅう」
「泣いとけ、今は」という具合に僕の頭をポンポン優しくなでるシャチホコ。
まだ朝で人の少ない教室のなか、僕は机に突っ伏して泣いていた。
「すすり泣く、っていう単語の意味を今目の前にしてるけど……見ていて楽しいものじゃないわね」
「とても昨日あんな怖い
そんな僕を少し離れた位置で眺めているのはグンマーとたわわさん(確定)だった。
誰もいないとは言ってないが、もうとにかく今は泣いていたかった。
「まったく、榎並さんから振られたからってそこまで泣くとか女々しい男ね」
「ぐふぇ」
こ、言葉の刃が胸に刺さった!
これは言葉に殺傷能力があったら間違いなく刃傷沙汰ですぞぉ!!
「こ、告ってないし……
友達かどうか確認したら逃げられただけだし(震え声)」
「それ、友達になりたくないってことなんじゃ……?」
「(ぶわっ)」
あれおかしいな?
視界がぼやけて何も見えないぞ?
「無言で大量の涙流してるわよこいつ」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
「い、いぃんだ……別に……慣れてるし……今更だし……全然、がなじぐなんべ……ないじっ……!」
「滅茶苦茶悲しんでるわよこいつ」
「あ、あの、違くて、私別にそういうつもりじゃなくて……あの、その……ごめんなさい!」
「すれ違いの葛藤、哀しみの涙、それもまた青春ですね」
何の前触れもなく突如教室に現れた学長。
その姿に全員が驚く。
「は」
「え」
「きゅ」
「死ね」
あ、上から順にグンマー、たわわさん、シャチホコ、僕です。
「う、歌丸くん……辛辣すぎませんか?
君はもっと元気よく挨拶するほうだったでしょう?」
僕は涙を拭いてニッコリ笑顔を浮かべて答えた。
「あ、すいません。
実は山形県では目上の人に対しては枕詞に“シネ”という言葉をつける方言があるんです」
「おや、そうだったのですか。
よかったよかった、てっきり嫌われてしまったのかと思ってしまいましたよ」
「あはははは、死ね。そんなわけないじゃないですか死ね」
「……あの、枕詞って言葉の後にはつけませんよ?」
「方言です」
「そうですか、なら仕方ないですね」
「死ね、死ね、死ね仕方ないから死ね」
「あはは、変わった方言ですねぇ」
「学長、それ普通に悪口ですよ」
「えぇ!?」
グンマーの指摘にオーバーリアクションを取る学長。
ドラゴンなんで表情はよくわからないが、声音で感情表現するとか器用だよね。
「どうしてそんなに怒ってるんですか歌丸くん?」
「自分の胸に手を当ててみてください」
「こうですか?」
僕の言葉通り、学長はその胸に自分の爪の生えた手を当てた。
「そのまま思い切り爪を立てて胸を抉ってください」
「思い返すことすら許してもらえないのですかっ?!」
「答えはCMの後です」
「そうですか。2分ほどですかね?」
「あの、会話が進まないので私がお答えしますが、昨日のラプトルリザードを執拗なまでに榎並さんにけしかけたのが原因です」
業を煮やした感じで入ってきたグンマー。
「おや、そんなことですか?」
「そんなことじゃないっ」
キョトンとした声音で答えた学長に腹が立ち、僕は立ち上がって学長の前に立つ。
「榎並様はあなたの攻撃を受けて気絶なされていたんだ!
あんたに攻撃なさった体罰というのならそれで充分だったはずだ!」
「その説明は昨日も…………あの、歌丸くん、敬語を使う対象が逆というか……昨日と榎並さんの呼び方変わってますよ?
何かあったんですか?」
何かあったかだと……そんなの……そんなの…………!
「(ぶわっ)」
「え、あ、ちょ、突然泣き出さないでください、反応に困ります!」
「情緒不安定すぎるでしょこいつ」
「あの……ティッシュどうぞ」
僕はたわわさんからティッシュを受け取り涙を拭いて鼻をかむ。
「シャチホコ、これ捨てて」
「きゅう」
渡したティッシュはシャチホコがすぐさまゴミ箱に入れてくれた。
「と、とにかくっ!
僕は昨日のあなたの行いを許していません!」
「は、はぁ……まぁ、そういうことなら納得しました。まぁ私も少しばかり意地悪が過ぎたと反省はしています。
なんせ久しぶりに正面から私を殺そうという生徒が現れたので少々はしゃぎ過ぎてしまいましたね。今後はもう少し自重しましょう」
サラッと言ったけどこの人真正面以外で榎並様以外からも命狙われてんだな。
まぁ当たり前と言えば当たり前のことだけど。
「あの……それで学長はこんな朝早くにどうしたんでしょうか?」
恐る恐るたわわさんが尋ねるとわざとらしく学長は両手を合わせて思い出したというジェスチャーを取った。
「おっと、そうでした。実は歌丸くんに渡したいものがあったのです」
「学長の首くれるんですか? ありがとうございます、榎並様に献上します」
「いえ、そんな戦国武将的なものではないのですが…………これをどうぞ」
学長が懐から取り出したのは一枚のカードだった。
何だと思って受け取ってみると、そこにはエンぺラビットをデフォルメした……いや、もともとデフォルメされたみたいな外見だから、そのまんまの姿があった。
「これって“アドバンスカード”!
しかもエンぺラビットのカードなんて実在しないはずじゃ……」
僕は手に持ったカードがなんなのかわからないのだが、グンマーは何か知っている様子で驚愕していた。
で、なにこのカード? 現金でも引き出せるの?
「流石ですね三上さん。エンぺラビットのテイムは世界初なので、昨日急いで私が作成しました。
現状、エンぺラビットのアドバンスカードはこれ一枚のみです」
「そうなんですか、ならプレミアつきますよね?
オークションに出せばいくらで売れますかね?」
「馬鹿、あんた馬鹿っ!!」
「あだだだだだだだだぁ!?」
朝とは比較にならないくらいに強力なアイアンクローが僕の頭蓋を軋ませるぅぅぅーーーーー!!
「アドバンスカードはテイムした迷宮生物を強化、もしくは進化させられる超が付くほど貴重なアイテムなのよ!
これがあれば、そのエンぺラビットを昨日のラプトルリザードより強くできるかもしれないの!」
「あはは、御冗談を」
「きゅきゅきゅ、きゅうきゅ」
シャチホコも僕と同じように「ないない」と顔の前で手を振っていた。この時、僕とシャチホコの気持ちは重なった気がした。
途端、僕の手に持ったエンぺラビットの絵の描かれたカードが発光した。
「あれ?」
するとそこには先ほどまでなかったはずの
「RENRI-UTAMARU」「SYACHIHOKO」という文字が上下に並んで浮かんでいた。
「契約完了ですね。
これで正真正銘このアドバンスカードは歌丸くんと……ふむ、シャチホコ、この子のものですよ」
「え?」
「それでは私はこれで。
それは君の昨日の頑張りを讃えての報酬と、そして私からの謝罪の証です。どうか存分に迷宮攻略に活用してくださいね」
「え、あの……」
「ふふふっ」と笑いながら上機嫌に教室を去っていく学長。
僕もシャチホコも、そしてグンマーやたわわさんもそれを唖然として見送った。
「……うそ……まさか……こんな奴がアドバンスカードを手に入れるなんて……」
わなわなと肩を震わせるグンマーに、僕は恐る恐るカードを見せる。
「……あの、これってそんなに凄いの?」
「当たり前でしょぉ!!」
びっくりした! 鼓膜破れるかと思った!
「いい! アドバンスカードっていうのは、テイマーが迷宮攻略をする上で絶対に必要なアイテムなの!
本来の迷宮生物は私たち学生みたいに戦えば強くなることなんてないけど、このカードがあるのなら話は別! 迷宮生物も強くなれるの!
このカードを持っているかいないかでテイマーはこの北で攻略するか南で畜産するかを大きく分けるの!」
「お、おう」
「テイマーじゃなくてもこのカードを欲しがる奴なんていくらでもいるの!
道具さえあればテイム自体は可能だし、上級生にはナイトの状態でワイバーンと契約して
わかる! 私だって欲しかったの! 低級の迷宮生物のカードでも手に入る場所なんて迷宮の奥だから市場に出回ることなんてほとんどないし、出回っても普通に数百万の値がつくのよ!
それを、それをよ! この世でたった一つしかないエンぺラビットのカードって、なにそれ! 意味わかんない!!」
「詩織ちゃん、落ち着いて! 顔、顔怖いよ!」
もはや絶叫としか言いようのない鬼気迫る説明を受け、僕もシャチホコのその場で背筋を伸ばして硬直するしかできなかった。
だが、話をきいただけでもとんでもないものをもらったということだけは理解した。
だけど……でも……
「……つまり、僕自身は弱いままか」
正直それが不満だ。
そんなことを考えていたら、落ち着き始めていたグンマーの手が伸びて僕の胸ぐらを掴んできて……!
「な、に、を、がっ、か、り、し、て、ん、のよぉぉーーーーーーーー!!」
「あばばばばばばばばばばばっ!?」
前後左右に激しくシェイク!
ね、ねくたい、ネクタイが締まってい、息がぁ……!!
「詩織ちゃん! 歌丸くん顔、顔真っ青に、顔青いってば!!」
「きゅきゅーーーーーーーー!!」
必至にグンマーを止めるたわわさんとシャチホコだが、一向に止まる様子のないグンマー
や、やばい……意識が遠く……!
「――なにやってるの?」
突如、背筋がぞっと寒くなった。
拘束が緩まり、僕はその場で膝をついてとにかく酸素を求めて呼吸した。
「は、は、は……はぁ……はぁ…………」
何が起きたのかと顔をあげると、グンマーもたわわさんも硬直していた。
二人とも、視線はさきほど学長が出て行った方とは別の出入り口を向いていた。
僕もそちらの方に顔を向けると、そこには冷たい眼光をこちらに向けている女子生徒がいた。
「えり、か……?」
酸欠気味で少しぼんやりしつつも、そこに立っているのは間違いなく英里佳だった。
英里佳は無表情のままこちらに近づき、僕と同じ目線で顔を覗き込んでくる。
「歌丸くん、大丈夫?」
「あ、う……うん、平気だよ」
英里佳は僕から視線を二人の方に移す。
「彼に何をやっていたの?」
「え、あの……その」
「あの榎並さん、これは誤解で、別に私たちは歌丸くんに」
言葉を詰まらせているグンマー……
「首、絞めてた」
淡々と発せられたその言葉に、苅澤さんまでも言葉を詰まらせる。
「っ……そ、それは」
「顔も青くなってた。冗談で済ましていいわけない。
三上さん……歌丸くんに何をしようとしたの?」
「それは、その……」
「待って待って待って!
誤解、誤解だから!」
空気が怪しくなるのを感じ、僕は即座に英里佳の前に立つ。
「誤解って何が?」
「あの、だからちょっとこのカードのことで」
まずは発端になったカードを英里佳に見せると、英里佳が大きく目を見開く。
「! アドバンスカード…………なるほど……そういうこと」
「あ、わかった? いやぁ話が早いよ、んでちょっとこのカードのことで」
「ううん、もう大丈夫。
歌丸くん、この人からカードを奪われそうになったんでしょ?」
「え」「きゅ」
「ちがっ……そんなことしないわよ!」
「そ、そうだよ、これは本当に誤解で!」
「何が誤解なの? あなたはアドバンスカードの価値を知っていた。
だったら、契約済みのカードをどうやったら手に入るのかも当然知っているんでしょ」
「え、え、え?」
ちょっと、全然話についていけないんですけど?
「歌丸くん、そのカードは原則として契約が済んだらそこに書いてある名前の主しか使用できないの」
「名前の主……って……このカードだと僕とシャチホコってことだよね?」
「そう。だけど例外がある。
それは、その名前の人物、もしくは迷宮生物が死亡した時」
「…………えっと」
ちょっと状況を整理しよう。
僕はアドバンスカードを手に入れており、そしてそれはとても貴重なものだ。
そして僕の手にあるカードはその中でも世界に一枚しかないと学長公認。
もうこの時点でオークションにでも出せば大金が手に入ること間違いない。
だがそれを手に入れて、かつ僕以外の人間が使う場合は僕が邪魔になる。
それを考慮した上で英里佳が先ほど見たのは三上さんが僕の首を絞めている光景。
ああ……これは完全に誤解するわ。
「歌丸くんは下がってて。危険だよ」
「さっきから黙って聞いてれば……!
いい加減にしなさいよ! 誤解だって言ってるでしょ!
私はそいつにそのカードの価値を教えてあげたの! なのにそいつの危機感のない間抜けさに苛立ったのよ!」
「苛立って首を絞めたの? なおのこと悪い。
それに歌丸くんに謝罪もない。本当はカードの価値に目がくらんで彼を殺そうとしたんじゃないの?」
「だからなんでそうなるのよ! 確かに、首を絞めたのはやりすぎで悪かったと思ってるけど、アンタにそこまで言われる筋はないでしょ!」
「筋とかじゃなくて常識を私は言っているの。
あなたのやったことは人道的にもどうかしてる」
淡々とした英里佳の言葉に、三上さんは顔を真っ赤にしている。
やばい、完全に怒り心頭だ。
「おい、どうなってんだあれ?」
「喧嘩か……なにが原因だ?」
「なんかゲロ丸が原因っぽいぞ」
「いやだったらなんであの二人が?」
「まさか痴情のもつれ……修羅場?」
「え、なに、ゲロ丸たった一日で二人食ったの?」
「マジで、凄いな、いつ? あ、保健室?」
「はっ……そういえ榎並も保健室に……!」
「えぇ~……ゲロ丸最低じゃん」
なんか廊下から中を見ているクラスメイトの中で僕の好感度が底辺突っ切ってマイナスを駆け抜けているっ!
というか僕のあだ名って「ゲロ丸」で確定なんだ。
「人道語るならあんたの方が間違ってるでしょ!!」
うぉおびっくりした!
あんまりにもデッカイ声だったので廊下にいた生徒まで驚いてる。
「私の何が?」
「あんたが昨日、学長に挑んでそいつがどれだけひどい目にあったのかわかってんの!」
三上さんの言葉に、今度は英里佳が言葉を詰まらせた。
「ちょっと、それは僕が勝手にやったことであって英里佳は悪く」「あんたは黙ってなさい!」「えぇー」
当人なのに取り着く島無しとはこれ如何に。
「ハッキリ言って回復魔法が無ければ後遺症が残ってたわよ!
誰よりも貧弱なこいつが、勝手に一人で学長に挑んで勝手に死ねばよかったところを必死に戦ってたのに、アンタは気楽に寝てただけ!」
――勝手に?
三上さんの言葉のその僕はかなり強く、そして拭っても拭い切れないほどの強烈な違和感を覚えた。
いやいや、それは違うだろ。
「そのくせ、今朝こいつに何も言わずに逃げ出したそうじゃない! 何様よあんた!」
「そ、れは……!」
「三上さん」「うるさい! あんたは黙って――」
――パンっ
教室内に、乾いた音が響いた。
「…………あ」
三上さんは唖然とした表情で、赤くなった頬を抑えた。
「ごめん、流石に今のは黙ってられない」
「……歌丸、くん?」
背後で英里佳が驚いた声が聞こえた。
自分でも驚くほどのことだが、色々話しがこじれているが僕は僕のために怒ってくれた人を叩いたのだ。
叩いたのは僕の方なのに、なんだが叩いた右手が痛くて僕はその手を押さえた。
「勝手に死ねばいいとか、言わないで欲しいんだ。それは嫌だ。絶対に嫌だ」
「っ……この――」
三上さんが手を振り上げる。
ああ、これは思い切りビンタされるなと、とりあえずここはおとなしく受け入れるかと目を瞑る。
「――いいですねぇ! これぞ青春です!!」
だがしかし
ここで空気を読まずにドラゴンが突如現れた。
「流石です歌丸くん! まさか目を離して10分と立たずにこのような出来事発生とは!
私、感動しました!!」
「シャチホコ、目だ。目を狙え」「きゅっ!?」
「いやいや無理っすよ大将!」という感じに首を激しく横に振るシャチホコ。
まぁしかたないか。学長は冗談抜きで世界最強の生物だしな。
「帰れ、そして死ね」
「ふふふっ、私もうわかりましたよ、歌丸くんのその反応。
若者の間で流行している“ツンデレ”ですね」
「違う死ね」
誰か、お願いだからこいつを退散させて。
「こいつ――!」
ああ、なんてくだらないやり取りしてる間に背後で英里佳がなんか武器を取り出そうとして――
「学長、いきなりどこに――って、何事だ?」
そこへ唐突に現れた
「とりあえず榎並、武器を離せ。
ここは迷宮じゃないし、昨日の今日だと反省文じゃすまないぞ」
「……くっ」
武中先生の言葉に英里佳が武器を収めた。
ま、まぁ昨日あれだけやって駄目だったのだからそんな対策もなくすぐに襲い掛かるほど英里佳も馬鹿じゃないもんな……よかった止まってくれて……
「……で、いったい何があった歌丸?」
「えっと……これは、その……なんといいますか……」
このカオスな状況をどう説明したらいいのかと迷い、僕の視線は手にあるアドバンスカードに移る。
そう、もとをただせばこのカードが発端であり、そしてこれを渡したのは……
「全部学長のせいです」
「学長、ちょっと職員会議を開きましょうか」
「え、ちょ」
結論。元凶は学長。反論は認めない。
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