第17話 捨て身ナックル
やることは決まった。
ならばもう後は実行するだけだ。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
僕は一人で迷宮の中を走る。
「きゅきゅぅ!」
頭の上でシャチホコが声を発して、伸ばした耳で右方向を差す。
「そっちか!」
僕はすぐさま槍を取り出して構えるる。
「――BOW!!」
通路からこちらに向かって飛び出してきた一つの影。
先ほど通路で僕たちにラプトルを押し付けてきたブラックハウンドと非常によく似ているが、毛皮の色が違う。
灰色――つまりこれは、普通のハウンドだ。
「この――どわぁ!?」
こちらに飛びかかってきたところを槍の柄で受け止めるが、その衝撃に耐えきれず倒れる。
「GAW! GAWW!!」
「こ、のぉ!!」
マウントを捉えた状態で、ハウンドは僕の喉を狙い、僕は必死に槍の柄でそれを阻む。
頬がハウンドの涎で濡れて気持ち悪いが、今はもうこいつを押しとどめるのに必死だった。
「――ふっ!」
しかし、こうして僕に気を取られている間にハウンドの四肢が瞬きする間に斬り裂かれる。
「GANN!!」
情けない悲鳴を上げて顔をあげたハウンド。僕はその腹を蹴っ飛ばして距離を取った。
そして四肢を斬り裂かれたためにハウンドは動けずにその場で伏せる。
「――この、このっ!」
動けないハウンドに、僕は何度も槍を突き刺す。
その間ハウンドは何度も悲鳴を上げたが、十回も刺す頃には完全に動かなくなった。
「はぁ……はぁ……これで、四匹目」
涎で汚れた頬を拭うと、拭った手の甲に赤い色がついた。
どうやら涎だけでなく返り血までついてしまっていたようだ。
「だいぶ慣れてきたね」
「英里佳こそ、攻撃に入るタイミング早くなってきて助かるよ」
「歌丸くんがハウンドを惹き付けてくれるから、楽に倒せるんだよ」
ただいま、僕たちはラプトルが来る方向とは反対方向に進みながら、道中で会うハウンドなどの
それもすべてはスキルポイントを集めるため。
学生証でスキルポイントを確認すると、後七匹くらい倒せば例のスキルも習得が可能になる。
そうすれば、僕と英里佳の二人そろって迷宮の脱出も可能になるはずだ。
「――GYARRRRRRRRRRRR!!」
「「っ!」」
僕たちが来た方向から聞こえてきたラプトルの声。
やはりしつこく追いかけてきているらしい。
「急ごう……シャチホコ、近くに潜んでる他の迷宮生物はどこだ?」
僕が呼ぶと、ちゃっかりハウンドに襲い掛かられた瞬間に物陰に隠れたシャチホコが出てきて頭の上に飛び乗る。
「きゅ」
器用に耳を伸ばして方角を指し示す。
まぁ、普通に直進のようだ。ラプトルからは離れないといけないし、駆け足で進もう。
「よっし、どんどん行こう」
「うん」
英里佳はベルセルクとしての本領を発揮できない状況だが、それでもかなり強い。
おかげで僕がひきつけている間に英里佳が迷宮生物を瀕死にまで弱らせて僕がトドメを刺すというゲームで言うところのパワーレベリングみたいな状態が成立している。
そして僕も、追い込まれているという状況もあるが迷宮生物を殺すことへの抵抗感も薄くなってきた。
……いや、まぁ、さっきラプトルが普通に人間の腕くわえているの見たらもうね、なりふり構っていられないと腹が決まったのだ。
あれだけグロいの見せられるとなんかもう犬の死体とかにしか見えないハウンドとか平気になった感じだ。
「GAAAA!!」
「どりゃぁ!」
「WOOOOOO!!」
「ふんぬぅ!」
まぁそんなこんなでハウンドをさらに二体倒す。
残り五匹くらい。
まだラプトルにも見つかってないし、これなら生還の見込みも高い。
「順調だね」
「うん、残り五匹、どんどん行こう」
僕も英里佳も、手ごたえをしっかり感じていて、自然と笑顔が顔に浮かぶ。
その時だった。
「きゅきゅ!」
シャチホコが警戒を促すように鳴く。
ラプトルが迫って来たのかと思ったが、シャチホコが示したのは別方向だった。
「っ……英里佳、あのハウンドって……?」
通路の向こうで、全身の毛を逆立てて敵意をむき出しにする一匹のハウンドの姿があった。
だがそのハウンドは普通の姿とはことなり、黒い毛皮で覆われていて、尚且つ負傷している。
「……うん、たぶんさっきのブラックハウンドだと思う」
僕たちにラプトルを押し付けて逃げ出した畜生か。
なんでよりにもよってこんな時に出会うのか。
というかこいつが逃げ出した方向とこの通路ってつながってるの?
複雑すぎるだろこの迷宮。
「また遠吠えされる前に私が仕留める。
まだラプトルに発見されるわけにはいかないから」
「うん、お願い」
僕の脚では追いかけても普通に逃げられてしまうのが目に見えている。
だが、英里佳ならブラックハウンド相手でも追いつけるはずだ。
「ふっ――!」
一呼吸で一気に走り出した英里佳。
その加速力は職業の恩恵を考慮しても尋常ではなかった。
「BOW!!」
ブラックハウンドもすぐさまその場から逃げ出したが、その速さは英里佳よりも遅い。
とはいえどちらも速いので、すぐに僕の視界からは見えなくなる。
「わかってたけど……やっぱり速いな」
「きゅう」
「……うん、そうだな。とりあえず英里佳を追いかけよう。
僕一人じゃハウンド一匹満足に倒せないし」
そうして駆け足で英里佳を追いかけていく。
その直後だ。
「――GURRRRRR」
「……え」
何の前触れもなく、英里佳が先ほど素通りした右側の通路から何かが聞こえてきた。
「きゅ、きゅきゅきゅきゅきゅー!!!!」
頭の上で先ほど以上に騒ぎ出すシャチホコ。
僕は咄嗟に槍を横にした状態で前に突き出してガードを試みるが、目の前のとんでもない衝撃にガード諸共吹っ飛ばされる。
「が――はっ……!」
背中を思い切り壁に打ち付けてから地面へと倒れそうになる。
そうならないようにすぐさま槍の石突を地面について杖のようにして堪える。
「くっ……つぅ……――はぁ、ふぅ!」
痛みで意識が飛びかけたが、すぐに平常に戻る。
気絶しかけてもすぐに持ち直せたのは“
一見無駄に見えたけど、習得してみるものだな。
「待ち伏せ、か」
「GURRRRR……」
僕の目の前で低い唸り声をあげて現れたのはラプトルだった。
しかも隻眼。昨日、僕が相手をして、シャチホコが目を潰した奴。
現れたタイミング、そしてシャチホコがギリギリまで気付けなかった状況……どう考えても作為的だ。
他の個体はどうだか知らないが、少なくとも目の前のラプトルはとても知能が高い。
音を発せればすぐに位置がばれると判断して待ち伏せしたこともそうだが……おそらく僕たちが弱い迷宮生物を狙って倒していることに途中で気づいたのだろう。
そして先ほどのブラックハウンドもグル。というか利用されていたんだ。
ラプトルに脅され、仲間のハウンドを僕たちをおびき寄せる餌に使われたってところだろう。
最終的には本人(?)までも英里佳を釣る餌として使われているんだから本当に救われないな。
「人間以上に悪辣すぎるだろ、こいつ……」
ぶったちゃけあのブラックハウンドにはラプトルを押し付けられた恨みがあるが、それでも結局僕たちより早くに捕まってこうして利用されてるとなるともはや哀れとしか言えない。
「GAAAAAAAAAAAA!!」
隻眼が片目を潰された恨みをぶつけるかのようにシャチホコを睨みながら吼える。
「きゅきゅっ……!」
「戻れシャチホコ」
隻眼に睨まれて竦み上がったシャチホコをアドバンスカードに戻す。
そんな僕の行動が気に入らなかったのか、隻眼が昨日と同様に尻尾を振り回す。
「うぉお!?」
動作は昨日と同じだが、威力が桁違いだ。
ギリギリしゃがんで回避したが、隻眼の尻尾のぶつかった背後の壁に轟音とともに大きな亀裂が発生する。
あんなの直撃したら吹っ飛ばされるどころか体その物が吹っ飛ぶ。
「はっ、ひぃいい!!」
普通に息を吐こうとしたら情けない悲鳴になって口を突いて出た。
とにかくそれでもどうにか逃げ出そうとその場から走り出す。
しかし一瞬頭上が暗くなったと思ったら、そのまま僕の前方に隻眼が着地し、即座に尻尾を振り回す。
「あがっ!?」
咄嗟に槍で防御したが、柄の中心から嫌な音と共に折れて脇腹に尻尾が当たる。
そのまま吹っ飛ばされた僕は左肩を壁に強打し、何か良く分からない嫌な感覚がする。
「ぐっ、ぅああああああああああああああああ!!」
あまりの激痛に悲鳴を上げてしまう。
とんでもない痛みが絶え間なく続き、そして左腕が上がらずダラリと垂れてしまう。
感覚があるのに腕が動かない。
まるで腕がまるごと単なる錘に変わってしまったかのようだった。
「GYAAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
ラプトルは僕に向かって吼える。
このラプトルはその気になればとっくに僕を殺せたはずだ。
なのになぜそうしないのか?
また遊んでいる?
いいや違う。
学長がいない以上、こいつはもう普通の迷宮生物。
迷宮に踏み入った学生たちを生かしておく理由はない。
ではなぜか?
プライドの問題だ。
竜種のプライドの高さは有名だ。
よほど最弱のエンぺラビットに目を潰されたことが気に食わないらしい。
だからこそ、アドバンスカードに入った状態ではなく生身のシャチホコを狩らなければ腹の虫も収まらないのだろう。
ならばここでシャチホコを囮にするのが得策か?
シャチホコの速さなら隻眼相手でも逃げ切れるし、後で合流するように指示することも可能だろう。
「餌にしない」といったけど、この状況じゃそうも言ってられないか……
僕はポケットからアドバンスカードを取り出そうとする。
やはり隻眼の目的はシャチホコのようで、僕の邪魔をするようなことはしない。
――パンパンパンッ!!
――GARRRRRRRRR!!
「ッ!!」
アドバンスカードに触れた直後、英里佳が走り去っていった方向から銃声と、ラプトルの鳴き声がした。
まさか、目の前の隻眼以外の三匹が英里佳と……!
「くっ……!」
予定変更。
すぐさま目の前の隻眼を排除して英里佳を助けにいかないといけない。
他のラプトル三匹と立ち回りとなれば英里佳もスキルを使わざるを得ない。
ならば僕はすぐに“あのスキル”を習得しなければならない。
解決策は?
――目の前の隻眼を僕が倒してそのポイントを手に入れる。
あまりにも現実的ではないが、それ以外に英里佳を救う手立てが思いつかない。
考えろ。
考えろ考えろ考えろ。
ゲームやアニメやラノベや漫画を、何年も腐るほど読んできただろ。
こういう場面で主人公とかが取る手段があったはずだ。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろカンガえろカンガエろカンガエロカンガエロカンガエロカンガエロ――――
「GYAOOOOOOOOOOO!!」
僕がじっと動かなくなったことに痺れを切らした隻眼が大口を開けて吼える。
その時、ラプトルのギザギザの鋸みたいな歯の生えたピンク色の口内を見て僕は考えた。
考え付いた。
――なら後は実行しよう。
「収納」
折れた槍を学生証のストレージの中に戻す。
そのまま僕は学生証を右手に握って立ち上がる。
大きく右手を振りかぶり、隻眼に向かって殴りかかる。
「GRRRRRR……」
呆れたような冷めた目を僕に向ける隻眼
昨日さんざん尻尾をぶつけられながらも立ち上がった僕のしつこさはもうわかっているだろ。
だったら、お前はもう尻尾をぶつけられる程度じゃ僕が動かないのを知ってるはずだ。
――さぁ、これは賭けだ。
僕の人生で二度目の大博打
さぁ、来い!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気合を込めて、へなちょこの僕なりにできる全力を右手に込める。
「GYAU!!」
そんな僕の拳を、隻眼は大口を開いて受け入れた。
僕の肘から先あたりまで入れて口を閉じる。
ギザギザの歯が僕の細い腕に突き刺さり肉を抉り、骨を断とうとする。
その痛みを感じつつ、僕は――
「――勝った」
歓喜した。
瞬間、僕は親指でラプトルの口の中にある学生証をフリックする。
その操作によって出現した折れた直槍。
どこにって?
隻眼の口の中にある僕の手からさ。
「――GYAGORッ!!!?」
直後、僕の目の前にある隻眼の脳天から槍が生えてきた。
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