第114話 修業編⑥ だから歯を磨けと……



暗闇の中で火花が散る。


そしてそれが何度か続き、一度離れる。


かと思えば、次は別の場所で火花が散った。



「――ふぅん」



足音もなく、暗闇の中を移動しながら、この場での最も強いドラゴンナイト・天藤紅葉てんどうくれはは自分の攻撃を防いだ二人を観察する。


片やルーンナイトとしての能力を秘めた三上詩織みかみしおり


片やベルセルクとしての能力を操る榎並英里佳えなみえりか


暗闇の中での攻撃を予測して防ぎ、そして時には攻撃をするというこの訓練


開始して今日で8日目。初日と比べると明らかに二人とも動きに迷いがなくなっていた。



「――スタブ」

「――危機一発クリティカルブレイク



そして二人が同時に攻撃スキルを発動させ、暗闇の中のある一点を攻撃した。


瞬間、その場で二人の攻撃は防がれた。


一方は剣で、そして一方は盾で軽く受け流される。



「――うん、今のは悪くなかったわ」



一年生ではトップクラスの実力を持つ二人の攻撃を軽く受け流した紅葉


それが暗闇の中であると感じさせないほどに完全な防御だった。



「くっ……」

「やっぱり、強い……!」



攻撃を完全にいなされた二人は次の攻撃を仕掛けようとしたのだが、すでに先ほどの場所に紅葉がいないことを察し、どこに行ったのかと気配を探るが……



「二人とも合格よ。よくここまでできるようになったわね」



ポンと、二人の背後から肩に手を置かれる。


まったく気配が読めなかった。


おそらく、今までの攻撃すら彼女がわざと気配を残して行っていたのだろう。


それを考えると彼女がこの場で本気で攻撃すれば自分たちなどまったく相手にならなかったのだろうと背筋が寒くなった。



「天藤会長、やっぱり強いですね……」


「貴方たちも相当よ。


私の強さなら迷宮を攻略してたら自然と身に着ける強さだし、貴方たちも三年になるころには同じことできるわよ」


「そう、ですか?」



言われてもあまり実感が持てない詩織


ここまで強さの格の違いを見せつけられて自信が無くなっているのだ。


目標がドラゴンを倒すことである以上、今訓練をしてくれたこの会長すらも上回る強さを身に着けなければならないのだから。



「榎並さんもよかったけど、残念なのはその読みが強化した状態じゃまだ不安定なことよね」


「……すいません」


「謝ることないわ。


ただ、自分でもちゃんと訓練続けて、強化した状態でもそれをできるようにしてね」


「はい」



英里佳は現在はベルセルクのスキルである狂狼変化ルー・ガルーを使用しておらず、素の能力値で訓練を行っていたのだ。


一年でもトップクラスの実力だが、普段の彼女の実力と比べるとやはり大きく劣る。


訓練で覚えたことを全力の状態で出せないというのはやはり満足できない結果なのだろう。



「まぁとにかく訓練は今日でおしまい。


明日の試合、頑張ってね」


「「はいっ」」





一方、40層安全地帯である火山エリア


そこでは空中で小石が破砕される光景があった。


北学区にて対人戦最強の記録を持つ灰谷昇真はいたにしょうま


それに向き合うのは魔力を弾丸に変えるシングルアクションのリボルバーを握る日暮戒斗ひぐらしかいと


お互いに言葉はない。


ただひたすら弾丸を撃ちあう。


もっとも、昇真が使っているのはそこらに転がった小石を指で弾いているだけの指弾なのだが……



(間合いが、詰められない……!)



魔力で構成された弾丸を撃つ戒斗の攻撃は射程が短い。


銃口から打ち出された弾丸が約20mほどで霧散してしまうのだ。


有効な射程はさらに短く、15mほどだろうが、そこに近づこうとすると昇真の指弾が襲ってくる。


撃ち落とすのに手いっぱいで、その間に詰めた距離を離される。



(あと、三歩……!


それだけ近づけたらあんな小石程度ぶっ壊して弾丸を体に撃ち込める!)



この訓練の間で戒斗は一つのことを見極めた。


自分の弾丸と昇真の指弾の威力は同等だと思っていたが、実際のところは違う。


昇真は魔力の弾丸が脆くなるタイミングを狙って小石をぶつけて相殺していたのだ。


逆を言えば、間合いを詰めて弾丸を撃てばあの小石じゃ戒斗の攻撃を防げない。



(今までの恨み、絶対に叩きこむッス!!)



この訓練の期間中、その身に弾丸を受けた数などもはや覚えきれないほどだ。


全身、頭の上から足の裏まで隈なく弾丸を受け続けた戒斗は絶対にやり返すと誓いを立ててこの最終日に臨んでいた。


寝ている時ですら悪夢に出てきたこの銃キチに絶対に復讐してやるという気持ちが今の戒斗をふるい立たせている。



(もっと、早く)



弾丸を撃つ手を早める。


指の筋肉の繊維せんいを一本一本意識する位の集中力で引き金に力を込める。


そしてしっかりと骨で銃身を固定し、もう片方の手でハンマーを引き、魔力を込めて弾丸を精製する。


その工程の無駄を極限まで削る。


打ち落とす指弾も狙いを絞る。


極限の集中力により、打ち出される指弾の中にはブラフがあること、撃ち落とすまでもなく回避できるものもあることに気付いた。


そして実際に軽く身をよじってこめかみ辺りを指弾が掠っていくが回避できた。



「っ!」



その様子に昇真が一瞬目を見張った気がしたが、戒斗は集中していてそれに気づかない。


一歩、二歩と前に進みながら弾丸を撃つ。


撃つ場所は当たる範囲の大きな体の中心線


そこを狙われたら一歩下がる前に当たるし、必ず撃ち落とすために動きが止まる。


そして狙い通り、昇真はその場から動かずに指弾で撃ち落とした。



「――もらったッス!!」



三歩



そこで踏み込んだ戒斗は極限の集中力をもって銃を撃つ。



クイックドロウ



シングルアクションの弾丸によって行われるその射撃は、一瞬で弾丸を六発撃つ。



(当たる!)



今までで一番の手ごたえを感じた戒斗


だが、それは一瞬のことだった。



「――見事だ」



――バンッ!



炸裂音が聞こえた。



「…………え」



唖然とする戒斗


先ほど放った弾丸が、戒斗の目が確かならそのすべてが弾かれた。


一発の炸裂音に聞こえたが、間違いない。


戒斗同様に、一瞬で六発の弾丸が打ち出されて空中で相殺されたのだ。



そしてそれを行ったのは、その手に昇真、その人である。



「まさか、本当にこの短い訓練期間で俺が銃を抜かせられるとはな」



そう感想をこぼしている昇真だが、戒斗はそれどころではなかった。



「は、はは…………理不尽ッス」



バタンと、力尽きてその場に倒れる。


歌丸との特性共有ジョイントのおかげで筋肉疲労は起こしていないが、精神的な疲労が限界に来たのだろう。


気絶こそしていないが、もう手足を動かす気力もないのだろう。



「何を寝ている――――と言いたいところだが、合格だ」


「……え?」



ゆっくりと首を持ち上げる。



「最初はああいったが、俺はお前に銃を抜くつもりはなかった。


だが、お前は見事に俺に銃を抜かせた。


想像以上にお前は強くなった。


誇れ、間違いなくお前は一年最強の男だ」





今日は土曜日


明日には一年生同士での模擬戦が控えており、今日が訓練最終日となっているが……



「――どうですか?」



一通り訓練を終え、すでにゴーグルを外した僕こと歌丸連理うたまるれんりはコーチである堀江来夏ほりえらいか先輩に確認する。



「正直なことを言えば、私が想定したものとはだいぶ違う形の結果ね」



その感想に、僕も、そして僕にスキルで指示出しをしていた苅澤紗々芽かりさわささめは不安な気持ちになったが……



「でも、私が想定した以上の結果も出してる。とてもいいわ」



その言葉に、僕たちは笑顔で顔を見合わせた。



「よっしゃ!」

「やったね」



「ただ、喜ばせておいてなんだけど、君たちのその戦闘方法はあくまでも緊急手段


生き延びるために仕方なく戦う時……いうならば時間稼ぎの手段であって、敵を倒すための技術じゃないわよ。


普通に戦ったら他の三人の方が強いことに変わりはないわ」



分かっていたけど面と言われえると流石にきつい。



「でも……その装備、もっと使い方を考えればいろいろできそうね。


どこで手に入れたの?」


「これですか?」



僕は右手に巻いている帯状の装備をみる堀江先輩


この帯、実は金属製の細長いパーツがそれぞれつながって帯になっている。


一つ一つに細工も施されていて、とても細かい。



「これ、東学区の比渡瀬ひわたせ先輩から頂いたんです」


「比渡瀬…………もしかして、東学区の第二書記の?」


「はい」


「それ……見たところ彼の販売してるものとは違うようだけど…………もしかして彼のアトリエにある作品じゃないの?」


「比渡瀬先輩の作品知ってるんですか?」


「前に彼の作品で特集の番組を学園内で組まれたことがあったの。


その放送当時、一部の生徒で彼の作品に熱狂的なファンがついたわね」



「へぇ…………改めて思うと、やっぱり凄い人だったんですね」



自分に与えられたこの帯を改めて観察する。


僕自身の実力が未熟だからあまり大したことには使えないけど、確かにこの帯、使い方によってはもっといろんなことが出来そうだ。


何より、この装備は先輩が言うにはまだ『完成していない』ものらしい。


より正確に言うと、まだ手を加える余地を残している段階らしい。


その辺りはまた僕の使い方を見て決めるってことでまずはこの段階で使えるようにしろ、とのことだった。



「まぁ、とにかく私が教えられるのはここまでね。


……教えると言っても、君たちで勝手に解決したようなものだけど」


「いえ、先輩のおかげですごく参考になりました」


「その……ありがとうございました」



深々と頭を下げる僕たちに、堀江先輩はそっと僕に近づいて小声で話しかける。



「上手くリードしてあげなさい。


貴方がそれさえ間違えなければ、彼女もあなたを上手く操縦してくれるから」


「え……」



それは一体どういうことなのだろうかと首を傾げていると、堀江先輩は僕の肩をポンと叩く。



「要するに、女々しいところを見せるなってこと。いいわね」


「あ……は、はいっ」



僕がそう答えると堀江先輩は満足そうに頷いて、帰っていった。



「……私たち、達成できたんだよね?」



紗々芽さんがいまだに信じられないとでもいうかのように呆然としている。



「大丈夫? やっぱり連徹れんてつ明けは辛かった?」


「辛くない……っていうのは嘘になるかな…………うん、スキルの効果があっても、ちょっとだるい気がする」



ゲームの攻略法を発見して以降、僕たちは簡単な仮眠を取る以外はぶっ続けで訓練を続けた。


なんせ、僕たちの訓練は息を合わせないと話にならないし、それをゲームだけじゃなくて実際の動きに落とし込んだりもしなくちゃいけなかったからやらなければならないことは沢山あった。


紗々芽さんは嫌な顔一つせず、僕のそのわがままに付き合ってくれた。


感謝してもし足りない。



「じゃあ、みんなのご飯の準備は僕がやるからちょっと寝てきなよ」


「ううん、私もやるから、歌丸くんこそ休んだ方がいいよ」


「いや、僕は徹夜慣れてるし…………じゃあ、一緒にやるよ、というか手伝うよ。


その方が少しくらい早く終わるでしょ?」


「うん、じゃあお願いね」



僕は紗々芽さんと一緒にこれから訓練から戻ってくる英里佳たちの分の夕食を作る。


今日で訓練は終わりだが、そのまま今日は泊まって明日の模擬戦に備えることとなる。



「あ、ちなみに今日の晩御飯は?」


「カレーだよ」


「よっしゃぁ!!」



これは気合が入る!



「ふふっ」



なんか子供を見るような目で紗々芽さんに見られたが、いいじゃないか。


カレー、美味しいし。





そして翌日の日曜日


僕たちチーム天守閣は揃って北学区の中でも一番北にある広い運動公園に来ていた。


普段は北学区の生徒の自主練のための空間として使われるのだが、今日は趣が違う。


真っ平らな運動場の中心が激しく隆起しており、なんか四角形の建物っぽい形になっていた。



「一応市街地を想定した作りになってるわ。


本番の体育祭では使われなくなった施設を利用して行うけど、今日は模擬戦だから魔法を使える生徒にフィールドを用意させたわ」



今回、僕たちのコーチとして模擬戦のルールをあらかじめ説明する天藤会長



「ルールは5対5のチーム戦。


実戦を想定してお互いに攻撃して相手を倒すというシンプルなルールよ。


ただしスケープゴートバッチはなく、戦闘不能を判断するのは審判の役割だから、一発当てて安心することはないようにね」


「バッチ抜きで大丈夫なんですか?


最悪、死亡事故とか起きたりしません?」



僕の質問に天藤会長は自信ありげにこう答えた。



「大丈夫、即死じゃない限りは蘇生のプロフェッショナル――もとい、うちの会計がいるから」



――湊雲母みなときらら


生徒会役員の一人であり、迷宮救命課に在籍するクレリック


こんなイベントにまで参加しているのか……



「でも、相手を殺すような攻撃は禁止よ。


使ったら即失格。だから榎並さんはこの模擬戦で圧凄暴君タイラントの使用は禁止ね」


「はい、わかりました」



ああ、英里佳の圧凄暴君タイラントを使ったキックは巨大な迷宮生物を一撃で殺してたし……確かに対人じゃ使えないよね。


攻撃というより、大型車の交通事故だもん、あの破壊力



「剣などの攻撃は大丈夫なんですか?」



詩織さんが挙手をしながら質問した。


確かに、英里佳の攻撃だけじゃなくても、剣でも十分に人は死ぬ可能性はあるし……



「模擬戦に出るだけの実力があれば制服で充分に防御できるわよ。


歌丸くんも耐久値上がってるから、当たっても即死するほどの怪我はしないわ。


でも一応急所への攻撃は謹んでね。手とか足とか、最悪腹部とか狙うようにして」


「わかりました」



「あと、テイマー以外の者がテイムした迷宮生物を使うのはチーム全体で一体までよ。


だから歌丸くんのエンペラビットか、苅澤さんのドライアドのどちらか一体しか試合では出せないわよ」



その言葉に、僕と苅澤さんは互いのアドバンスカードを手に見合わせた。



「どうする? 土のフィールドならララは強そうだけど……」


「対人戦ならエンペラビットの方がいいんじゃないかな?」



「まぁ、その判断はそちらに任せるわ。


とりあえず派手に勝ってきてね」



「――随分と自信満々だな、不良会長」



天藤会長が締めたところを見計らって、ある一団がやってきた。


というか、生徒会役員の会津先輩と、この間スーパーで会った…………えっと……あの、チーム……血、血……ち………いや、違うか、えっと……



「あ……――チーム歯周病!」


「歯茎から離れろ歌丸連理!」

「病気の範囲が広くなったぞ」



あれ、違った?


まぁとにかく、この間スーパーで会った二人がいるのだから対戦相手はこの集団で間違いない。


鬼龍院蓮山きりゅういんれんざん萩原渉はぎわらわたる


大柄な男子生徒と、ほんわかした女子生徒、あと……なんか大柄な男子生徒の後ろに隠れている女子が一人いるのかな?



「お前ら落ち着け……天藤、まぁ派手に勝つってのは賛成だが、残念ながらそれはこっちの役だ。


せいぜい踏み台として目立たせてくれよ」



「あら……随分と自信満々ね」


「当たり前だ。


お前とは賭けてるものが違う。


というわけで……この試合、俺たちが勝ったらお前絶対に仕事させるからな、絶対に逃がさねぇぞ……!!」



会津会長が、大規模戦闘レイドでも見せたことが無いほどに殺気立った目で僕たち、というか天藤会長を睨む。


ちょっと会長、貴方こんなに人を怒らせるくらい忙しい中でサボりたいとか言ってたんですか……!



「私だって負けられないわ。


みんなを勝たせて、私は体育祭を堂々とサボる!」


「いや仕事しましょうよ」

「この会長を去年誰が推薦したんスか?」



思わず突っ込んでしまう僕と戒斗だが、そんなものもどこ吹く風とスルーする会長であった。



「こほんっ……まぁ、とにかくだ。


ほれ、鬼龍院、言ってやれ」


「はい」



鬼龍院は一歩前に出て、ビシィっと僕たちを指さす。



「お前らチーム天守閣が目立てるのも今日までだ!


お前らの時代は終わった、北学区の新たな世代を担うのは、俺たち――」



一拍ためて、不敵な笑みで鬼龍院は宣言した。



「漆黒の牙、そう、チーム漆黒の牙ブラックトュースだ!!」



そう宣言した途端、彼の後ろで萩原が「あちゃー」と言うように顔を手で覆った。



「漆黒の、牙……だと……!」



「ふふふふふっ……どうだ、カッコいいだ――」






「虫歯じゃん」

「虫歯ッスね」

「虫歯だね」

「虫歯よね」

「虫歯かな?」




チームの気持ちが一つに!



「違ぁーーーーーーーーーーーーーーーーうっ!!!!!!」




試合前の運動場


徐々に人が集まりだしているその場所で、鬼龍院連山の叫び声が響き渡るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る