第119話 詩織『私らしく』
■
「おいおいおいおい……!」
今まで余裕の表情で詩織と退治していたスカウトの萩原渉は顔色を豹変させて相棒の鬼龍院蓮山の方を見る。
今彼は、
このままではいずれ盾は完全に使い物にならなくなり、鎧も貫通し谷川は負ける。
そしてそうなれば、あの弾幕に蓮山が晒されてしまう。
魔法の火力なら瞬間的な威力は上だが、それだけだ。
一瞬防げても、次の瞬間には蓮山も撃たれる。
それを察し、渉はその場から弾幕を放ち続ける
「――あら、釣れないじゃない」
進路をふさぐように、一人の透明な刀身を持つ剣を構えた少女が立ちふさがる。
「先に誘ったのはそっちなのに、他に目移りするなんて失礼すぎない?」
「っ……ああ、そうだな……でもさ、悪いんだけど退いてもらえないかな?」
「お断りよ」
「はぁ……だよな」
ナイト・
渉のターゲットで足止めをするはずだった相手
そんな彼女に足止めを食らうことになるとはと、渉は苦笑いを禁じ得ない。
「こうなったら一か八か……全力で行かせてもらうぞ!」
故に、渉は仕掛ける。
ルーンナイトにしてしまう危険性もあったがゆえに控えていたが、今はそう言ってられない。
可能性のリスクよりも、今目の前に確実につながる敗北
それが天秤に載っている状態なら、どちらを排除すべきかなど考えるまでもない。
「はぁ!!」
その手に構えたナイフで渉は詩織へと切りかかる。
初撃は当然のようにその左手に装備した盾によって防がれる。
そこへすかさず反撃として右手の剣を振るってきたが、渉はそれを体を逸らして回避
すかさず肩を狙って切りかかる。スピードは渉の方が上。
そのナイフは詩織の肩を捉えた。
「――英里佳の方が、速い!」
「っ!」
――かに見えた。だが、実際は制服に掠っただけでその肌に刃は届いていない。
そして今度はカウンターに切り返しの刃が下から迫るが、渉はこれをギリギリで回避し、腹部の制服がわずかに切れた。
「スピードで翻弄してるつもりみたいだけど、英里佳の全力の方がもっと速いし、重いわよ」
「ベルセルクと一緒にしないでもらいたいな」
足止めしていた時と違って全速力を出して攻撃したのだが、対応されたのは予想外だった。
以前の情報通りなら今ので勝てていたはず、というのが渉の見立てだった。
「しょうがない……なら、これでどうかな?」
あらかじめ学生証に登録してた動作をする。
まるでそこにナイフがあるかのように、何もない左腰部分から何かを抜く様な動作。
すると、それにより学生証のアイテムストレージが起動し、自動で渉の左手に新たなナイフが出現した。
「……二刀流?」
「別にそんな気取ったもんじゃないさ。ただ」
渉はそれぞれの手に構えた二本のナイフをしっかりと握って詩織を睨む。
「あんまり時間かけたくないからただの本気じゃなくて全力の本気で君を倒すってだけの話だ」
■
どうも、
さて、試合が開始して数分、戒斗の方が随分と大活躍しているようだが、僕も僕で結構頑張ってるわけです。
「――“自動回避”」
紗々芽さんからの声により、僕は
「ウホォ!!」
「BOW!」
そんな僕を迎え撃つのはアームコングとブラックハウンドの二体。
真っ先にブラックハンドが飛び出してきて、僕の足に噛みつこうとしてくる。
「よっと!」
だが、今の僕にはそれがあっさりと回避できた。そしてすかさず僕はアームコングに迫った。
「ぐぉおおおお!!」
アームコングがうなり声をあげながら、僕に向かって拳を振るってきた。
迫力はあるが、今の僕は頭の中も冴えわたり、どう動けばいいのかが手に取る様にわかる。
攻撃してもそのまま弾かれるから、アームコングの拳は体を回転させながら受け流すように回避し、勢いもそのままに懐に入り込む。
「“自動攻撃”」
タイミングよく変更された命令により、頭の中が一気に切り替わる。
この状態、この体勢からもっとも効率的な攻撃方法が頭に浮かぶ、本能的に一番良いものを選択する。
そして僕は足を深く曲げた状態から一気に力を開放して跳びあがった。
「でりゃぁ!!」
「ぐぼふぅ!?」
鳩尾に向けての全力アッパー
スキルによる補正で強化された今の拳は普段の僕にはできない瓦割り十枚だって可能だ。
そして基本的な構造が人体と変わらないアームコングも急所を思い切り殴られてよろけてしまう。
「寝てろ!」
よろけたアームコングの足を片方持ち、それを全身の力を使って持ち上げた。
体勢が崩れていたところでさらに足を持ち上げられ、アームコングはそのまま仰向けにすッ転ぶ。
「う、うそ、そんな!?」
そして僕相手にアームコングが転ぶのを見て、テイマーである稲生が驚愕しているのが視界に入る。
とはいえ調子に乗るようなことはしない。
この程度でアームコングが倒せるほど貧弱じゃないことは十分に知っているので素早く距離を取る。
「上手くいってるみたいだね」
「うん。補正も問題なく働いてるよ」
紗々芽さんとそんな確認をしながら、倒れた状態から立ち上がるアームコングを確認する。
「ど、どういうことよ! なんであんたそんな強くなってるのよ!?」
近くに待機しているブラックハウンドへ攻撃の命令もせず、稲生はただただ驚愕している。
ユキムラと違って知能がそれほど高くないらしく、命令を待っている段階だぞ、そいつ。
「ふっ……見たか、これが特訓の成果だ!」
だが僕は敢えてそれを指摘せず、むしろどうどうと自慢してやった。
自傷覚悟で挑めばアームコングとブラックハウンド二体相手でもたぶん勝てるが、最善なのは他の誰かが応援に来てくれること。
故に、そのための時間稼ぎとして僕は舌を回す。
「と、特訓って言っても限度があるでしょ!
あんたの職業の補正って、ぶっちゃけ私のテイマー以下じゃないの!」
「そこは紗々芽さんからの援護さ。
会津先輩から聞いてるだろ、
「た、たしか……あんたの行動を命令できて、その内容によって強化を行えるってやつでしょ?
で、でもそいつ命令らしい命令してないじゃないの!」
彼女が僕に告げたのは「自動回避」と「自動攻撃」の二つ。
具体的な行動の指定は全くしてない。
「その通り。以前の僕ならそんなこと言われたってろくな行動はとれなかっただろう」
「以前なら……違った?」
訝し気に僕を見る稲生。
横目にブラックハウンドと立ち上がったアームコングを確認するが、命令待ちで動こうとはしない。
忠実過ぎるのも、ちょっと考え様だな。
「そう、義吾捨駒奴の命令の内容は、命令された方が理解している内容を基準にして行動に反映される。
あらゆる行動において大事なのは命令じゃなくて、僕がその命令をどう受け取るかということだったのさ」
僕はその場で構えを取る。この訓練の間、もっとも練習した格闘ゲームのキャラのポーズだ。
「紗々芽さんの命令で、僕がどう動くか、どうすればいいのか、その行動と判断をあらゆるシチュエーションで練習し続けた。
だから僕は、彼女の命令を受けた瞬間、その練習内容を状況に合わせて再現できるようになった。
つまり、たった一言の命令に、僕は複数の意味を持たせられる」
そう、大事なのは練習をどれだけしたのか、ということだ。
「ぶっちゃけ、命令を受けている間の僕は練習通りにしか動かないから、命令を受けている間は僕が体を動かしているわけでもない。
スキルの力によって体が勝手に動くだけだ!」
逆を言えば、練習通りにしか動かない。
「は、はぁ!?」
僕の解説に稲生は唖然とする。
そう、これこそがあの格闘ゲームで到達した僕たちの答え。
「
練習をすればするほど行動のレパートリーが増えるが、練習で想定してない相手に対しては殆ど無力の戦い方だぁ!!」
「自慢げに言えることじゃないでしょうが!!」
稲生のツッコミが入る。
だが事実なので受け入れるが……自分の状況を分かっていないようだ。
「だが、ブラックハウンドもアームコングも、すでにこっちは予習済みだ」
「っ!」
僕の言葉にハッと稲生は息を呑んだ。
そう、先ほどの僕の動きは完全に二体の行動に対応していた。
すでにこの二体を相手にした練習を、僕はあのゲームを通して行っていたのだ。
「ふ、ふんっ! 所詮は付け焼刃よ!
テイマーを舐めるんじゃないわよ!」
「GRRRRRRRRRR!!」
「ごぁあああああああああ!!」
稲生の言葉に呼応するように吼える二体の迷宮生物
どうやら向こうも認識を改めてきたようだ。
「紗々芽さん、もう大丈夫?」
「うん、終わったよ」
だが遅い。やる気になるのは試合再開直後がベストだったな。
「ルートバインド」
ドルイドの魔法が発動
僕たちの足場としている建物を模した魔法によって構成された土の塊から、木の根っこが生えてきた。
そしてそれらは、容赦なくブラックハウンドとアームコングの身体に絡みつく。
「――なっ」
その光景に絶句する稲生
ドルイドの魔法で彼女が覚えたのは回復系のスキルだけじゃない、植物を利用した攻撃や拘束だってできるようになったのだ。
魔法の性質上、植物の無いところではまず種を仕掛けるところから始まるし、明らかに植物が育てられないところでは発動はできないが……少なくともこの模擬戦会場ならば問題はない。
「テイマーを舐めるなっての、こっちはこう返させてもらうぞ」
アームコングはすでにその怪力で根っこを引きちぎっているようだが、ブラックハウンドならそう簡単には抜け出せないらしい。
しかし、動きが遅いアームコングならば一対一で充分に対処できる。
「あまり、僕たちを舐めるなよ稲生」
■
『これは予想外!
歌丸選手、アームコング相手に一歩も引きません!
苅澤選手も、その魔法でブラックハウンドの動きを完全に封じています!』
『おぉ……これは正直俺もびっくりだな。
少し見ない間に随分と強くなったな連理のやつ』
『練習通りにしか動けない、か……
逆を言えば常に実戦で練習の動きを完全に出せるということだ。
いや、スキルで補正も上乗せされているから、練習以上の行動ができる。
本人が思っている以上に強いぞ、今の歌丸は』
『まさかの歌丸選手、高評価です!
とてもつい先ほど乙女の尊厳を殺しにかかった張本人とは思えません!』
聞こえてくる解説の言葉に、詩織は小さく笑った。
自分が心配しなくても、いや、むしろ期待してしまうほどにあの二人はこの模擬戦で善戦しているのだ。
「――笑ってるとはずいぶんと余裕があるんだな、その様で」
その一方で、目の前にいる渉は冷たい表情で詩織を見る。
今の詩織は、急所こそダメージはないが、手足や肩に深い切り傷がある。
出血量もかなり多いため、制服が赤く滲んでいる。
「
両手にそれぞれのナイフを構える。
渉がナイフを二本使いだして、詩織は一気に追いつめられていた。
盾によって急所への攻撃は防いでいるのだが、もう一本のナイフが手足に確実に傷を与えていくのだ。
そしてつい先ほど、その一撃が深々と詩織の肩に突き刺さった。
(……流石に、この傷までは疲労にカウントはされないのね)
出血は連理のスキルの
だが傷のせいで左腕がうまくあがらず、もう盾を構えられない状態となっていたのだ。
使えるのは右手一本、そしてそこに握られているレイドウェポンであるクリアブリザードのみ。
「終わりだ、三上詩織」
渉がそう宣言して、詩織に向かって切りかかる。
それを見据えながら、詩織はふと合宿中のことを想いだす。
―――
―――――
―――――――
「――リーダーを僕に?」
深夜、水を飲みたくて起きた詩織は合宿所の中庭、そこで深夜にも関わらず型の練習をしている連理を見つけた。
この時点で紗々芽は型の練習に付き合いながら、ドルイドの魔法の練習も並行で行っている状況であったので、魔力の回復のために睡眠をとっているところだ。
故に、魔力を使わない連理はただひたすらに練習を続けていたのだ。
そんな彼に休憩しないかと声をかけ、縁側に隣り合って座る。
そして何となしに詩織はそんな話題を切り出した。
「そう、なんだかんだであんたって今のパーティの中心だし、顔も広いし……その方がいいんじゃないかなって」
「無理無理無理無理、僕にそんなことできないって」
「できるわよ、あんたなら」
これは間違いなく詩織の本音だった。
単純な力でもなく、小賢しい知恵でもない。
純粋な人徳で今の地位を築いてきた連理が、詩織には時折非常にまぶしく見えていたのだ。
「少なくとも、私はその方がいいと思ってる」
「詩織さん……なんか悩んでるの?」
そんな時にいきなり確信を突いてきた連理
見透かされているという不快さはなく、自分のことを理解しているんだなと思ってしまうのである。
「私、一人じゃあんまり成長してないから……みんなの足を引っ張ってるのかなって気がして」
「……ルーンナイトになれるってことが、重荷になってるってこと?」
「そういうわけじゃ…………いいえ、そうかもしれないわね」
あの
「周りにとって私は、人類最強のルーンナイトになれる学生
でも、逆を言えば私が見られてるのはそこだけ。
ナイトとしての私はルーンナイトの付属品、殆ど無価値みたいなものよ」
それは偽らざる本心だった。
他の誰でもない、詩織自身が自分のことをそう思っている。
「それを言ったら、僕の立場だってないよ」
「え?」
「僕だって周りから見れば、英里佳や詩織さんの付属品さ。
もっと突き詰めるとシャチホコの抱き合わせでついてくる不良品扱いだし」
「そんなこと無いわよ」
「いや、別に自分のこと卑下してるわけじゃないよ、ただ客観的な事実というか。
ほら、僕ってスキル頼りの人任せで本体は弱いし」
「それは……」
そう言われると、否定はできない。
彼は確かに弱い。事実だ。
だが、それを補って余りある恩恵がそのスキルにある。
しかし連理はそれで満足してない。いや……安心できないのだ。
「相田和也のこと、詩織さんには話したよね?」
「……スキルを奪うスキルを使ったのよね?」
「そう。その時さ、正直ビビった。
自分の価値がまるごと全部否定されたような気がしてさ」
縁側から立ちあがり、連理は拳を握る。
「スキルは結局スキルなんだ。
僕自身の力じゃなくて、学長が僕たちにばら撒いた力の種……外付けの付属品だった。
何かの拍子で使えなくなる。あの時は紗々芽さんや英里佳が、シャチホコやワサビが、ララが……みんながいてくれたから何とかなった。
僕一人じゃ死ぬ以外の道はあの時はなかった」
拳を空に向かって突く。
その姿は、どこか怯えが見えた気がした。
「その力が無くなれば見捨てられても仕方ない、それが当然だ。
……そう思ってしまうくらい、僕は僕のスキルに依存していた」
「連理……」
「でもさ、そんな僕に諦めるなって紗々芽さんが言ってくれた。
英里佳が本気で怒ってくれた。
僕は凄く弱いけど、僕が思っているほど無価値でもなかったってその時分かったんだ」
彼は詩織の方を向き直り、優しく微笑む。
そこに恐怖の感情はまだぬぐい切れていないが、それを振り払おうとする意志が垣間見えた。
「だからさ、詩織さんもルーンナイトってことをあんまり気にしすぎないで欲しいんだ。
僕は君がルーンナイトになる前から、凄い人だって知ってるから。
むしろ、そんな君だからこそルーンナイトになれたんだって思う」
「私が……ルーンナイトに、なれた?」
目から鱗が落ちたような、そんな気がするほどに詩織はその言葉が胸の奥にしみこんでいく。
「そう、ルーンナイトになれる君が凄いんじゃない。
君が凄いからルーンナイトになれるようになったんだって、僕は思ってる。
だから、やっぱりチーム天守閣のリーダーは詩織さん以外には考えられないよ」
そう言って笑う彼の肩越しに、夜空に輝く星が瞬いて見えた。
―――
―――――
―――――――
剣戟の音が響く。
一本目のナイフを弾き、続いて迫る二本目のナイフ
スカウト萩原渉の繰り出す牙に似た別方向からの高速二段攻撃
その二撃目に対して、詩織は一歩前に踏み込んできた。
「なっ――」
虚を突かれた渉
二撃目は詩織の右肩に腕をぶつけるだけとなり、続いて鼻っ柱が熱くなった気がした。
「ぐっ!?」
至近距離で渉が受けたのは、詩織からの頭突きだった。
痛みを覚えつつも驚きで距離を取った。
次の瞬間、氷の山が目の前に迫る。
「なんだとっ!?」
絶叫しながら回避を試みるが、瞬間、右手が氷に巻き込まれる。
ギリギリで振り払ったが、その手が氷でかじかんで握力が無くなり、その手からナイフが落ちる。
「クリアブリザード、
――魔剣などを代表として、迷宮学園で作成された武器には魔法を発動させる機関が内蔵された武器が存在する。
そして、詩織の手にあるクリアブリザードもまさにその一つ。
刀身を修復するための冷却機構を、詩織は自分の意志で操れる。
その機関を人為的に暴走させる超過駆動
それを引き起こすことにより、詩織は一時的に氷を操る魔法が使える。
「ルーンナイトになれない私なら勝てると?
舐めるんじゃないわよ」
傷だらけでも、凛として立ち、悠然と笑う。
そう、いつだって傷だらけでも脅威に笑って立ち向かっていった彼を見てきたのだから。
「あんたの動きはもう見切った。
小賢しい二刀も使えなくなったら話にならない。
さぁ、どうするのかしら?」
「くっ……!」
動かない左手に着けられた盾は重荷にしからないないので、腕から外す。
そして身軽になったその姿で、詩織はクリアブリザードの切っ先を渉に向けた。
「私を……」
故に、彼女は堂々と宣言した。
「チーム天守閣のリーダー、三上詩織を舐めるんじゃないわよ!」
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