第141話 兄のコミュ力

腹八分目


折角の機会だから満腹まで食べたいところだが、椿咲の目があるから我慢することにした。


とりあえずは顔合わせも兼ねた食事会の本来の目的を果たそう


そんなわけで、食べる分だけ盛り付けた皿をもって、僕と椿咲はギルド風紀委員(笑)のメンバーが集まっている一画へと戻った。


各々が改めて自己紹介をすませて、これからのことについて話し合う。



「とりあえずつーちゃんはレンりんたちのチーム天守閣と一緒に行動してもらうから」


「つ、つーちゃん?」


「ああ、この人すぐに人にあだ名つけるから気にしないでね」


「は、はぁ……わかりました」



瑠璃先輩のテンションに気圧されつつも、栗原先輩の言葉に頷く椿咲。



「今日は船旅の疲れもあるだろうし……折角の土曜日だから、今日は自由行動となってるわ。


宿泊については西学区の外来者向けのホテルを押さえてあるから今日のところはそこに6時までにチェックインしてね。これが地図ね」


「はい、ありがとうございます」


「明日は日曜日だけど、西学区ではむしろそこが一番の活動日ってことだから職業体験をしてもらうわね。移動時間も考えてチーム天守閣も一緒のホテルに泊まって。


予算の都合で二人一部屋の相部屋だから組み分けは任せるわ」


「わかりました」



この辺りは護衛も兼ねてってことだろう。


しかし、なんだかんだで西学区のホテルに行くのって初めてだな。


二人一部屋となると……戒斗がいるわけだし、兄妹で一緒の部屋は無理だろうな。


護衛という役割も考えると、詩織さんか英里佳のどちらかが椿咲と相部屋となるのだろう。



「来年になったらつーちゃんも東に来るんでしょ?」


「はい、そのつもりです」


「だったら今のうちに色々見といたほうがいいよ。


ここって結構広いし、卒業するときに他の学区のこと実はよく知らないって人もいるくらいだし、色々見ておいた方が進路も決めやすいし」


「はい、そうします」



ということはこの後は他の学区を見て回るって感じか。


……って、おや?



『1 北学区の通学路へ行こう』

『2 東学区で展示物を見よう』

『3 南学区で動物と触れ合おう』

『4 西学区のお店で遊ぼう』※おすすめ



また勝手に選択肢が出てきたが、まぁ特に予定もないしこの中から選択するのが妥当だろう。


というか選択肢におすすめとかってあるんだ……まぁ、移動して時間を減らすのももったいないし……



「椿咲、とりあえず先に西学区回ってみるのはどうかな?」


「え?」



僕がそう提案すると、なぜか椿咲は驚いたようにキョトンとした表情になる。



「明日はお店の方で働くなら、先にお客さんとして空気を体感したほうが良いと思うし、迷宮学園ってある意味で最先端の場所でもあるし、人や物が一番集まる西学区を見るなら一番時間に余裕のある今日がいいと思うんだ」


「…………」


「椿咲?」


「え、あ、は、はい……じゃあ、兄さんがそう言うなら」


「うん、ってことだけど…………えっと、詩織さん、いい?」


「いいわよ。同意見ね。折角来たんだから西を回ったほうが有意義だと思うもの」



今後の予定も無事に決定。



「まぁ、とりあえず食べるか。


冷めちまうともったいないし」


「そだねー、さっそく食べちゃおっかー」



下村先輩の言葉にしたがって早速みんなが食事を開始。



「いただきまーす」



僕も早速さきほど取ったピザを一切れ口に運ぶ。


噛んだ瞬間チーズのモチモチとした触感と濃厚な味が下を包み、焦げ目はサクッと、しかし薄いのに噛み応えのある生地の口の中で咀嚼する。


噛むたびにトマトソースの酸味とチーズの風味が口の中いっぱいに広がっていき、記事もほのかに甘く感じる。



「美味しい……」



そして僕の隣でパスタを食べていた椿咲は呆然とした表情を見せる。



「このお店って、学生が経営してるって話じゃなかったの?」


「うん、正真正銘の学生だよ」



学生が経営するお店は、店の看板目印となる自動車と同じような若葉マークが添えられる。


原則として引き継ぎが行われなければ店長となる学生が在学中しか開けないし、経営の資格が取れるのは二年の後期だから、基本一年間だけのお店となる。


大人が経営するお店と比べるといろいろと不便だからそれを事前に理解してもらうためだ。


しかし、学生証の恩恵もあり、ものすごい熱意のある学生が出しているお店の料理の味はプロが作ったものと遜色はない。


少なくとも、これまで食べてきたピザの中でこれが一番美味しい。



「プロの人とか、厨房にいるのかな?」



椿咲はすこし椅子から腰を浮かせて厨房の方を見ているが、ここから見る限り全員僕たちと同年代のようだ。



「妹ちゃんの言うような大人のプロの場合は、学園の施設で働くのが普通ッスね。


こういうお店にいるときもあるッスけど、それは指導の場合ッス。


大型チェーン店でもない限り、大人が個人経営するような店は基本的にないッスよ」


「そ、そうなんですか……」



戒斗の解説に、何故か椿咲は少し委縮する。


どうしたのだろうか?



「……あぁ……えっと、連理、そこのタバスコとってもらってもいいッスか?」


「え、あ、うん、どうぞ」



解説が続くかと思ったら急に僕の方にそんなこと言うのでびっくりした。


どうしたのだろうか?



「……あれ、でも銀杏軒って完全に個人経営だよね?」



銀杏軒はチェーン店ではない。


だけど経営してるのは学生でもなく卒業生の大人だ。


戒斗の解説とは矛盾が生じてしまう。



「今言ったのはあくまでもこういうにぎわってる場所での話ッス。


学生が使う店舗以外の好立地の物件は奪い合いが生じるッスからね、味は本物でも個人経営のお店より大型チェーン店の方が学生のニーズに応えやすいから優先的にこういう場所にあるだけッス。


だから裏通りとか立地が多少悪いところになら個人経営の美味しい店が結構あるんスよ。


そしてこの学園に入れる時点で学長が認める味ッスから、外れもない。


銀杏軒をはじめとして、この学園にあるお店に外れはほとんどないッス」


「なるほど」



つまりこの学園、隠れた名店だらけの場所だったのか。



「銀杏軒ってなんの話よ?」



僕たちの会話を聞いていた詩織さんがそんなことを聞いてきた。


ああ、そういえばあのお店のこと知ってるのこの場では僕と戒斗と英里佳だけだったか。



「南学区にある食堂だよ。


前に僕と戒斗でそこに食べに行ったんだ」


「へぇ……あそこにそういうお店あったんだ」


「知らなかった……英里佳は知ってた?」


「え? あ、うん。この間、歌丸くんと二人で食べに行ったよ」


「へぇ、そうなん…………――え?」



相槌を打とうとした紗々芽さんの動きが止まる。


そして聞いていた詩織さんも動きが止まる。


戒斗が口を半開きにして硬直する。


隣にいる詩織が無言で仰天の表情で僕を見ている。



……なんか、空気がおかしくない?



「………………ああ、あの時」



そして数秒後、紗々芽さんが何か納得しようだ。


詩織さんも無言だったが、紗々芽さんの反応を見て思い出したようだ。



「は、はは……」



特に何が起こるわけでもないはずなのに、なんでか戒斗が胸をなでおろす。


胸やけでもしたのかな? いや、まだ一口くらいしか食べてないんだが……



「……兄さん」


「ん? 何?」



椿咲は僕と、そして英里佳を交互に見て、最後にまた僕を見て一言



「あなたは……実は偽物だったりしません?」


「酷くない? 実の妹からその反応はいくら何でも酷くない?」


「だって……兄さんが女の子を誘ってご飯とか……………………ありえません」


「うーん……しみじみ言われるとこっちもリアクション返しづらい……」



僕の入院時代のことを知っている椿咲


その時の僕が今みたいに女の子を食事に誘うなんてまったく考えられなかったのだろう。


確かに、冷静に考えると僕も今の現状が信じられないくらいだ。


本当に、どうしてこうなってしまったのだろうか……人生ってわからないよね。



「えー、そうなの?


でもレンりんって凄い交流広いよね」


「え」


「まぁ、そうね。


私も、歌丸くんくらいコミュニケーション能力高い人ってあったこと無いかも」


「は」


「東西南北、全学区の要人と友好関係が築けてるやつなんてこいつくらいだろ」


「」



先輩たち三人の評価を耳にして、無言で再び僕を見る椿咲


そして何を思ったのか、ガシッと僕の顔に掴みかかってきた。



「え、ちょ、なにすんの!?」



驚く僕に、椿咲は淡々と語る。



「やっぱり偽物です。


うちの兄さんはそんな大層な人じゃありません。


さぁ、さっさとそのゴーグルを外しなさい」


「いだだだだだだっ!?


やめ、ちょっとやめてぇ! 結構キツメつけてるからそんなことしても外れないからぁ!!」



椿咲の反応を見て周りは唖然


特に止めるでもなく、静観するつもりらしい。


いやこれ、兄妹のじゃれ合いじゃなくてガチで僕困ってるんだけど!


助けて欲しいと目配せをしてみたが、よく考えたらゴーグル着けてるから視線も何もなかった、ちくしょう!



「――店の中で静かにすることもできないのか貴様らは?」



「その声は――――…………………………………………鬼龍院兄!」


「お前絶対名前忘れただろ!」



椿咲と変わる形で今度は鬼龍院兄が僕につかみかかってきた。


うぷっ……なんかこのゴーグルで激しく揺さぶられると酔い易い気がする……!



「蓮山、落ち着け、お前まで騒いでどうする」


「ダイナマイト渉!」


「蓮山、変われ。一発ぶん殴る」


「まぁまぁまぁまぁ! 落ち着くッス、今こいつテンパッてるだけだから大目に見て欲しいッス!」



拳を構えたダイナマイト渉と僕の間に素早くカットインする戒斗


なんて無駄のない無駄に洗礼された有能な動き!



「え、あ……えっと…………たしか、チーム竜胆の……?」


「む? 俺たちのことを知っているのか、歌丸妹」



なんか僕が鬼龍院兄とか使うからそっちもそういう呼び名使うのか。



「は、はい。


この間の模擬戦の動画をネットで見ました。


凄腕のウィザードの上に、全体を指揮していてすごく印象に残っています」



椿咲からそう言われ、鬼龍院兄は口元をにやつかせた。


それでも本人は表情を変えてないつもりなのか、腕を組んで不敵な……まぁ、本人はおそらくそう思っているであろう笑みを作る。



「ふ、ふふふふっ。


なんだなんだ、こいつ妹だからどんな性格かと危惧していたが、なかなか見る目があって優秀じゃないか!


こいつ、妹のこと凄い凄いと言っていたが、何、その点に関しては事実だったようだな」



うわぁ……わかりやすいなこいつ。


目立ちたがり屋な気質の持ち主なのは知っていたが、こういう風に褒められるだけでここまでわかりやすく上機嫌になるのか。



「というか何しに来たの二人して?」


「騒いでいたお前ら……いや、お前への注意だゴーグル変人」


「ダイナくんなんか刺々しいよ?」


「とうとう取り繕わなくなったな。


この間萩原って呼んでただろうが」


「いやその、ダイナマイトの印象が強すぎてつい」


「たくっ……まぁいい。


とにかくあんまり騒ぎすぎるな。


他の中学生もいるわけだし、先輩としての威厳を…………………体裁を保て、歌丸」


「なんてちょっとランクダウンしたの?」


「そんなゴーグル着けてる時点で威厳を保つのは不可能だろ」


「なるほど」


「納得しても外さないんだなお前」


「一身上の都合で」


「どんな都合だ……


ああ、とりあえず歌丸椿咲さん、だったかな?」


「は、はいっ」



急に話を振られ、驚いたように背筋を伸ばす椿咲



「こんな強烈なのが身内にいて色々と苦労してるのはわかるが、ここには人目がある。


あんまり騒ぎすぎないでくれ」


「…………すいま、せん」



なんとも歯切れの悪い謝罪だ。


いやまぁ、気持ちはわからないでもない。


僕が山形にいた時とか今みたいに他人との交流なかったし、さっきみたいなやり取りを兄妹でやったこともないわけだしなぁ……





歌丸椿咲は困惑していた。


兄がまさかのVRゴーグルを装着した姿で出迎えてくれたことなど比にならないほどの驚きであった。


椿咲の知る兄である歌丸連理は、正直言って陰気な少年だった。


基本ベッドにいる時間が長く、時間を潰すためにネットやゲームをするばかり。


ただ、それを楽しんでいるようでもなく、本当にただ時間を潰すためだけにやっているような、とりあえずで毎日生きているような、放っておくと今にも死んでしまいそうな……そんな薄い光しか宿らない目の少年だったのだ。



それは今はどうか……



北学区に入って迷宮攻略


仲の良い仲間と一緒に行動している


人類初の偉業を数カ月で次々成し遂げている


これだけでも驚きだが、事前情報もあった。



だが、今実際にこうして本人と会ってさらに驚く。



女の子を食事に誘う。


自分よりはるかにたくさんの人と交流を持っている。


そしてさらにかなり打ち解け合っている。



本島にいた時とはもはや別人としか思えないような事態に、このゴーグルをつけている歌丸連理が、本当に自分の兄なのかと本気で疑ってしまうくらいの大変化だ。



(一体、この短期間で兄さんの身に何が……?)



あまりの事態の変化に椿咲は理解が追い付かない。


これは兄が一人でいた期間に何があったのか詳しく知らなければならないと考える。


だがその情報は、本人からは得られにくいとも考える。


今こうして直接話してるだけで困惑する一方なのだ。


まずは冷静に、他の視点からの情報を取り入れなければならないと考える。



(ネットでの動画で考える限り……この中で一番兄さんに何らかの影響を与えた人は…………やっぱり、あの人だ)



椿咲の視線は、先ほどからチラチラと兄の連理を見て、なんだか物憂げに食事を続けている少女を見る。



――榎並英里佳えなみえりか



兄が命を懸けて救い出そうとして、この間の模擬戦でも、兄が愛の告白のような叫びを向けた人物である。



(この人のことを、まずはよく知らないと……)



妹のひそかな決心



「?」



それを知ってか知らずか、この時英里佳は一瞬だけ妙な寒気を感じたのであった。

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