第60話 始まるコラボカフェ伝説

 コラボカフェの先行イベントが始まった……!

 夏休み突入だけど、それどころじゃねえ!


 私は毎日のようにバンダースナッチ株式会社の人と、ウェブで打ち合わせをした。

 す、すごい……。

 まるで仕事ができる人みたいだ!


 ただ、これは暑いさなかに私を毎回会社に呼ぶのが心苦しい、と言う向こうのお気持ちらしい。

 優しい。


 私はちょこちょこダンジョン配信して、商品の監修をして、それからまた配信して……という生活で一週間ほど過ごした。


 ネットでは、先行イベントの感想がガンガン流れてくる。


『はづきっちのコラボカフェ行った! ガッツリ食べる系で笑った!』


『ゴボウは整腸効果あるもんね。どれだけ食べても実質0カロリー』


『コースター可愛い! これ、コラボカフェ来たら全員プレゼントなんだって! 数に限りあり! 急げ!』


『アクスタ買ってしまった。みんな、アクスタ三種類あるぞ!』


『キリっとしたはづきっち、あひーしてるはづきっち、そしてシークレットが……!』


『シークレットだと』


『なんだなんだ』


 ツブヤキッターがツブヤキックスという名前に変わり、アイコンもへんてこな柄になったけど、中身は変わらない。

 みんなのツブヤキがガンガン流れてきて、毎日ツブヤキックスを眺めてても飽きない!


「はあ、はあ、私も行きたい……」


『ダメだぞ』


 兄に止められた。


「なんでえ~」


『お前な、先行開始は一店舗なんだ。熱狂的なファンはそこに集中する。来週からは二十三区内のコラボカフェ全店で行われる。こうなればファンは分散する。お前が行っても気付かれることはないだろう』


 つまり、兄は私がひょこひょこ出かけて行って、うっかり「あひー」とか言ってボロを出さないか心配しているのだ!

 そんなことするわけ……。


 ふと思い出す、ピョンパルさんと初めて会ったカフェのこと。

 普通のカフェなのに、私とピョンパルさんの声に反応する人が結構いた。


 ヤバい。

 反応する人の割合が、数%から100%になるのがコラボカフェなのだ!

 ダメダメダメ、絶対ダメ。


 身バレこわあ。


 今でもバンダースナッチ株式会社に行くときは、バーチャライズしている私なのだ。

 お蔭であの町にははづきっちが出没すると話題になり、おちおち出かけられなくなった。

 あひー。


 そうしたら兄からザッコで連絡が来た。


『ところで、この間提出してもらったネームドデーモンのデータだが』


「あ、はい。あの変なのでしょ。怖かったー」


『全世界で同時多発的に出現している。何か大きな異変の前触れではないかと言われているな』


「あひー。あんなのがたくさん出るの!? 気持ち悪いー」


『ちなみに正面から相対してあれだけ言葉を引き出し、攻撃手段を徹底的に暴いてからぶちのめしたのはお前だけだ』


「はい!?」


『世界的にも貴重なデータということでな。いい宣伝になった……。いい戦いっぷりだったということで、今度はソーシャルゲームからコラボの話が来ている。そのうちモーション取りに行くぞ』


「い、忙しい~! 私の夏休みは……」


『どうせ放っておいても家と近所の本屋とアニメショップをうろうろして終わるだろう』


「おっしゃるとおりです」


 ぐうの音も出ない。

 兄に完全論破されたところで、今日は配信のお仕事は終わりということにした。


 私はできる陰キャなので、暇を使って宿題系は全て夏休み前半で倒している。

 さらに塾に通っていないという、昨今あるまじき女子高校生なので暇がある。


 近所の本屋とアニメショップを冷やかしに行こう……。

 お金はできたけど、生来の貧乏性が治らないから、なかなか物を買えない。


「はづきちゃん、外は暑いからお母さんの麦わら帽子被って行きなさい」


「はぁい」


 母の大きな麦わらを借り、夏だと言うのにあまり露出が多くないワンピースを羽織り、外に出る私なのだ。

 長い髪がそろそろ邪魔になってきた。

 美容院で話しかけられるのが嫌でたまにしか行かず、髪が伸びてしまっている私だが……。


 そろそろ行くのか……?

 行かねばならないのか……?


 話しかけられたくないなあ……。

 キョドるだけだもんなあ。


 鬱々としながら、熱気の中を本屋に入る。


「うおっ、涼しっ」


 猛烈な涼しさを浴び、店内を練り歩いた。

 新作をチェックし、表紙を眺め、ふんふん頷いて買わない。


 そしてダンジョンモンスターを擬人化したガチャガチャがあったので、思わずやってしまった。

 うわー、カメレオンデーモンが出たあ。

 クリアカラーなんだなあ。


 満足してアニメショップへ。

 また熱気の中を歩く。


 私は割りと暑さ寒さに強い。

 毒とか病気にも強いので、頑丈なのかもしれない。


 ビルの中にあるアニメショップに入ると、女の子や女の人がたくさんいた。

 おお、落ち着く……。

 同じ志を持った者たちのオーラを感じるのだ。


 みんな、ごくごく仲間内としか喋らない。

 そして喋る時は妙にテンションが高い。

 うんうん……。


 うなずきながら店内を巡り……。

 人だかりがあるところで立ち止まる私。


 ここはグッズ売り場のはず。

 何か新作出てたっけ?


「はづきっちのアクスタ!」


「シークレットこれだ! 新衣装! ツブヤキックスで見た!」


「残り少ないよ!」


 な、な、なにぃーっ!!

 私のグッズがアニメショップで売ってるぅっ!?


 あまりの衝撃で「あひー」と発しそうになった。

 「あ」まで出たところで口を押さえた。


 なんということだ。

 まるで私、人気のあるキャラクターじゃないか……!


 しばらくニヤニヤしながら賑わいを眺めていたら、ふと気づいた女子の一人が、スッと私に道を開けてくれた。


「あっ、ど、ども……」


 譲られたら何もしない、というのも気が引けて、私は自分のアクスタを一つ買って家に帰ったのだった。

 うちに試作品あるからダブってしまったな……!


 まあいいや。

 涼しいマイルームで、ダブルはづきのアクスタを並べて眺めることにしよう……。


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