第8話 いつから友達と錯覚していた?
「あったーらしーい、あーさーがきたー……っと」
鼻歌とともに制服に袖を通す。
一応言っておくが、吐いたものではなく予備の制服です。
汚れた方は昨日のうちに洗濯に出しており、寮母さんがやってくれるとのことです。
「きゅ」
制服を着てネクタイをつけ終わると背中から一気に頭の上に駆け上がる重さがあった。
「おっと……やっぱりそこから降りる気はないんだな」
「きゅう」
「当然っ」というかのように僕の頭の上を陣取るエンぺラビットのシャチホコ。
まぁ、別にいいんだけど……
ひとまず僕は部屋の中の時計を確認すると、まだ6時になったばかりで、相田くんもまだ眠っている。
「ま、いいか」
起こすのも忍びないし、僕は一人先に部屋を出た。
「あら、歌丸くん朝早いのね」
「おはようございます白里さん」
ロビーの方から食堂へと向かうと、二十代くらいの女性がエプロン姿で出迎えてくれた。
腰ほどまである長い髪を後ろで三つ編みにゆったりまとめていて母性的な雰囲気の綺麗な人だった。
彼女は
なんでもこの学園の卒業生で、この学園での生活が気に入ってそのままここで生活しているのだという。
ちなみに学生寮は実は複数あり、基本一度入ったら三年間そこで生活することになっている。
だが多くの学生は所属する“課”によってそこの専用の寮に向かうか、個室がいいと自分でお金を稼いでアパートやマンションを借りたりするのだ。
あ、課とお金の稼ぎ方については後ほどに。
ちなみにこの寮は朝食だけは無料のビュッフェ形式で、あとは昼や夜は自炊かお金を払っての注文という形式になっている。
「あの、朝食こいつの分も取っていいですか?」「きゅう」
「あらあらあらあら!」
シャチホコを見てやや興奮気味にこちらに迫ってくる白里さん。
思わず気圧されそうになってしまった。
「可愛いわ~。私も学生時代何度かエンぺラビットをペットにしたいと思ったけどこの子たち逃げ足速くて無理だったのよねぇ~」
「そ、そうなんですか」
まぁ、見た目は確かに可愛いもんな。
女性なら特にこういうの好きそうだし。
「ねね、触ってもいいかしら?」
「あ~……シャチホコ、大丈夫か?」
「……きゅ~……きゅんっ」
「大丈夫みたいです」
「朝食のためだ、しゃーないな」というかのように渋々頭を前に差し出すシャチホコ。
その頭を恐る恐ると触る白里さん。
「わ、わわっ……やだ、凄いやわらか~い……可愛いー!」
「きゅぴぃ!!」
何度か撫でたところで我慢が効かなくなったのか、シャチホコを抱き上げようとしたのだが、流石は素早さで有名なエンぺラビット。
危機をいち早く察知して僕の頭から即座に逃げ出す。
「どふっ!?」
結果、白里さんは僕の頭を抱きしめる形となって僕の顔は暖かくて柔らかなものにつつまれ――ゲフンゲフンっ!
「え、あ、ご、ごめんなさいね」
抱きしめた対象がシャチホコでないと気づき慌てて離す白里さん。
……べ、別に残念とか思ってないんだからねっ!
「い、いえ……お気になさらず。
シャチホコの奴、まだ完全に人に慣れてなくて」
「あら、そうなの……シャチホコって名前?」
「はい、僕が付けたんですけど……変ですかね?」
「ううん、とっても可愛いと思うわ。
触らせてくれてありがとうね。その子の分ならいくらでも取ってていいわよ。
どうせ残り物は出てしまうもの」
「ありがとうございます」「きゅきゅー」
ちゃっかり僕の頭の上に戻ってきたシャチホコが鳴くと、白里さんがとろけたような顔を見せた。
どうもこの人の可愛いもの好きは相当なものらしい。
僕は自分の食べる分とシャチホコが食べられると首を縦に振った物を選んで大皿に盛って用意する。
昨日はサンドイッチのパンも卵も食ったけど、やっぱり野菜系がお好みみたいだ。
「歌丸くん、シャチホコちゃんって寮で飼うの?」
まだ学生がこないということで寮母さんが僕に話しかけてきた。
「はい。相部屋の人も問題ないってことなので、次の休日にでも必要な道具を揃えておこうかなって」
「そうなの?
でもずっと部屋の中じゃつまらないでしょ。
よかったらロビーの隅とかに大きめの柵とか作ってそこで遊ばせたりとかしない?」
「あ~……確かに、そういうのあった方がいいかもしれませんね」
「そう、やっぱりそうよねっ!
実は南学区でウサギの飼育用の用品とかあってね、今日買ってくるわね!」
「えぇ! いや、悪いですよ。
こいつの面倒は僕が見ますから、そういうのも僕が用意しますよ」
「いいのよそれくらい。
その子がこの寮に住んでくれるんならむしろ私もお世話したいの。
でも流石に全部タダってわけにもいかないから消耗品は歌丸くん持ちでいいかしら?」
「……ま、まぁ……それくらいなら。むしろ非常にありがたいです」
「じゃあ決まりね。可愛いもの買ってくるわね~」
鼻歌を歌いながら上機嫌に寮母の仕事に戻っていく白里さん。
これはかなりシャチホコのこと気に入ってくれたみたいだ。
「あはは……よかったな、シャチホコ」
「きゅい?」
モシャモシャとレタスを食べているシャチホコは一連の会話のことなど理解していない様子だった。
朝食を済ませて、校舎へと向かう。
正直まだまだ登校には早い時間なんだが、気持ちが早ってしまっていて落ち着かないのだ。
だから少しばかり遠回りして、北側の海が見える道を通る。
「きゅー……」
真っ青に広がる海を見て感動したかのようになくシャチホコ。
迷宮の外には出ないから、こいつにとって海は初めて見るのだろう。
「ふーふーふふん♪」
僕は何となく鼻歌を口ずさみながら歩いていると、前の方から誰かが走ってきた。
こんな早くジョギングとは真面目な人もいたものだ。上級生だろうか?
「はっ、はっ、はっ…………はぁ!?」
規則正しいリズムの呼吸で僕の横を通り過ぎたかと思えば、突如叫んで戻ってきた。
一体なんだと思えば、上級生じゃなくてグンマーの
あ、そういえばこのあたりって新入生の女子がたくさんいる寮の近くだったっけか?
「あー……ども」
「ちょっと待ちなさい」
挨拶も早々に先を急ごうとしたが、グンマーに肩を掴まれた。
「あなたあの怪我はどうしたの? かなり大怪我だったはずよ」
「もう回復魔法で治してもらったけど……それがどうかしたの?」
「回復魔法…………なるほど、確かにそれなら行けるわね」
「じゃ、そういうことで」「待ちなさい」
えぇ~……
「なんか用ですか?」
「用っていうか……その……なんていうか…………あなた馬鹿じゃないの」
「うっす、それじゃ失礼します」「だから待ちなさい」
「えぇ~」
「なんで言い返さないのよ!」
「それ言ったらなんでいきなり僕のこと馬鹿呼ばわりなのかって返すところなんですが……」
「昨日のあなたの行いを見たら誰だってそういうでしょ!」
「わかりました、では解散」「だから待ちなさいっての!」
僕を逃がすかと肩を掴んでいた手が僕の頭を掴み、指がこめかみにめり込む。
これが噂のアイアンクローというやつか!
「あだだだだだだっ」
「きゅぅう……!」
ちゃっかり頭から降りて離れたベンチからこちらを見ているシャチホコが戦慄していた。
「まったく調子狂うわね」
「僕は調子が悪くなりそうだよ」
「だったら正直に答えなさいよ」
「何を? 質問された覚えがないよ?」
「あ…………だから、その……なんでラプトルリザードと戦って事よ」
「今『あ』って言ったよね? 質問してないこと気づいたよね?」
「う、うるさいわねぇ! いいから答えなさいよ」
「答えろって……ん? もしかして昨日叫んでたのって君?」
ラプトルに遊ばれていたときにも誰かが僕に質問していたが、正直誰かわからなかった。
でも今にして思うと彼女の声だったような気がする。
「そうよ、悪い?」
「悪いとは言わないけど……言ったじゃん、友達だからだって」
「……あなたと榎並さんは昔からの知り合いだったりするの?」
「いや、僕の覚えてる限り昨日が初対面だよ」
「…………もしかして、好きだったりするの、一目惚れとか?」
「うーん……どうだろ、恋したことないからなぁ……でも友達も英里佳が初めてだし………………一目惚れしてるのかな、僕?」
「知らないわよっ!」
「えぇー……」
「ああもう、本当に調子狂うわねあんたと話してると」
「そうなんだ」
「何他人事みたいに言ってんのよ?」
「どうでもいいけど君って口調が荒くなると二人称が“あなた”から“あんた”に変わるんだね」
僕の指摘にグンマーは咄嗟に自分の口に手を当てた。
あれ、もしかして隠そうとしてた感じ?
「っ……そ、そんなことどうでもいいでしょ!」
「うん、だから『どうでもいいけど』って前置きしたじゃん」
「~~~~~~~っ!」
顔を真っ赤にして僕を睨み付けながら、グンマーは僕から離れる。
「まったく、あなたと関わっても時間の無駄だわ!」
「あ、うん、それじゃまた教室で」
「ふんっ!」
再びランニングを開始して去っていくグンマー。
彼女が離れていったのを確認して、またシャチホコが僕の頭の上に戻ってきた。
「グンマーは朝の挨拶にアイアンクローするんだな。怖いなぁ」
「きゅ~」
ひとまずここの散歩するときはグンマーとの遭遇しないように気をつけよう。
「ぎゅっ!?」
そんなことを考えていると、唐突にシャチホコが警戒心をむき出しにしたかのような声をあげた。
とういかどっから出たそんな不細工な声?
「あ……」
「ん? あれ、
「ぎゅぎゅぎゅぅ~!!」
シャチホコうっさい。
「や、おはよう。
英里佳はもしかして朝のランニングとか?」
「え、あ……その……」
服装からみるとどうやら朝のランニングっぽい。
昨日も迷宮での動きを見たが、やはり彼女もガチ勢っぽい。
グンマーなど目ではないくらいに鍛えられているのは確実で昨日までの僕なら敬遠するところだったが、そんなことはもうどうでもいい。
だってグンマーと違って僕を差別したり罵倒したりアイアンクローしてきたりしないし、なにより友達なんだからね。
「ああ、僕はただの散歩。
今日から授業が始まるって思うとなんだが落ち着かなくて早起きしてさ、時間つぶしで歩いてたんだけど……聞いてよ、さっきグンマー、あ、三上詩織なんだけど、会うなりいきなり」「なんで」「ん?」
突如英里佳は俯きだす。
「だ、大丈夫? もしかして具合悪いの?
無理しない方がいいよ、あのドラゴンの一撃受けたんだし」「どうして!」
心配で顔を覗き込もうとすると、英里佳は目に涙を溜めて僕を見た。
「どうして、そんな……私に、普通に話しかけられるの!」
唐突なその質問に、僕はどうしたのだろうと思いつつ即答した。
「だって僕たち友達でしょ?」
「……は」
「……え」
…………え、何この空気? 何そのリアクション?
……え、違った? もしかして勘違いでした?
「あの……英里佳、さん?」
「――っ!!」
僕が名前を呼ぶと、英里佳はその場から逃げ出すように走り出す。というか逃げ出された。
呼び止める時間すらなく、僕の貧弱な身体能力ではとうてい追いつけない速さで英里佳が逃げた。
「………………………………………」
頭の中が真っ白になる。
…………えっと……これは、つまりこういうことだろうか?
『はぁ? あんたが友達? バッカじゃないの?
アンタみたいな超雑魚でゲロ吐くようなくっさい男が私みたいなスーパーハイスペック美少女でハイパー強い私の友達だと思うなんて数千万億兆光年早いんですけどマジウケる~!』
※これは想像です。
……誰だ? あと光年は時間じゃなくて距離だ。
もう想像の中の英里佳のキャラ崩壊……いや、馴れ馴れしすぎたんですね。
今度から榎並様と呼ぼう。本当に調子乗ってすいませんでした……
「はっ、ひぃ……ふぅ、はぁ……あ、ふぅ…………あ、あれ?」
いつの間にかその場で地面に手をついていた僕の耳に、誰かのエロい息遣いが聞こえた。
「……えっと、歌丸くん?」
「…………はい……ゴミ屑のゲロ吐き野郎の歌丸です」
「え、ど、どうしたの急に? 何かあったの?」
顔をあげると、そこにはグンマーと一緒に昨日迷宮に入っていたエンチャンターの……さ、さわ……さわわ……いや、でか……た、たわ……
「たわわさん」
「誰っ!? 違うよ、カリサワ!
あ、そうでしたね。思わず視界に入ったたわわな方に目が行ってしまいました。
マジたわわっすね。何処とはいいませんが、マジたわわっす。
グンマーもデカいけど、あなたのはそれを更に超えてデカい。
バランス的に、そして女子の理想的な体系はグンマーに軍配が上がるけど、男子の理想を言えば間違いなくたわわさんの方が上だろう。
「それで、どうしたのこんなところで?」
……こんなところでどうしたの?
……つまり、あれだろうか?
『なんで君みたいな雑魚がこんな場所にいるの? 馬鹿なの死ぬの?』
※これは妄想です。
ということなのだろうか……
「…………生きててすいません」
「どうしたの急に!?」
「マジですいません……シャチホコ、頼む、僕をこの場から消してくれ」
「きゅうっ!?」
「大丈夫かよ!?」という感じに鳴いているシャチホコだが、もう駄目だ。
生きる気力が湧いてこない。
そんなとき、なぜかグンマーが再び引き返してきた。
「ちょっと紗々芽、ペース遅すぎ……って、なんでまだあんたがここにいるの?」
『まだこんなところに残ってたのクソゴミ。見るに堪えないわね』
※これは被害妄想です。
「いっそ殺せぇぇぇーーーーーーーーーー!!!!!!」
「「えええぇぇぇぇぇ!!??」」
「きゅうううううぅぅぅっ!?」
その日、一人の男子生徒が海に飛び込もうとしたのを必死に止める女子生徒二人とエンぺラビットが一匹の姿が目撃されたとかなんとかあったようななかったような……
……ああ、死にたい。
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