第283話 シャチホコ、進化への道! ⑤仲間になりたそうな目で……
突如始まったシャチホコと子兎コンビの決闘
「稲生、実況と解説、どっちがいい?」
「突然どうしたのよ?」
「いや、こういうのってあった方が盛り上がるかなって」
「盛り上げる必要があるの……?」
「いや、暇だから」
「……じゃあ、実況かしら」
「え、意外。てっきり喋る頻度の少ない解説するかと思った」
「あんたの方が詳しいのに解説とかするのはおかしいでしょ……」
まぁ、確かに。現時点でこの迷宮学園……いや、世界で一番エンペラビットに詳しいのは僕なのだろう。
まぁ、詳しいのはいつも一緒にいる三匹の性格であって、生態とかは知らんけど。
「現時点では……そうね、戦闘経験や身体能力を考慮すればシャチホコの方が圧倒的に有利なんじゃないかしら」
「確かに、うちのシャチホコは色々と鍛えているからね。
とはいえ、数の力というのも馬鹿にできない。
子兎コンビは戦闘経験こそ浅いけど、コンビネーションはできている。
一匹捉えたところで背後からの攻撃、背後を警戒していたところから意識的に死角となった真横からの襲撃……ああ、あれは本当に凶悪だった」
「やっぱ負けたんだ……」
「ん、んんっ!――……とにかく、見どころとしてはシャチホコがあの二匹のコンビネーションにどう対応できるか……これが勝負の名案を分けるはずだ」
「……というか、さっきから動かないわね、三匹とも」
稲生の言う通り、三匹とも毛を逆立てているが一歩も動かない。
「……これはまさか、すでに戦いは始まっているのか」
「どういうこと?」
「達人同士の戦いの場合、お互いに相手がどう動くのか見切り、そして自分がどう動くかを予測する。
いま、あの三匹はお互いにどう動くべきなのかを考え、眼には見えない激しい攻防を繰り広げているんだ!」
「……あの子兎コンビ、赤ちゃんよね? シャチホコも比較的に赤ン坊寄りなのにそんな高度なことしてるの?」
確かに言われてみれば……
「…………合図待ちとか?」
「……試しに手でも叩いてみる?」
「そだね」
物は試しと、音が大きくなるように意識して手を叩いてみた。
「きゅ!」
「きゅぽ!」「きゅぷ!」
それを合図に一斉に動き出す三匹
僕らからの合図待ちだったのか、律義だな。
などと思いながらも三匹の動きを目で追う。
身体は対応しきれなくても、その高速移動に目は慣れているのでちゃんと見えた。
「シャチホコが動いて子兎が左に……あ、いや、右? でもその間にシャチホコが……えっと……」
「稲生、無茶ぶりしてゴメン、無理に実況しなくていいから」
とはいえ、プロでも難しいだろう。
あの三匹の攻防はそれだけ激しく、目まぐるしく入れ替わっている。
シャチホコが攻めたと思ったら、子兎コンビが挟撃をしかけ、それをシャチホコがいなしたかと思えば追撃、かと思えばシャチホコのカウンター
……目では終えるけど、あの動きには絶対についていけないな。
英里佳なら可能かもしれないけど……たぶんあれだけ激しい動きの小回りの利いた動きは対応できないだろう。
単純なトップスピードなら英里佳やユキムラだって引けは取らないが、半径2m以内でのあの激しい攻防は不可能と言わざるを得ない。
「今のところ、互角……でいいのかしら?」
「いや、今の状態で互角となると……シャチホコの圧勝だよ」
「え」
僕の言葉に稲生がどういうことだろうという具合に首を傾げたが、その答えはすぐに出る。
「きゅきゅ!!」
シャチホコの姿が増えたのだ。
「きゅぼ!?」
「きゅぷ!?」
シャチホコのスキルである“
魔力を消費して分身を生み出すスキル。
アドバンスカードによって修得したスキルで、野生のエンペラビットが覚えていないスキルだ。
本来なら僕の魔力を使ってもっと分身を増やせるのだが、シャチホコの意地なのか、自前の魔力のみで分身を一体しか出していない。
だが、その一体の存在が決定的だ。
子兎コンビはそれぞれ一体ずつ対応しようとしているが……一対一なら体格が大きいシャチホコの方が強いわけで……
「「きゅきゅきゅうううう!」」
「きょぽ!」
「きゅぷ!?」
子兎コンビはそれぞれがシャチホコと分身の体当たりを受けて吹っ飛ぶ。
分身の方はその衝撃で消えてしまったが……
「きゅきゅう!!」
倒れた子兎コンビを、シャチホコがそれぞれの前足で踏みつける。
体重は軽いから潰れることは無いだろうが、それでも子兎コンビはシャチホコを押し返すことが出来ずに動けなくなった。
勝負あり、だね。
「へぇ……流石ね」
「まぁ、シャチホコは不満そうだけど」
「そうなの?」
稲生は素直にシャチホコを賞賛しているようだが、僕の眼にはどうにも機嫌が悪そうに見える。
シャチホコはスキルを使ったんじゃなくて、使わされたというのが僕の感想だ。
当初はスキルを使わなくても勝つつもりだったのだろうが、やはりそれでは無理だと判断して自分も数を増やしたのだろう。
「これがギンシャリ……耐久力のあるドワーフラビットだったらあえて攻撃を受けてカウンターをしたし、ワサビのエルフラビットなら空中も移動する三次元の動きで翻弄していた。
シャチホコは自力は強いし経験は持っていても、単独であの二匹を倒せないと判断してアドバンスカードの力を使ったんだ」
「それって悪いことなの?」
「いや、実践でその判断が出来るのは立派なことだって僕も思うよ。
けど、シャチホコが目指してる強さってどうにもそこじゃないみたいなんだ。
あいつは、自己顕示欲が誰よりも強いんだ」
相田和也や、御崎鋼真も相当だったが、おそらくそれよりもシャチホコの自己顕示欲は強い。
だって、明らかに格上……ドラゴンにまでもその強さに対して嫉妬を覚えたのはシャチホコだけなのだ。
僕や英里佳はドラゴンの強さに警戒し、対処法を模索はしても、嫉妬まではいかない。
「最弱とお墨付きをされたエンペラビットが、誰よりも強くなりたいって思ってる……凄い皮肉だよね」
「きゅう」
稲生とそんなことを話してる間に、シャチホコがこちらにやってくる。
そしてその後ろには子兎コンビたちもいて……
「……歌丸、胸ポケット光ってるわよ」
「……まぁ、なんとなくそんな気はしてた」
……アドバンスカードを取り出して内容を確認する。
シャチホコの持つ
上位個体のシャチホコ
下位個体にギャンシャリ、ワサビとあり、その下に空欄の“ ”の項目が二つある。
「きゅ、きゅきゅきゅうう」
「きゅぽ」
「きゅぷ」
「ねぇ、これってさ……」
「ああ、うん……名前を付けてあげるとこの二匹もアドバンスカードに登録されるみたいだね」
僕の言葉を肯定しているのか、ぴょんぴょんと子兎コンビがその場で飛跳ねる。
「さて……名前か……」
「(うずうず)」
「こいつら……雄と雌か……双子みたいなものだし、何か関連した名前に……」
「(ちょいちょい)」
「………………」
「ねぇねぇ」
とうとう声をかけてきた稲生。
嫌な予感がした振り返ると、もう凄い笑顔だ。
「断る」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「言わなくてもわかる。自分が名前を付けたいと顔に書いてある」
「別に私がつけてもいいじゃない。
あんたユキムラの名前つけたんだし、私がつけてもいいじゃない」
「……聞くだけ聞いてやる」
「ふふん、いいでしょう。
この子たちの名前はね――ギャラクシーホワイト「却下」まだ全部言ってない!」
「長い、五文字くらいにしろ」
「そんな名前じゃ個性が出せないじゃない」
「名前だけで滲み出る個性って嫌すぎるだろ……」
昨今のキラキラネームってこういう考えが原因なのではないかと社会問題についてちょっと考える。
「えー……じゃあ……ヴァイスとシュバルツ?」
はいきた、とりあえずドイツ語使ってればカッコいい的な感性。
こいつ間違いなく中二病だ。軽度っぽいけど。
「ヴァイスはともかく、シュバルツは違くね? それ黒って意味だろ。黒要素どこだよ?」
見た目は真っ白なエンペラビット
黒の要素はとても見当たらないが……
「…………心?」
「お前それ普通に失礼」
こいつら、一応僕らの先輩かもしれない人たちの魂の集合体からできてるんだからな。
「それは黒への風評被害よ! カッコいいじゃない、黒!」
「妙なところに食いつくな」
「カッコいいと思うのに、お姉ちゃんもお母さんもすぐ文句言うのよね。
私の私服は地味だとか、暗いとかいうし……あんなにカッコいいのに。
それに何にでも無難に合うから服選びも楽だし」
「おしゃれ初心者の典型」
学園だと普段着も制服になり易いからな……こいつの私服って滅茶苦茶ダサいのではないかとちょっと心配になる。
まぁ、僕も人のこと言えないけどね。黒、確かに無難な色合いだから共感できるけど。
「きょぷ!」
そして、子兎コンビの内の一体が何やら反応した。
そして、僕の手にあるアドバンスカードが何やら反応し“シュバルツ”という名前が浮かび上がる。
「え”」
「あれ」
名前が決まったことに驚いた僕だったが、その直後の子兎――シュバルツの変化に稲生が声をあげた。
見れば、子兎――シュバルツの体毛の一部の白を残してが黒く変化したのだ。
「きょっぽ!」
かと思えば、シュバルツの変化を見たもう一匹の子兎が一鳴きすると、これまた勝手にアドバンスカードの空欄に“ヴァイス”という名前が浮かび上がる。
結果、ヴァイスの体毛も一部黒色に変化し……黒の比率はシュバルツの方が多い状態であるが、その毛の色を反転させたがのヴァイスという感じだろう。
「「なにこれ?」」
僕も稲生も全く同じ感想を抱く。
「これ……エンペラビットの進化、でいいのかしら?」
「生まれたばかりで進化するほどの経験は持ってないはずだろこいつら」
「でも、進化って色んな条件があるって言うわよ。同じ植物系の迷宮生物でも、戦闘させてなくても火山エリアと氷河エリアにいた時間で別種に進化するって言うし」
「じゃあ、こいつらはどうなんだよ?
名前か、お前が妙な名前を付けたから進化したのか?」
「そんなこと私に言われても……」
現状の事態の変化に訳が分からずにただただ困惑する僕と稲生
そんな時、変化した子兎たちが動いた。
『ままー』
『ぱぱ』
「「っ!?」」
「きゅ!?」
喋った……のか?
今、子兎たちの方から妙な声が聞こえ、僕も稲生もシャチホコまで驚く。
そんな僕らをお構いなしに、白い比率の多い方――ヴァイスが僕の足にすり寄ってきて、シュバルツの方が飛びあがって稲生の胸元に飛び込み、稲生は反射的に抱き留めた。
『ぱぱ、ぱぱ、だっこ、だっこ』
「……稲生、僕の耳、なんかおかしくなったっぽいんだけど」
『まま、ぎゅー』
「……安心しなさい、私も聞こえたわ」
「きゅきゅ……」
事態の把握についていけずに困惑する僕と稲生
この二匹の進化条件については、少しだけ予想が建てられた。
「……もしかして、この二匹に親と思われたのがこの進化の条件なのか?」
「かもしれない、わね……でもそうなると……シャチホコを最初にテイムしたとき、一人だった? もしかして両親が一緒と認識されたら進化する、とかかしら?」
「いや、英里佳も一緒にいた……でも、あの時はアドバンスカードはなかったか」
「アドバンスカードが進化条件になっているのかしら……うーん……かなり妙な条件ね」
「そもそも急にこんな懐くものなのか?」
「いや、あんたには元々懐いてたわよ……」
いきなり攻撃仕掛けられて懐かれたとは言えないと思うが……
そんなことを話していたら、子兎コンビの意識は僕らからシャチホコの方に向く。
『『ねーねー』』
「きゅ!?」
「ねーねー」というのは……姉、という意味なのだろうか?
子兎コンビにすり寄られ、シャチホコが凄く困惑した表情で僕を見上げてくる。
僕もすごく困惑しているところなので、力にはなれそうにない。
「この子たち、一体どういう力を持ってるのかしら……?」
「うーん……ステータスはシャチホコよりも低いし、強くなったわけじゃないのかな?」
アドバンスカードに登録されたヴァイスとシュバルツの能力を確認したが、何か変化したとは思えない。
ギンシャリとワサビはそれぞれ強化されたのに、この二匹にはそう言った変化が見られない。
そもそも、稲生の姉である牡丹先輩からもらったレポートとも異なる進化形態だ。
単純に体色が変化しただけというにはあまりに異様……言葉が喋れるようになっただけ……なのか?
そう思いながら僕はアドバンスカードをよく確認して、妙なスキルを見つけた。
「…………は……え、えぇ!?」
そして、その記載されたスキルに、僕は目を疑わざるを得なかった。
ヴァイス:保有スキル
――生存強想Lv.9
シュバルツ:保有スキル
――生存強想Lv.9
未来の椿咲でも使っていなかった、未知のスキルが、まさかの新入りの子兎に発現していたのだ。
まさかあの時、あのシルエットに襲われた時に、
しかし、僕の驚きはそこで終わらない。
スキルには、さらに驚く続きがあったのだ。
ヴァイス・シュヴァルツ共有スキル
共存共栄Lv.4
・親と認めた存在と融合する。
対象 歌丸連理・稲生薺
「――ぷぅん」
驚き過ぎて、変な声が出た。
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