第320話 歌丸連理の価値⑮
■
GSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
どす黒い煙らしきものを吐き散らしながら、殺意を滾らせて僕、歌丸連理を追いかけてくるヒュドラ。
おそらくあの煙は気化した毒だと思われる。
流石にあれの直撃を受けるのは危険だと死線スキルで判別できるし、何なら毒の当たった地面の芝生がドロドロに腐っていくのが見えた。
だが、それも対策済み!!
「こういうの、使ってみたかったんだよね!!」
僕が懐から取り出したのは、戒斗が以前メインウェポンとして使っていた弾丸を魔力で生成する拳銃
ただし、今回は特別に僕が使うように改造されている。
ヒュドラの方に体を向けつつも、狙いを定めず、ただただ僕の後方から迫ってくる毒煙に向かって銃口を向け、適当にトリガーを引く。
これが攻撃だとしたら戒斗から「駄目駄目ッスね」と評価を受けるだろうが、これは攻撃ではないので問題はない。
銃口から発生したのは広範囲に向けて放たれる風圧
大型扇風機の「強」よりちょっと強いくらいの風が発生して、僕に向けて放たれた毒煙を、そのままヒュドラに返してしまった。
GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??
突如風向きが変化し、自身の吐いた毒をそのまま浴びるヒュドラは悲鳴を上げる。
ヘビの中には、自分の毒で死ぬ場合もあると聞いたことはあるが、それはヒュドラも同じらしい。首の二、三くらいの目が煙を浴びなかったものに比べて変色したのを確認した。
「よっし、ばっちり!!」
僕はヒュドラの状態を確認して歓喜しつつ、手に持つ拳銃を見た。
本来はグリップを握る人物の魔力を吸収して弾丸を作るのだが、この拳銃は強力な風を発生させるのに出力を制限したので、使用する魔力も通常時の四分の一以下となっており、僕でもほぼ負担なく使える。
攻撃手段には到底なり得ないが、牽制とか、さっきみたいな広範囲の毒攻撃にはかなり有効だろう。
まぁ、英里佳とか詩織さん辺りなら力業の風圧でそのまま同じことできるだろうけどね。
「――今だ、視界の潰れた下の首狙え!!」
「「「うぉおおおおおおおおおお!!」」」
そんなことを考えていた時、唐突に衝撃が、雷撃が、炎が、斬撃が、矢が、弾丸が、槍が、斧が一斉にヒュドラに向かって飛来した。
その多くがヒュドラの持ち前の鱗によって弾かれたが、全くの無意味ではなく、衝撃にヒュドラの足が止まった。
「下村ぁ!! やれぇえ!!!!」
「――応っ!!!!」
完全に毒煙が無くなって、動きが止まったヒュドラの足元に、巨大な道路標識みたいな形の、よくよく見れば高速回転してる電動回転刃らしきものが付いている工具みたいな武器を構える僕の所属する“風紀委員(笑)”の先輩の下村大地がいた。
「――キリングチョッパー」
スキル名を口にしながら放たれた下から斜め上に放たれた斬撃は、ヒュドラの九つある首のうち二つを切り裂いて見せた。
僕がその光景に感嘆をあげる間もなく、すでに準備していたのか、強力な炎が下村先輩が切り裂いた首の傷口を焼く。
無駄がない完璧なタイミングだ。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!????
首を二つも切り落とされ、痛みに絶叫するヒュドラ。
火傷をしていない箇所の傷口が徐々に泡立つように肉と体液が盛り上がって治っているところを見ると、流石の回復力だが、焼かれた傷は流石に即座には回復しないようだ。
そして下村先輩はそれ以上深追いはせずに、即座に後ろに下がると、武器を振り切った姿勢では死角になっている下からもぐりこむように迫ってきた首の一つをあっさり躱してしまった。
僕や他の人から見たらバレバレだが、下村先輩の虚は完全についた攻撃だったが…………
「こんなに使えるのか、あのスキルって……」
共存強想Lev.4
先日、飲んだくれて潰れていた氷川明依を正気に戻すために
その内容を聞いた時、最初は何の役に立つのかとよくわからなかったが、今こうして状況を目にしてよく理解できた。
個人戦においては何の役にも立たないだろうが、集団戦に置いて、これほどまでに強力なスキルはまず存在しないかもしれない。
まず下村先輩たちに与えられている効果は
①無意識下での戦闘状況の情報共有
②知識、知能の一時的な氷川明依との同調
僕の
最後のは必要なのかと疑問に思ったが、氷川曰く、この状況に違和感を持たせないことで、すべての人間がこの戦場において万能感に酔いしれ、恐怖で動きが鈍くなることもなくなるのだという。
惜しむらくは、僕自身にはその効果が適用されないことであるが……今この場にいる全員が氷川明依と同じ知能を持ち、その上でお互いの動きを完全に把握している。
例えるならば、戦略シミュレーションゲーム。
僕とヒュドラ以外のすべての者が実質氷川明依の手駒として動いているといっても過言ではないのだ。
特訓とかもせずに高度な連携が取れるとか、もはや反則的とすら言えるだろう。
「連理、走れ!」
「あ、はいっ!」
大地先輩からの声に止まってこそいなかったが速度が落ちていた足に力を込める。
GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!
そして攻撃してた他の生徒が一斉に引くと、ヒュドラはそれらの生徒を無視して、真っ先に僕を狙ってくる。
このスキル、実はもう一つ効果があるのだという。
③歌丸連理に対する迷宮生物のヘイト激増
なんでやねん、と思ったのだが……どうやら、敵の狙いを一つに絞らせるという意味では氷川的にはこれはかなり有効なのだという。
むしろ「訓練が実を結ぶわね」と嬉々していた様子に、女子ながら全力で顔面を殴り飛ばしたくなったのは記憶に新しい。
まぁ、迷宮生物は学生の力に敏感だから、この状況を作っている要因が僕にもあるのだと独自の感覚器官で感じ取っているのはないかとかも言ってたけど、どうせ僕が考えたところで答えは出ないのでひとまずおいておく。
■
「よしよし……第一陣の攻撃はひとまず成功っと」
連理が逃げ回る一方で、目を閉じながらほくそ笑む氷川明依
彼女は今、この中央広場内のすべての状況を把握――いや、掌握しきっていた。
今も、この場にいるすべての人間の視覚、聴覚、嗅覚などの五感を任意で感じ取れるのだ。
例えるなら、防犯カメラの監視システムのオペレーターのように、いやそれ以上に今彼女は目を瞑ってそれらの情報を精査している。
そしてそれらの情報を独自の思考で整理、簡略化し、チェスのようになっていた。
歌丸連理が白のキング、ヒュドラが黒のキング、そしてそのほかの人員がそれぞれ白いチェス駒として配置された巨大な盤上を俯瞰するように氷川明依は立っていた。
――その在り様は、この学園を支配しているドラゴンとかなり似通っていたことをこの時の彼女は知る由もない。
「
頭で考えるだけで、その情報を無意識で受け取った生徒が現実で動き、それに合わせて氷川明依の盤上の無数のポーンも動く。
そして読み通り、キングである歌丸連理はその動きによって作られた道を突き進み、黒のキングであるヒュドラがそれを追う。
「
「はい! いくよ、ララ」
「わかった」
氷川明依の指示に、自分の傍にいたビショップのポジションに認定された苅澤紗々芽がララと共に仕掛ける。
といっても、実際のところは当の昔に仕掛け終わっている。
何故なら――
GYAOOO!?!?
すでにこの中央広場はすべて、彼女と彼女のパートナーであるララの支配領域なのだから。
歌丸連理を追っていたヒュドラは、突如発生した落とし穴に前足を両方とも嵌ってしまい、前のめりに倒れてしまう。
しかも発生した穴は周囲の芝やら蔦などが伸びてからまり、ヒュドラの動きを阻害する。
「
「行くわよ、ユキムラ!」
「BOW!!」
盤上を何よりも早く移動するナイトの駒を担う稲生薺とパートナーのユキムラは動けなくなったヒュドラに向かって牙をむく。
一切の容赦もなく、そのマーナガルムの牙はヒュドラの鱗を首を一つへし折り、その爪で三つの首を切り刻む。
結果、瞬きをする間に四つの首が損傷を受け――
「
「――ブレイズセラフィム!」
レイドウェポン 火炎補助系統魔法杖type SCALING『バーストバレル』
その能力によって、元々火属性特化によって一年にしては破格の火力を誇る鬼龍院麗奈の魔法が、威力のみならば『金剛瑠璃』にも引けを取らないほどに強化され、損傷したヒュドラの首に火傷を与える。
まだ動く首も、無傷とはいかず、わずかな火傷を負う。
「さぁ出番よ、
スキルの対象外ではあるが、事前に打ち合わせした通りに動くシャチホコの姿をナズナが視認したことで、盤上に突如白いナイトの駒――ヴィーナスドウターのシャチホコが、エルフラビットのワサビと共にヒュドラのすぐ近くに姿を現す。
シャチホコもワサビも、ヒュドラの毒の効果を歌丸のスキルの恩恵によって防がれつつも、痛みが完全に無くなるわけではない。
つまり、何が言いたいのかというと…………
「ふ●っきゅーーーーー!!!!」
「きゅるるるるるるぅぅ!!!!」
普段は温厚な二匹が滅茶苦茶に不機嫌になっていた。
ちなみに、今のシャチホコの姿は英里佳を模しており、その手には歌丸が牽制用に投げていた忌避剤入りのプラスチックボールが大量に抱え込まれていた。
そしてそれらを空中にばら撒いたかと思えば、空中を自在に移動できるワサビがこれでもかと素早く動き、空中にあるボールをすべてヒュドラに向かって的確に、ボールが割れない絶妙な力加減で蹴って当てていく。
「ふんぬぅーーーーーーーーーーー!!!!」
さらに追い打ちと言わんばかりに、シャチホコの手に玩具みたいにデフォルメされたクリアブリザードが出現
広範囲に冷気を放った。
――GYSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?!?!?!
結果、ボールが割れてヒュドラに付着した液体の忌避剤が凍り付く。
しかも、その忌避剤がヒュドラの生き残っていた顔にも付着した状態で凍り付き、視界を塞いだ。
ヘビに似たヒュドラには瞼がないので、これは簡単には取れることは無い。
また、同じく蛇と似ているためかヒュドラの聴覚は人と比べると未熟だった。
視覚が奪われ、忌避剤によって嗅覚も封じられ、蛇の特徴の一つである熱を感じて獲物を追うピット器官は急激な温度変化によって撹乱された。
ヒュドラの感覚では、もう周囲の状況の把握ができなくなった。
しかし、迷宮生物の感覚として明確に
GYSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
感覚に任せ、動けなくなった足の代わりに一つの首を伸ばし、毒のブレスによって仕留めようとする。
ヒュドラは本能で理解しているのだ。
歌丸連理という存在を仕留めればこの状況を逆転できるのだと。
しかし、その行動そのものが、氷川明依というこの場の支配者にとって仕組まれたものだと、ヒュドラには理解する知能がなかった。
「
「ウォールライン」
ヒュドラの行く手を、突如出現した光の壁が遮り、壁に勢いよく激突した伸びたヒュドラの首はそれによって動きが完全に止まった。
「
「――ぐ、ぅううおおおおおおおおおおお!!!!」
魔剣・鬼形の能力によって、肉体が鬼へと変貌して強化された萩原渉が、伸びきった蛇の首、その鱗の隙間に狙いを定め、的確に肉を斬る。
しかし、いくら鬼化して強化していても萩原の力ではヒュドラの首の骨を断つに至らなかった。
「
「グラビティ!!」
そこへ、ヒュドラの首に食い込んだ鬼形に狙いを定めて強力な重力が発生し、鬼形の刀身の重さが数十倍に跳ね上がった。
その瞬間的な質量変化に、ヒュドラの首は耐え切れず、この首も即座に切断された。
その際に猛毒の返り血を萩原渉が浴びるが、歌丸のスキルと鬼化した肉体によって浴びた毒の苦痛は十分に耐えられる程度で済む。
「バーストボール!!」
そこへすかさず鬼龍院蓮山が火属性魔法で首の傷口を焼いて再生の阻害を忘れない。
「見たか! これがチーム竜胆の底力だ!!」
「歌丸の武器借りてるけどな……これ、普通の剣だったらヒュドラの血でデロデロになってたな」
「俺は、壁だ」
チーム竜胆の鬼龍院蓮山、萩原渉、谷川大樹の三人の一年生のみでヒュドラの首を一つ切断した。
そして、残りの首はたった一つ。
真ん中の首である、ヒュドラの唯一の急所だ。
「さぁ、露払いよ。
「――チャンスだ、行くぞ皆!!!」
「「「「おおおおぉーーーーーーーーーーー!!!!」」」」
下村大地の言葉に、二年、三年、少数の一年の北学区の生徒たちがヒュドラに殺到し、攻撃を開始する。
残り最後の首一つになったヒュドラだが、それを無理に狙う者はおらず、完全に動けなくなるように手足を攻撃し、腹を裂き、背に飛び乗って鱗を削ぎ落す。
その有様は瀕死のトカゲに殺到する軍隊アリのように、少しずつだが確実にヒュドラの命に迫っていく。
GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!
動けなくなった体を無数の学生たちによって切り分けられ、その痛みに絶叫するヒュドラ
しかし、出現当初と違って首は九つから一つになり、全身を蹂躙される様からその恐ろしさは半減以下だ。
だがしかし、この状態になって何もできないのでは、そもそもヒュドラは脅威ではないのだ。
GYAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!
肉が裂けるような音とともに、背中から骨が飛び出してきたかと思えば、その骨に肉がまとわりつき、血管が構築され、皮膚ができ、鱗が生えそろい、鋭い爪ができる。
わずか5秒にも満たない時間で、ヒュドラの背中に新しい、歩くことではなく完全に自分の身体にまとわりつく敵を排除するための手が構築されたのだ。
もっとも、だからといってヒュドラに何かさせるという、そんなことありえない。
「
この場には、学園最強の一人がずっといるのだから。
生えたばかりのヒュドラの腕は、根元から吹っ飛んで、後から中央広場全体に響く火薬の炸裂音
対巨大迷宮生物用の巨大なアンチマテリアルライフルを構えた灰谷昇真がやったのだ。
「――決めろ、馬鹿弟子」
■
ほんの少しだけ時間を巻き戻す。
ヒュドラの動きが止まった段階で、彼は気配を消した状態で気持ちを落ち着かせていた。
その手には愛銃のジャッジ・トリガーとは別の、かなり大振りな白い銃があり、肩にはドワーフラビットのギンシャリがいた。
「すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」
「ぎゅぎゅう」
「ああ、大丈夫っスよ。というか、お前がビビってないのに俺がビビるとかありえないッスからね」
そんな風に普段と同じように笑っているが、明らかに緊張している。
それでも、彼の中にはこの場から逃げるという選択肢は存在しなかった。
「――ダチが命張ってくれてんだから、絶対に成功させる」
その眼には決意を燃やし、その胸には覚悟を抱き、引き金に掛けた指には殺意を込め、足には根性を叩き込む。
そして、ヒュドラの首がマーナガルムによって切断されたと同時に、彼は動く。
――まだ、来道黒鵜のように転移魔法染みた移動はできない。
ヒュドラの首を、チーム竜胆の男子三人が切断する。
――まだ、灰谷昇真のような神業染みた射撃はできない。
ヒュドラが咄嗟に生やした腕が、一瞬で無力化される。
――きっとこれからも、一人では何もできないかもしれない。
「――決めろ、馬鹿弟子」
「
――それでもいいと、今は思う。
「――――やったれ、戒斗ぉおおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
歌丸連理の、対等でありたいと思う友の声を、彼は、――日暮戒斗は確かに聞いた。
「任せろッス――
戒斗の手にある白い銃が青白い光を放って銃身の構成されたパーツが展開し、巨大なライフル並の大きさになる。
しかし、銃というにはあまりにもその構造はシンプル過ぎた。
端的に言って、銃身しかない。
ただただ長く大きめの筒に、グリップが付いているだけにしか見えず、どちらかというと
「からの――
銃身に刻み込まれえた様々な術式が、戒斗の魔力を吸い込み強制的に発動する。
ごっそりと魔力が持っていかれ、立ち眩みを覚えるが、気合で耐える。
「ギンシャリ!」
「ぎゅう!」
ギンシャリが戒斗の肩から展開された銃身のグリップ部分にある穴へと飛び込んだ。
銃身の内部のギンシャリを保護するための術式が発動したのと合わせて、戒斗は足に力をこめ、潜入スキルを発動。
シャチホコたちが投げつけた忌避剤をマーキングしておいたことで、読み通り、ヒュドラの最後の首の眼前に、戒斗は姿を現した。
――GA!?
突如間の前に現れた戒斗に、ヒュドラが驚いたように反応を見せたが、もう遅い。
戒斗の手にあるその武装こそ、人類が新たに手に入れた、確実にドラゴンを殺すための新たな武装
日暮亜里沙が、ドラゴンスケルトンの骨を用い、ギンシャリの協力によって完成させた物理無効攻撃のためだけの武装
物理無効スキル保持兎専用射出武装type Special
「『
引き金を引くと、銃身の中を弾丸のように――否、弾丸そのものとなったギンシャリが高速で発射された。
『ぎゅぎゅぎゅぅうう――――』
その額に発生した紫色の光は『
そして紫に光る弾丸は、真っすぐに、ヒュドラの顔に激突し――――
『ぎゅぅううううううううううううううううううううううう!!!!』
その首諸共、吹っ飛ばした。
―――――
夏季大規模戦闘 初日結果
死者0名
軽傷者51名(毒による軽度の痺れ 全員治療済み)
達成時間
3分16秒
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