第129話 他意はなくなくなくなくなくな(ry……ない

「はああああああああ!!」

「しゃあああああああ!!」



盾を構えた詩織さんに対して、シャチホコと合体した英里佳が普通の運動靴でスキルも使わずに蹴りを放つ。


英里佳の方は動きのキレはドラゴンスケルトンと戦っていたと比べると見劣りする。


そもそも武器もレイドウェポンである暴君圧凄タイラントでもないし、僕のスキルも中途半端の状態だから体力も回復してないのだろう。


とはいえ、そんな状態でありながら普段の強化状態と同じくらい動けている。


それだけ新しいシャチホコとの合体が強力ということだろう。



「ど、どうしよう、とりあえず英里佳との特性共有ジョイントを解除したの方がいいのかな?」


「あ、そうっすよ! あのシャチホコとの合体って特性共有ありきのやつッスよね! それで解除できるはずッスよ!」



僕の提案を名案とばかりに推奨する。



「よ、よしそれじゃあ」「待って!」



さっそく特性共有を解除しようとしたら僕の隣にいた紗々芽さんが止めに入る。



「たぶんそれをやったら取り返しのつかないことになるよ」


「え、いやでも、今の暴走を止めるならそれが一番いいんじゃ……?」


「確かにシャチホコちゃんとの合体は解除できるかもしれないけど、そうなったら英里佳が普通の狂狼変化ルー・ガルーを使うだけだよ。


そうなったら、前のレイドの時の二の舞になる」


「「あ」」



紗々芽さんの言葉に僕も戒斗も思い出した。


どうやら僕も戒斗も結構パニクっていたようだ。



「まず歌丸くん、現状はたぶん君が思ってるほど最悪ではないよ」


「というと?」


「英里佳は確かに暴走してるけど、だけど意識覚醒アウェアーが完全に無効化してるわけじゃない。


その証拠に特性共有がまだ発動している。


英里佳のスキルの反動も、時間が経てば回復するはずだって湊先輩が言ってたでしょ」


「あ……そうかなるほど、レイドの時と違って、今回は時間が経てば榎並さんは元に戻る可能性が高いんスね」



そ、そうか。


つまり現状ってレイドの時ほど切羽詰まったものでもないのか。



「あ、いやでもどっちにしろ危ないよ!


僕のスキルが満足に発動してない状態じゃ、英里佳が狂化しきって周りに被害がでるんじゃ……!


反動が収まってスキルの効果が元に戻るまでどれだけ時間がかかるかわからないし……!」


「ああ、そうっすよね……今は詩織さんが抑えてるからいいッスけど……」



戒斗は周囲を見回す。



「おー、いいぞー」

「やれやれー」

「なんだ、喧嘩かぁ?」



現在酔っ払い状態の北学区の生徒たちは英里佳と詩織さんの攻防を見て缶チューハイモドキを飲んでいた。



「……周りが逃げるどころか野球観戦みたいな感じで動かないッス」


「普段の状態なら放っておいても対処できたかもしれないけど……流石に今の状態じゃ英里佳の相手は難しいよね」


「あああああ、やばいやばいやばい……!」



このままじゃ被害が出る。



「ぎゅう!」

「きゅるう!」



頭を抱えている僕の前に、ギンシャリとワサビがやってきた。


その頭には解毒剤のドリンクが乗っている。



「お、お前ら……もしかして、それをみんなに飲ませようってことか?」


「ぎゅう!」

「きゅる!」



僕の質問に力強く頷く二匹


人数は多いし、酔っ払いだから素直にこっちの言うことを聞くとは思えない。


だったら、酔っ払いが対応できないほど素早い動きで解毒剤を飲ませれば?



「よ、よし頼むぞ!


プルタブは僕が空けるから、近くにいる奴の口にぶち込んで来い!」


「ぎゅぎゅう!」

「きゅるるん!」



僕の指示に動き出す二匹


そして僕は解毒剤を準備しようとしたら、すでにそちらでは土門会長と牡丹先輩が対応していた。



「土門会長、急いで避難したほうがいいですよ!」


「こっちは俺たちがやっとくから、お前らは他のやれ。


原因はこっちにあるんだから、これくらいはやらせてくれ」


「会長……はい、お願いします!」


「歌丸くん、ナズナ解毒剤飲ませたけどそのまま眠っちゃったから、代わりにこの子使ってちょうだい!」


「え?」



どの子のこと、と思ったらデッカイ狼がこちらにやってきた。



「BOW!」


「ユキムラ!」



マーナガルムのユキムラ


牡丹先輩の近くで気楽に寝落ちしている稲生ナズナのパートナー



「手伝ってくれるのか?」


「BOW!」



力強い返事で頼もしい。


その戦闘力はトップクラス。


英里佳を抑える人材……人材? いや、犬材…………なんでもいいか、とにかく相手としては詩織さん並みに頼もしい。



「ユキムラがいるなら抑え込むのは不可能じゃないけど、場所があぶない……まずは人がいない場所まで英里佳を誘導しないと……」



僕が周囲を見回すと、戒斗は軽い調子で言う。



「ああ、それなら簡単っすね」


「え、本当っ!?


どうやるの!?」



僕がそう訊ねると、戒斗は僕を指さす。



「そもそも、榎並さんってなんで急に暴走し始めたんスか?」


「え……いや、酔っぱらってでしょ?」


「酔っぱらったとして、何も理由なしにあんな大暴れしないッスよ。


榎並さんはあの時、お前に執着していた」


「……あ、うん、確かに」



顔を近づけてきて、それで……



「そんで、今もッスよ」


「はい?」



戒斗の指のさす方向が変わり、自然と僕もそちらに顔を向けた。


見れば、そちらでは英里佳と詩織さんの攻防……というか、英里佳の攻撃を詩織さんが盾を駆使して防ぎ続けている光景があるわけだが……



「しゅうぅううぅう!!」



獣のような鳴き声をはっしながら、英里佳は充血した目をある一点にむけている。


そしてそれは今相手をしている詩織さんではなく……僕だった。



「…………つまり?」


「ユキムラ、連理咥えて榎並さんの周り走ってもらえないッスか?」


「BOW」

「え」



戒斗の指示を快諾し、ユキムラが僕の背後にやってきて、そして僕の首襟を咥えてきた。


何をするんだと思ったときにはすでに僕の地面は足を離れていた。



「ひぎゃあああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」



気が付けば風になる。


気分は子供が振り回すコイノボリのミニチュア


ユキムラに首襟を咥えられて僕はそのまま英里佳たちの方へと向かって行く。



「っ!?」



接近した僕を見て英里佳が驚いたような表情をして固まった。



「シールドバッシュ!」



そこへすかさず盾を叩き込む詩織さん。


しかし、その表情は英里佳同様に驚きの色を出していた。



「あんた何やってんの!?」


「僕が聞きたい!!」



説明を求めたいところだったが、その前に地面から根っこが伸びてきた。


その根っこは詩織さんに吹っ飛ばされて動きを止めていた英里佳の手足に絡みついたが……



「しゃあああああ!!」



あっさりと引きちぎられた。



「むぅ……」


「ララ、大丈夫?」


「うん、ちょっとプチってしただけ」



どうやら今の根っこはスキルではなく紗々芽さんのパートナーであるララの一部だったようだ。



「歌丸――ウタマル、くんっ!!」



そしてそのまま僕の方に向かって飛び掛かってきた。



「GRRRRっ!?」



まさかこちらに向かってくるとは思わなかったユキムラが驚いたように唸った。


まぁ、そうだよね。今の英里佳って気迫半端ないもん。


そして迫ってきた英里佳だったが、ユキムラもたまらず逃げる。



「ちょ、首が――」



歓声の法則で首への負担が半端ない。


されるがままというのはそれはそれで肉体への負担が半端ない。



「ユキムラー、悪いんスけど連理のやつそのまま連れまわして、榎並さんとつかず離れずの距離で逃げてくれッスー」


「くれッスー……じゃな――おぇ」


僕が叫ぶより先に、ユキムラが同意するかのように頷いたので横の動きから盾の動きも加わって振り回される僕。


こいつ僕の言うこと聞かねぇ! 一応名付け親なのに!!





「はぁ、はぁ、はぁ……!」



三上詩織はその場で膝をついて肩で息をする。



「詩織ちゃん!」


「大丈夫ッスか!」



そんな詩織のもとへと駆け寄った紗々芽と戒斗



「怪我はないんだけど……想像以上にしんどいわね。


体は疲れないけど、酸素がいくらあっても足りないわ……」


「そんなに強いんスか?


見た感じ互角ッスけど」


「う、うん……前のレイドでの戦いと同じくらいに見えたけど……」


「同じ? 冗談じゃないわよ」



周りからはわからないようだが、実際に戦っている詩織にはわかっていた。



「今の英里佳、言葉こそ話せなくなってるけど、戦いの勘は失ってない。


クリアブリザードが故障したから使わなかったけど……たぶん持ってたらとっくに負けてる。


互角に見えていただけで、私はずっと防御する以外何もできなかった……いいえ、させてもらえなかった」


「「…………」」



詩織からのまさかの告白に絶句する二人


英里佳は相当の実力者であることは知っていたが、まさかルーンナイトとなっていた詩織を圧倒するなど夢にも思わなかったのだ。


しかも今は疲弊している状態


それでこうだとすると、英里佳の実力は底知れない。



「多分だけど、シャチホコとの融合も働いてるわ」


「え……素早くなる以外に何かあるんスか?」


「大ありよ。


こっちの動きを、その前段階で封じてきたのよ。


多分、筋肉の動きの音まで聞き分けてるのよ……高速で動いてるのに、その動きを読まれないように気を遣わないといけない……正直、倒せる気がしないわ」


「うげぇ……」



詩織の言葉は紗々芽にはピンとこなかったようだが、理解できる戒斗は今の英里佳を相手にすることがどれだけハードなことなのかを理解できた。


おそらく、というか確実に自分の指導をしてくれた灰谷昇真よりも強いということを戒斗は理解した。



「……あれ、でも、ということは英里佳ってやっぱり狂化しきってはいないってことだよね?


もう結構時間立っててもそんな立ち回りができるんだから」


狂化の度合いはスキル使用から大体十分くらいだが、戦闘中はさらに短い。


ルーンナイトという人類最強の職業ジョブの一つと戦っていてその時間が減らないわけがないし、もう十分弱は経過しているが……



「GYANN!」

「うばばばばっ!」


「があああああ!!」



大きなオオカミが人を口に咥えながら小柄なバニーガールから必死に逃げているという、シュールレアリスムの窮まった光景がそこにあった。



「……一応、当初の目的通りに歌丸くんを狙っているね」


「まぁ……理性があるか無いかで言えば怪しいッスけど……なんとかなりそうッスね」


「簡単に言うんじゃないわよ……あのマーナガルムが逃げてるのは、本能的に勝てないって理解してるからよ。


それこそ殺す気じゃないと返り討ちに遭うってわかってるから逃げの一手しかしないの」



事態は深刻でもないが、容易でもない。



「こうなったらやはり持久戦、スキルの反動が収まるまで私とユキムラで交代して相手にするのが一番かしら……」


「最終手段としてはそれしかないかもしれないけど……でも、やっぱり現実的じゃないよね……」



深刻そうな顔をする二人の少女に、戒斗は首を傾げながら訊ねる。



「別にわざわざ詩織さんたちが相手する必要ないんじゃないんスか?」


「「え?」」


「もういっそ連理をそのままおしつけ」「「駄目」」



すべてを言い切る前に却下された。



「いや、でもそれが一番安全なんじゃ」

「今の英里佳は普通じゃないのよ、連理に何かあったらどうするの?」


「だけど理性が完全になくなってるわけじゃ」

「酔っ払いが普通の安全な行動をする保証はないよね? 日暮くん、日本で年間の飲酒運転や飲酒による事件と事故の数知ってる?」


「連理ならたぶん大丈夫だと」

「連理のことは連理が決めるべきであんたが決めることじゃないわよね」


「多分本人は率先して引き受けると」

「そういう考えは正直どうかと思うな。どうかと思うよ、私は」


「…………そう、ッスね……はい。迂闊なこと言ったッス」



普段なら理性が働いて聞き入れてもらえると思ったが、切羽詰まってるわけじゃないので却下されてしまったのだなと戒斗は考えた。


暴走する直前の英里佳の行動を鑑みれば、歌丸連理という少年のことを憎からず……むしろもっと深いところで思っているこの二人が絶対にそのような行為を見過ごすわけがないのだろう。



「ぐへぇ、おぇえ……やべ、吐く……胃の中空っぽだけど吐く……!!」



当の本人は玩具の様に引きずられまくっている無様な姿をさらしているのだが……



「……おい、これは一体何の騒ぎだ?」


「何かまた面白そうなことやってるわねぇ……」



そんなときにやってきた人物


その姿を確認して、戒斗の顔には喜色の色が浮かぶ。



「やったッス! これで勝てるッス!!」


「「え?」」



状況がわからない後からやってきた男女二人は、戒斗の言葉に首を傾げるのであった。





苦しい時、吐きそうな時、そんな時人間はどうするのか?


答えは簡単。


自分を人間だと思わないことです。


ユキムラにされるがまま振り回される僕は、もはやそれが当然だと自分に言い聞かせる。


きっと今の僕のめはコイノボリのそれとほぼ同じものになっているはずだ。


不思議なことに、吐き気も苦痛も感じなくなった。


体の揺れも、ただの振動として正しく理解ができる。



「そうか、これが無我の境地か」



などとアホな結論に達しそうになるが……



「諦めの境地の間違いじゃないかしら」


「死んだ魚の目をしてるぞ、歌丸」



そんな声が聞こえてきて、僕を追ってきている英里佳の前に二人の人物が立ちはだかる。



「はぁ!!」

「そら!」



一人は巨大な槍を振り回し、もう一人はマントを翻しながら視界をふさぐ。


英里佳は咄嗟に距離を取ったことで、僕を咥えていたユキムラがようやく動きを止めた。



「え……か、会長に副会長!?」



北学区の天藤会長と来道副会長が迷宮仕様に変化させた学生服で僕の前に立っていたのだ。



「お前ら、人がちょっと目を離したすきに何をやってるんだ?」


「いやその、別に誰が悪いってわけでもないんですけど…………なんかすいません」



呆れきった来道先輩に僕は何も言えずにただ頭をさげるしかできなかった。



「本当に賑やかよな、あなたたちって」


「紅羽」


「わかってるわよ。


でもいいじゃない。万全じゃないのは残念だけど……あんなの見せられたら、ねぇ」


天藤会長はその手に持った槍を軽く振る。


と言っても、それは普通の槍と違って馬上槍とか、ランスとか呼ばれるかなり巨大なものだ。



「戦ってみたいって誰でも思うわよ!!」


「しゃあああああああああ!!」



ドラゴンナイトとバニーガールの激突


ルーンナイトである詩織さんは盾を使っての防戦一方だったが、天藤会長は流石というか、英里佳が防御を強いられている。



「はぁ……まったくこれだから戦闘狂は……


とにかく、紅羽が時間を稼いでる間になんとかするか」



一通りため息をついてから、来道先輩は僕の方に向き直った。



「さて、で、日暮たちからも聞いたがどうしてこうなった?


さっさと榎並の酔いを醒ましてやれ」


「そう言われましても……あの状態の英里佳が解毒剤のドリンクをちゃんと飲む保証がありませんし……」


「ふむ……つまり、あれか?


動きを完全に封じればいいわけだな?」


「そうなんですけど……なんか特別頑丈なワイヤーとかあったりしません?


具体的にはドライアドの根っこ以上に頑丈な奴」


「対人捕縛用で学生証にストックはしてあるが……魔力とか通ってる分根っこの方が頑丈だな」



マジかよ、今の英里佳どんだけ力強いの? 今さらだけど。



「……ん? そう言えばお前のベルトは駄目なのか?」


「え?」


「あれ、さっき伸びてただろ?


伸縮自在で、比渡瀬の作品なら強度もあるんじゃないのか?」


「…………OH」



まさかの盲点!


そうだよ、僕の右手に巻き付いてるベルトがあったじゃないか。


初めからこれを使えばよかった。



「じゃあ動きを封じるのにそれを使うとして……解毒薬を無理矢理飲ませる方法だが、何かあるか?」


「え? 普通に口に缶押し付けるのじゃ駄目なんですか?」


「口を閉じられたらそれで終わりだ。


意外と時間がかかるし、下手したら指噛み千切られるかもしれないぞ。


そのベルトも魔力で伸び縮みするタイプみたいだし……お前の魔力が切れる前に飲ませられるのか?」


「それは……やってみないとわからない……としか言えません」



僕がそう言い切ると、来道先輩は額に手を当ててから空を仰ぐ。



「ふむ………………あー……駄目だな、正直面倒くさすぎてアホな方法しか思いつかん」


「えー……」


「だって考えてみろよ……模擬戦の準備だけでもスゲェ苦労したのにそこにドラゴン介入してエリアボス倒して……今こうしてこの場にいる瞬間でもいろんなところから問い合わせとか来てるんだぞ?


今日はオフだった氷川まで無理言って今生徒会室に行ってもらってるんだぞ……どう思う?」


「氷川ザマァと」


「ああ、お前ら仲悪かったな……まぁ、とにかくだ……俺は正直疲れてるんだよ。


もうな、考えることも面倒なんだよ」


「いやあの、考えさせてる身としては非常に言い辛いんですけど、もっと頑張ってください!


英里佳あれ、かなりまずい状況なんですけど!!」


「落ち着け、言ったろ。


アホな方法しか思いつかないと」


「……つまり?」


「アホな解決策ならあるぞ。


後々の面倒ごとはお前にのしかかるが、多分これが一番成功率が高い」


「よくわかりませんけど、それをやりましょう!」


「よし言ったな。俺は本当に知らないからな、絶対にNOとか言うなよ」


「はい!!」





「まさか、ここまでとはねぇ……」



息を切らしながら一歩引いたのは天藤紅羽だった。



「ふー……ふー……!」




英里佳の方も疲労の色が見えるが、気迫は衰えてない。



「――会長!」



そこへ再び戻ってきた盾を構えた三上詩織


ドラゴンナイトとルーンナイトが揃い、ベルセルクに向き合った。



「もう大丈夫なの?」


「はい、呼吸を整えて水分補給を済ませました」


「ふぅん……筋肉疲労しないのって本当に便利ね」


「はい。私と会長、それに副会長にマーナガルムのユキムラ


これだけ戦力が揃っていれば確実に英里佳を抑え込めます」


「あー……それなんだけど、なんかもっと楽に済む方法を黒鵜が考えたみたいよ」


「え?」



そんな方法があるのかと疑問に思った時だ。



「――た、たすけてー」



なんとも気の抜けた、棒読みの声が聞こえた。


声は背後から聞こえてきて、振り返った先で見たものは……



「く、くわれちゃうよー」


「G、GUOO……OOOO?」



とてもぎこちない表情で棒立ちしている歌丸連理と、その背後でなんとも困ったような目で大口を開いているマーナガルムがいた。



「「………………」」



その光景を見て、紅羽と詩織は歌丸たちにそんな棒読み演技を指示したであろう人物を見た。


そしてその視線の先にいる張本人である来道黒鵜は遠い目をしながら、缶チューハイモドキをあおっている。


やる気などとっくに捨てていた。というか、もう現実逃避していた。


そうでなくとも忙しいのに、この酔っ払い事件の後始末のことを考えて何もかもが投げやりになってる。



「いい加減過ぎないかしら、あれ」


「それだけ疲れてるんじゃないんですかね……」



どっからどう見ても罠だ。


あのような状況で素直に接近するような奴など誰もいないだろう。



「ウタマル、くんっ!!」



ただし狂化中の人(榎並英里佳)は除く。


紅羽も詩織も無視して素通りして、真っ先に歌丸の方に向かう。



「っ! しまった、抜かれた!!」


「いや、もう放っておいて大丈夫じゃない?」



詩織が慌てる一方で紅羽はかなり淡泊だ。


先ほど攻防をしてわかったが、英里佳は攻撃こそしてくるが殺意がまるでないのだ。


暴走気味で攻撃してくるが、相手をある程度認識している証拠だ。


だからこそ英里佳を放っておいても連理には危険はないと思ったのだろう。



「――それとこれとは、話は別です!!」


「何が?」



詩織は質問に答えることもなくその場で加速



「――筋力強化フィジカルアップ!!」



そしてさらにそこへ付与魔法エンチャントも発動


遠くから状況を見ていた紗々芽も素早く対処に動いていたのだ。


紗々芽からの支援を受けてさらに加速した詩織だったが、それでも追いつかない。



「あああああああああああああ!!」



英里佳の手が、連理へと届くその直前だ。



「英里佳、ごめん」



ユキムラはとっくに離れており、そして歌丸の手には金属の棒のパーツが握られていた。


その棒に魔力を流した途端、地面に落ちていた金属のベルトのパーツが光の帯によって引き寄せられていく。


その過程で、英里佳はベルトの金属パーツをつなぐ光の帯に体が絡まった。



「がっ!?」

「うげふっ!?」



連理本人もまとめて。


結果、二人は完全に密着した状態でベルトに絡まってしまう。



「やばっ!!」



その光景を見て詩織はさらに焦る。


今のあの状態、少なくとも英里佳を連理と近づけることだけは絶対にしたくなかったのだ。


だって、今の英里佳が連理に対して行おうとしている行為は、それすなわち――



「――カモン、ギンシャリ!」


「ぎゅう!」



焦る詩織を追い越して、解毒薬のドリンクを抱えたギンシャリが連理たちのもとへと向かう。



(もしかしてその状態で飲ませる気!)



無理だと思った。


仮に飲んだとしても、それでは事態は避けられない。



そう思ってさらに急いで、英里佳の口を無理矢理にでもこじ開けなければと足に力を込めたのだが……



「ぎゅぎゅう!!」

「んぶっ!!」



あろうことか、ギンシャリがその空いた缶を口に突っ込んだのは英里佳ではなく、連理の方だった。


一体何をしてるんだと怒鳴りたくなった詩織だが、その前に連理は行動を起こす。





これは医療行為


これは医療行為


だから一切他意はない。


これが一番成功率が高いと、来道副会長のお墨付きをもらっているのだからきっと大丈夫。


いける、問題ない、大丈夫だ、大手を振っていくんだ僕!!



――今にして思うと、この時の僕も正常だったとは言えなかったのかもしれない。



大丈夫、英里佳もきっと許してくれるさ!



――そもそも、以前睡眠薬を受けて変なテンションになった前科があったのだ。


――意識覚醒アウェアーで重症にはならなかっただけで、少なからず僕は酔っぱらっていたのだろう。



何をためらう必要がある!



――だって、そうじゃなければきっとこんなことを考えるはずがない。



こんなのむしろ役得じゃないか!!



「ああああ――あ、ぇ」



一瞬、英里佳が素のリアクションをしたような気がしたけど構うものか。



「え」

「は」

「ッス」

「わぁ」



上から、詩織さん、紗々芽さん、戒斗、天藤会長



「おいおい」

「……寝ててよかったかも」



呆れている土門会長とよくわからないことをいう牡丹先輩



「ぷはぁ……ふぅ、これもっと炭酸強いのないのか?」



仕事の前に現実逃避したがっている来道先輩はまったく関係ないことを言う。


そして一方の僕は……



「―――――ん、く」



口に含んだ解毒剤ドリンクを、英里佳に対してで飲ませようとしていた。



「――――――」



英里佳の真っ赤な充血した目が大きく見開かれて、僕の姿を映している。


そこに映った僕は、自分でもびっくりする位に鋭い眼差しをしていたような気がする。


意識とは全く関係なく口が、顎が、舌が動き、閉じていた彼女の口を無理に開いて解毒剤を流し込む。


ただただ柔らかいという感触だけが伝わってきて、身じろぎをしようとしたようだがベルトによって密着した僕たちが離れることはなく、そして……



――――ゴクリっ



英里佳の喉が鳴り、その口の中に流し込まれた解毒薬を飲み込んだ。



「――――あ……ぁ……ぁぁぁ……」



ぽんっと、コミカルな音が聞こえたかと思えば英里佳の頭の上にシャチホコが出現


英里佳の姿ももとの普段通りの姿に戻る。


そして丁度僕も魔力が空となってベルトの拘束が外れ、その場で英里佳はぺたんと座り込んだ。


そして顔を真っ赤にして、口を押えながら僕を見上げてきた。



「あ、ぁ、あぁぁ、あの……い、今……何、が?」



言葉を普通に話せるのを見ると、完全に意識が回復したらしい。



「いや、その……なんというか、ですね、その……これは、あくまで医療行為なのであって」



――いや、本当、この時の僕はやっぱりおかしかったと思う。



ごちそうさまでした他意はないから



――なんでそこで本音と建て前を逆にしちゃうかな、と



「「「――――」」」



場の空気が凍り付いた気がした。


そしていつの間にか英里佳だけでなく、僕の前の前には詩織さんと紗々芽さんまでやってきていた。



「――き」


「き?」


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「げふっ!?」



英里佳が顔を真っ赤にしながら僕に対してアッパーカットを食らわせてきた



「でやぁああああああああああああああああああああああ!!」


「いだだだだだだだだだ、あっ、ちょ、なんか懐かしいだだだだだだっ!?」



そこへすかさず叩き込まれる詩織さんのアイアンクロー


威力は健在、というか前より強くなってるぅ!!



「――お願いだから」



そして、もうこれでもかと冷め切った声が聞こえた。


それはよく聞きなれた声なのに、なんだか初めて聞くような、とてもとても怖い声だった。



「ちょっと静かに、そして苦しんでから気絶して」


「え、ちょ――あの、それはどういう――あばばばばばばばばっ!!!!」



無意識にオンにしていた苦痛耐性フェイクストイシズムが解除され、激痛に苛まれる。


義吾捨駒奴ギアスコマンドの効果だろう。


そして僕は、痛みに耐えきれず、意識を手放したのであった。





「はぁぁぁーーーーーーーーーーーー…………」



まさかのまさか、周りが必死に防ごうとしたことを張本人がやってしまった。


その事態を目の当たりにして、日暮戒斗は大きなため息をついてから天を仰ぐ。



「一難去って、また一難……はぁ、まったくあいつは……」



ようやくチームとしてうまく回りだしたはずのチーム天守閣


その連携を、まさか要となる人物が崩壊させようとしているとは思わなかった。



「ああもう、やれやれッス……本当にもう、あいつと一緒にいると」



戒斗は遠い目で、三上詩織のアイアンクローで宙ぶらりんに脱力している白目を剥いている少年を見て苦笑する。



「落ち着かないッスねぇ……」





















「――――あれ?


俺メインの章じゃなかったんスかこれっ!?」

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