第258話 レイドボス討伐RTA~力の東v.s.技の西~ その②



『さて、いよいよ討伐開始です。


用意されたレイドボスは二種類。


先攻後攻とそれぞれ別のレイドボスと戦うことになります。


先行側のレイドボスは……こちらです!』



実況の声に反応するように、運動場の中央辺りから光が発生し、それが魔法陣らしき模様を描く。


すると、その中央辺りから巨大な何かがゆっくりと浮上してくる。



「PUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



大きな翼を広げてその場から飛びたち、運動場の上空を旋回するそれは、間違いなく猛禽類。


しかし、通常のそれとは違って羽ばたきで起こる風に火の粉が混じっていた。



「あれ、マザーフェニックスじゃない」



面倒くさそうにそう呟いたのは、東部迷宮学園の北学区生徒会長である天藤紅羽であった。


その反応を見て連理は首を傾げながら問う。



「会長は知ってるんですか?」


「あれ、倒すの面倒くさいのよねぇ……レイドボス特有の再生能力が一際強くて。


実力的にただデカくて熱いくらいだから対策装備さえすれば楽勝なんだけど……とにかく倒すのに時間が掛かるのよねぇ。行動もワンパターンで正直相手にするの飽きるのよ」



なるほどと連理は納得する。


バトルジャンキーの紅羽が相手を嫌がるのだから相当に面倒な相手なのだろうなと判断する。



『そして後攻のモンスターはこちらです!』



先ほど出てきたマザーフェニックスとは別の魔法陣が展開され、そしてそこから出てきたのは……デカい亀だった。


そしてその姿を見てさらに嫌そうな顔をする紅羽。



「げっ……アキレスタートル」


「アキレス……? あれもレイドボスですか?」


「そうよ……そして、特殊なレイドボスなのよ」


「特殊っていうと?」


「めっちゃ逃げるわ」


「……え?」


「レイドボスの癖にすっごい逃げるの。


その上、逃げ足が半端なく速い」



亀なのに足が速いっておかしくないかと連理が首を傾げていると、ここで金剛瑠璃が解説に入る。



「アキレウスと亀の話っていうのがあるの、レンりんは知ってる?」


「アキレス腱の語源になった人でしたよね? 亀とどんな関係が?」


「私の見解としては……言葉遊びというか、屁理屈みたいなことなんだけど。


俊足の英雄のアキレウスは、自分より前に進んでいる亀に追いつけないっていうことなの。


自分より先に進んでいる物体があって、それを追いかけて追いつく。


でも、追いついた時点で先に進んでいた物体は最初いた場所よりすこし先に進んでいて、追いかける方はいくら追いつこうとしても常に前に進んでいる物体は追いついた瞬間には進んでいるから追いつけないっていう考えだよ」


「………………………………ああ、はいはい、あれですね、わかります」


「あんた絶対にわかってないでしょ」



表情だけ訳知り顔な連理に冷ややかに突っ込む詩織


そんな二人のやり取りを見て苦笑いになりながら瑠璃はまとめる。



「要するに、あの亀は自分を追いかける敵が存在すると、常にその敵より早く逃げる能力を持っているの」


「それはなんて……面倒くさい。


そんなのどうやって倒すんですか?」


「あいつが出てくるのって基本的に氷雪エリアなんだけど……氷の壁が発生してる場所まで追い込むのよ。


でもそこまでする時間が面倒なのよねぇ」


「……その心配はなさそうだぞ」


「だな」



うんざりとため息をつく紅羽に対して、同じ生徒会の副会長の来道黒鵜と、会計の会津清松は気楽そうだ。



「PYURRRRRRRRR」


「…………」



出てきたマザーフェニックスとアキレスタートルは同じ方向を見ている。


というか、同じ人間を見ていた。



「…………ああ、はい、そうですか、そうですよねぇ~」



そこにいたのは遠い目をしてすべてを察した連理がいる。


迷宮生物は、自分より圧倒的に弱い存在を狙う習性がある。


そして、この場で最も弱い存在であると歌丸連理を認めて、獲物としての狙いをつけたのだ。



「よし、いつも通り歌丸を囮に使えるぞ」


「囮としては本当に有効だな、歌丸」



先輩二名としては評価が高いが、素直に喜べない連理であった。



「僕、強くなったはずなんだけどなぁ……」



その事実は間違いはない。


流石の連理も、一対一で戦えばこの場にいる神吉千早妃よりは強いのは確実だ。


しかし、迷宮生物たちの判断基準はそこではなかった。



「ステータスの総合数値で見れば多分お前が一番低いからだろ」



歌丸連理はスキル特化の学生だ。


これまで獲得したポイントも、殆どがスキルを獲得するために使われている。


入学初期に割り振られた能力値から、現在歌丸のステータスはあまり変化がないのである。



「あー……だから僕って未だに一層の迷宮生物に狙われるのかぁ~……あはははははは」



そこまで断言されてしまうともう渇いた笑いしか出てこない連理であった。



『それでは、先攻後攻を決めていただきます』



「先攻を希望いたします」

「じゃあ後攻」



実況の言葉を聞いて真っ先に宣言した神吉千早妃


それを聞いて後攻を選ぶ紅羽


紅羽としてはどっちも面倒な相手だし、だったら地に足が付いてる方が楽だろうなという判断からだ。


そしてその宣言と同時に、東部迷宮学園のメンバーがその場から姿を消した。


出現していたレイドボスのアキレスタートルまでもその場から消える。



『それでは、両学園長の能力により、競技を開始します』



「PYUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



マザーフェニックスが羽ばたき、火の粉が運動場を舞う。




後攻と会長が宣言した途端、僕、歌丸連理は先ほどまでいた場所から転移されたことを認識した。


いつの間にか僕たちは、運動場の外にあるベンチの接地されている場所にいたのだ。


フェンス越しに競技場は見えるが、今はそこにこちらと運動場とを遮る結界があり、見ること以外の干渉はできなくなっている。



「うーん……この転移、どうにか防ぐ手段を覚えないとドラゴンと戦う時に厄介だなぁ……」



ドラゴンにまともにダメージを与える手段は証明されたが、まだまだドラゴンを倒すためには必要なスキルがたくさんあるなと実感させられる。



「この状況で真っ先に考えるのはそれかよテメェは……」



僕を呆れた目で見ている会津先輩



「さて、あちらは人数を揃えたようだが、どのように立ち回るのか見物だな」



来道先輩はそう腕を組みながら、ベンチに座る。



「英里佳はどんな立ち回りになると思う?」


「……馴れ馴れしくしないで」



会長は英里佳の隣に来て親し気にそう訊ねてくるが、英里佳は凄く嫌そうな顔で数歩離れ、詩織さんを盾にした。



「私も気になるわね。


英里佳だったら、あのマザーフェニックスをどう対処する?」



詩織さんは自分が盾にされているのも特に気にせずに英里佳にそう訊ねると、英里佳はシャチホコと融合した状態によって生えたウサミミをピクピク動かしながら運動場の中央で羽ばたくマザーフェニックスを眺める。



「集団戦はあまり得意じゃないけど…………今回のルールはタイムアタック。


通常の攻略と違って、どれだけ早く、相手を自分たちにとって有利な状態に持って行くかがカギだと思う。


そうなれば当然……まずは空を飛べなくするはず」



英里佳のその意見はもっともだと思う。


僕も同じ立場なら、やはり翼を狙うのが肝要だろう。



『さぁ、攻略開始といきましょか』



運動場内部の音声が実況の生徒の声と同じようにこちらにも響く


これならどういう指示を出して戦っているのかすぐにわかる。


そしてこの声の主は……西部学園の北学区生徒会長である中林松さんだった。


花魁のような装いに、その声も女性と思えてしまうほどに自然な声だった。


……実際は剥げてる男子なんだよなぁ……



『ほな、花火あげましょか』



そんな指示が聞こえると、すでに陣形を整えていた西部学園のメンバーの一部が杖を掲げ、炎が空に向かって放たれた。



「は? なんでフェニックス相手に炎使うのよ?」



意味が分からないという様子でつぶやく会長


その感想は他のメンバーもそうだったようで、僕も一瞬意味が分からなかった。



「……あ、そういうことか」



しかし、人一倍頭の回転が早い瑠璃先輩はその真意を見抜く。


それを聞こうと思ったが、その前にマザーフェニックスが動いた。



『PYUOOOOOOOOOOO!!』



なんと、マザーフェニックスは地上にいる生徒をそっちのけで、空中に打ち上げられた火属性の魔法を追いかけだしたのだ。


そして、その炎に近づくとその口で吸いこんだ。



「……あぁ、なるほどな。そう言えばフェニックスって溶岩エリアに生息してて、常に火属性の魔力を吸収してたんだっけな」


「だが、ここは普通の運動場。火属性の魔力なんて無い。


そんな中で発生した火属性の魔力……エネルギー摂取のためにそっちに動くわけだ」



会津先輩と来道先輩がそんなことを言いながらマザーフェニックスの動きを目で追う。



『第二陣、準備やでぇ!』



中村松さんがそう指示すると、これまた揃った動きで西部学園の生徒たちが動く。


僕はそんな統制の取れた軍隊みたいな動きをする姿に疑問を抱く。



「西部学園って、派閥争いが激しいから生徒同士の対立も多いって話でしたよね。


あんな統制が取れるのおかしくないですか?」



あそこまで揃った動きをするならば、それ相応の練習が必要なはずだ。


ましてこの体育祭の期間中に内乱状態だった西部学園では当然そんな時間は無い。


本来、あんな揃った動きが出来るはずがないのだ。



「……なるほど、あっちの会長の職業わかったわ。


あれはコマンダーね」


「コマンダーって……指揮官って意味でしたよね?」


「ええ、ソルジャー系の亜種よ。


コマンダーは、その学生を認めた対象に対しての命令権を持ち、そして命令を聞いた側はコマンダーの持っている能力値の分だけ強化されるのよ。


エンチャンターと違って、単純に能力値を加算するだけなんだけど……それでもただ命令するだけでいいし、魔力も消費しないし人数制限もない」


「凄い便利じゃないですか、それ」


「でもまぁ……そもそも命令を聞いてくれる相手がいること前提な上に、コマンダーになったら折角強化したステータスに大幅なマイナス補正が付くからハズレ扱いね」



そう語りながら、会長は目を細めて中村松さんを見ていた。



「あの人数が大人しく従うってことは、それだけ人望があるってことね」


「ああ、どっかの誰かさんとは大違いだ」


「まったくだ」


「あ?」



会長から睨まれて来道先輩と会津先輩が目を逸らす。



「まぁ、そんな人物を拡声器代わりに使ってる神吉千早妃も大概よね」



その視線の先には、先ほどから指示を発している中村松のすぐ近くで、真っすぐにフェニックスを見続けている千早妃がいる。


そして、その千早妃の横には護衛のクノイチ姉妹がおり、こちらは周囲を忙しなく見回して逐一千早妃に対して報告をしているようだ。


そして千早妃が口を開くと……



『――五秒数えて、魔法発動やでぇ』



やはり、この戦闘の実際の指揮官は千早妃が行っているようだ。


そしてその作戦内容も事前にあのメンバーに話していたに違いない。


昨日、二年生の試合で圧勝したことで印象をノルンの力の有用性を示していたが故の動きだ。


そうでなければ、あれだけの生徒の代表である会長をあんな使い方をさせることを許すはずがない。


そしてフェニックスは空中に放たれる火属性の魔法を追いかけて飛び回っていたが……突如、その胴体がパンパンに膨れ上がった。



「「「「え」」」」



その光景に僕はもちろん、英里佳たちも会長までも目を丸くした。


マザーフェニックスが一瞬で風船みたいなコミカルな姿になってしまった。



「遅延式の風魔法を空中で炸裂させた火属性魔法の中に仕込ませてたんだね」



瑠璃先輩はそんなパンパンになったフェニックスの様子を冷静に分析していた。


そして膨れ上がったことにより羽ばたくことが出来なくなったマザーフェニックスは地面へと落下する。


過程は予想外であったが、やはり読み通り地面に奴を落とすことが西部学園……いや、千早妃の狙いだったようだ。



「ここまでは順調みたいだけど、再生能力が並のレイドボスより強いマザーフェニックスをそんなにすぐに仕留められるかしらね」



会長が続く行動を興味深そうに観察する。


地面に落下したマザーフェニックス。


そしてその落下位置も初めからわかっていたのか、すでに周囲を多くの生徒たちが囲んでいた。



『――抜刀!!』



中林松の声と同時に、その生徒たちが武器を構えた。


それらの武器を確認し、会計である会津先輩が顔をしかめた。



「あれ、全部魔法剣だぞ。


どんだけ金かけてんだよ西部は」



魔法剣といえば、僕にとって一番なじみ深いのは詩織さんが使っているクリアブリザード


あれはレイドボスの素材を使っているのでも性能も最高レベルだ。


それに対して今、マザーフェニックスを囲んでいる生徒たちが構えているのは見た所すべて同じデザインなので、量産品であることがわかる。



「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」



それらが一斉に、マザーフェニックスの膨らんだ胴体に向かって突き立てられた。


フェニックスの纏う熱で即座に消えたが、一瞬氷が発生していた。


あの量産品はすべて間違いなく氷属性の魔剣だ。やはりクリアブリザードには遠く及ばない性能だ。


だが……



「「「はぁああああああああああああああああああ!!」」」



さらに多くの魔剣が、マザーフェニックスに突き刺さる。


性能はクリアブリザードに遠く及ばないとしても、数が揃っているとなれば話は違う。



「PYOOOOOOOOOOOOOO!!!!」



悲鳴をあげるマザーフェニックス



――派手さもない。


――華やかさもない。



マザーフェニックスの胴体が氷が溶けず、徐々に広がっていくのが見えた。



――安全で、確実で、地味で



やがて悲鳴が消えて、そこには不格好な鳥の氷像ができあがる。



――余分な思考も無く、ただただ結果だけが残る。



『――綾奈、文奈、決めなさい』



その指示だけは、千早妃が直々に命じる。



『『御意』』



それに応える二人のクノイチが、他の面々が使う物とは異なる刃を構えた。



『仕留めよし』



中林松の命令を聞き、クノイチ姉妹の能力値が強化され、二人は凍り付いたマザーフェニックスへと接近し、その首目掛けて刃を振るう。


パキンと、あっけない音がした。



――およそレイドボスを仕留めた、最後の音だとは思えないほどに、小さな小さな幕引きの音だ。



『――し、終了』



実況の声が戸惑いに染まっていた。


そりゃそうだろう。


本来のレイドボス討伐では到底ありえない、なんとも見応えが無く、参考にもならない、相手の弱点と性質をすべて知り尽くしたが故に実行できた作戦の結果だ。



『タイムは…………2分、12秒……です』



もっとも静かで、もっとも地味で……そして、最も早い討伐記録が刻まれた瞬間であった。

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