第27話 ドロケイ試験④ グダグダな補足
サンダーストームが発生し、視覚も聴覚も何も感じなくなった。
だけど、不思議と温かく感じた。
その温かさがなんだか愛おしく思えて、僕は手を伸ばす。
何か柔らかいものを包み込むような感覚がして、僕はそれを抱きしめる。
「――――」
僕の腕の中で何かが動いた。
触覚は感じるようだ。
温かくて、そして柔らかくて……ああ、嗅覚も大丈夫みたい……なんかいいにおい……
「―――ん」
……ふむ?
「――、う――る、くん?」
なんか聞き覚えのある声が……
「う、歌丸くんっ、あの、ちょっと……!」
ああ、なんか耳もちゃんと聞こえるようになってきた。
そしてかなり近くから聞こえてくる英里佳の声。
視界は真っ白なんだけど……なんかやわらか………………っ!!??
「どわわわわっ!?」
僕は急いで手を離してその場から離れる。
そして僕の前には顔を真っ赤にしたまま自分の胸に手を当てている英里佳の姿があった。
「よ、よかった……無事みたい、だね……?」
「え、あ、う、うん」
ヤバい、顔が熱い。
――瑠璃先輩のサンダーストームが発動した直後のことを思い出す。
雷撃を帯びた衝撃波に襲われる直後、英里佳は僕を守るように抱きしめながらその場に伏せたのだ。
どうにも僕は混乱してその状態で英里佳の背中に手を回して抱きしめていたらしい。
つ、つまり……先ほどまで僕は英里佳の胸に顔をうずめていたというわけで…………いや、これ以上考えるのはよそう。
「ご、ごめん、ちょっと混乱して……」
「う、ううん、いいの。
それより、歌丸くんバッジは?」
「えっと……ああ、大丈夫みたい」
英里佳のおかげで、僕は攻撃の直撃を免れ、胸に着けていたバッジは無事だ。
一方で僕の代わりに直撃を受けた英里佳はバッジが砕けている。
「衝撃で結構飛ばされたみたいだね……」
英里佳はそういいながら見た方向。
そちらには森があるのだが、足の方を見ると木がなぎ倒されているのが見えた。
英里佳は攻撃を防いだだけでなく、落下の衝撃も守ってくれたらしい。
とりあえずこれではっきりしたことがある。
「――先輩たちはグルだ」
「グルって……栗原先輩と下村先輩が裏切ってたってこと?」
「うん、ライトニングとかならまだ否定はできたけど……さっきの魔法は詠唱に時間はかかるタイプだった。
栗原先輩が敵として押さえている状況であんなの使ってる暇はないはずだよ」
そもそもスキルって基本的に一つ使っている状況で別のスキルを同時に使用するのはできないらしい。
一応特殊なアイテムとかレアな装備を持っているのならいけるらしいけど、そんな豪華なものを試験に使ってくるとは思えない。
「もともと、なんか怪しい動きが多かったんだよね……不自然に攻撃するタイミングが良すぎたし……あと……」
僕はポケットに忍ばせたメモを英里佳に見せた。
「これ、誰の字か英里佳わかる?」
「えっと…………多分苅澤さんじゃないかな?
作戦まとめるメモ帳何度か見たけど、三上さんとは違うと思う。
でも、これどうしたの?」
「捕まってるときに投げられた。
……まぁ、このメモの内容通りならこんなにもわかりやすい不審な動きを見せてくれたってことで、たぶんわざとやってると思うんだ。
そして英里佳と先輩たちの会話でやけに説明口調だったところがあった。
それは多分、下村先輩の言葉を栗原先輩がチャットで瑠璃先輩に内容を伝えるためだと思うんだ」
そう考えると、すべての辻褄が合う。
「これはドロケイで対立しているように見せて、二年生が一年生を潰そうとしているんだ」
「つまり……最初から私たちの敵は二年生ってこと?
どうして先輩たちはそんな面倒なことを……?」
「そういう試験なんじゃないかな?
獅子身中の虫っていうくらいだし、怖いのは外の敵じゃなくて内の敵ってことだよ。
裏切りを想定し、尚且つそれを見つけ出して撃退する……そういう能力を試す試験なのかもしれない」
さきほど、下村先輩が三上さんを相手に戦闘を長引かせていた理由が、英里佳をおびき出すためだと考えると納得もできる。
「だったら……それを三上さんたちにも伝える?」
「そうしたいけど……そのための手段がない。
まず先輩たちに妨害されるだろうし……仮に伝えに行っても三上さんたちに僕が攻撃されるのがオチだよ。
まだ栗原先輩や瑠璃先輩が僕らに直接攻撃してこない以上、ドロケイのゲームの体が守られている。
だったらこれを試験内容がフェイクだと知らない三上さんが僕に攻撃をしてこない保障はない」
「……じゃあ……どうするの?」
「…………どうしよう」
この試験の裏を読んだのは良いが、正直なところだからなんだ、という話だ。
英里佳が失格となった今僕の味方は誰もいない。
どうすべきか……
そう悩んでいたら、不意に英里佳が肩を軽く叩く。
「歌丸くん、あれ」
「ん? ……あ」
林の奥――そのさらに奥にスタート地点があり、そこには人影が見えた。
そこに待機しているのは本来は三上さん、苅澤さん、瑠璃先輩の三人のはずだが……今、明らかに普通に五人がいる。
見るからに戦ってる雰囲気ではないし、あの二人が普通に捕まるとは考え難いが……
「……なんか、先輩たち普通に話してるよ」
僕よりはるかに目の良い英里佳の言葉で、どうやら僕の考えは立証されたことを悟る。
やっぱり、二年生たちは結託していたんだ。
「一体どうしたら……」
――モフッ
「うぉお!?」
「ど、どうしたの?」
「な、なんか急に変な感触が……って、お前」
唐突な変な感触に驚いて変な声をあげてしまい、顔を向ける。
するとそこには、見慣れたモフモフの毛玉がいた。
「きゅう」
普通にシャチホコだった。
「お前いたのか?」
「きゅう! きゅきゅ、きゅきゅきゅううきゅう!!」
「ちょ、痛い、地味に痛い、耳ビンタやめろ」
何やら物凄く怒っている様子だ。
一体どうしたんだろうか?
「あははは……たぶん、また置いてけぼりにされたこと怒ったんじゃないかな?」
「え? あぁ~……確かに、突然の事態だったし素で忘れてた」
「きゅぎゅ~!」
「ごめんごめん、ブロッコリー買ってやるから」
「きゅう」
耳ビンタを止めて大人しく僕の頭の上に乗るシャチホコ。
本当に安いなこいつ。
「とりあえずまた攻撃されて当たったら危ないし、アドバンスカードにでも入ってろ」
流石に、英里佳もいない状況じゃこいつで情報を集めてもしょうがない。
そう思ってアドバンスカードを胸ポケットから取り出したとき、僕の手を英里佳が掴んだ。
「え、な、なに?」
「歌丸くん、確かシャチホコの攻撃系スキルの習得までもう少しって言ってたよね?」
「え……あ、ああ、うん。
でもまだポイントが足りないんだけど……」
「歌丸くんのポイントは?」
「僕の? 結構溜まって来たけど、現状で使えそうなスキルはないよ?」
「そうじゃなくて、アドバンスカードを持っている場合、その使い手のスキルポイントを共有できるの知らない?」
「…………え?」
■
で、数分後……
「……つまり、レンりんの保有していたスキルポイントでシャチホコちゃんに攻撃系のスキルを覚えさせて、そのスキルで私たち五人のバッジを攻撃させた、と」
「うっす」
なんか物凄くいたたまれない気分で、僕はその場で正座して事情を話した。
話をきいている瑠璃先輩の背後で呆れ気味の三上さんと、同情気味の苅澤さんの視線がつらい。
「その……バッジを不必要に壊してしまってすいませんでした」
聞けばもう僕と英里佳が話している間に試験は終了していたのだという。
なんかもう、完全に空気読めてないよね僕。
「いや、別にお前もわざとやったわけじゃないんだから気にするな」
「そうよね。なんだかんだで、ルール違反したわけでもない状態でゲーム自体は歌丸くんの一人勝ちだし……」
そうフォローしてくれる先輩たちだが、なんか表情がぎこちないというか、完全に苦笑いである。
「あー……うん、まぁ……今回の件はこっちで割とずさんな試験をやったことが原因の行き違いだったわけだし……まぁ、見方によってはレンりんの考え方も間違ってなかったよね」
「実際そうだろ。
実力見るために俺たちで打ち合わせして四人の行動を誘導したしな」
「うぅむぅ……まぁ、そういう意味ではレンりんが想像以上の成果を出したと言えなくもない……かな?」
首をひねりながらもそんなことを言う瑠璃先輩。
どうやらあんまり怒ってないようで安心した。
「まぁ、とりあえず試験はこれで完全に終了ってことだ。
通知は……まぁ、後日学生証使って連絡するから今日はもう帰っていいぞ」
下村先輩がそう
僕たち四人は疲れを感じつつも地上へと戻るために歩いていく。
「そういえば、あんたシャチホコにどんなスキルを覚えさせたの?」
三上さんは僕の頭の上で寝ているシャチホコを見上げる。
「頭に角生えてたけど……あれは物質じゃないわね。
「よくわかったね。
あれ、実は魔法攻撃の部類なんだ」
僕は胸ポケットからアドバンスカードを取り出して新しくシャチホコに覚えさせたスキルの欄を見せた。
「
与えるダメージは少ないし、リーチも短いけど物理的な防御をすべて貫通して、数時間くらいは回復とか再生を阻害する呪い効果もあるんだ。
防ぐためには完全に避けるか、バッジみたいに魔法的な防御がないと駄目なんだって」
「…………は?」
三上さんは僕の手からアドバンスカードを奪い、そして食い入るようにその内容を確認する。
「まぁ、そうなるよね普通」
三上さんの反応を見て僕は共感していた。
最初にこのスキルの説明を読んだ時は驚いたものだ。
このスキル、習得するまでは魔法攻撃ってしか乗ってなかったんだけど、まさか物理貫通の能力があるとは思わなかった。
魔法防御か、回避でもしないと食らうとかかなりえげつない。
特に回避。
エンぺラビットは全
そんな奴からの攻撃を回避するとか、無理ゲーにもほどがある。
あと呪い効果もかなりエグい。
回復スキルの効果を封じるのとか、こちらとしては絶対に相手にしたくない部類だ。
「歌丸くん」
「ん? なに苅澤さん」
「その……ごめんなさい、なんだか私のメモで変に深読みさせちゃって」
「ああ、アレやっぱり苅澤さんだったんだ。
でも気にしないでいいよ、僕が勝手に勘違いしてただけだし、他にも間違える要因はたくさんあったからね」
メモが一押しにはなったけど、それが無くても僕は同じか近い勘違いをしていたはずだ。
「そっか…………私たち、合格してると思う?」
「うーん……反応は悪くなかったとは思うよ。
僕は……ちょっと余計なことしたかもしれないけど、客観的に三人ともいい立ち回りしてたと思うし」
「でも私は歌丸くんも十分凄いと思うよ。
下村先輩とか歌丸くんが情報を流してたこととか高く評価してたし」
「そうなの? だったら嬉しいな」
最近周りから蔑まれることが多かったから、そんな風に受け止められるのはなんだかとっても嬉しい。
自然と笑顔が顔に浮かんでしまった。
そしてその後、試験で疲弊した僕たちは攻略はせずにそのまま解散して寮に戻った。
「あっ……一人部屋のこと白里さんに話しておかないと」
ルームメイトの相田くんとの同室は今後危険だと念押しされたし、寮母の白里さんに相談しなくては……
――と、思ったのだが……
「え? 相田くんなら今朝急に部屋を出ていったわよ」
「へ?」
「なんかとっても焦っていたけど……なんかあったの?」
「いや、その……」
「もしかして喧嘩?」
「……そういうわけでもないんですけど……」
僕が言いよどむと、白里さんは少しばかり考えてからまるで僕を諭すような優しい口調になる。
「まぁ、プライベートなところだからあんまり深入りはしないけど……一緒のクラスでこれからも交流することもあるだろうから、折り合いはつけてね」
「は、はい……あの……それで相田くんはどこに?」
「同じパーティの人たちで比較的に迷宮の近くにある安いアパートを借りるみたい。
本来は連休や長期休暇の時とかの休憩所代わりの施設なんだけど、一応アパートとして貸し出してるから……はぁ……あそこあんまり設備良くないから体壊さないといいんだけど……」
迷宮の近くって、それってつまり学校から離れてるってことだよね?
他の学区とかにいくなら利便性は高そうだけど……一体どういうことだろう?
「きゅきゅ、きゅっきゅう」
「え、あ……そうだな、ごめんごめん。
白里さん、ちょっと僕スーパーに買い物行ってきますね」
ブロッコリー買ってやるって約束したし、大きめの奴を買ってあげよう。
「そう? あ、だったらついでにお醤油買ってきてもらっていいかしら?」
「わかりました」
スーパーへと向かうと、まだ多くの北学区の学生は迷宮にこもっているためか人はまばらだ。
レジを担当している学生は二人しかいない。
随分暇そうだなと思ったが、なぜかスーパーの雰囲気がどことなく張り詰めていたような気がした。
どうしたのだろうかと思いつつ、頭にシャチホコ、手に買い物かごをもってスーパーの奥へと入っていくと……
「ふーむ……安い豚バラと半額のステーキ肉……迷いますねぇ」
何か肉のパックを見比べてるドラゴンがいた。
というか学長だった。
……うん、僕は何も見てない。見てないぞ。
こういう店の中に入ったのは久しぶりだったから、回る順番を間違えたらしい。
たしか左側から時計回りに回っていく方が野菜コーナーだったんだ。右側から回ったことで厄介なラスボスとエンカウントとかワロエナイ。
ということで……
――ウタマルは にげだした!
「おや、歌丸くんではないですか?」
――しかし まわりこまれてしまった!
こ、こいつ、マジで回り込みやがった!
僕が振り向くより早く後ろに出現するとかもう速いってレベルじゃなくて瞬間移動じゃねぇか!
「こんな時間にこんなところで出会うとは奇遇ですねぇ」
「僕は遭遇したくはありませんでしたけどね……」
「おやおや釣れないですねぇ。
ところで歌丸くん、君はどちらを買ったほうがいいと思いますか?」
そういいながら、学長は僕に先ほど見比べていた豚肉と牛肉のパックを出してきた。
「今月はなかなか厳しいので本来なら豚バラの方がいいのですが、最近同じものばかりなので、半額のステーキと少し贅沢がしたい気分なのです。
ですがそれをしてしまうと数日はかなり倹約しないといけないのですが……どうでしょう?」
「激しくどうでもいいです」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」
グイグイくるなこのドラゴン
ああ、英里佳がここにいてくれれば…………うん、お店側に迷惑になりそうだ。
「ステーキでいいんじゃないですか、メリハリは大事です」
主にメリが大事です。
「そうですか、なるほどなるほど。
確かに、同じものばかりでは飽きてしまいますからね」
学長はそんなことを言いながら豚バラを戻して牛ステーキを買い物かごに入れる。
なんというか……スーツを着たドラゴンが買い物かごを片手にスーパーにいるとかシュール過ぎるな。
「ところで歌丸くん、最近攻略を頑張ってるようですね」
「……え、ええ、まぁ」
「楽しいですか?」
そう聞かれて、僕は自然と三人の顔が浮かぶ。
「はい」
「ふむふむ、結構結構。
アドバンスカードもしっかり使ってるようですね」
「きゅ?」
視線の向けられてシャチホコが若干身を固めた。
「そういうのわかるんですか?」
「ええ、もう迷宮内で見かけるエンぺラビットよりもはるかに強い個体となっていますね。
歌丸くんは…………あまり変化がないようですね」
「放っておいてください」
僕の溜めたポイントは一部とはいえシャチホコに譲渡してしまったため、しばらくは能力値をあげることもできない。
「ところで、榎並さんとはどうですか?」
「英里佳と? 友達ですし、頼りになる仲間だと思っていますけど……」
「そうではなくて、こう、学生ならあるでしょう?
れ、ん、あ、い……とかぁ~?」
このドラゴン、下世話です。
「で、どうなのですか? この際正直に教えてくださいよ、ね、ね?」
うぜぇ。
「みんな真面目に攻略に取り組んでいるんで、学長が考えてるようなことはありませんよ」
「…………え」
何衝撃受けてんのこのドラゴン
「う、初々しく手をつなぐようなことは……?」
「毎日スキル使うために繋いでるんで慣れました」
「接近してドキドキは?」
「動けなくなった僕を英里佳が負ぶって寮まで運んでくれましたが……ドキドキというよりはヒヤヒヤでしたね」
「では……き、キスとかは?」
「無いですね。というか仮にも教師がなに生徒に聞いてるんですか」
「重要なことですよぉ!」
知らんがな。
「くっ……確実にイベントをこなしていながら進展がない、むしろ仲間ということで認識が甘くなっている!
これはいけません、これでは駄目です、これはなんとかしなくては!」
なんだその三段活用?
「とにかくありがとう歌丸くん!
私は急用を思い出しましたので、さらば!」
そういいながらレジへと走るドラゴン。
僕はその背中を見送り、首を傾げる。
「なんだったんだ、今の?」
「きゅぅ~……?」
そして、この後僕は「余計なこと言わなきゃよかった」と後悔することになるのだが、この時はまだ何も知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます