第6話 マゾと呼ばれても、今は笑っていたい。 迷宮学補習編

はい、駄目でした。


いや、本当まじ調子こいてすいません。


そりゃそうだよね。


普通に僕の攻撃が当たる前に尻尾アタックされたら何もできないまま吹っ飛ばされるよね。


もうかれこれ何回目だろうか。


いくら手加減されているといっても、よく骨折とかしないよね。


まだかろうじてとはいえ動けるのが不思議だよ。



「は、はは……ひひ……」



もう自分の姿が情けなさ過ぎて笑えてくる。



「――ぺっ」



その場でタンを吐き出すと真っ赤な塊が地面に出た。


もう口の中はひどい状態で先ほどから血の味しかしない。


その上もう、呼吸するだけでも痛いと来ているのだからうんざりだ。


まったくもう、本当に……



「ははっ、ははははは……」



笑うしかないよ。



「GRRRR……」



自分でもびっくりするほどのしぶとさにラプトルもうんざりした様子で僕から一定の距離を取っている。



「学長……」



「なんですか? もう降参しますか?」



「どれくらい……時間経ってますか?」



「……ふむ、そうですね、かれこれ20分経過でしょうか」



ああ、思ったほど時間が経ってないんだな。


体感的にはもう数時間のような気がしたんだけど……



「とりあえず…………英里佳が無事になるまでは降参とかありません」



「そうですか。では続けてください」



この人でなしめ! あ、人じゃありませんでしたよね初めから。



「ははははは……ふ、は……ははははは……やってやるよぉ!!」



もうやけっぱちだ。


ラプトルの脚を狙って槍を突き出す。



「GROOO!!」



しかし槍が届く前に思い切り尻尾を叩きつけられた。


しかも今度は再び腹に叩きつけられた。



「ぁ――おぇえええ!!」



地面を転がりながら思い切り吐いた。


しかしもう吐けるほどのものは腹の中になく、胃液と血が混ざった体液を吐き出す。


パッと見は吐血だが、よく見ると薄いんだなぁ、って口の中がすっぱい鉄の風味で最悪な気分になりながら考える。



「おぇ……げほっ……はは……はっ」



それでも笑いがこみあげてくる。


自分でも一体どうしたんだろうかと心配になりそうだ。


とりあえず、立ち上がろう。



「――もういい加減にしなさいよ!!」



そんな時、誰かの声が聞こえてきた。


でももう視界もかなり真っ赤で狭まっていて、声の主が誰なのかわからない。



「もういいでしょ!


あなたじゃどう頑張ってもラプトルリザードには勝てない!


あなたは謝れば許してもらえるんだからすぐに謝りなさいよ!!」



「ふ、は……ははは。馬鹿じゃないの?」



「なっ――馬鹿はそっちでしょ!


変な意地張ってないでさっさと諦めなさい、死ぬわよ!!」



声の主は本気で僕を心配してくれているのだろう。


見えはしないが、おそらく周囲の者たちも同じ考えなのだろうが……



「冗談じゃない」



本当、それは絶対ありえない。



「全部、そこの女が一人で招いたことでしょ!


あんたは何もそこまでする義理なんてないでしょ!」



「知らないよそんなこと」



ラプトルの脚が見えた。


今度こそそこに突き刺してやろうとしっかり槍の柄を握り、脚に力を籠める。



「なんでそこまでするのよ?」



「そんなの、決まってる」



ラプトルに向かって突っ込む。


だが、当然の如く僕はまた吹っ飛ばされた。


手足の感覚が鈍くなっているが、まだ槍は握れるし、立ち上がれた。



「友達は……見捨て、られないっ」





「……なんなのよ……あいつ」



誰がどう見ても、歌丸は限界だ。


全身ボロボロで、怪我のないところを探す方が難しい。


立って歩くことすらもう辛いはずなのに、それでもまだ立ち上がる。


誰よりも弱いはずなのに、どうして立ち上がれるのか不思議でならなかった。


そして聞いてみれば、理由は友達ときた。


だが、そんなことありえないと三上詩織は思った。


何故なら歌丸と、今もなお気絶している榎並英里佳は今日が初対面だったはずだ。


そんな人間のためにあれだけ頑張れるなどありえない。


異常としか言いようがなかった。



「詩織ちゃん……このまま……私たちこのままで本当にいいのかな?」



パートナーである苅澤紗々芽の言葉に、詩織は奥歯をかみしめた。



「っ……いいに決まってるでしょ! ここで手を出す方が間違ってるの!


あの迷宮生物モンスターが本気になったらあの男はとっくに死んでる! 遊ばれてるの!


あれは、私や紗々芽が加勢したところでどうにかできる相手じゃないの!」



思わず声を荒げてしまう。


そして叫びながら詩織は思い知る。


今の言葉は紗々芽にではなく、自分自身に言い聞かせているのだと。



「あがっ!?」



そうこうしている間に、歌丸は再びラプトルリザードの攻撃を受けて吹っ飛ばされた。





「は……はは……ひ、は……はは……」



――全身が痛い。



タイミングがわかってきた。



――もうなんかだるい。



こっちが馬鹿みたいに突っ込んでいくから、向こうも迎撃のタイミングが単調になったんだ。



――降参って言えば、もう痛くないのかな?



次はいける。きっと行ける。



――もうやめちゃえばいいのか?



「論外だよ馬鹿野郎が……!」



頭打ち過ぎて内なる自分と対話とかし始めそうになった。


ここで活を入れよう。そして今度こそ終わらせよう。


そろそろ本気でこっちもマズイ。



今度こそ、決めてやる。



「GRRRRRR」



なんかもう飽き飽きだ的な唸り声をあげているラプトル。


それはこっちもだ。


だから次で終わらせてやる。



「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」



雄叫びをあげながら槍を構えて接近を試みる。



「GRAAA」



そして先ほどと同じタイミングでラプトルは回転を始めた。



――ここだ!



僕はそこで思い切りしゃがみこんで、頭上を尻尾が通り過ぎて行った。



「――GYA!?」



一回転してこちらに顔を戻そうとするラプトルが、僕に尻尾が当たっていない状況に驚いたような声をあげたが、もう遅い。



「そこだぁーーーーーーーーーーーーー!!」



しゃがんでいた足を思い切り伸ばし、体重と渾身の力を込めてラプトルの右足の内腿目掛けて槍を突き刺す。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



手の感覚は鈍くなっていてわからなかったが、すぐに聞こえてきたうるさいくらいのラプトルの絶叫と、視界に広がる赤い色ですぐに理解した。


僕の槍がラプトルに刺さったのだ。



「よ、よっし――がは!!」



喜ぶのも束の間、ラプトルはそのまま回転して再び僕を吹っ飛ばされた。


だが、その際にラプトルも自分の体を支えきれなくてその場ですっ転ぶ。


見れば、僕の槍が足に刺さったままだ。



「は、はひひ、はははははは……!


ざ、ざまぁ見ろこの爬虫類が!」



痛みも忘れて立ち上がり、僕は叫んだ。


やった、やったぞ……!


これでもうラプトルは立ち上がれない。



「GA、GAAA……!」



ラプトルは脚をジタバタと動かして痛がっているのが見える。



「ふ、はは……勝った……勝ったぁぁぁぁぁ!!」



思わずその場で大きく手を上げて叫ぶ。


それくらいもう、とにかくうれしかった。


すると、どこからともなく拍手が聞こえてきた。



「お見事ですよ歌丸くん」



学長げんきょうだった。


学長は拍手をしながらこちらに近づいてくる。



「君の頑張り、見ていてとても心を打ちました。


不才な身でありながら、最下級とはいえ私の眷属に一撃を与えた。


君はこの場で誰よりも非力だが、誰よりも勇敢であることを私が保障しましょう」



「は……はは……!


だったら……もう、いいでしょ……これで、終わりにしてください」



「ええ、いいですよ」



あっさりと、学長が頷いたのを見て僕は一瞬唖然としてしまった。



「ほ、本当にこれで終わりなんですよね?」



「ええもちろんです。


君の頑張り、ここ数年で一番私の心を打ちました。


嘘は言いません」



「よ、よかった……よかったぁ~……」



思わず、その場でへたり込む。


体中痛いのはかわらないが、今はもうそれ以上に嬉しかった。


僕はそのまま力を抜き、その場で横になる。


ああ、もう……このまま眠りたい……



瞼が徐々に重くなっていき、意識が遠くなっていく。



「ええ、もう休みなさい。


もうラプトルリザードは襲い掛かりません」



その言葉に、失いかけた意識が一気に覚醒した。


すぐに目を開けると、ラプトルが刺さった槍を器用に小さい前足で抜いたのが見えた


そして、ヨタヨタとゆっくりと立ち上がる。



「なっ――まだ、立てるのか……!」



「走るのに支障はあるでしょうが、あの程度なら問題なく歩行はできますよ。


傷も浅いですし、数時間で傷も塞がるでしょうね」



学長の言葉に、僕は頭が真っ白になる。


立ち上がったラプトルは僕の方を一瞥したがすぐに視線を外し、あろうことか気絶している英里佳の方を向いたのだ。



「なっ、は、話が違う!!」



「いえいえ、嘘は言っていませんよ。君にはもう襲い掛かりませんよ」



「こ、のっ――くたばれ糞ドラゴン!!」



疲労しきった体に鞭打って、すぐに立ち上がってラプトルに向かう。


ラプトルは接近する僕に見向きもしない。



「おいこら! こっち向けこのボケ!」



前に回り込んで通せんぼを試みた。


だが、僕は再びその尻尾であっけなく吹っ飛ばされる。


先ほどよりかなり手加減されていたので痛みはさほどでもないが、僕はラプトルの進行を止められない。



「こ、の、止まれ!!」



僕は即座にラプトルに飛びつき、その背中にしがみついた。



「GAAAA、GAAAAA!」



僕を振り落とそうと暴れ出すラプトルだが、離してなるかと僕も必死にしがみつく。



「と、ま、れぇぇ!!」



「GAAAAAA!」



「この、この、くそぉ!!」



無駄だとわかっていても、僕はラプトルの背中を叩く。


もう、そうする以外何もできなかった。


ラプトルはラプトルで僕が下りないとわかると、もう僕を無視して英里佳の方に向かって歩き出す。



そして、とうとうラプトルは英里佳の前まで来た。



「英里佳、起きて、逃げろ、早く英里佳!!」



僕はラプトルの背で叫ぶが、英里佳は気を失ったままだ。



「誰でもいい、誰か、英里佳を! 誰か!!」



もう藁にもすがる思いで僕は叫ぶ。


だが、誰も動いてくれない。


誰も彼女を助けようとしてくれない。



「GARRRRRR」



ラプトルがその前足をあげて、英里佳を踏みつけようとする。



「やめろーーーーーーーーー!!」



もう僕には何もできないし、誰も助けてくれない。


このままでは英里佳が死ぬ。


そう思った時だ。



「――ふきゅぅ!!!!」



視界の端から、物凄い速さで白い物体が飛んできて、ラプトルの顔にぶつかった。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



その当たり所が悪かったのか、ラプトルは再び絶叫してその場ですッ転ぶ。



「どわ、ととっ!」



ラプトルに巻き込まれないように離れた僕の足元に、先ほどラプトルにぶつかった丸い物体が転がってきて、そしてその丸めた体を元に戻す。



「きゅう!」



「シ、シャチホコ!?」



そこにいたのはエンぺラビットのシャチホコだった。


ついさっきまでずっと隅の方で隠れていたのに、どうして……?



そんな疑問を考える前に、再びラプトルが立ち上がった。



「GARRRRRRRRRRRR!!」



僕を相手にしたとき以上に敵意をむき出しにしたラプトル。


その片目からは血が流れており、目を瞑っている。



「もしかして、今の突進で目を潰したのか?」



「きゅきゅきゅきゅきゅ……!」



僕が感心している一方でシャチホコはラプトルのガチ威嚇を受けて竦み上がった様子で僕の後ろに隠れた。


奴の敵意の矛先が英里佳からシャチホコの方に移った証拠だ。


だが…………これは多分、というか確実に先ほどまでの遊びとは違ってガチで殺しにかかってくる。



「や、やってやる……!


シャチホコ、とにかく英里佳を守るぞ!」



「きゅきゅ……きゅうっ!」



僕と同じようにもう腹をくくった様子で威勢よく鳴くシャチホコ。


迷宮生物の中では断トツに弱いと言われたのだが、今はその存在が何よりも頼もしい。



「――いや、よく頑張った。


もうそこまでにしておけ」



そんな時、ふと僕の目の前に突如誰かが現れた。



「おや」



その人物の登場に学長が意外そうな声をあげた。



「上級生と教師は入れないようにしたはずなのですが……どうやって入ってきたのですか“来道”くん?」



「単純に、この迷宮において俺の存在を“新入生”と誤認させただけですよ。


今俺を迷宮の外に弾けば、この場にいる全員を外に出すことになりますよ」



「それは、困りましたねぇ……」



来道と呼ばれた男――見た目は僕らと同年代で、白いマントを身に着けたその風貌はなんだか正義の味方を連想させた。



「いえ、むしろ彼がここまで粘ってくれなかったら侵入も間に合いませんでしたよ。


とにかく教師から生徒への罰というのならもう十分でしょう。


これ以上の行為は“生徒会”としても見過ごせません」



「生徒会……?」



もしかしなくても、この人……上級生?


ってことは、ラプトルを倒せるだけの実力を持ってるって考えていいんだろうか?



「……ふむ……榎並さんの方にはまだ指導できていないのですが……そうですね。


そこまで彼女のために頑張る歌丸くんと、そして生徒会からの言葉を無視はできませんし……今回はここまでにしましょう」



その言葉とともに、殺気立ったままのラプトルが姿を消す。


そして学長がその場で背中から翼を生やし、大きく広げた。



「歌丸くん、先ほども言いましたが私は君に心を打たれた。


君は誰よりも青春をしている。その気持ちを、ぜひとも忘れないでくださいね」



そう言い残し、学長はその場から飛び立っていった。


それを確認し、僕は力が抜けた。



「っ! おい――――か、―――い、―――り―――し――――」



来道と名乗る男が何かを言っている様子だったが、僕はそのまま目を閉じて意識を手放したのであった。

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