第26話 ドロケイ試験③ 兎にも角にも
「きゅきゅきゅう……」
シャチホコの耳を使って音を聞いているのだが、東側から足音とかが全く聞こえてこない。
英里佳は無事なのだろうか?
いや、まぁバッジがあるから怪我はしないだろうけど……やっぱり、今ので脱落したのかな?
先ほど聞いた他の足音から推測するに、先輩二人はどうやら北側と西側で待機しているようだ。
向こうは英里佳がかく乱している内に攻撃する予定だったからなぁ……しばらく様子みかな?
そう思った時、ふと北側からメキメキッと変な音がした。
音を聞いたのは僕だけではなかったので、その場にいた全員がそちらに顔を向ける。
すると、幹の途中でへし折られた木が丸ごと一本こちらに向かって飛んできたのだ。
「はぁ!?」
思わず絶叫してしまう僕。
え、もしかして英里佳抜きで攻撃開始するつもりなのか!?
「――
一方で先に動いたのは苅澤さんだった。
彼女は素早く三上さんの盾に対して
それを受けて固まっていた三上さんもすぐに盾を構えて前に出た。
「はぁ!」
タイミングを合わせて左手に装備した盾を横なぎに振るう。
飛んできた樹と盾がぶつかった瞬間に付与された魔法の光が強くなったのが見えて、そしてそのまま三上さんは明らかにその体より重い樹を弾き飛ばした。
「まだまだ来るよぉ」
後ろで見ていた瑠璃先輩はそういながら杖を構える。
何かに警戒しているということなのだろう。
そしてその言葉通り、北側から連続で樹木が投げられてきた。
「紗々芽、周囲を警戒して!」
「うん!」
北側からの樹はすべて三上さんがその盾ではじき飛ばし、その一方で苅澤さんが周囲を警戒する。
意外だ。
三上さんはともかく、苅澤さんとかはこういう時にもっと慌てふためくものだと思っていた。
「それじゃとりあえず北側全体を薙ぎ払おっかにゃー」
軽い感じで杖を構えて詠唱を開始する瑠璃先輩。
ああ、ちなみに詠唱と言っても別にこっぱずかしい呪文みたいなもんを口に出したりはしない。
あくまで詠唱とは術式の構築にかかる時間のことを指すためだ。
ごくまれに呪文とか口にして詠唱カッコいい、みたいな演出する輩もいるみたいだけどね。
「――瑠璃先輩、西側来ます!」
呪文を放つ直後に聞こえてきた苅澤さんの声。
僕も西側を見てみると、森の中から飛び出してこちらに向かって疾走する栗原先輩の姿が見えた。
「ブレイズ・セラフィム」
召喚された炎の天使が栗原先輩の方へと向かう。
その迫力で僕は立ちすくんだものだが、栗原先輩はそれを前にしてもこちらへの脚を止めない。
それどころか、なんかかなり楽しそうに笑っている。
「――
栗原先輩の姿が一瞬ぶれた。
かと思えば、次の瞬間炎の天使が八つ裂きになってしまう。
「は――え……はぇえ!?」
何が起きたのかわからず自分でも変だと思ってしまうような声が喉奥からついて出た。
おそらくソードダンサーのスキルを使ったのだろうが、何が起きたのか全く分からなかった。
速過ぎる。
英里佳のとんでもない速度は見慣れたからも驚くことはないと思ったのだが、これは明らかにそれ以上だ。
いくら上級生とはいえ、人間はあそこまで速く動けるようになるのか……?
「ヒロにゃんさっすがー! だけど、まだまだいっくよー!」
そう言った瑠璃先輩の言葉通り、炎の天使が続々とその姿を現す。
そのスキル、一体だけじゃなかったのか……!
唖然とする僕をよそに、現れた炎の天使はざっと十体以上でまだまだ増えていく。
それらすべてが、一斉に栗原先輩に襲い掛かる。
しかし栗原先輩はそんなのまるで気にした風もなく、さも当然のように迫りくる天使を八つ裂きにして前へと進んでいく。
「レ……レベルが違い過ぎる……」
「きゅきゅぅ……」
僕もシャチホコの、目の前で繰り広げられる先輩たちの攻防に唖然とするばかりだ。
「――おおおおおおらぁ!!」
北側から聞こえてきた雄叫び。
なんだと思ってそちらを見ると、とんでもなく大きな斧を振るってこちらに接近してくる下村先輩の姿があった。
「耐えて見せろよ一年ッ!」
「はいっ!」
大きく振りかぶった斧に、三上さんはその盾を構えて前へ出た。
「し、詩織ちゃん!? し、
まさかの行動に驚きつつも、素早く援護で追加の魔法を施す苅澤さん。
三上さんの盾が今まで以上に強い光を宿して、その盾を前に突き出す。
斧と盾がぶつかり合い、まばゆい光が瞬いたかと思えば、大きな音と共に座っている僕の尻からとんでもない揺れを感じた。
「あばばばばばばばばっ」
「きゅきゅきゅきゅきゅっ」
もう凄すぎてろくに声も発せられない。
三上さんはどうにか攻撃を受けきったが、その足首は地面に陥没し、強化が施されたはずの盾はヒビが入っている。
「っ……は、はぁ!」
「耐えきったか、流石だな。
――だが、こんなのは序の口だぞ!」
「っ!」
下村先輩はそこからさらに斧を振り回して攻撃を仕掛けていき、三上さんはその攻撃を懸命に盾でしのぐ。
完全に、三上さんが遊ばれてる。
おそらく、というか確実に下村先輩は手加減している。
あの人も栗原先輩や瑠璃先輩のように本気を出せば三上さんを完封できるはずだ。
それでも……僕は三上さんの強さを知っている。
戦闘能力は英里佳には劣るものの、僕よりも圧倒的に格上だ。
そんな彼女でも手も足も出せないなんて……
「強すぎる……これが……生徒会直属……?」
あれ……でも……おかしくないかこの状況?
今、完全に警察側が泥棒側に攻め込まれていて、主力である瑠璃先輩は栗原先輩を押えるのに手一杯だ。
そして三上さんも、苅澤さんの援護を受けて下村先輩の攻撃をいなすのが精いっぱいという状況で、さきほどと立場が逆転しているように思えるのだが……
「おかしいでしょ、これ……」
先ほどは明らかに警察側が優勢で、僕たち泥棒側は追い込まれていた。
そして、一番槍を任されるはずの英里佳が逆に返り討ちに遭った直後にこの展開。
いや、僕の立場では有利なのは間違いないんだけど…………やっぱり、これって……
「おらどうした、そんなもんか!」
「くぅ、う!」
「あははははっ、やっぱりたまには全力でやり合うの面白いねっ!」
「遅いってのっ!」
戦い合っている四人はそれぞれかなり滾っている様子だが……この状況は妙な感じが強すぎて僕は困惑する。
そして、視線を彷徨わせていると困惑した様子の苅澤さんと目があった。
「…………歌丸くん」
「え、な、なに?」
話しかけられるとは思ってなかったのでちょっと驚いた。
一応まだ試験中で立場上は敵なので、話すのってありなのだろうか?
だけどよく考えたらさっき僕普通に瑠璃先輩と話してたな。
いやでも戦闘中にいいのか?
「この試験……ってさ」
「う、うん」
「…………やっぱり、そう、だよね?」
「か、なぁ……」
やっぱり苅澤さんも同じ感想を抱いているようだ。
何かがおかしいけど、具体的にそれが、と問われると明言できないし、目的も不明だ。
いや、試験ということはやっぱり僕たちの何かを試すということなのだろうけど……
――貰ったッ
「っ」
「きゅきゅう!」
声が聞こえた。
聞き覚えのある声で、こちらに迫ってくる声だ。
「か、苅澤さん!」
僕は咄嗟にどうすべきかわからず、咄嗟に名前を呼んで、そして声のした方を見てしまった。
「え――――ッ!!」
そして僕の動作で向こうも気が付いてしまったのか、苅澤さんは後ろに飛んだ。
瞬間、先ほどまで彼女が立っていた場所に人影が飛び込んできた。
「っ――歌丸くんっ!」
「え、英里佳っ!?」
突然現れたのは英里佳だった。
胸を見ると羊のバッジがついているから先ほどの攻撃も無事に回避したということなのだろう。
苅澤さんに奇襲を避けられたことに驚いた反応を示したが、即座に僕の方を見て迫ってくる。
「へ――ちょ、おぉぉおおおおおおお!?」
かと思えば、気が付けば僕はすでに英里佳に抱えられた状態でその場からどんどん離されてしまった。
「ごめん、森の中に入ったらすぐに逃げて!
その間に決着を着けるから!」
今の状況で飛び出してきた英里佳は現状を見て今が攻め時と判断したのだろう。
だが、僕はそんな英里佳の判断に言葉にはしづらい不安を覚えた。
「あ、ちょっと待って、この試験なんかおかしい!」
「おかしいって、何が?」
「何とは言いづらいんだけど…………その……英里佳も変だとは思わなかった?」
「それは…………あ」
「え?」
頭上を見上げて突如英里佳は固まる。
そして僕もつられて頭上を見て固まった。
頭上には、もう何度か見た瑠璃先輩の使う魔法の発動前段階であることを示す魔法陣が発生していたのだ。
そして、僕たちの視界は雷光に包まれた。
■
「さてと……まぁ、これくらいかなぁ」
「やりすぎでしょ。
といかわざわざ攻撃する必要あった?」
「景気づけになんとなく」
「喰らったほうはたまったもんじゃないわね」
「……あの……えっと」
今まさに目の前で起きた状況に、苅澤紗々芽は困惑する。
先ほどまで、瑠璃の魔法を押えていた栗原浩美がその手を止め、そして瑠璃と肩を並べて先ほど歌丸と英里佳が走り去っていった方向を眺めていた。
その方向からは今まさに煙が上がっていて、瑠璃の放ったサンダーストームの影響で見通しが悪くなっていた。
「ふぅ――まぁ、及第点ってところだな」
「…………あ、あの?」
大地からの攻撃が止み、盾を構えたいた三上も困惑する。
「というか瑠璃、あんた露骨すぎよ。
歌丸くん、物凄く不審がってたじゃない。というか半ば気づいてたわよね、アレ」
「あー、やっぱり?」
「てへっ」と特に悪びれた様子もなく舌を出す瑠璃の反応に、心底呆れたように浩美はため息をついた。
「あんたのギルドだからってあんたに全面的に任せたのは失敗だったわ……
まぁ、洞察力を見るって意味じゃ有意義だったけど」
「ああ、その辺りは悪くなかったと思うぞ。
むしろ諜報に向いてると思うぞ、あいつ。まぁ、その分榎並はちょっと残念だな。
戦闘力は高いんだろうが、実力を発揮できなかった」
「そう? 彼女の動きかなり速かったじゃない。
瑠璃の攻撃を何度も避けてたし、半年もすれば私より速くなると思うわよ」
「……えっと……あの……試験は、どうなったのでしょうか?」
三人が思い思いに評価を下しているところに、躊躇いつつも詩織はそう切り出した。
「あ、別にもう終わりで大丈夫だよ」
「お、終わり?」
「そ。ぶっちゃけ比較的自然体のままの君たちの実力を正しく評価するのが目的だっただけだから試験内容のルールとか適当にきめてただけだし」
「…………」
あまりにもはっちゃけた回答に開いた口が塞がらなくなってしまう詩織。
そんな詩織を他所に三人はそれぞれの意見を交わし続ける。
「しーたんもさめっちも私は問題ないと思うよ」
「俺も問題はない。
三上は度胸もあるし、苅澤の方は状況判断力は流石だ」
「んー……まぁ、二人がそういうなら私も文句はないわよ。
これから指導していけば伸びると思うし」
意見を交わす三人を見て、紗々芽はしばし茫然としていた。
「……どうやら合格みたいね、私たち」
そして硬直から復活した詩織にそう声を掛けられて我に返る。
「う、うん……そうだけど…………なんか、これでいいのかな?」
「いいんじゃないかしら……まぁ、学生間での試験なんてこんなもんじゃない?」
「そう、だね……」
確かに、よくよく考えれば今自分たちを試した三人も所詮自分たちより一個上の学生でしかなかった。
生徒会と聞いていたから、もっと厳かな試験を想像していたからこんなグダグダな内容で終わってしまうのは正直肩透かしを食らったような気分ではあるが、こちらの要求の難易度が高すぎたともいえる。
おかげで、変な深く勘ぐってしまったのは事実だ。
「きゅう」
「って、あんたまたあの二人に置いてかれたの?」
自身の考えすぎだったということに反省している紗々芽を他所に、シャチホコがよちよち歩きで接近してきたのを確認して詩織がその場でしゃがみ込む。
――パキンッ
「……は?」
何かが割れるような音がした。
――パキンッ
「え」
そしてそれは一度で終わらなかった。
何だと思って音のした胸あたりに手を当てると、そこに着けていたはずのバッジが無くなっていたのだ。
「ん、どうし――」
聞こえてきた音に反応して振り返る三人だったが、その時にはもう遅かった。
――パキンッ
二年生三人が胸に着けていあバッジも、詩織と紗々芽同様に破壊されて地面に落ちてしまう。
「…………え、あの…………え?」
酷く困惑した表情をみせる瑠璃。
飄々とした彼女とのギャップでなんだか新鮮だが、大地も浩美も同じように何が起きたのかわからないという顔をしていた。
「……シャチホコ、ちゃん?」
目の前で起きた事態
そしておそらくそれを引き起こしたであろう犯人――いや、犯兎?――を見て、紗々芽は固まる。
「きゅっきゅきゅうっ!」
フンスっと、その場で胸を張るように息巻くシャチホコ。
その額には、半透明に淡い光を放つ角らしきものが生えていた。
「――おお、よくやったぞシャチホコ!」
誰もが唖然としているその場に弾んだ声を発して戻ってきたのは歌丸だった。
後ろから英里佳が付いてきている。その胸に着けていたはずのバッジはすでにないということは、先ほど瑠璃の放った魔法を受けたということなのだろう。
「どうですか瑠璃先輩? これ、試験合格ってことでいいですよね!」
しかし、この場で唯一バッジを胸につけている歌丸は笑顔でそんなことをのたまった。
そんな歌丸に、瑠璃は一言。
「…………どゆこと?」
瑠璃のその言葉に、歌丸は……
「え? だって、この試験ってつまり……あれですよね、泥棒側のスパイを見つけ出してその上で勝つとか、そういうルールですよね?」
自信ありげに、堂々とそんなことを言う。
「…………え?」
「…………え?」
「……え?」
「……え?」
瑠璃も歌丸もお互いに「え」と聞き返すばかりで、話が一向にすすまない。
その一方で大地も浩美も何か察したようで苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「え?」
「え?」
「きゅ?」
未だにかみ合わないやり取りを続ける歌丸を見て、紗々芽は静かに顔を手で覆って明後日の方向を向く。
完全に自分と同じ、いやそれ以上の勘違いを拗らせて空回った様子だ。
兎にも角にも、グダグダな試験が終わった。
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