第80話 苦労は向こうからやってくる
あの後しばらくして英里佳と一緒に苅澤さんが戻ってきた。
しかし、先ほどのことを謝ろうとしたら英里佳に止められた。
「今は……少なくとも迷宮から出るまでは歌丸くんはあまり声かけないほうがいいかもしれない」
とのことだった。
なんか英里佳がすごく申し訳なさそうだったけど、まぁ英里佳がそういうなら仕方ないと、とりあえず普段より気持ち少し離れて座ることにした。
「とりあえずミーティングを開始する」
来道先輩がそう切り出して、塩むすびを食べ終えた僕らは円陣を組んでいる。
そしてそこに長もいて、ちゃっかり塩むすびをもらっていた。
ちなみに僕の頭の上にシャチホコ、膝の上にギンシャリとワサビがいる状態だ。
「ドライアドの居場所は長からそこの三匹に教えてもらっている。
そこで、戦力を三つに分散して、別々のルートを通ってドライアドとの接触を試みる」
「あのアサシン相手にそれって危なくないですか?」
僕が挙手しながら質問するとみんなも同じような感想を抱いていたようで来道先輩の答えを待つ。
「歌丸、お前はあのアサシンが何故俺たちの前に現れたと思う?」
「長に指摘されたから、ですよね?」
「それもあるが……どうしてわざわざ姿を俺たちに見せる必要があったと思う?
姿を見せずに去ったほうが向こうにとってはリスクももっと小さく抑えられたはずだろ」
「僕たちに姿を見せるメリットがあったから……ですか?」
「だろうな。
例えば…………俺たちに自分一人しかいないと印象付けするためとか考えられるな」
来道先輩の言葉に、僕はハッとした。
そうだ、確かにあのアサシンしかこの階層にいないなんて保証はない。
だけど無意識にあのアサシンが一人で姿を現したからほかに敵はいないと少しばかり先入観を抱いていた。
敵が複数いる場合、確実に不意をついてくる。
「一番面倒なのはあのアサシンだが、ハッキリ言ってあのレベルの奴は学園に五人もいない。
そして俺の知る限り、あれだけできるやつはエージェント系統込みで生徒会関係者か、それに類する組織に加入している。
ってことは隠れられるのはやつ一人と考えていいだろう。ほかに誰か潜んでいたとしても、それはエンペラビットや俺には容易に見つけられる」
「でも、だったらなおさら戦力は分散しないほうが対応できると思います」
そう意見したのは詩織さんだった。
確かに、相手が複数で待ち構えているのならこちらも相応の戦力が必要だと思うが……
「向こうも独自にドライアドを探している。というより、最優先はそっちだ。
俺たちが一丸で動いてドライアドを目指せば、その進行方向を予想されてしまう。
だからそれぞれが別々の方向を目指して進む。
とりあえず俺と日暮はそれぞれ別々なのは確定だ。
隠密系のスキルは分けておいた方がいい……というより、俺か日暮のチームのどちらかがドライアドと接触するほうが現実的だろう」
「そうですね……となると、自然と隠れられない最後の一つは囮ってことになりますね。
現時点での来道先輩を除いた最高戦力である英里佳は確定よね」
そういって、詩織さんは苅澤さんと僕を交互に見た。
「戦力を可能な限り均等に分けるなら私が戒斗……紗々芽か連理のどちらかを来道先輩か英里佳って組み合わせになるわね」
一番リスクが大きいのはやっぱり英里佳だろう。
しかし、ドライアドと接触する予定が戒斗か来道先輩のどちらかならば、やっぱり僕か?
いやしかし、ギンシャリかワサビも面識もあるから、エージェント系統の二人にそっちを付ければ行けるのか……?
そうやって僕が悩んでいる間に、苅澤さんが挙手をした。
「あの、だったら私来道先輩がいいかな。
ほら、英里佳が囮の役割があるなら、向こうは歌丸くんとエンペラビットの組み合わせには確実に注意を向けてくると思うし……そっちの方が他も動きやすいと思うんだけど」
確かに、言われてみればそれもそうか。
囮となるならやっぱり餌も大きい方がいい。
英里佳の能力なら白兵戦で負けることはそうそうないし……あのアサシンの相手となると不安は残るけど……
「じゃあ、僕と……シャチホコで囮役をします。
ギンシャリとワサビはララと面識があるので、会ったことのない来道先輩のチームで接触してもいきなり攻撃してくることはないはずです」
「きゅう」
「ぎゅう」
「きゅる」
三匹が任せとけ的な感じで答える。
「そうか。だったら歌丸、榎並、お前たちにこれを預ける」
そういって来道先輩が僕たちに小さなバッチを渡してきた。
「あ、これってスケープゴートバッチ」
「ああ、この間のレイドで使い切ったが、なんとか二枚用意させた。
囮役のお前らが持っておけ。これさえあればアサシンの不意打ちにも対処できる。
壊れたらその瞬間に全力で逃げて地上に戻れ」
「ありがとうございます」
迷宮深層の必須アイテムであるこのバッチがあれば、不意打ちで即死の攻撃を受けてもバッチが壊れる代わりに防いでくれる。
これならアサシン相手でも少し安心。
「ふむ……迷宮も収まったようだな」
塩むすびを食べ終えた長が耳をピクリと動かしながらそんなことをつぶやく。
「よし、それじゃあまずは俺と苅澤から出るぞ、次に三上と日暮、最後に歌丸たちが出る。
榎並、お前たちは囮だからな、最後に出るときできるだけ派手に、急いでいる風を装え」
「わかりました」
「全員が二人組なことを生かして、常に学生証で連絡を取り合え、13層圏内ならよほど離れない限りは連絡も取り合える。
よし、それじゃあ出るぞ」
バサッと身に着けたマントを翻しながら立ち上がる来道先輩
その姿がとても様になっていて、正直羨ましい。
僕もあんな格好いい制服に変化してもらいたいものだ。
■
「悪いな、少し我慢してくれ」
「は、はい……」
しかし、安全のためとはいえ、世間一般でいうところの“お姫様抱っこ”で運ばれるというのはなかなか恥ずかしかった。
しかしこれも仕方がないことだ。
エージェント系の隠密スキルは、自分自身とそして近くにいる人にも効果がある。
しかし足音までは完全に消してはくれないし、距離が近いほど効果があるのならばこうして体を密着させるのがもっとも効率的なのだ。
だから、この一時の恥ずかしさも身の安全のためと思えばいい。
「きゅるきゅる」
「あっちか、助かる」
一緒についてきてくれた道案内役のワサビが、来道の頭の上で耳を使ってルートを支持する。
可能な限り人目につかず、尚且つ蛇行する形でドライアド・ララの居場所を目指していた。
今のところ敵は現れることもないし、このまま安全にドライアドのもとへと向けられればいいのだが……
『接触ありました!』
「やはり来たか、アサシンか?」
来道の学生証から聞こえてきたのは英里佳の声だった。
『いいえ、普通……といっていいのかはわかりませんが、ウォーリアーとウィザード系の二人です』
「やれるか?」
『問題なく』
「よし、任せた」
英里佳たちが予想通りに敵と接触する。
本命のアサシンはその場に隠れているのか、もしくはほかの者たちを追っているのかわからないが……
『接敵確認!』
次に声が聞こえてきたのは紗々芽の学生証からだった。
相手は詩織だった。
「そ、そっちには誰が?」
『こっちの隠密を見破ったことからシーフ系やエージェント系だって戒斗は言うけど……確実にさっきの奴じゃないわ』
「え……」
詩織からの報告に、紗々芽は背筋がサッと寒くなった。
あのアサシンが出てきてない。
その事実に、とてつもない恐怖を覚えた。
「きゅる!?」
突如、来道の頭の上にいたワサビが鳴く。
来道の肩へ降り、抱きかかえられている紗々芽をその耳でたたく。
「きゅるきゅるきゅるう!!」
「な、なに、どうしたの!?」
痛みは全くないが、突如ワサビから耳ビンタを受けて困惑する紗々芽
「おい、いったいどうし――っ!?」
何かに気付いたのか、来道も足を止めた。
抱きかかえていた紗々芽を下し、そしてその頭に手を伸ばす。
「え、あの」「動くな」
来道が伸ばしてくる手に驚いていると、その手は自分の頭をかすめ、すぐに離れる。
「やられた……作戦を読まれた」
「あの、それはどういう…………!」
そして紗々芽は気付いた。
来道の手、というよりはその指には小さな虫がいたのだ。
そしておそらくそれは、自分の頭に先ほどまでついていたものだ。
「この虫は蚊と迷宮生物の交配種で、人の汗のにおいに釣られてやってくる。
中でも特に、緊張状態に発する汗を好む。
そしてもう一つの特徴は一生のうち
その番が死ぬまでの二年間の一生のうちもう一度必ず同じ相手と交尾をする。
そしてそれまでの間、二匹とも離れることはない」
「え……それって、つまり」
プーンッと、不快な高い羽音が聞こえてきた。
見れば、来道の手にある虫の近くに、別の虫が飛び回っている。
「少なくとも……苅澤、お前の居場所だけは最初から奴らには分かりきっていたってことだ。
俺から離れるなよ」
手に持っていた虫を潰し、飛んでいる虫も目にも止まらぬ早さで切り捨て、来道は周囲を警戒する。
「ここにはもう誰か来ている。
なのに、俺はいまだに気配を感じない。
ワサビ、お前は?」
「きゅるぅ……」
来道の言葉に、ワサビは申し訳なさそうに首を横に振った。
「つまり……そういうことだ」
「あ、ぁあの…………そういうことって……あの、どういう……?」
分かりきっている。
しかし、分かっていても認めたくない紗々芽は震える声で尋ねる。
そんな中で、突如来道が腕を振るう。
「きゃあ!」
突然のことで驚きの声を上げた紗々芽、そのすぐ後に、金属同士が強くぶつかる音がして、尻もちをついた紗々芽の足元に短刀が落ちた。
「え、ぁ……あ……!」
その鋭利な刃物を確認し、ガタガタと紗々芽は震える。
投げられたのだ。
それも、紗々芽に向けて、紗々芽を殺すために。
「どうもこうも……」
来道は嘆息交じりに言葉を発しながらも、周囲の警戒を厳とする。
「あのアサシンは、今まさに俺たちを狙っているってことだ」
■
「ぐはっ!?」
巨大な斧が弾かれて、背後の木の幹に刺さる。
1cmや2cmなんて話ではなく、深々と突き刺さっているその様から、その斧がどれだけ重いのかを物語っていた。
「ば、馬鹿な……たかが一年の、こんなちんちくりんなガキに……!?」
体格のいい男は顔を布の覆面で覆っていて顔を隠しているが、
そんな男と向かい合っているのは、手足に棘のついた武骨なアーマーを身にまとった、獣の耳が特徴的で小柄な女子
手には何もなく、しかしその足に着けられたブーツには言葉に仕切れない迫力があった。
「これが……レイドウェポンの力だって言うのかよ……!」
「使ってないよ」
淡々とその女子生徒――
「……は?」
「
ただその強度を借りてる以外、あなたに使ってない。
あなたは普通にベルセルクとして強化された私に負けてるだけ」
「なっ…………こ、このクソアマがぁ!!」
男は半ば怒り狂ったように拳を振りかぶって英里佳に殴り掛かる。
対する英里佳は蹴り――ではなく、
「う、ぐぁ!?」
結果、殴り掛かってきた男のほうが拳を抑えて後ろに下がった。
その手は指が不自然な方向に曲がって、血が出ている。
「拳の握り方もわかってない。
そんなの、カウンターで指を潰してくださいって言ってるようなもの」
迎え撃った英里佳は特に負傷した様子もなく、マスクの下で脂汗を流す男を淡々と見下す。
「おい、何やってんだ、さっさと魔法を使え!!」
そう悟って一緒にいたウィザード系の仲間に助けを求める。
「きゅう?」
「……は?」
そして男は見た。
仲間のウィザードが、前のめりに倒れながら、頭に最弱の
そして……
「はいにっこり笑ってー!
1+1=はー、はい2-!」
カシャカシャと、覆面が外れたウィザードの顔の横に彼の情報が表示されている学生証を置いて、自身の学生証のカメラ機能を使って撮影している男子生徒
一年生最弱――ヒューマン・ビーイングの歌丸連理がそこにいた。
「ん? あ、英里佳、こっちは無事にシャチホコが完封して身元の確認も終わったよー」
「う、うん……流石だね」
「まぁ、シャチホコに攻撃手段があればこんなもんだよ。
シャチホコ貸す?」
「ううん、こっちもすぐに終わるから大丈夫」
のんびりとした顔で英里佳と会話する連理
そんな異様さに、男は戦慄する。
「ありえねぇ……まさか、俺たちは三年なんだぞ……それが、たかが一年相手に……こんな、こんなことって……!?」
「三年……? 二年生の栗原先輩や下村先輩のほうが、きっと強かったですよ」
「なっ――」
男が反論しようとしたとき、その視界の色合いが変化する。
白を基調とした迷宮学園の制服が真っ先に目に入り、そして次の瞬間には気付いた時には男は地面に倒れていた。
そして、側頭部に強い鈍痛を感じながら、一気に視界が暗転する。
■
英里佳さん半端ないッス
思わず戒斗みたいなことを想ってしまったが、まさにその通りなので仕方ない。
三年生のウォーリアーを圧倒したのだ。
前から思っていたけど、英里佳ってやっぱりそんじょそこらの生徒よりもかなり強いよね。
まぁ、それでもやっぱり対人戦最強って……
「きゅう?」
シャチホコなのかもなぁ……
今は気絶しているこのウィザードの先輩が魔法使う前に“
相手に逃げることも攻撃することもできないほど素早い動きで翻弄しまくり、“兎ニモ角ニモ”で削り続け、動けなくなったところをフィニッシュと言わんばかりに頭に一撃
強すぎるだろシャチホコ
結果、僕なんて覆面脱がして学生証を撮影する以外何もできてない。
いやぁ、本当に何にもやってないよ僕
『連理、ヤバいッス!!』
そんな時、通話状態を維持している戒斗から連絡が入った。
「どうしたの!」
『敵のほうが数多くて、押されてるッス!
アレ頼むッス!』
「分かった!」
通話状態を維持したまま、僕は学生証のアイテムストレージを意地って携帯ゼリーパックを取り出した。
「あの……歌丸くん、それは?」
「青汁グゥレィトゥ、ゼリータイプ」
「……なんで?」
「当然……」
「飲むためさ!!」
自分に気合を入れて、一気に口にゼリーを流し込む。
そして口の中いっぱいに広がる土の味と、鼻の中を蹂躙する青臭さ
生物として口の中に広がる異物感に、吐き気が止まらなくなる。
だが、僕はこれを吐き出してなるものかと気合を入れた。
『やったッス!
英里佳のグリーンカレーを食したときに騎士回生の発動条件を満たした一件以来、僕と戒斗で話し合った結果である。
僕が窮地に立たされるのに、比較的に安全で手っ取り早い方法
それがこの青汁グゥレィトゥだったのだ。
これを飲むのは常人ではとんでもない苦痛であり、正直僕も飲み干すとか絶対にしたくないのだが、仲間がピンチの時にいちいちそんなこと言ってられないと自分を奮い立たせて飲んでみることにしたのだ。
そして今、予想通りに詩織さんのスキルが発動した。
音声だけで詳細はわからないが、なんか圧倒してる雰囲気だけは伝わってきた。
「うぷっ……ぷは……は、はっ、はぁ……はぁ……はぁ……!」
そしてどうにかこうにかゼリーを完食
騎士回生は一度発動してしまえばあとは目標を変えてしまっても効果は持続する。
今の目標はみんなで無事に地上に戻ること。
それまで、詩織さんのスキルが効果を切らすことはない。
『連理、後で話があるんだけど』
何も聞こえない。
ちょっと低い声の詩織さんの声なんて何も聞こえない。
「それで発動するんだ……」
感心したような呆れたような、なんとも微妙な表情で僕を見る英里佳
「できれば使いたくなかった手だけどね……」
過程はどうあれ、僕たちと戒斗たちで襲ってきた相手はすべて撃退した。
とりあえず身分証明書である学生証を預かって、ついでに持っている武器と防具を破壊し、気絶してる人たちを放置
動けないように近くの木に頑丈なロープで捕縛して後で連れていく。
その間に迷宮生物に襲われる危険性もあるが、正直こんな人たちよりも仲間のほうが心配だし、死んだら自己責任ってことで。
僕も襲ってきた相手に対していちいち心配するほどお人よしでもないからね。
『この後どうするッスか?』
『なんか先輩の方も交戦してるみたいね』
戒斗の通話に割り込む形で入ってくる詩織さんの声。
『連理、あんたなら先輩たちの居場所わかるんじゃない?』
「まぁ、僕……というかシャチホコなら」
『だったらそっちをお願い。
私と戒斗でララのほうに接触するから。今なら私たちのほうが足が速いわ』
単純な機動力なら英里佳のほうが上なんだろうけど、今は
「わかった、気を付けてね」
『そっちもね』
そこで二人が走る出す風切り音が学生証から流れてきて、僕と英里佳は顔を見合わせる。
「僕たちも行こう、少なくとも英里佳とシャチホコなら戦力になるはずだ」
「そこはわかってるんだ……」
「まぁね!」
ひとまず僕たちはシャチホコを先頭にその場から走り出す。
先輩なら心配はないと思うが、戦闘職ではない苅澤さんが危ない気がする。
とにかく急いで現場に向かわなければ!
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