第230話 歌丸、ナンパするってよ。
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体育祭三日目
本日から迷宮学園体育祭のメインイベントと言っても良い戦闘系競技が開始される。
その今日は基本的に個人戦予選、明日の四日目は個人戦決勝となり、五日目は団体競技予選で六日目は決勝。
最終日の七日目はエキシビションとなり、一般人参加はこの七日目に集中する。
一応今日から一般人参加のイベントは開かれる予定だけど……僕たち迷宮学園の生徒の種目が終了してから同じものに参加できるというものだ。
もちろん、生徒同士が戦う競技の他にも、迷宮攻略の必須技能を競う種目だってある。
わざわざ東か西、どちからの迷宮の中へと参加選手を転移させて、そこから所定のゴールまで戻ってくるのを競う競技なんかもあるのだ。
そして僕は今日……
『た、ただいまの記録…………9分、34秒……です』
『えっと…………世界記録、更新……で、す』
『え……あ、はい……はい…………はい。
えっと……迷宮タイムアタック……現時点で歌丸連理選手の優勝決定です』
「いぇーい」
「きゅきゅーう」
シャチホコとハイタッチを交わす僕。
――容赦なく、シャチホコの全能力を使って迷宮探索競技で優勝を確定させた。
本来ならば丸一日かかってもおかしくなく、世界的な記録でも1時間を切ることのない競技を十分未満で終わらせた。
他にも……
『迷宮宝探し……世界記録更新、です』
『迷宮借り物競争、歌丸連理選手、一位』
『迷宮障害物競走、歌丸連理選手、一位』
シャチホコやギンシャリ、ワサビが出場条件で制限されていない上に、かつ迷宮内部が会場の競技で僕たちに勝てる奴はまずいなかった。
「わかってはいたが……圧倒的だな、歌丸」
「いやぁ、それほどでも……シャチホコたちのおかげですよ」
今回僕の護衛をしてくれているのは、生徒会副会長の来道黒鵜先輩だった。
個人競技ということで、他のみんなはそれぞれ別の競技に参加中である。
基本的にチーム天守閣のメインアタッカーである英里佳、詩織さんは一対一で戦う勝ち抜き戦を日本全国で参加し、今も戦っている最中だろう。
戒斗は得点がなかなか高いという射撃の技術競技に出てる。
紗々芽さんはララと一緒に参加できるという……なんか芸術的な技を見るという競技に参加しているという。よくわからないけど。
「そういえば……結局今日は
そう、これらの競技については、事前に聞いていた出場と変更が無かったのだ。
昨日、僕だけ退出して色々と策を練っていたから参加する競技も大幅に変更されると思っていたのに……
まぁ、勝てたから良かったけど……他の西の選手を見るとみんなやる気なかったし……初めからこっちの競技には捨て駒を投入していたと見るべきだろう。
「ああ、そっちは気にしなくていい。
それより、お前はお前の役割を果たせ。
俺はここから隠密スキルを使う。
お前の傍にはいるから、安心しろ」
「は、はぁ……」
いまいち僕は状況を飲み込めずに曖昧な返事をするのだが、来道先輩は特にそれ以上説明をすることなく姿が消えた。
隠密スキルを使っただけで、実際はまだ目の前にいるのだろうけど……
「きゅきゅ……!」
目の前で消えた来道先輩にシャチホコがキョロキョロと周りを見ている。
戒斗は見つけることが出来るのだが、来道先輩クラスの隠密となると流石に見つけられないようだ。
「きゅぐぅ、きゅむぅ……!」
そして頬を膨らませてその場で地団太っぽいことをするシャチホコ。
どうやら、自慢の索敵能力をもってしても来道先輩を見失って悔しいらしい。
こいつ自分より先に進化したギンシャリやワサビにもなんか対抗意識燃やしてたな。
種族が違うが、融合のスキルを獲得した天藤会長のパートナーのミィス・ドラゴンのソラにも似た反応だったし。
そして見失った来道先輩にも、か。
こいつ、本当に負けず嫌いだな。
まぁ、そういうところがこいつのいいところなんだろうけど……でも、その怒っている姿は傍から見たらとても可愛らしいタップダンスみたいだぞ。
通りがかりの女子大生とか他の女子生徒とかがその姿を見て写真撮ってるし。
「シャチホコ、ほら拗ねてないで移動するぞ」
「きゅむぅ……!」
「ほらほら、黄金パセリだぞぉ」
「きゅむぅ」
相変わらずむくれているのだが、黄金パセリを見せるとそのままこちらに近づいてきた。
やっぱりなんだかんだ言ってもまだ子供なのだなと実感する。
今日の競技、本当は以前にモンスターパーティを一緒に出たギンシャリと出る予定だったのだが、シャチホコが出ると駄々をこねたのだ。
少しでも強くなりたいという意思の表れなのだろう。
ちなみに今僕と一緒にいるのはシャチホコだけで、ギンシャリは紗々芽さんと一緒にいて、ワサビは英里佳と詩織さんと一緒に行動している。
まぁ、それはそれとして……僕は僕の役目を、と言われたが……こればっかりは簡単にはいかない気がする。
そんなことを考えながらひとまずシャチホコを抱き上げて頭の上の定位置に乗せる。
「さて、まずはどうしようかなぁ……」
「でしたら食事はどうでしょうか?
少し早いですけど、お昼になればどこも混みますし」
――来たよ。
体育祭前日を含めれば四日連続での遭遇。
当然のように声をかけてきた人物の顔を見ようと振り返ると、そこには神吉千早妃がいた。
「流石に今日は来ないかと思ったよ」
「妻として、いつでも連理様の傍にいて当然です」
「いや妻じゃないし。
勝手にそっちの勝ち確定させないでってば」
「それはそれとして……参加全競技、優勝確定おめでとうございますっ」
「あ、ありがとう」
一応立場上は敵なのにここまで賛辞されるというのは心持微妙だ。
しかも一切嫌味が無いのだからなおのこと対応に困る。
「結果はわかってはいましたが、やはり実際に見ると感動もひとしおです。
他を寄せ付けない圧倒的な実力差というのは、見ていて気持ちのいいものですね」
「まぁ、僕じゃなくてシャチホコの実力だけどね」
「それも連理様あってことですよ。
本来エンペラビットは臆病な性格です。
連理様がいてくれたから、シャチホコちゃんもこうして堂々とできるように成長できたのです。
だからこそ、それも連理様のお力だと言っても過言ではありませんっ」
「きゅう」
千早妃の言葉に同意するように鳴いたシャチホコ
どうやらシャチホコも同意見らしい。
「……そっか。うん、ありがとう」
……って、そうだ。
千早妃が目の前にいるんだから僕は僕の役割を果たさなければ……!
その僕の役割というのは…………
時間を、数時間前に巻き戻す。
■
「神吉千早妃を、デートに誘え……?」
朝のミーティングでの指示内容を確認の意味を込めて声に出してみた。
周囲にいるのはチーム天守閣の面々に、金剛瑠璃先輩と来道黒鵜先輩である。
「…………え、これマジなんですか?
冗談とかじゃなくて?」
誰も何も言わないので周囲にそう訊ねると、あからさまに面白くなさそうな顔の英里佳がそっぽを向き、苦笑いをする詩織さんに、ため息を吐く紗々芽さん。
戒斗に至っては特に興味がなさそうに、今回の出場競技に使うらしい、以前のクリアスパイダー戦で使用したお守り代わりというリボルバーのメンテナンスをしていた。
普段使ってるジャッジ・トリガーと、前に使っていた魔力式拳銃は使えないらしい。
「冗談じゃないんだなぁ、これが~」
「いやいや、こんな状況でなんでデートなんですか?
一応僕たち、敵同士ですよ?」
瑠璃先輩はどこか楽し気に僕の肩に手を置いた。
「レンりん、これは間違いなく君にしかできない東が西に勝つための最重要ミッションなんだよ」
「デートが?」「デートが」
即答だった。
「いや、意味が分かりません」
「わかんなくても大丈夫」
「……言い方を変えます、納得できません」
昨日、会議室から退出させられたのだって、実は結構しんどいのだ。
自分だけはぶられるのとか寂しいし。
その上で訳の分からないことをやれって言うのは……なんか、こう……腹立つ。
こういう考えが僕の我儘なのはわかっているが、何も知らないまま何かしろって言うのはやっぱり駄目だと思う。
行動に責任は伴うものだし、無知よりは知っているに越したことはないはずだ。
僕のその言葉に、瑠璃先輩は来道先輩の方を見て、来道先輩は数秒考えてから頷いた。
どうやら許可が下りたらしい。
「これは要するに撹乱だよ。
神吉千早妃をデートに誘い、試合状況を確認できない場所に連れていき、尚且つ試合のことなんて気にならないほど夢中にさせる。
それが今の君に私たちが求めることであり、東が西に勝つために必要なことなのだよぉ~」
「は、はぁ……なるほど」
そう考えると理にかなっている……のか?
「……わかりました。
やるだけやってみますけど……あんまり期待しないでくださいよ」
こんな見え透いた罠に引っかかる人なんていないだろうし。
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というわけで……無駄だとわかっているがやるだけやらなければ。
この場には来道先輩だっているわけだし。
「僕はこの後出場競技とか無いんだけど……千早妃は?」
「私は今日は一日フリーですよ。
というより、私は体育祭自体に出場はしません」
それは驚きだ。
昨日一昨日と自由にしていたのは知っていたが、流石にそれは人材を遊ばせすぎじゃないか?
まぁ、いいか……それよりさっさと駄目元でもデートに誘おう。
「だったら、今日これから一緒にどこか遊びに」「行きましょう」「行か――行くんだっ!?」
食い気味に了承されて逆に驚く。
だって、どう考えてもこの状況で僕がそんな誘いをするのって見え透いた罠じゃん!
「いや、そんな簡単にOKしていいの?
どう考えても怪しいと思わないの?」
「そのようなことは些細なことです」
全然些細じゃないと思う。
「いや、いくらなんでも……もし僕が君に危害を加えるとか考えないの?」
僕がそう言うと、千早妃は微笑みを浮かべたまま僕の手を取る。
「あなたに傷つけられるのなら、それは本望です。
それに……連理様は、そんなことするつもりはないのでしょう?」
「……まぁ、そうだけど」
「他の方の発案で、私を誘ったのでしょう?」
「うっ……」
やっぱりバレてる。
「そして連理様もその方たちを信頼している。
なら、きっと大丈夫です」
「……じゃあ、この誘いに乗って西が不利になるとは思わないの?」
「出場メンバーの変更は去れなかった時点で、もう今日の
その上でデートに誘っていただけるなんて、今日はもう私にとって記念日と言っても差し支えないほどの嬉しい日です」
わぁ、なんという強気。
それだけ自分の能力に彼女は自信があるということなのだろう。
「はぁ……そこまで言われたら、今更引き下がるのは格好悪すぎるね」
握られた手を軽く握り返し、彼女の手を引く。
「ふふっ……それで、どこへ連れて行って下さるのですか?」
「それだけど……僕は異性とどっか遊びに行くとか経験は浅いんで……鉄板コース、使わせてもらうよ」
一応稲生と一緒にデートっぽいことはしたけど、あの時とは状況が違う。
あらかじめおススメポイントは教えられている。
デート初心者なので、遠慮なくそれを頼らせてもらおう。
■
歌丸連理と神吉千早妃
二人が手をつないで移動を開始すると、それを隠密スキルを発動させたまま追う者たちがいた。
千早妃の護衛である、日下部綾奈と日下部文奈のクノイチ姉妹であった。
『……いくらなんでも止めた方が良かったかしら?』
『姉さん、それやったら絶対に千早妃様怒るよ』
『いやだけど……』
『危険と判断したらその時は止めま――っ』
『? 文奈、急にどうしたの?』
クノイチのみが使える思念伝達が急に途絶え、首を傾げる綾奈。
しかし、突如そんな彼女にも衝撃が襲ってきた。
見えない何かに、首を掴まれて壁に押し付けられたのだ。
(な、何が!?)
戸惑う綾奈。
自分は隠密中であり、周囲には自分の姿は見えない。
その上で、今自分が見えない何かに攻撃をされている。
(――まさか、高レベルの隠密スキルの使い手が、なんでここに!?)
『悪いが、お前たちの仕事はここまでだ』
聞こえてきた声に、綾奈は首を圧迫され、朦朧とする意識の中で問う。
『千早妃様は自分に危害があるかどうかの予知は毎日欠かさずしていて、今日だって、仮に何かあったとしても私たちに対処可能なことしか起きないと言っていたはず……!』
『それは当然だ。初めから俺たちは誰も神吉千早妃には危害を加えないと決めていたんだからな』
何か抵抗をしようとするが、綾奈はもう手足に力を込めることすらできない。
『安心しろ、お前たちのお姫様を傷つけはしないさ。少なくとも、東は、な』
綾奈は意識が途絶える。
動かなくなった綾奈は当然隠密スキルも解除されるのだが……
「これでよし」
襲撃の実行者である、来道黒鵜は気絶した綾奈に自身の隠密スキルを付与することで周囲には認識されていない。
ちなみに、今の来道は右肩に先に気絶させた文奈を担いでいる状態だ。
「はぁ……わかっていたが、あまり気分のいいことじゃないな」
気絶した綾奈を左肩に担ぎ、一旦その場から離れる来道黒鵜。
これにより、歌丸連理と神吉千早妃のデートの邪魔者は完全に排除されたのであった。
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