歌丸椿咲は心配性
第130話 兄より有能な妹
「はぁ……なんでこんなことになったんスかねぇ……」
「まぁ、仕方ないよ」
平日の放課後
普段ならば迷宮へと向かって攻略にいそしんでいる僕たちだが、今日ばかりは事情が違った。
僕と戒斗は二人そろってゴム手袋を装備し、それぞれ目の前の便器を雑巾で拭く。
「口じゃなくて手を動かせ! この学園のトイレがどれだけあると思ってるんだ!」
「蓮山、そうカリカリするな……先は長いんだからさ」
そしてそんな僕とは別で洋式トイレをブラシで拭いているのは鬼龍院蓮山とダイナマイト渉である。
「俺は壁だ……故に、磨く」
そして男子トイレの壁を真剣な顔で拭いている壁くん。
先日の模擬戦で戦ったチーム天守閣とチーム竜胆の男子五人で掃除をしていた。
「納得いかねぇ……なんで俺たちまでこんなことしなきゃならないんだ!」
「いや、そうはいうが……俺たちも酔っぱらってたから責任は少しはあるだろ?」
「問題起こしたのはこいつらだろ!!」
そう言って便器に突っ込んでいたブラシを僕に向ける鬼龍院
キタねぇ。さっき拭いた床に便器の水が落ちるだろうが。
「なんでこいつらの後始末を俺たちが手伝わされるんだ! まったくもって納得いかん!」
そう、現在僕たちがトイレ掃除をしている原因は、先日のエリアボス攻略の後に起きた英里佳の暴走事件が原因だ。
ちなみに女子の方も南学区である稲生も合流して北学区の女子トイレを掃除している。
「うるっさいな……僕は手伝ってくれなんてお前に頼んだ覚えはないぞ」
「この野郎、手伝ってやってるのになんだその態度は!」
「口より手を動かせって言ったのお前だろ!
さっきからギャーギャーやかましいんだよ!」
「なんだとこのザコ!」
「なんだよこのチビ!」
「「まぁまぁまぁまぁ」」
僕たちの間に割って入る戒斗とダイナマイト渉
「お前らもよく飽きないッスねぇ……」
「まったくだ、これで何度目だ?」
「「こいつが悪い――あぁん!?」」
お互いに一歩も譲らない……が、流石に不毛であることはわかってはいた。
「ダイナ――こほんっ、萩原くんや壁くんには感謝はしてるよ。
手伝ってくれてありがとう」
「別に俺たちはただ麗奈ちゃんに言われたからで、礼を言うならそっちに……おい今俺のことなんて言おうとした?」
「俺は壁だ、気にするな」
「谷川、お前もうそれ完全に言いたいだけッスよね?」
トイレの掃除も一段落はついたので、中腰だった体を伸ばすと腰がバキバキと音がした気がした。
「でも、流石にこれ以上は悪いって、麗奈さんには僕の方から言っておくからもう帰っていいよ」
「よし帰るぞ、こんな奴とこれ以上一緒にいられるか!」
僕が許可を出すと我先にとトイレから出て以降とする鬼龍院
不本意だがそれは大賛成。早く帰れ。
そう思ったのだが、やれやれとダイナマイト渉が言葉を投げかける。
「あとで麗奈ちゃんに怒られるぞ~」
「うむ」
「うっ」
ぴたりと動きを止めた鬼龍院
そのまま数秒立ち尽くしたかと思えば、引き返して無言で掃除を再開した。
「さっさと終わらせるぞ、そしてさっさと帰る」
そう言うのなら本当に口より手を動かしてほしい。
というか永遠に口を開かないで欲しい。
「妹さん、そんなにおっかないんスか?」
「結構優しい感じだと思ったけど」
僕がそう呟くと、鬼龍院が信じられない者を見たかのような目で僕を見る。
「お前正気か? あれのどこが優しいんだ!」
「少なくとも君と違って物腰は丁寧だし、礼儀正しいと思うけど」
「ことあるごとにゲロ吐くお前が礼儀と来たか! これは笑いものだな!!」
「蓮山、お前今思い切りブーメランが頭に刺さったぞ」
「はっ、ザマァ見ろ!」
「連理、開き直ってるけどお前が一番恥ずかしいんスよ?」
「「…………」」
何も言えねぇ!
「こ、こほんっ…………まぁ、なんだ。
麗奈はずっと俺のそばにいたからな。
俺は常に努力を続けた向上心の塊のような男だからな、俺に駄目なところがあったら言ってくれと頼んで、それ以来ずっと注意を受け続けているわけだ」
さらっと自分のこと高評価してるぞこのナルシスト
「へぇ……そうなんスか。
てっきりそういうの鬱陶しいのかと思ったけど、自分から頼んだんスか、意識高いッスねぇ」
「当然だ。自分ばかりだと視野が狭くなる。
男として、人間としての自分を高めていくならやはり他者の視線も大切だからな。
だが……まぁ……最近は特にそれが厳しめになってきたのは否めないな」
そう呟きながら、鬼龍院は何故か僕を恨めし気な目で見てくる。
「なんで僕を睨むわけ?」
僕の質問に鬼龍院はただただ苦々しい表情をするだけで、代わりにダイナマイト渉が補足してくれた。
「あー……まぁ、説明するとだな、歌丸の活躍を見て麗奈ちゃんの求める理想の男性像のハードルが上がったんだよ。
そのせいで蓮山に対しての評価が一段と厳しくなってな、一日に最低でも五回は駄目だしを受けてるんだ」
え、つまりこいつが僕に対して当たりが刺々しいのってそれが原因?
逆恨みじゃね?
「自分から頼んだということもあって、蓮山も立場上文句を言えないし、筋も通ってるからな。
そして何より自分も進んで取り組むわけで……自分にも周りにも厳しいんだよ、麗奈ちゃん」
「うむ……」
な、なるほど……真面目だとは思っていたが、巻き込まれる周りとしてはたまったものじゃないな。
「せめて……せめてな、もう少しだけ前みたいに優しく兄として敬って欲しい……そう思ってもいいだろ、別に」
便所ブラシ片手に立ち尽くす鬼龍院の姿が哀愁漂って見えた気がした。
「ああ……なんか気持ちわかるッス。俺の場合は姉ッスけど」
「そういえば日暮先輩とは連絡取ってる? あれ以来僕は交流ないんだけど」
「まぁ、学生証で簡単な報告するくらいは……仕事で忙しいみたいッスけど、今はそれくらいが丁度いいみたいッスね」
「ああ……」
下村先輩との失恋の一件依頼、落ち込んでいるのは比渡瀬先輩たちとの話で知っていたが……仕事で気が紛れているのならまぁ、大丈夫なのかな。
「そういえば連理にも妹いるんスよね?」
「あ、うん、いるよ。
一つ下で、生徒会長やってる」
「へぇ、そりゃ凄いな」
「はっ! お前と違って優秀だな! お前と違って!!
お前の出来の良さ全部妹に持って行かれたんじゃないか!!」
「うん、そうだね」
「……む」
こればっかりは文句が言えないので、素直にそう頷くとなんか鬼龍院が困ったような表情になる。
「……蓮山」
「ぐっ…………悪かった、今のは失言だったようだ」
「え、なんで?」
「なんでって…………ああもう、とにかく今のは悪かった。
だが今の言葉だけだぞ! おら掃除戻るぞ!!」
そう言って掃除を再開する鬼龍院
どうしたのだろうかと思いながらも、僕も持ち場の掃除を再開する。
「お前今、スゲェ辛そうな顔したッスよ」
「え?」
隣で掃除をしていた戒斗がそんなことを言った
「僕、そんな顔してた?」
「してたっスよ」
「……うーん……」
自分ではそんなつもりはなかったのだがなぁ……
「……野暮かもしれないッスけど……その、仲悪いんスか?」
「いや、喧嘩とかしたこともないよ。
……ただ」
「ただ?」
「僕、一度もあいつに……
■
歌丸連理という名前がこの数ヵ月で少なくとも日本においては屈指の知名度を誇る存在となっていた。
他者にユニークスキルを与えられるユニークスキルを持つことが公表されてからはそれがさらに顕著だ。
「――あ、歌丸さん。おはよう」
「おはようございます」
「歌丸会長、はよー」
「おはようございます」
日本の山形県、その中学校の校門前にて『生徒会長』という腕章をつけた女子生徒がいた。
この学園の生徒会長で全国模試でも上位に名が並ぶ。
部活に所属はしてないが、スポーツも万能で、入学当初は数多の運動部から声をかけられたほどだ。
容姿も悪くなく、才色兼備の文武両道ともなれば人気もあり、もともと知名度も高かったが、最近はその知名度がさらにあがった。
「――なぁ、あの人が?」
「――そうそう、あの歌丸連理の妹」
「――あんまり似てないな」
校舎を通っていく生徒の中に小声でそんなことを話す者たちがいた。
片手にスマホを持ち、そこに映っている歌丸連理の画像と女子生徒を見比べていた。
「そこの男子二名」
「「っ」」
声を掛けられ、小声で話していた男子二名が背筋を伸ばす。
「通信端末の持ち込みは許可されていますが、緊急時以外の使用は認められていませんよ。没収されたくなければカバンにしまいなさい」
「おい、しまえしまえ」
「は、はい」
注意を受けてスマホをカバンの中へとしまい、男子生徒たちはいそいそと校舎へ入っていく。
「椿咲会長!」
そんな女子生徒――
「おはよう、どうかしたのそんなに慌てて?」
そのものは椿咲が会長をしている生徒会のメンバーの一人の後輩の女子生徒だった。
「あ、あの、校長先生が、すぐに……こほっ……げほっ」
「ああ、ほら、落ち着いて、ね?」
とても急いでやってきたのか、女子生徒は息切れしているほどだ。
「と、とにかくすぐに校長室に……ここは私が!」
「え、えぇ……じゃあ、お願いね」
何やら切羽詰まった様子に驚きながらも、校長室へと向かって行く。
一体何事なのかと内心首を傾げながら扉の前にたつ。
「歌丸椿咲です」
ノックをしてから名乗り、少し待つと許可が出た。
「しつれいしま――――……」
言葉の途中で椿咲は一瞬思考が停止した。
「おやおやおやおやおやおや!
君が歌丸くんの妹さんですか!」
その部屋の本来の主である校長先生は、真っ青な顔で座席を壁にくっつけて少しでも距離を取ろうと無駄な抵抗をしている。
そんな風に全力全開で距離を取られている存在は、来客用のソファーに座りながら暢気に緑茶をすすってた。
巨体の持つ湯飲みは、子供のおもちゃに思えるくらいに小さく見えた。
「――迷宮学園の……学長」
人類の天敵
ドラゴン
それがいま、日本の東北地方にある一中学校の校長室にいたのだ。
足が震えそうになったが、その時椿咲の脳裏に兄の姿がよぎった。
「っ…………初めまして。
歌丸椿咲といいます。兄が随分と、お世話に、なっている、ようですね」
「ふふふふっ
あまり似てないと思いましたが、睨み方がそっくりですねぇ。
ささっ、まずは座ってくださいな」
本来ならばこの部屋の主人である校長がいうところだが、彼は今恐怖でまともに喋るのもつらそうだし、むしろドラゴンの気を悪くさせないで欲しいと視線で訴えてくるので椿咲は黙って従う。
対面に座る。
たったそれだけの動作で椿咲は心臓が口から飛び出してしまいそうなほど緊張していたが、それを決して表情には出さない。
「ふむふむ」
「……なにか?」
「いえいえ彼の妹にしてはまともだと思いまして」
ドラゴンのその言葉に、椿咲は苛立ちを覚える。
「……何を言っているのかよくわかりませんが、兄は普通の人です」
「おや、最近のニュースはご覧ではないのですか?」
「知っていますが、あれは明らかに脚色されています。
兄が特殊なスキルを持っているからと、大袈裟に騒いでいるだけです。
兄は……運動も勉強も得意ではありませんでした」
「だけど活躍している。
それは凄いことだとは思いませんか?」
「兄が、ではなく兄の周りが凄いんです。
……その証拠に、かなりの頻度で大怪我してるようですし。
それを名誉のように報道することは……正直、あまり好きではないです」
「ふむ……事実ではありますが、見解の相違というものですね。
分を弁えずに場に臨む愚か者……そういう一面も彼に無いとは言いませんが、それだけが全てではないのですがねぇ……」
少々残念そうに、ドラゴンは自分の顔を軽く爪でかく。
そんなドラゴンを、椿咲は責めるような目で睨む。
「あまり兄を過大評価しないでください。
兄は体が弱くて、一人では何もできない人だったんです。
なのに周りがはやし立てるから、兄は無理をしてしまうんです」
「ふむふむ……」
ドラゴンはその場で両手を組んでソファの背もたれに体重を預ける。
ギシィっと明らかに無理な荷重にソファが悲鳴をあげているが、気にした様子もない。
「なるほど、君はつまり兄のことが心配なのですね」
「当然です、家族なんですから」
「ははぁ……ご両親はなんと?」
「……兄の好きにさせると言っています。
手紙でもなんでもいいから、諫めて欲しいと頼んでも聞いてもらえませんでしたし、私がそういった連絡をすることも駄目だとばかり」
「――……ああ、なるほど、つまり君は知らないわけですか」
「……どういう意味ですか?」
勝手に得心がいったとばかりに頷くドラゴン
椿咲はわけがわからずに訝しむが、何も言わずに残ったお茶をすする。
「まぁ家族の話ですから、私がそこに突っ込むのは野暮ということです。
それに、今の彼にとってもあなたにとっても、さして重要なことでもありませんから」
「……あなたは一体、何をしに来たんですか?」
話す気がないのならばさっさと帰って欲しい。
そんなことを考えた椿咲の前に、ドラゴンは胸ポケットから封筒を取り出した封筒を机の上においた。
「どうぞ、これを届けに来たのです」
そう言って、こちらの様子をうかがうドラゴン
どういうことだと想いながら封筒を手に取り、中を確認する。
そこには三つ折りされた紙があり、取り出す。
紙はいたって普通のA4のコピー用紙だったが、その内容を確認して椿咲は何度も内容を読み返す。
「近々、日本にある二つの学園で合同の体育祭を行うのは知っていますね?」
こちらの反応を楽しそうに目を細めるドラゴン
「……はい、ニュースでも話題になっていますね」
「その際、大々的に行うには外部とも協力した方がいいと話になりましてね。
打ち合わせとして外部の国のお偉いさんとかスポンサーとなってくれる人たちを招いて会議を行うわけですよ。
ですが、大人だけの話し合いとは利益優先、目先のことばかりにとらわれてつまらない内容になってしまう可能性があると思いませんか?」
「…………それで、どうして私なんですか?」
「――はっきり言います。
この体育祭は歌丸連理という学生の東西での奪い合いです」
「っ……」
「彼のスキルは人類にとっての希望となった。
それが先日実を結んだ。まだたった一人ですが、私を――ドラゴンを殺せる戦士を一人だけ育て上げた。この先もまた増えるでしょう。
日本国内のみの合同ではありますが、注目度で言えば世界一です」
「そんなことはありません。
兄は普通の学生で」「君がそう思っているだけで、世界はすでにそういう風に動いている」
椿咲の言葉を中断して、ドラゴンは楽し気に嗤う。
「流石の私も、世界の意志ばかりは自由にできません」
白々しく、事実を述べる。
そう、すでに世界は動いている。
本人も、そして周りも、ドラゴンも……椿咲もこの流れは止められない。
たった一人を除いて、誰もが止める気もない。
「――そんな身内の君の言葉なら、周囲も無下にはしないと思いませんか?」
「っ……あなたは、まさか……そのために……」
ドラゴンの意図を理解した。
そしてその事実に椿咲は怒りを覚える。
人生で初めて、他者にここまで怒った。
「ええ、君にはぜひ、体育祭の実行委員の一人として、未来ある学生代表として会議に出席して欲しいのですよ」
椿咲の手にある、通知
――会議出席を要望する文書と、総理大臣の名前とハンコの押された紙だ。
ただの紙だが、そこに書かれている文書は間違いなく国家権力の働くものだ。
「端的に言うと、私の意見を通しやすくしてもらいたい。
大人の都合などまともに考えない、無知な学生として、純粋に体育祭を盛り上げる意見を出してもらいたいのです」
つまりは、自分の都合のいいように会議を進めたい。
そのための手駒としてドラゴンは椿咲を利用しようとしているのだ。
「このっ――!」
怒りに任せて引っ叩いてやろうと思ったが、寸前で止まる。
相手は絶対強者
自分は弱者
それを弁えているのだ。
「歌丸くんならば確実に私を殴っていましたが……ふむ、流石に君にそれを望むのは酷ですか」
ドラゴンの発言に、兄は何をやっているんだと驚く椿咲
「……私に、グルになれと?」
「ざっくばらんに言えばその通りですが、君たちにもメリットのあるものですよ?
――会議が行われるのは、東部迷宮学園です」
「っ!」
東部迷宮学園
そこはつまり、今兄である歌丸連理がいる場所だ。
「直にあって話し合いたいことがあるのでしょう?
構いませんよ、そのくらいの時間は用意させますが…………どうします、受けてもらえますか?」
「………………」
その言葉に、椿咲は黙った。
迷っているわけじゃない。
そもそも、拒否権など初めから存在しない。
「――わかりました。
外部学生の代表として、会議に出席します」
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