第203話 歌丸疾走 ~なんか必殺技っぽい~

「――はぁ、はぁ、はぁ……!」



目の前から詩織が消えると、戒斗はその場で崩れ落ちるように座り込む。


その全身には霜が降りており、体全体が小刻みに震えていた。


詩織には気づかれない様に必死に平静を装っていたが、冷気の影響は決して軽くなかった。


冷気の直撃ではなく、そのほんの僅かな余波だ。


そして何より、詩織に接近した際に残った冷気でも相当なダメージを受けた。



「げほっ」



咳き込むと血が出て、そして地面に落ちる頃には凍り付いてしまう。



「くっ……耐久値、少しくらい上げておくべきだった」



詩織ならばこれくらい耐えられるだろうが、戒斗には余波だけで十分にダメージを受ける。


今もこの瞬間にも冷気によって体が蝕まれていくのだが、動くことも儘ならない。



「おい日暮、動けないのか!」



今ならば先に行けると、鬼龍院蓮山が叫ぶが、戒斗はその場から動かない。



「兄さん、それは酷というものですよ。


明らかに日暮さんは動ける状態ではありません。


あと少しで勝手にリタイアすることですしょう。


回復系のアイテムを使うなら話は別でしょうけど……模擬戦で使うようなものではないですしね。


貴重なアイテムを、まさか模擬戦で勝つために使えというのですか?」


「ぐむぅ……!」



妹である麗奈の言葉に反論もできずに閉口する蓮山。


だが、生来からの負けず嫌いの彼としてはこのままではいけないという気持ちもあった。



「残り時間は五分ほどといったところでしょうか?


それまでに私を倒せるといいですねぇ」



余裕な笑みで強力な炎を発生させる麗奈


そのすべては蓮山の持つ“クロスリフューザー”の効果で直撃こそしないが、行く手を阻むには十分だ。


斥力によって直撃は避けているが、熱がまったく伝わらないわけではない。


相手も自分同様にレイドウェポンを持つ。


今の距離までなら防ぎきれるが、射程が短い一方で効果力の魔法スキルを使われれば無傷とは言えない。


麗奈もそれを狙って敢えて無理に弾幕を張るような攻めをしてこない。


いや、そもそも時間経過で勝利が決まっている以上、麗奈が無理に攻める理由すらないのだ。



「ホライゾンレイン、フリーズ!


――複合フェイクブリザード!」



初級魔法を複数使って放つ蓮山の魔法


直撃すれば相当な威力となるのだが……



「バーストボール」



たった一発の初級攻撃魔法、その熱量で即座にすべてが無効化されてしまう。



「互角、ですか。


レイドウェポンで強化した魔法に対応するとは、流石ですね」



麗奈は素直に感心したのだが、蓮山にとってはその言葉は嫌味にしか聞こえなかった。


広範囲の攻撃魔法を、たったの一発で対処される。


ただ闇雲に撃ったのではなく、バーストボールが弾ける際の衝撃と熱量も瞬時に見抜いて、どこに放てば無力ができるのかを読んだのだ。



(やっぱりこいつ、俺より戦闘センスがあるな)



薄々わかっていたことである。


歌丸連理という存在は、才能のある人間に好まれやすい気質だ。


自分が嫌っている相手を麗奈が好むのは、そういうところもあるのだろう。


そしておそらく、谷川大樹も、そして南学区ではあるが同じチームの稲生薺もそうだ。



(まったくもって、腹立たしい)



認めるのは癪だが、自分は才能に乏しい。


自分は努力型の秀才で、妹は努力をする無自覚な天才。


自分が努力してようやく成し遂げることを、この妹はその後にその半分程度の努力で成し遂げる。


兄である自分についてくるから目立たないが、その才能を蓮山は誰よりも勘付いていた。


そしてその才能を前に、現時点の自分では突破はできないという確信があった。



(ここまでか……!)



戒斗の頭の中で組み立てたいくつものプランが即座に失敗する未来を告げる。


せめてもう、もう一人……誰でもいい、誰か一人が来てくれれば……!



「あ、あれ、戒斗に鬼龍院?」



そう願ったとき、聞こえた。


今一番欲しい誰かが


そして、可能な限り顔も見たくないような奴が、来た。



「れ、連理様!?」



そしてその人物の名を、驚いた顔で呼んだ。


そして、その名を呼ばれた歌丸連理は……



「え、寒っ、何ここ、さっむいんですけどっ!?」



状況が分からないのか、間の抜けた顔で震えていたのである。





どうも、歌丸連理です。


先ほど英里佳のいた場所から先へと進み、ようやく次のフロアにたどり着いた。


というか、この土の城って攻め込みにくいように無駄に入り組んだ地形になっていて進むだけで時間がかかる。



「さ、さささささむっ!


え、マジ寒い。


戒斗、よくそんなところで座って…………あれ、なんか体凍ってない?」


「………………」



戒斗は何も言わず、ただじっと僕の方を見ている。


黙っているのも不思議だったのだが、何故かその眼が呆れた感じに見えるのはどうしてだろうか?



「テメェ! 歌丸連理!


ボケっと間抜け面晒してないでさっさと先に行けぇ!」


「え、なんでそんな怒ってんの?」


「時間無いんだよぶっ殺すぞこらぁ!!」


「荒振り過ぎでしょまったく……行けばいいんでしょ、行けば……」



なんでいきなり怒鳴られるのかと不満に思ったが、確かにもう少しで時間が過ぎる。


戒斗の状態とか気になるけど、終わった後で聞くとしよう。



「っ! させません」



先へ進もうと思っていたら、麗奈さんが僕に向けて魔法を放ってきた。



「おっとっとぉ!」



どうにか回避しつつ、先へ進む。



「なら、これで!」



と思ったら、今度はさらに連射と来た。



「おおぉぉぉっとっとっとっとぉ!!」



だが、シャチホコたちの動きに比べれば直線的で避けやすい。


フェイントとかないなら僕でも余裕!


このまま一気に突破してやる!



「くっ――ごめんなさい連理さま、一瞬ですから!」


「え?」



そう思った矢先、滅茶苦茶巨大な炎の火球が発生したのが見えた。



「一瞬で消し炭にして、痛みは与えません」


「その気遣いが逆に怖い」


「では、失礼します」



そして放たれた巨大な火球


鬼龍院兄は何やってんだよって思ったら、現在進行形で魔法の打ち合いをしていた。


それもかなりの大火力……というか、むしろ片手間で対処されてたのは僕の方っぽい。


だがまずい、直撃は避けられたとしても、アレって確か炸裂する魔法だったよな?


その衝撃で僕が負けてしまう可能性が……!



「たくっ……世話の焼ける奴っスねぇ」



そんな声が聞こえてきた。


迫っていた火球が、僕からまだ離れた位置で炸裂した。


その衝撃で転んでしまったが、それだけで終わる。



「なっ」



想定外の事態に鬼龍院兄の方を見ていた麗奈さんがこちらを見た。



「あったかいのどーも、おかげでちょっと楽になったッス……少し焦げたッスけど」



戒斗が銃を構えて立ち上がっていた。


なんかズボンが少々焦げてるが……多分僕に向けて放たれた火球の一発が近くで炸裂したのだろう。



「連理、ここは任せて先に行くッス」


「戒斗……………………実はそういうの言ってみたかったの?」


「はよ行け」



僕に向かって銃を撃ってきた。


直撃こそしないけど滅茶苦茶怖い。



「おぉおおおっ!? 撃たないで、行きます、行かせていただきます!」



なんか今日は戒斗も厳しめだ。


急いで先に進まなければ



「行かせはしませ――! あ、足が……!」



追撃されるかと思えば、麗奈さんは自分の足を見て驚いていた。


見れば、くるぶしくらいまでが土で覆われて地面に固定されていたのだ。



「俺相手に片手間で対処しようとして、その上完全によそ見とか……舐めすぎだぞ、妹よ」


「しまっ――!」



声のした方を見た時にはもう、蓮山が行動を終えていた。



「覚えておけ」



鬼龍院兄は二つ……いや、三つの魔法を同時に発動させた。



「兄より強い妹など、存在しないのだということ!


ホライゾンレイン、サンドブラスト、フリーズ!


その名も、混成マッドブリザード!」


「この程度……っ、きゃあ!」



麗奈さんが防御しようとしたようだが、鬼龍院兄の放った氷の塊の中に混ざっていた土、やら砂やらまでは防ぎきれず、それが直撃してその場に倒れる。


足が止められているので、回避すらできなかったようだ。



「行け、歌丸連理!」

「頼むッスよ!」


「合点承知!」



二人の声を背に、僕は次のフロアへと向かうべく走り出す。


曲がりくねった通路を走っていき、咄嗟に嫌な予感がして地面ではなく壁を蹴ってみる。



――バクンッ!!



そんな擬音が聞こえてきそうなほどに豪快に地面から口みたいなものが生えてきて僕が進むはずだった場所に噛みついてきた。



「なんだっけ、これ…………えっと、確かハエトリグサ、だったかな?」



知っている者より遥かにデカいし、なんか棘とか凄い狂暴そうだが……うん、たぶん間違いない。



「紗々芽さんのトラップか!」



この通路の先にこの模擬戦の勝ち負けを決めるであろうフラッグがあり、それを守るために各種トラップが設置されているわけか。


そしてそれを行ったのは同じチームのドルイドの苅澤紗々芽さん。


この短期間でこんなに植物が育つとは……ドルイドならではだな。



「距離として、大体20mくらいもないはずなんだけど……」



じっと目を凝らして先を見ていると、足元だけなく、壁とかにも嫌か感じがする。


迂闊に踏み込めばさっきのハエトリグサモドキの餌にされるだろう。


だけど……もう時間がない。


安全地帯を探して進んでいたら制限時間をオーバーしてしまう。


ハエトリグサより下を潜るって手段もあるが、かなり深めに掘らないといけない上に、相手は植物。


根っこが地面の中に張り巡らされているから時間がかかる。確実にタイムアップだ。



「すぅ……はぁ……」



呼吸を整え、その場で軽く屈伸する。


……この状況下なら悪路羽途アクロバットの発動は問題ないだろう。


後は、僕自身の速度の問題だ。


トラップの上を走るのは仕方ないが……問題は発動までの時間だ。


相手は植物。つまりは生き物だ。


一秒未満ではあるだろうが、地雷みたいに踏んで足放して気づいたら足が無くなってました、とかにはならないだろう。


人間でもギリ反応できるくらい……それくらいの猶予はあるはずだ。


その場で態勢を低くし、前だけを見据え、前傾に構える。



「レディ……ゴー!」



そして僕は今ある全力で走った。


瞬間に、あらゆる方向から嫌な予感がした。


死線が発動し続けて、このまま止まれば死ぬ、前に進めば死ぬ、後ろに戻れば死ぬと何度も頭の中で警報が鳴り響く。



「だからどうした?」



ここに来るまで、みんなが死力をつくしていた。


ならば僕だって、これくらい突破する。



「ぅぅうううおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」



地面を蹴る。壁を蹴る。


そして脚の接地時間を極限まで短く、かつ力をしっかりと地面に伝える。


脚での接地がまずい場所があれば、手を使う。



「――パワーストライク!」



強引に壁を手で攻撃して無理矢理前に進む。



10m突破



地面への落下、着地から前へと進もうとしたが、地面の隆起を確認した。


――着地に手間取り過ぎた!


このままでは食い殺される。



「――パワーストライク!!」



そうはさせるかと、咄嗟に足でスキルを発動。


地面を蹴りつつ、出てきたハエトリグサモドキを踏み潰しながら前へと進む。



「痛ぇ……!」



だが、踏んだところが悪かったようで、足裏から甲まで一本の太い棘が貫通していた。


痛みを誤魔化せば平気だが、この足で同じことはできない。


というか進むのにも支障があるのだが……あと少しくらい無理は利くはずだ。



15m突破



「――そこだ!」



隙間があった。多少触れていてもハエトリグサモドキに反応されないであろうポイント。


ここを利用すれば……!



「耕耘スキルLv.10!」



壁に触れた瞬間にスキルを発動。


その結果魔法で固められた壁が一気に聞ズレていき、さらには壁の中に隠れていたハエトリグサモドキまでも地面に落ちていく。


その落ちた衝撃で地面に潜んでいたハエトリグサが勝手に出現する。



「よし!」



本物同様に、一度口を閉じたら開くまで時間が掛かるようだ。


閉じた後のハエトリグサなど怖くない!




18m突破




「あと、少し!」



19m突破



僕の視界に、拓けた場所が見えて、その奥に確かに目的の旗の突き刺さった台座が見えた。


ハエトリグサモドキを踏み台にして、さらに前へと進む。



20m突破



そして等々その部屋へと侵入し、あとは旗をゲットするだけ!



「ルートバインド」


「え」



……だけ、だったのだけど……部屋に入ると同時に、非殺傷性の拘束スキルで手足を完全に封じられてしまった。



「わぁ……本当に来たよ。


私てっきり上級生の誰かと思ってたんだけどなぁ……」



通路から見た時は視覚になっていた壁際にて、感心したように拍手をする人物がいた。


MIYABIこと、李玖卯雅りくうみやびであった。



「歌丸くんが参加する時点で大なり小なり影響が出るものですよ。


ましてこっちは戦力が万端である以上、向こうが誰をどこに当てるのか考えれば上級生は突破は難しい気がしたので……もしかしたらと思ったんです。


まぁ……私も冗談半分だったので本当にここまでこれたことには驚いているというか……もう一種呆れてしまいますけど」



そして反対側では、ハエトリグサモドキのトラップを仕掛けた紗々芽さんがいた。


そして今僕の手足に絡まった根っこを操っているのも、彼女だろう。



「紗々芽さん……まさかこんなところで出てくるなんて……!」


「万が一の保険としてね。


私自身、付与魔術エンチャントを施し終わった時点で今日の仕事は終わったようなものだったけど……まぁ、念のためにここに残っていたの。


万が一でも女子が負けたら、氷川先輩が凄いことになりそうだったし」


「だとしても、ここまで来て負けるわけには……!」


「あ、ちなみにね」



まるで天気の話題を振るかのような軽い口調で、彼女は告げる。



「さっきの通路のハエトリグサね、毒仕掛けてあったの」


「……え?」


「確か、蜘蛛の使う微弱な神経毒を参考にして、効果は短いけど即効性なんだって


だいたい十秒くらいもすれば動けなくなるって……東学区の研究者の人が販売してた種だよ。


今こうして、話してる間に十秒経ったから」



「は、ぇ……ぉぉうぉ……!?」



なんかそんな指摘を受けたら、体に力が入れづらくなったような気がする。


経っていられずにその場で倒れかけたが、手に絡まった木の根で万歳ポーズのまま地面に膝をついた。




「か、ぃ、う……!」



「結構高かったんだよ。


でも歌丸くんって麻痺系の毒ってスキルの影響で効かないし、これかなって思って。


あ、でも今回は試合が終わると自動で状態異常も治るから安心してね」



動けなくなった僕ににこやかな顔で近づいてくる紗々芽さん。


……あ、あれ?


おかしいな?


いつもみたいな優しい表情なのに、なんか……凄い怖い。



「ところでさ、ララのことで教えて欲しいんだけど」


「な、なに、を……?」



辛うじて絞り出した声



「私ね、聴覚共有スキルとか覚えてね……あの子が何してるか定期的に確認してたの」



あれ、なんか猛烈に嫌な予感がしてきたぞ?


死線スキル発動してないのに、なんで?



「お嫁にいけないって、あの子が言ってたの、どういうことかな?」



最悪なところピンポイントで聞かれてた。


そして視界の端でMIYABIが「うわぁ」って顔してる。



「ちょっと、詳しく教えてもらえない?


――当然タイムアップした後でもね」
















……この後、普通に試合終了した。


女子陣営の勝利でした。まる。

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