第5話 トラウマとドラゴンって字面似てるよね(白目) 迷宮学実践編
シャチホコナビのおかげで僕と英里佳は特に困難もなく迷宮を進み、目的地の
「お、意外と早かったなって…………歌丸、それはどうした?」
「シャチホコです」「きゅう」
早速僕たちを出迎えてくれたのは担任の武中先生で、数人の生徒たちもすぐそこにいて当然のようにグンマー三上もその中にいたのだが、その場にいた全員の視線が僕の頭部――エンぺラビットのシャチホコに向いていた。
「どう見てもエンぺラビットだよな……久しぶりに見たが、どうしてその……歌丸の頭に乗ってるんだ?」
「道中に偶然出会って……その……歌丸くんがテイムしたみたいなんです」
「はぁ? 待て、どういう経緯でテイムした。
テイマーでもないなら専用の魔法とか技術とかないはずだろ。
一応できなくはないが……かなり難易度が高いぞ、特にそいつはすぐに逃げるし」
「えっと……」
英里佳がどうにかシャチホコのテイムの敬意を説明しようとしているが、なぜかチラチラと困ったようにこちらを見ている。
「こいつが現れて、無視して素通りしようとしたら僕を襲ってきたんです」
「は? ん? 待て、ちょっと待ってくれ」
武中先生は額に手を当てて少し考えるようにして、そして慎重に僕に問う。
「えっと、お前がそいつに襲い掛かったって言ったのか、今?」
「逆です。
シャチホコ、つまりこのエンぺラビットが、僕に襲い掛かってきたんです」
僕の言葉に武中先生は無言になり、そして視線だけで英里佳に確認を取る。
すると英里佳は気まずそうになりながら頷く。
「で、こいつが体当たりしてきたところをこう、捕まえまして……まぁ、その流れでテイムできました」
最初に逃がした、というのはなんとなく気まずいのですこし内容を省略して説明する。
「それでエンぺラビットのテイムってこれが初めてなんですかね?」
「あ、ああ……まぁ確かに始めてのことだな。
基本的にそいつらはすぐに逃げ出すし、警戒心も強いから見ることも滅多にない」
「へぇ……じゃあやっぱりお前をテイムしたのって凄いことなんだなシャチホコ」
「きゅう!」
「どやぁ!」とでもいうように鳴くシャチホコだが、なんだか周囲の僕を見る目が微妙な気がする。何故だ?
「――馬鹿じゃないの」
唐突に冷たい、かなり侮蔑の色の強い声が聞こえてきた。
声の主はグンマー三上だった。
「馬鹿とはなんだよ。
こいつをテイムしたことって実際に凄いことだろ」
僕がそう反論するとグンマーは呆れ切ったような視線を向けてくる。
「その過程が間抜けなのよ。
あなた
「迷宮生物の原則? 迷宮に現れることだろ」
「……適性もなく、体力もなく、緊張感もない上に、頭もないとは救いようもないわね」
「なんだと?」
教室でゲロを吐いた醜態があるとはいえ、僕もそこまで言われて何も感じないほど鈍感ではない。
はっきり言ってこのグンマーの言葉が不快だった。
「かーーーーーっ!!」
僕と同じような心象だったのか、シャチホコも前歯を見せてグンマーを威嚇している。
「なに、それで威嚇してるつもり?」
そういいながら、グンマーはその腰に帯刀していた剣に手を掛ける。
「……きゅぅ……」
「シャチホコ弱っ」
まだ抜刀すらしてないのに勢いが一気になくなった。
「そう。弱いのよエンぺラビットは。
素早いだけで、全世界の迷宮学園において最弱の生物。
歴代のすべての新入生も逃げた姿しか見たことが無いと公式で知られている」
「それならもう英里佳に聞いたよ。
迷宮生物の原則ってそれのことか?」
「まだわからないとは……本当に救えないわね。
……そして榎並さん、言いづらいことかもしれないけど、この男と組んだのなら最低限の責任があるわ。
あなたは、ここに来る前にそれを言うべきだった」
「おい、僕に文句があるのならまだしもそれで英里佳を責めるのは筋違いだろっ」
「…………まって歌丸くん……彼女の言い分は間違ってない」
英里佳の言葉に僕は首をかしげる。
どういうことだ? グンマーが間違えてないとか、おかしいだろそれは。
「あのね、歌丸くん……迷宮生物は原則として、自分より強い存在には襲ってこないの。
よっぽど追い込まれない限り、自分より強い存在を前にすると逃げ出すのが普通なの」
「え、あ、うん……それがどうかしたの?」
それくらい普通のことだろうと、僕は思ったのだが英里佳はどこか気まずそうに視線をさまよわせる。
「はっきり言ってやるわよ。
あなたは、そのエンぺラビットよりも弱い生き物だって認識されたのよ」
英里佳が言い淀んでいたところ、グンマーがそんなことを僕に言ってきた。
周囲の空気がなんだか重いものに変わった。
武中先生も、周囲にいたクラスメイトも、そしてこちらを遠巻きに見ていたほかの学生たちもなんというか憐み、蔑み、嘲笑を僕に向けていた。
「きゅぅ……」
一斉に視線にさらされてシャチホコが露骨に委縮している。
だが、僕にとってこの状況は、なんというか……あれだった。
「で?」
――いつも通りのことだ。
「本当に馬鹿なの?
あなたに北学区はふさわしくないって言ってるの。
今日にでもほかの学区に行きなさい。
幸いテイマーの素質はあるみたいだし南にでも行くことね」
「は? なんで、馬鹿じゃないの?」
「なっ――なんですってぇ!!」
思わず思ったことをそのまま口に出したらグンマーが切れた。超怖い。
「人が親切で言ってやってるのに、調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「親切? へぇ、群馬県ではヒステリックに怒鳴ることをそう言うのか~
怖いところだなぁ。な、シャチホコ」
「きゅううん」
「群馬は関係ないでしょ!
って、そうじゃない……弱いくせに迷宮攻略に挑むのは無謀だって言ってるの!
身の程を知りなさい! 適正もない雑魚のくせに! そんなに死にたいのあんたは!!」
「
彼女の隣にいたエンチャンターの、か、かかか……かりさわ……さわ……サワワさん? が諫めようとしているが、僕はここで一つ疑問が浮かんだ。
「じゃあ君は迷宮攻略にふさわしいっていえるの?」
「当たり前よ! 私は幼いころから迷宮を攻略するために学んできた!
迷宮を生きて攻略するための努力もしてきた!
あなたみたいに引きこもって何も努力してこなかった奴が迷宮に挑むこと自体おこがましいのよ!」
「やっぱ君、馬鹿じゃないの」
周囲の空気が固まったような気がしたが……何故だ?
まぁ、それはそれとして僕は言いたいことを言わせてもらおう。
「僕は迷宮学園に強くなるために来たんだ。
君がこの迷宮をゴールみたいに扱ってるけど、僕にとってはこんなところは通過点に過ぎないんだけど」
「――素晴らしいっ!」
唐突に上空から聞こえてきた声。
その場にいた全員が視線を上にあげて「きゅきゅきゅきゅきゅぅ!?」あ、顔を上に向けたらシャチホコが落ちそうになったので、槍をその場においてシャチホコを抱っこしてから見上げた。
「……あいつ……!」
傍らにいた英里佳が低い声を出す。
「自身の不利をものともせず、脅威を理解した上で迷宮に挑む気概!
これぞ若さゆえの特権! 無謀と嗤われてもそれを逆に笑い返す度胸!
そうですよそうですよ! 最近の若者にはない“生意気”さ、これが青春というものですよ!!」
熱く語りながら翼を広げて降りてきたのは学長だった。
学長はそのまま僕とグンマーの中間あたりに着地して翼を畳む。
「最近の学生はみんな先輩たちの知恵を受け継いできましたが、そのせいか消極的になっていたんですよねぇ。
おかげで設立当時の活気も薄まっていたんですが……歌丸くん、君は実に良い!
今君は、この学園にいる誰よりも青春している! 私がそれを保証します! それこそこの学園の求めた生徒! 君の入学を私は心から祝福します!」
「お、ぉう」
「きゅ、きゅぅ」
僕もシャチホコの異様なテンションの学長に気圧されてしまう。
そしてそれは僕らだけでなく周囲にいた者たちも同様で誰もも唖然とし――てなかった。
「死ねぇ!!」
僕の横にいた英里佳が右手に拳銃、左手にナイフを構えて学長に襲い掛かった。
目にもとまらぬ、というか僕には全く分からないくらいの速い攻撃を仕掛けたのだろう。
金属がぶつかり合うような音がして、気が付けば英里佳は学長を挟んで僕とは反対方向に移動していた。
「ふふふっ、結構結構、君も青春してますねぇ」
「ちぃ……!」
よく見れば英里佳の左手にあるナイフがかなり刃毀れしていた。
学長の鱗に負けたということか、弾丸もナイフも効かないとかどんだけ~(死語)
「お、おい榎並、よせ!」
「邪魔っ!」
咄嗟に武中先生が割って入ろうとしたのだが、その前にすでに英里佳が動き、再度攻撃に移る。
「おや、これは教育的指導が必要ですね」
学長はそんなことを言って、突風が吹いた。
「――が、ぁ……!」
「……………………え?」
何が起きたのか、よくわからなかった。
英里佳が学長に襲い掛かったはずなのに、気が付いた時には英里佳が地面に叩きつけられている。
「きゅきゅきゅ……!」
びくびくと、僕の腕の中のシャチホコが全身の毛を逆立てて怯えている。
何が起きたのかと僕は漠然と今の一瞬で何が起きたのか確認し、ある違和感に気が付く。
「……尻尾」
つい先ほどまで、地面にべったりと着いていた学長の尻尾が浮いていたのだ。
「おや、見えたのですか?」
僕のつぶやきが聞こえたのか、学長がこちらに振り返る。
「え、あ……って、英里佳!!」
学長に何か言葉を掛けようかと思ったが、その前に視界の端で英里佳が再び立ち上がろうとしたのが見えたので僕は急いでそちらに向かう。
「ぅ、げほっ……ぇほっ! ……この、ばけも、の……!」
未だに衰えない敵意を滲ませた目で学長を睨み、その手にある武器を握る手に力を入れようとする英里佳を見て、僕は即座に危険だと判断した。
「シャチホコ、ちょっと隅で隠れてろ」
「きゅっ!」
シャチホコを離して、僕は英里佳の肩に手を置いて起き上がろうとするのを妨害する。
「はなし、て……!」
「離せるか馬鹿!
君が学長を殺したいってのはよくわかったけど、どう考えても無謀だろ!
いいから今は寝てろ!」
万全の彼女なら僕の手などすぐに払えるはずだが、やはり学長の攻撃で相当弱っているのか払いのけることすらままならない。
「学長先生、あなたがいたら英里佳は止まりません。
この場からすぐ離れてもらえませんか」
「おやおや、残念ですねぇ、まるで邪魔者扱いとは……私、とっても悲しいです」
まるでじゃなくて、確実に今の学長は邪魔なのだが……
「学長、榎並についてはこちらで処分しておきますので……ひとまず業務に戻ってもらえませんか」
武中先生も僕と同じ考えて、ひとまずこの場から学長が離れてくれない限り収まらないと思ったのだろう。
「まぁ、戻るのは構いませんが……処分については私がしましょう。
あまり舐められてしまっては、業務に支障ができますので」
「処分って……何をする気ですか?
まさかこのまま学長が榎並に体罰を課すと?」
「いえいえ、流石にそこまで非道なことはしませんよ」
学長のすぐ横に、一瞬で魔法陣みたいなものが出現し、そしてそこから一つの影が飛び出した。
「――GARRRRRRRRRRRRR!!」
飛び出してきたソレはけたたましく鳴き声を上げ、周囲にいた新入生たちが戦慄を覚える。
一方で僕もその姿に驚愕しつつも、昔見た恐竜図鑑でみた生物を思い出していた。
「……ラプトル?」
おそらくあれも迷宮生物の一種なのだろうが、非常に似ている。
「学長……なんでこんなところに“ラプトルリザード”を……?」
武中先生は突如出現した迷宮生物を見てその名を呼んだ。
もうそこまで言ったんなら普通にラプトルで良くね? って思う。
「ですから、罰ですよ。
私が相手ではどうにもなりませんが……まぁ、狩りとはいえ私を殺すというのならこれくらいどうにかしませんと、先は有りませんからね」
「まさか……学長、あなた……!
くっ――歌丸、すぐに榎並抱えて逃げろ!」
「うっす!!」
流石に僕でもこの先に続くことはわかる。
僕はすぐに英里佳をお姫様抱っこしてその場から走り出す。
そう、走っているのだが……
「歌丸、もっと急げ!」
「これが全力です!!!!」
英里佳抱えた状態だともう普通に歩いているより遅かったのであった。
マジで僕貧弱。いや、でも咄嗟にお姫様抱っこできただけでも褒めてもらいたい。
「二、三年! その二人を守れ!!」
武中先生の言葉に、周囲にいた上級生がこちらに駆け寄ってきてくれる。
その姿にひとまず安心感を覚えた僕だったが、彼らがこちらに接近する直前にその姿が消えた。
「は?」
その光景に唖然とする僕。
何が起きたのかまったくわからなかった。
「いけませんねぇ、それでは。
彼らがいては罰になりませんので、一時的に迷宮の外に出てもらいました」
視線を向ければ、手をこちらに向けた学長の姿があった。
突き出したその手の前には、僕たちがこの迷宮に入った時に見たものと同じ模様の魔法陣が浮かぶ。
もしかして、あれで先輩方をこの迷宮から強制的に追い出したっていうのか?
単体でもありえないほど強いのに、そんなことまでできんのっ!?
「ああ、あなたもですよ。過保護はいけませんよ過保護は」
「なっ、学長、待っ――」
学長がその手を武中先生にも向けた直後、先輩方と同じように武中先生もその場から姿を消してしまった。
そしてその場にはもう、学長と、新入生と……そして……
「GRRRRRR……」
学長の傍らで不気味なほどおとなしくしているラプトルだけだった。
「さて、歌丸くん」
「な、なんですか?」
「危ないのでその子を離しなさい。
罰を受けるのは彼女だけですから、そこにいては危険ですよ」
優しく諭すような口調でそう語る学長の姿に、僕は寒気を覚えた。
「離して……それで離れたら……英里佳をどうするんですか?」
つっかえないように、ゆっくりと言葉を吐き出す。
そんな僕の問いに、学長は穏やかな口調で答えた。
「榎並さんと戦ってもらいます」
「っ……――ふざけんなっ!!」
思わず僕も、自分でもびっくりするくらいに大声を出してしまった。
だが、叫ばずにはいられなかった。
すでに英里佳は気絶している。
万全な状態の彼女ならまだしも、今の状態ではまな板の上の鯉なみに一方的な結果になる。
「ふざけていませんよ。
どのような状態であろうと、この子に勝てないようでは私を殺すなど夢のまた夢。
しかし彼女の決意は本物です。ならばそれに教師として応えることが私の義務なのです。
これでも私は彼女の目標に対して最低限度の試練しか与えていないのですよ?
これを乗り越えてこそ、その時彼女は私を殺すという目標に一歩近づける。これぞ青春です」
全身の血が熱くなるのを感じた。
今までの人生を生きてきて、ここまで明確に怒りを覚えたのは初めてだ。
これがきっと“
「それで歌丸くん、どうするのですか?」
「絶対嫌です! 友達見捨てて、強い男なんかになれるはずがない!!」
はっきりと答えてやった。
だが、学長は僕の言葉に一切驚いて無く、むしろ満足げに頷いた。
「では、是非とも君の決意を見せてもらいましょう。
さぁ、お行きなさい」
「GARRRRRRRRRRRR!!」
学長からの言葉を受けて、すぐさまその場から走り出すラプトル。
どう見ても英里佳を抱えたまま走る僕よりその速度は上だ。
「どわわわわわわわわっ!!」
ひとまずその場から走る。
そしてあっという間もなく横に並ばれた。
「GRRRR!」
「――ぇぼっ!?」
その場で回転したのかと思えば、ラプトルの長い尻尾が僕の背中に叩き込まれる。
その場から勢いよく吹っ飛ばされた僕は体を捻り背中から地面に激突。どうにか英里佳を守るようにしたのだ。
「ぁ、が……ぅぷ……ぁ――」
腹の奥からこみあげてくる不快感。
咄嗟にポケットの中に入れていて袋を取り出し、そこにこみあげてきたものをぶちまけた。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
まさか使うことになるとは思わなかったぞエチケット袋。
「GRRR」
ラプトルはすぐにこちらを襲ってくるようなことはせず、のっしのっしとゆっくりとした足取りで近づいてきている。
■
「あの馬鹿……!」
「詩織ちゃん、ど、どうしよう……?」
ラプトルリザードに襲われている歌丸と榎並。
その場にいた新入生たちは離れてその光景を黙って見ていた。
「助けた方がいいんじゃないかな……?」
パートナーである苅澤紗々芽の言葉を、三上詩織はすぐに却下した。
「何あの馬鹿に感化されてんのよ、死にたいの!」
迷宮について予備知識の深い詩織はもちろん、その場にいる誰も動くことができなかった。
なぜなら、相手が圧倒的なほどに悪いのだ。
ラプトルリザード
古代の捕食者と非常によく似たその迷宮生物は、この迷宮学園において“竜種”というカテゴリーに入れられる存在なのだ。
竜種とは呼んで字のごとく、この迷宮に出現する竜という幻想生物の特性を併せ持つ存在であり、その頂点に立つのが今もその場で歌丸たちを観察している“学長”だ。
ラプトルリザードは、竜種の中でははっきり言って最弱に位置する存在ではあるが、それでもこの場にいる新入生たちが束になっても倒すのは困難だ。
仮に倒せたとしても、犠牲者が出ることは必至だろう。
その外皮と鱗は並の攻撃など弾くし、その強靭な顎は人間の体など容易くかみ砕く。
ドラゴンの代表的な攻撃である“ブレス”などは持ち合わせていないが、それでも一般人とほとんど変わらない新入生の勝てる相手ではないのだ。
「学長の言葉を聞いたでしょ。
あの二人以外にあの迷宮生物は襲ってこない。
死にたくなかったら何もしないこと。
今の私たちじゃどうあがいてもあれには勝てない」
「で、でも……それじゃ、榎並さんや歌丸くんは?
このまま、死んじゃうの?」
「それは……」
詩織は紗々芽の言葉に何も答えることができなかった。
「――おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
だが、そんな中で、この場に於いて誰よりも無力であるはずの少年が吼えた。
「かかってこいやラプトルモドキがぁ!!」
彼はその手に持っていた袋を、ラプトルリザードに向けて全力で投げつけた。
■
「GAAAAAAAAAA!!」
先ほど思い切りゲロをぶちまけたエチケット袋を思い切りラプトルに向かって投げつけた。
ゆっくりしてた動きだったからもしかしてと思ったが、まさか本当に直撃するとは思わなかった。
「あ、あはははは……」
乾いた笑いが出てきてしまったが、もうどうしようもない。
「GURRRRRRRRRRR!!」
もうね、完全にラプトルの怒りの矛先が僕に向いたわけですよ。
いや、まぁ狙い通りなんですけどね。
「がはっ!?」
ろくに避けることもできず、ラプトルの体当たりを受けて吹っ飛ばされる。
すぐに立ち上がろうとしたが、さらに追い打ちを受けたらしい。
平衡感覚すらなく、妙な浮遊感を覚え、周囲の人間が真上にいるのを見て自分がようやく空中に放り投げられたのを理解した。
「ずぁはっ!?」
落下の直後、受け身はどうにか取れたので気絶はしなかったが、半端なく痛い。
「つ、ぐ……!」
痛みで泣きたくなったが、まだ体が動く。
すぐに視線を周囲に向ければ、離れた位置に英里佳がいた。
そしてラプトルはこちらに近づいてきている。
よかった、とりあえずは英里佳とラプトルの距離を離すことができたらしい。
「ふ、ふはは…………よ、よし、かかってこい!」
ボクシングで見たファイティングポーズをうろ覚えなりに真似してみた。
だが、やっぱり駄目だった。
下手な自動車よりもよっぽど早くこちらに迫るラプトルは即座に尻尾を振り回し、僕の手が届くよりもはるかに遠い間合いから攻撃してきた。
おかげで僕は再びその場から吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「かは…げほっ、いってぇ……!」
口の中が鉄の味で満たされ、鼻の奥から血の匂いがした。
ズボンもジャージもボロボロになり血が滲む。だが、まだ動く。
「こいつ……爬虫類のくせにふざけやがってぇ……」
遊ばれている。
この期に及んでまだ体が普通に動くというのはどう考えても不自然だ。
ラプトルは見た目に反してかなり知能が高いらしく、どうにも僕を痛めつけて遊んでいるらしい。
「GRRRR」
その証拠に、その気になればその爪や牙で容易く僕を殺せるのに敢えてゆっくりとこちらに歩いて近づいてきているのだ。
どう考えて遊ばれている。
「どうした、来いよ! 僕はまだまだ動けるぞ!」
だがそれでいい。
どうせ僕じゃエンぺラビット一匹まともに対処できないのだ。
だったら、このままこいつに遊ばれて時間を稼ぎ、英里佳が起きるのを待つ。
「RRRRRR」
喉を鳴らして、こちらに近づいてくるラプトル。
表情筋って基本的に人間しか発達していないって聞いているのだが、頬を吊り上がらせて歯を見せているその顔は僕を嗤っているようだった。
また尻尾を振るわれて、地面を転げまわす。
すぐに立ち上がろう。
そう思ったが、即座に襲ってきた衝撃で立ち上がるどころか体を地面に押さえつけられる。
「GRRU」
ラプトルは倒れた僕にその足を乗せて踏みつけてきたのだ。
「あ、ぁああああああああああああああああああああ!!」
背中にラプトルの鋭い爪が突き刺さり、情けなくも思い切り絶叫してしまった。
だが、仕方ない。
痛い。
痛くて痛くてたまらない。
何かないか、何かないかと絶叫しながら手を伸ばし、何かを掴んだ。
僕はそれが何かを深くも考えずやたらめったらに振り回す。
「GYAA!?」
すると、驚いたような声をあげてラプトルが僕から退いたのだ。
「ぐっ……つ……!」
すぐに立ち上がって、僕はようやくその手に直槍を握っていると気づく。
どうやらふっ飛ばされて最初の位置に戻って来たらしい。
「ふふふっ……歌丸くん頑張りますねぇ」
とういことは当然、すぐ近くに学長もいるということだ。
「どうですか?
今すぐ反省するというのならもう許してあげますよ?」
「……英里佳もですか?」
「それは駄目です」
「なら黙っててくださいっ!!」
背中の痛みを我慢して、槍を構える。
「GRRRR……」
一度距離を取ったラプトルがもう一度こちらに近づいてきた。
このまま黙っていたらじり貧だ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
直槍を構えて前進し、思い切り槍を突き出す。
しかし、僕の貧弱な腕で放たれた突きではラプトルの鱗に容易く弾かれる。
そこからお返しとばかりの尻尾攻撃。
再び僕は地面を転がった。
「ぅ……ぁ……」
痛い。痛い、痛すぎてもうなんか……
「は、はは……なんか笑えてきた……!」
なんかもう痛みさえどうでもよくなってきた気がする。
いや、痛いには痛いんだけど、なんか我慢できる程度な感じ?
アドレナリンが滅茶苦茶出てるからかも。
だけどなんだか視界が赤みがかっている。
どうにも血が目に入ってしまったらしい。
「GRRRR……」
だがまぁまだはっきりこちらにラプトルが近づいてきているのはわかるから大丈夫だ。
状況的には全然大丈夫じゃないけど、まぁ大丈夫だ、たぶん大丈夫だ。うん、大丈夫。
「ひ、は、ふへへ……!」
なんかよくわかんないけどテンション上がって変に嗤えてくるけど、とにかく時間を稼ごう。
「この、この、おら、この死ねこらぁ!!」
槍の使い方などもう考えられない。
僕は片手で槍を持ってとにかく振り回してラプトルを叩く。
だが、当然の如くラプトルにとって僕の攻撃などせいぜい痒いくらいのものでまったく効いてない。
そうこうするうちに、再びラプトルがその場で回転した。
そう何度も喰らってたまるかと後ろに下がろうとしたが足がもつれてその場ですッ転ぶ。
そして頭上スレスレをラプトルの尻尾が通り過ぎた。
回避したぜ、とは喜べない。
このままだとこいつに踏みつけられる。
「こ、このぉ!!」
すぐに離れるべきなのだろうが、すぐに起き上がれなかった僕は苦し紛れにラプトルの脚に向かって槍を振った。
「GYAAAAA!!」
「え」
正直、自分でも悪足掻きだと思っていたのだが、槍の棒が足に当たった途端にラプトルは大袈裟ともいえるようなリアクションをしながら僕から離れたのだ。
……そういえば、さっきこいつに思い切り踏みつけられたときなんでこいつ僕から離れた?
槍を持って振り回したが、ぶっちゃけ刃なんて当たってなかっただろうし、そもそも刃が当たってもこいつの鱗を僕は通せない。
なのに、こいつは引いたって……まさか……
「く、ふひ……ひひひひひひ……!」
自分でも気持ちの悪いと思えるのだが、自然とそんな笑みが口からこぼれてしまった。
そうか、そりゃ普通に考えればそうだよな。
「脚、そうか……脚か……!」
考えてみればそれほど特別なことではない。むしろ当然のことだった。
こいつは見た目通りの巨体で、馬よりもデカい体を持っている。けど馬と違ってこいつは二足歩行。
その体重を足を起点に長い首と尻尾でヤジロベエみたいにバランスを取って動いているのだ。
だから……片足でも動けなくさせればこいつは自分の体重を支えられなくなる。
それによく見れば、こいつの鱗って背中や額はごつごつして堅そうなのだが、脚、それも太腿の内側とか白くてなめらかな感じだ。
おそらく、そこなら僕の突きでも通せる。
「はぁー……はぁー……こいよラプトルモドキ……!
絶対ぶっ殺してやるぞぉ!!」
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