第282話 シャチホコ、進化への道! ④腹が減っては



「今僕たちが居る場所は暗闇エリアで間違いないんだけど……どうもこの先にあるのは一本道で、しかも大量に迷宮生物がいて……隠れて進むってのは難しいぽい。


けど、いちいち相手にしてたらこっちが磨り潰される。


鬼龍院、何か作戦はないか?」



現在、僕はシャチホコに調べてきてもらった未知の先の情報を鬼龍院と稲生に伝えていた。


シャチホコは暗くても道を正確に把握できる。


エコーロケーション、という奴なのだろう。音で周囲の状況を読み取れて、シャチホコと五感共有してる間は僕もそれがわかるので、シャチホコのみで先行して偵察してきてくれた未知の先の情報がわかるので、それを二人に伝えていたのだ。



「ちっ」


「……いきなり舌打ちとかなんだよ。文句あるなら口で言え」


「別に。ただ、こんな現状にした張本人が偉そうに語るな、って思ったんだよ」


「っ……確かに僕も迂闊ではあったかもしれないけど、お前の場合は勝手に巻き込まれたんだろうが」


「テメェが自分の立場もわきまえずに勝手をしたからフォローに回らないといけなくなったんだろうが」



あの時、僕が動いた直後に鬼龍院は風魔法で自分自身を浮かせて僕を助けようと接近したのだが、そのまま一緒に転移したのだった。



「だいたい、お前が俺たちにあのシルエットに攻撃すんなって言ったんだろ」


「それは……」



ぐぅの音も出ない。


自分で攻撃するなと言っておいて、その自分自身でそれを破ってしまった。


あの時は何かしなければならないと視野が狭くなっていたのかもしれない。


……あの時、英里佳や詩織さんがいれば……そうでなくても、紗々芽さんや戒斗がいてくれれば……もっと上手く対処できたかもしれない。


全くもって……僕は本当に、一人では何もできないんだなと今さらながら実感させられた。



「――二人ともやめなさいよ」



そんな時、近くでその膝に子兎たちを座らせている稲生が口を開く。


僕に引っ付いていた子兎二匹はあのシルエットが怖かったのかしばらく震えっぱなしだったが、見るに見かねた稲生が何やらスキルを使って二匹を落ち着かせ、今は眠っていた。


……ちなみに、今回のことで初めて気づいたのだが……颯の加速って僕の服を触れている者も対象に含まれてしまったらしい。


おかげで、あの時、僕の制服の裾をつかんでいた稲生までシルエットに過剰に接近してユキムラと離れ離れになってしまった。



「確かに歌丸の行動は軽率だったけど……あのまま何もせずに私たちが無事だったって言う保証も無いでしょ。


それに……ユキムラを除けば、あの時あれだけの不意打ちを成功させられたのは歌丸だけだった。


確かに効果はなかったけど、タイミング事態は完璧な奇襲だったって素人目だけど、私にはそう見えた。蓮山くんは違うの?」


「…………だが、結果がこの様だ。


あの場に残った連中がどうなったのか……」


「私は大丈夫だと思うわよ。


あの口振りだと、なんか私たちじゃない別の集団探してたってだけだし……歌丸のこと気にしてあの場に残ってたんだと思うわよ。


私たちがここに来た自身で、結果的には他のみんなが無事になったって考えられない?」


「……稲生、お前やけにこいつのこと庇うな。


お前は完全にこいつのせいで巻き込まれた被害者だろ」


「蓮山くんが突っかかり過ぎてるだけでしょ。


それに誰が悪いって責任押し付け合うなんて不毛よ。


そもそも、あれだけ怪しい人物を見てもユキムラが飛び出そうとしなかったことを考えれば、相手は相当の手練れ……北の生徒会クラスは確実よ。


そんなのが敵として現れた時点で、もうチーム竜胆の手に負えるキャパを超えていた。違う?」


「っ……」



稲生の言葉に、鬼龍院は明らかに表情をこわばらせたが、反論はしなかった。



「結局、運が悪かった。


私たちの現状をまとめるのにこれ以上の感想ってあるの?」


「………………ちっ……そうだな。ああ、そうだ。


俺たちの実力じゃ、圧倒的格上相手には対処できない。


……そうだよ、このバカがバカやらなくても俺たちにはどうこうできなかった。


悪かったな歌丸連理、八つ当たりだった」


「貶すか謝るかどっちかにしろよ…………まぁ、僕の方も軽率だった。


あのまま何もしなければ、そのまま見逃されていた可能性だってあったはずだし」


「……ちっ、冗談じゃねぇ」


「え……?」


「相手は犯罪組織の一員だったんだろ。


そんなクズ共に生殺与奪握られて生かされるのを震えながら祈る。


俺はそんな情けねぇのはゴメンだな。死んだほうがマシだろ」


「…………お前、さっき僕の行動に文句言いながらよくそんな感想言えるな。頭大丈夫か?」


「それとこれとは話は別だろ。バカが」


「テメェこの野郎」

「やんのかこの野郎」


「や、め、な、さ、い」


「きゅぅ~う~」



黙っていたシャチホコが呆れたように鳴くのであった。


ひとまず、時刻はそろそろお昼


幸い僕たちが今いる区画には迷宮生物がやってこないようなので、お昼を取ることにした。


僕は英里佳手作りのサンドイッチ(紗々芽さん監修)


鬼龍院は栄養のあるシリアルバー


稲生は手作りだというお弁当である。



「……鬼龍院、お前昼飯っていつもそれなのか?」


「これがむしろ常識だろ。


迷宮を移動しながら必要な栄養が効率的に食べられる。


保存食としても優れている。


ここは迷宮なんだぞ、お前らみたいに普通の弁当持ち込む方がどうかしている」



そう言われると、確かにちょっと同感。



「いやまぁ、確かにそうだけどさ、長期で普通に迷宮に行くならそれもありだとは思うけど、少なくともしばらくは僕たち迷宮に入るのって短時間じゃん。


もっと食い応えのある弁当食べたいって思わないの?


ほら、購買とかでも弁当売られてるしさ」


「思わん。そんな時間があるなら精神を集中させて魔法の精度を上げるべきだ」


「しっかり食べて、休むときに休まないと身体作りはできないって。


短期間だけど、講師経験のある英里佳のお母さんからも、食事はしっかり、栄養も大事だけど量も大事だって言ってたぞ。


胃とか腸に負荷をかけるんだ。そうやって内臓を鍛えることで、どんな時でも十全に動けるように身体を整えるんだ」


「俺は前衛じゃないからそこは重視しない」



……そうやって偏食になるから大きくならないんじゃないのか、こいつ?


身長だって、妹の麗奈さんに負けてるし。



「殺すぞテメェ」


「何も言ってないだろ」


「お前の眼は口ほどにものを言うんだよ」



……僕は近くでお弁当を食べている稲生の方を見たが、静かに頷かれた。


最近言われなくなったと思ったのに……



「……悪かった」


「ふんっ、黙って食ってろ」



ひとまず英里佳のサンドイッチを一つずつ食べ進める。



そして鬼龍院は自分の分を食べ終えてから「先にハッキリさせておくが」と前置きして僕を睨む。



「今この状況ではどう考えても俺が指揮官として適任だ。


文句あるとは言わせねぇぞ」



……自分でそこまで堂々と断言できるこいつのメンタル強すぎない?


いやまぁ、それは事実だけどさ、悲しいことに。


僕は単体の実力も無ければ指揮の経験もない。


稲生も、テイマーということでユキムラが一緒でなければ真の能力も発揮しきれない。


……となると、この場で単体での実力は高く、尚且つチーム竜胆でリーダーをやっていた鬼龍院がこの場の指揮官……三人しかいないけど……としては最適なのは明白だ。



「それについては文句はねぇよ」


「私もそれでいいと思うわよ」


「だったら、ここから脱出できるまで、歌丸、お前は俺の指示通りに動け。


勝手に動いて余計なことをするな。いいな?」


「…………………わかった」



凄くカチンと来る言い方だが、この現状を作ったのは僕だし、基本的には従うべきだろう。



「だけどな、一つだけ約束しろ」


「お前が言えた立場か……まぁ、聞くだけ聞いてやる。なんだ?」


「囮とかそういう危険な役割が必要なら僕とシャチホコでやる。


間違っても稲生や……そこにいる赤ン坊のウサギにはやらせるな。


これを違えるなら、僕はお前を絶対に許さない」



僕の提案に稲生は驚いた様子だった。


しかし、ユキムラがいない現状で稲生には無理はさせられないし、彼女は僕個人としても大事な友人だ。危ないことはさせたくない。


エンペラビットの赤ン坊だって、元は人間と分かった以上は迂闊な行動はさせられない。


鍛えてるシャチホコなら任せられるが、この二匹には危険すぎる。


……まぁ、そもそも僕も稲生もテイムしてないから命令を聞いてくれるか怪しいけどね。



「はっ、テメェに言われるまでもねぇ。


精々使ってやる。体育祭並に、いや、それ以上に精々囮として働け」



言質を取ったところで、稲生が不満げに抗議してきた。



「ちょっと、言っておくけど私だってちゃんと役立つわよ。


直接攻撃は確かにできないけど、迷宮生物の動きをけん制したりとかできるし」


「それくらいこっちも把握している。


むしろそっちを期待してんだ。歌丸に言われなくても囮なんかよりそっちで役立ってもらう予定だ」


「……そう、ならいいわ。


あと歌丸、私に変に気遣いとかしなくていいから。


いちいち守ってももらわなきゃいけないほど弱くはないつもりよ」


「それはわかってるけど、僕にだって意地がある。


何より、僕に力を託してくれた土門先輩に申し訳が立たない」


「はぁ……男の子ってどうしてこう……まぁ、でも、この子たちを戦わせないって意見には私も賛成だけど」



そう言って、稲生は自分の膝の上で眠る子兎たちを撫でる。



「きゅきゅぅ……」



そしてシャチホコだが、ランチとして用意した虹色大根をすぐに食べてからずっと、子兎の方を見ている。


敵意とかはなく、単に興味津々という雰囲気だ。小さい子供が赤ン坊に興味を抱くって感じかな?



「シャチホコちゃん、この子たちのこと気になるの?」


「きゅ、きゅぃ」



「べ、別に」って感じでそっぽを向くシャチホコ


しかし、どうにもチラチラと子兎たちを見ている。気にしてるのがバレバレだ。



「ペットは飼い主に似る、か」


「おいそれどういう意味だ?」


「言葉通りだが」



鬼龍院はそんなことを言いながらその場で横になる。



「ひとまず少し寝る。作戦を練るのはその後だ。


体力は歌丸のスキルでどうとでもなるが、魔力の方は精神的な疲れを取らないとどうにもならんからな。


何かあったらすぐに起こせ」


「ええ、分かったわ。お休みなさい」


「ああ…………………すぅ」



普段からすぐに寝る訓練をしてるのか、数秒で規則正しい寝息が聞こえてきた。



「……あんまりイメージなかったけど、稲生って鬼龍院と仲いいのか?」


「そりゃ、臨時とはいえ私もチーム竜胆だもの。


時間が合う時は一緒に食事をして、ミーティングで何度も顔合わせてるし」


「まぁ、確かに言われてみればそりゃそうか……やっぱり他のみんなとも名前で呼び合うの?」


「名前? ……ああ、蓮山くんだけね。鬼龍院だとちょっと言いにくいし、麗奈とも紛らわしいからってそうなって。他の二人は名字で呼んでるわね」


「ふぅん、そっか」


「……もしかして自分は名前で呼ばれなくて嫉妬でもしてるの?」


「い、いや、別にそう言うわけじゃないって」


「ふふっ、冗談よ」



稲生は笑いながら、自分の膝の上の子兎たちを順に優しくなでていく。



「……話戻すんだけど、この子たちって元は人間で……私たちの先輩や同級生だったのよね」


「ああ」


「さっきは聞きそびれてたんだけど……歌丸は、シャチホコちゃんたちを含めて、どう思ったの?」


「……ごめん、質問の意味がよくわからないんだけど」


「えっと……なんていうか……ほら、今までは単なる珍しい兎の迷宮生物って思ってたでしょ。


でもそれが私たちと同じ人間だったんだって聞いて……どう思ったの?


怖いとか、可哀想とか…………不気味だとか思ったりはしなかった?」


「ああ、そういうことね……うーんそうだなぁ……」


「きゅ?」



僕はサンドイッチを食べ終えて、シャチホコに手を伸ばし、抱き上げて自分の膝の上に座らせた。


頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めるシャチホコを見て、心が和む。



「別に、今までと変わらないかな」


「……そうなの? あんなに驚いてたのに?」


「そりゃそうなんだけど……なんだろ、シャチホコたちなら、別にって感じかな。


長や他のエンペラビットには悪いけど、こいつを含めて三匹とも僕にとっては大事な仲間……家族なわけで……実は人間でしたとか言われても、まぁ、家族だなって認識の方が先に来るからさ」


「そういうものなの?」


「稲生だって、今更ユキムラが元は人間でしたってなったら、今までとの関係が変わるのか?」


「え…………ああ……そっか、確かに私も、ユキムラが人間だったって言われても……もともとあの子賢いし……人間ぽいと言われればむしろ納得できる気もするかな。


それであの子との関係が変わるかって言われると…………そうね、これまでと変わらないと思うわ、私も」


「そうことだよ。


僕も稲生も、お互いにパートナーを迷宮生物とか人間とか、そういう考えで区別はしてない。


ただお互いにあるがまま、それで受け入れられてるんだよ」


「そっか…………多分、南が掲げてる共存って、こういう関係性なのかもしれないわね」


「それは流石に大袈裟じゃ……ん、起きたみたいだな」



稲生との会話の途中で、子兎たちの耳がピクリと動いたのを見た。


野イチゴみたいに赤い瞳を開き、キョロキョロと周囲を見回し、僕とシャチホコの方を見た。



「きゅぽ」

「きゅぷ」


「わわ……」


二匹とも稲生の膝の上から飛び出して、僕の両肩に着地してしがみつく。



「いや、降りろよ」


「「きゅ」」



二匹して僕の言葉にはそっぽを向いて答える。



「ふふっ……で、歌丸はその子たちどうするの?」


「どうって……そりゃ隠れ里に戻ったら帰すだけだよ」


「そのままテイムして連れて行かないの? 懐いてるじゃない」


「少なくともシャチホコの群に入る意思がないとね……エンペラビットは小さくても素早いってのはよくわかったけど……アドバンスカードに入れられないエンペラビットは連れてはいけないし…………痛い痛い痛い、噛むな噛むな」



連れて行かないと言った途端に子兎たちが僕の肩にしがみつく力が強まり、さらに噛んできた。甘噛み程度だけど、前歯が鋭いのでチクチクしていたい。



「きゅ、きゅきゅきゅきゅ!!」


「きゅぽ?」

「きゅぶ?」



そんな時、僕の膝に座っていたシャチホコが何やら二匹に対して怒鳴りだす。


当の二匹は首を傾げ……



「きゅきゅきゅう、きゅきゅきゅ!!」


「きゅぽぽ」「きゅぷぷ」


「きゅきゅう」「きゅぼぼぼ」「きゅっぷっぷ」

「きゅきゅ」「きゅぅぅっぽう」「ぷきゅぷぷぷ」

「きゅ「ぽ」きゅきゅきゅ「きゅ」「っきゅぽ」きゅきゅ「ぷぷぷ」きゅきゅ――――」



……最終的に凄くうるさく鳴き出して、何が言いたいのかさっぱりわからない。


稲生が説明しろよ的な目で僕を見ていたが、僕だってわからない。


そして……



「きゅぅ!」


「きゅぽぽ!」

「きゅぷぷ!」



シャチホコ V.S. 子兎コンビ


運命(?)の戦いが、なんかいきなり脈絡もなく始まろうとしていた。

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