第335話 渉をプロデュース ③
■
地上から来た学生たちによって作られた公園、日本を思わせる池や、欧米にあるみたいなモニュメントの数々、花を使ったアーチなど、様々なものがそこにあり、それらを一通り見て回った渉とシャムスは、芝生にレジャーシートを敷いて一休みしていた。
「なんだか、不思議な気分です……私、生まれてからずっとここで住んでいたはずなのに、知らないことばっかりなんだなって……」
「遭難した学生の先輩たちがこの里に来て、地上のことを思い出していろいろ作ったんだな……」
迷宮中、周囲が見えるくらいには明るいが、地上ならば夜と感じるくらいの暗さだ。
時間的にはまだ日は暮れていないが、常夜のこの世界で生きていたシャムスにとって、変わらない光景であるが、一緒にいる渉は時間間隔が狂ってしまいそうな気分であった。
「……聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
今日のシャムスの態度を見て、渉は疑問に思ったことを口にした。
「シャムスは、地上の文化のこと、嫌いってわけじゃないんだよな?
なのに、どうしてこれまで出ようとしなかったんだ?
今日回ったところも、散歩くらいに回ろうと思えば、行けなくもないだろ」
「…………そう、ですね。
確かに……そうなん、ですけど……」
シャムスは渉の言葉を反芻するように頷きながらも、寂しそうな、困ったような顔を見せる。
「すまん、言いにくいことだったら無理に答えなくてもいいんだ。
ただ、もしかして迷惑だったんじゃないかと思ってな」
「そ、そそんなことないです!
楽しかったです、本当に、私っ! あ、わ私も楽しかった、で、す……」
慌てて言葉を紡ぎ文法がしっちゃかめっちゃかになってしまうシャムス
一呼吸を置いてから、周囲の公園の風景を見まわす。
「…………私、その、角、一つだけじゃないですか」
「ああ、そうだな……でも、子供たちの中にもいるよな、そういうの」
渉は里の子供たちの多くは双角であったが、数は少ないながらもシャムスのような一本角の鬼もいたことを思い出す。
「一本角の鬼って、基本的に母親が学生なんです。
……私のお母さんが、えっと……中東ってところの学園から来た人で……お父さんはおじいちゃんの後を継ぐために修行してた鍛冶師で…………二人とも、口数はあまり多くなくて……それに、私、小さいときは体が弱くて……」
たどたどしく、ゆっくりと語り始めるシャムスの言葉に、渉は静かに彼女のことを見て耳を傾ける。
「……お父さんは、農具や鍋とか包丁とか作ってて……お母さんも草履とか、着物とか、縫物でお仕事しながら、私の面倒見てくれて……それで……私が元気になったら、外で遊ぼうって言ってたらしくて…………それで……」
宙を掴むように動いていた指が、ぎゅっと強く握られた。
「……里の中で、スヴァローグを倒そうって言いだす人が増えてきたのと同じ時期に、私……ものすごく体調を崩して……いつ死んでもおかしくないって……お医者さんからも言われてたってらしくて……」
「…………」
「地上のお医者さんなら治せるかもって……それで、お父さんと、お母さんも参加して……けど、戻ってこなくて……
…………それなのに、私は勝手に治って…………それじゃあ何のために二人はいなくなったんだろうって……そう思うと……なんだか、外に出るのが億劫になってしまって……」
「……不躾なこと聞いて悪かった」
「……いいえ……渉さんは悪くないんです。
……むしろ、悪いのは私です」
「いや、病弱で死にかけたのは不可抗力」「そうじゃないんです」
シャムスはすっと困ったように苦笑いを浮かべる。
「私、両親のこと何も覚えてなくて……これもおじいちゃんが生きてた時に聞いただけで…………二人とも、私のために頑張ってくれてたのに……私、本当に、全然まったく、これっっっっぽっちも…………知らないんです」
かすかに肩を震わせつつ、作り笑顔でシャムスはもう一度公園を見まわす。
「こうやって、誰かに連れ出してもらわないと、公園にも来れなくて……もしかしたら外に出られれば何か変わるかなって思ったけど……二人のこと、顔も思い出せないままでした」
何かに苦しむように、それでも一生懸命に作り笑いを浮かべるシャムスは、いっそ痛々しいとまで言えた。
「……私の心は、すっごく冷たいんです。
それが、よくわかりました」
そう言って、レジャーシートから立ち上がる。
「せっかく誘ってくれたのに……変な雰囲気にしちゃって、ごめんなさい……
でも、連れて来てもらって楽しかったのは本当ですよ。
お礼、というわけではありませんけど……鍛冶は、その、私なりにちゃんとやるので、心配しないでください」
■
「え、あ……」
そのままシャムスは公園から立ち去って帰ろうとする。
(い、いやいや、なにボケっとしてんだ俺!
まだ一か所連れていく予定が……いやでも、今のシャムスにそれって正しいのか?)
レジャーシートから立ち上がりはしたものの、どうしたらいいのかわからず立ち尽くす渉は、ポケットに入れていた通信状態の学生証を取り出す。
「お、おい……これ、どうしたらいい?」
『お疲れ様です。あとはもう帰って大丈夫です』
「……は? え、いや……待て、このあともう一か所回る予定だったはずだろ?」
『そうですが、その必要がなくなりました。
彼女は無事に、鬼形を完成させる未来が確定しましたよ。
スヴァローグと対峙する最低条件は果たせました』
淡々と告げられる、神吉千早妃の言葉に、腹の奥から熱がすぅーと消えていくような錯覚が起き、膝から力が抜けそうになる。
「お前、それでいいのかよ……?」
『おっしゃっている意味がわかりませんね。
逆に聞きたいのですが、あなたは何が不満なのですか?』
「何がって、そりゃ――」
今も公園から去っていこうとするシャムスの背中
徐々に小さくなっていくその姿が、まるでこれから消え去ってしまうような気がしてしまうほど、儚く見えた。
何かしなければならない。けど、何をしたらいいのか、何が正しいのかわからず、ただただ漠然とした焦燥感が身を焦がす。
『あなたも、私も、連理様ではありません。
お互いに分を弁えるべきでは?』
頭を金づちで殴られたような衝撃が、その言葉によってもたらされ、動揺した。
「そ、れは……だが」
『そして、今彼女の傍にいるのは、連理様でも、私でもありません。
あなたですよ。
そのあなたが何もできないのなら、何もせず、また明日、これまで通りに接するだけで目的は達せます』
「…………」
その通りであると、渉は思った。
冷静に考えて、このデートだって鬼形を作るのに少しでも意識を高めてもらうためであり、現状のシャムスなら、これまでよりは集中して鬼形に対して――現実逃避だとしても――向き合ってくれるはずだ。
目的は達した。
役目は全うした。
文句など、言われる筋合いなど…………ない、の、だが……
「――イラつく」
『はい?』
「いや、神吉さんじゃな……くもないが、どっちかというと今の自分が、とんでもなく滑稽に思えてな…………ああ、そうか、こんなところで足踏みするような奴、今のメンツの中じゃ俺くらいしかいないな……ああ……」
渉はここで再び自己嫌悪に陥った。
自分がどうすべきかではなく、どうしたいかを考えればすぐなのに、それに気づけなかったこと。
そして、この期に及ぶまで自分が値踏みされていることに気づけなかった愚鈍さに。
「……期待は、しないでくれ。俺、普段は計算しないと動けないタイプだから」
『――安心してください。連理様を基準にすれば世の中9割9分の男は等しく無価値なので』
「あんた、本当にいい性格してるよ」
■
「待ってくれ、シャムス!」
「――え」
「ついてきてくれ」
有無を言わせず、急に手を掴まれ、そしてそのまま引っ張られる。
「え、ちょ、わ、わわわ渉さんっ?!
ど、どどどどどうし!?」
「どうしてとか言われても、俺にもわからない。
けど、このまま君が、何も知らないままにしておくのは違うと思った」
「し、知らないって何が――」
「君の、名前!」
強引に引っ張られて連れていかれた場所
そこは、先ほどまでいた公園とは違って静謐な雰囲気があり、そしてそこには多くの石柱が並ぶ。
墓所
この里に生まれ、たどり着いた者たちが最後に行きつく場所
しかし、スヴァローグによって、遺体はすべて焼き尽くされた者たちは、ただその名が刻まれているだけの場所だ。
「テツさんの記憶が、教えてくれた。
いつか、君が、息子夫婦のことを――君の両親のことを知りたくなったら、教えてあげられるようにって、残してたものがあるって」
「おじいちゃんが……?」
祖父であるテツの墓は、自宅のすぐ近くにある。
それゆえに、両親の名前しか刻まれていないこの場所には強い思い入れを持てず、これまでシャムスは足を運んでこなかった。
「君は、本当は両親のことをちゃんと知っている。
けど、いなくなってしまったことがショックで、忘れてしまっただけなんだ。
そんな君が、両親のことを思い出して悲しい思いをさせないように、テツさんはあえて家に両親に関するものを残さなかったし、両親のことについて、必要以上に君に語らなかった」
手を引いて連れて行った場所
そこには、一つの墓石がある。
「でも、それでも本当は、君に、両親のことを知ってほしかった。
だから、君が両親のことを知りたがった時のために、思い出を……そして、その姿をここに刻み込んだんだ」
墓石の芝台と呼ばれる部位の、前に置かれている香炉、本来はお線香などを設置する場所に、金属の薄い板がおかれていた。
「……これ……」
「すごい人だよ……鍛冶師としてじゃなく、彫金の腕も超一流だったんだ」
まるで白黒写真と見間違えるような、精巧な彫りが施された金属板
そこには若い鬼の男と、若い女性が、小さな一本角の鬼の赤子を一緒に抱いている姿があった。
まだ赤ん坊のころのシャムスと、そしてその両親の生前の姿
テツの記憶に深く刻まれた幸せな家族の姿が、そこにあった。
「……本当は、最初から君をここに連れてくるのが目的だった。
君に、見せるべきだと……見せたいと、そう思ったんだ」
「…………ぁ、あ」
シャムスは呆然としつつ、ゆっくりとその指でプレートに掘られた彼女の両親の姿に触れる。
「お母さん……お父さん……」
静かに涙を流すシャムス
「シャムス……その名前、どういう意味が込められているか、知ってるか?」
「……意味?」
「他の鬼たちは日本風の名前だったけど、君だけ語感が違ったから少し調べた。
そしたら、分かったんだ。
それはアラビア語……君のお母さんの故郷の言葉だったんだ。
意味は、太陽」
渉は指を上に向けた。
「この迷宮のずっと上の地上で、鍛冶場の炎みたいなまぶしい光が空から一面を照らす、それが太陽。君の名前だ」
「太陽……私の、名前」
「君は、両親に深く愛されていた。
君に、その名前の意味する太陽を見せたいって、そんな願いが込められていたんだと、俺は思う」
「……そんな、こと……言われたって…………今更、今、思い出したって…………こんなの」
シャムスは声を震わせ、テツの手で作られた絵を胸に押し当てて涙を流す。
「もう、誰もいない……意味がない、じゃ、ないですか……!」
「――だから!」
シャムスの真正面にわたり、うつむきそうな顔を両手で触れて強引に顔をあげさせ、目と目を合わせて渉は言い切る。
「俺が、君に太陽を見せる!
君の両親の願いも、テツさんの復讐も、俺が成し遂げる!」
無茶苦茶なことを言っている。
その自覚はあった。
けれども渉には、今はこの気持ちを伝えるためにどんな言葉を選べばいいのかわからなかった。だから、彼は吐き出した。深く考えず、ただ自分の気持ちを吐き出す。
「あーだこーだと、君が考えるのは今じゃなくていい。
俺は君を地上に連れて行って、太陽を見せる!
外の世界で、俺たちの学園も、日本も、君のお母さんの故郷だって連れていく!
難しいことは、全部そのあと考えればいい!」
この子を守りたい。幸せになってほしい。
そんなテツの想いが、今、渉の中でも強く響いていた。
「今日のデートのためとか、そんなことのためじゃない。
君のこれから先の人生を切り開くために、君の鍛冶師としての最高の仕事をしてくれ。
俺が全力でそれにこたえる」
そこまで言い切って、渉は一度シャムスから手を放し、そして一歩だけ離れて手を差し出す。
「復讐とかスヴァローグとかいったん全部置いといて、君に改めて依頼したい。
俺は君に本物の太陽を見せたい。だから、君の力を貸してほしい」
シャムスはじっと差し出された手を見て、そして今度はほんの少しだけ柔らかな雰囲気になった苦笑を浮かべる。
「もう、言ってること、無茶苦茶じゃないですか……」
「けど、これが今一番俺がやりたいことだ。
答えは」
シャムスは涙を拭いて、改めて渉に向き直る。
「……私からも依頼します。
私に、太陽を見せてください。
報酬は、私が今用意できる、最高の魔剣です」
「ああ、請け負った」
シャムスは渉から差し出された手を取り、そして渉は力強くその手を握り返した。
■
「……まぁ、及第点というところですね」
隠れてそんな二人の様子を見ていた千早妃は淡々とした様子でそう評した。
「鬼形の完成についてはこれでほぼ確定……いえ、最低限より上の性能の物が完成するはずです。
連理様がドラゴンから聞き出した情報をもとにすれば、来道先輩の技術との合わせ技でようやく戦う舞台が整いますね……
……戒斗さん、監視、お疲れさまでした。しかし、折角なのですが……」
通話状態であった学生証を取り出し、自分たちとは別の位置で渉たちを見ていた戒斗にそう礼をいいつつ、次の仕事を頼もうとするとすぐに返答が来た。。
『わかってるっスよ。
今からでも来道先輩の空間干渉について、俺もどこまでできるかわからないなりに、教えてもらうっス』
「お願いします。ドラゴンの公言している上位の魔法を除けば、空間干渉が可能なのはエージェント系の
『で、千早妃さん的には地上への帰還についてはどう考えるっスか?』
「……広めるのは悪手というのが、普通の見解でしょうね」
『まぁ、普通に考えればそうっスね……で、普通じゃない方の見解だと?』
「あら、まるで私が悪だくみしているように聞こえるのですが?」
そう言いつつ、千早妃はどこか上機嫌な様子に、従者である日下部姉妹は何とも言えない表情を見せる。
『奴を倒すのに、鬼たちの協力は必要不可欠だと、俺は考えてるっス』
「その根拠は?」
『まず、萩原の奴はテツさんの記憶に振り回され、鬼形の完成に固執して見落としている。連理たちは素で気づいてないみたいっスけど……………そもそも、テツさんはどうやってスヴァローグの角の破片なんてお宝を事前に用意できたんスかねぇ?』
「学生たちが一斉にスヴァローグを討伐しようと動いた時……と普通なら考えますわね」
『だが実際のところは、ムラオサや剛先輩たちの話を聞く限り、手も足も出ずに一方的に焼き殺されたから、その時ではない。
となれば……スヴァローグの角の破片を手に入れたのは、その後……息子夫婦が亡くなった復讐をテツさんが単独で行い、それに失敗して鬼形を作った、というのが時系列的に整合性が取れているはずっス』
それがいったい何を示すのか?
答えは簡単だ。
『つまりここで大事なのは……鬼であるテツさんはスヴァローグに一撃以上当てた上で生還していることが確定していること。
あの、デバフを受けているとはいえ、人類最強と言ってもいい二人を軽くあしらったあのスヴァローグに、だ。
きっとここに攻略するための糸口があるはずっス』
それを聞いて、千早妃は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふっ………やはり、あなたも残りの
『なんの話っスか?』
「いえいえ、こちらの話です。
……ひとまず、今後の方針についてですが――」
【あー、あー、マイクテス、マイクテス、マイクじゃないけどマイクテーーーース】
その時ふと、脳内に直接響く声がした。
「「「え?」」」
『は?』
突然脳内に響く声
だがそれ以上に、なんだか聞き覚えのある声がして、状況が分からずに間抜けな声を出してしまう千早妃たち。
【あ、これちゃんと聞こえてる?
あ、おー、おー、里の子供たちもちゃんと聞こえてるんだ!
よしよしよーし! ひっさしぶりに役立つスキルが来たぞー!
相変わらず戦闘向きではないけど…………いや、学生証咄嗟に使えない状況とか、あるかもだし………………べ、別に僕が好きでスキル発現できるわけじゃないからそんなこと言わなくても…………】
「……あの、これって」
『あのアホがなんかまた素っ頓狂なスキルを覚えたんスね……状況からみて、詩織さんあたりに怒られてそのまま言い訳を広範囲全方位に垂れ流してる感じっスね……』
声の主、歌丸連理は先ほどドラゴンと接触し、様々な情報を知り、大きな影響を受けたはずだ。
そのタイミングならば、彼自身のスキルにも何かしらの変化が起きても不思議ではない。
想定外ではあるが、現状を打破する力が揃いつつあると、千早妃は気分が高揚するのを感じた。
■
【
発動条件
・4回以上死を覚悟した後に生き残ること。
・心を通わせた仲間を命懸けで守ると誓う。
・己の殻を打ち破る。
・自身の抱く理想を達成する確信を得る。
・仲間から理不尽に挑む賛同を得る。 New!!
上記の内、いずれか一つを果たす。
】
【
共存共栄Lv.1
自分の考えを伝えたいと思う範囲に伝える。
・範囲は使用者の任意 広範囲であればあるほど体力を消費
・対象は範囲内にいる全員に聞こえる。
】
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