第78話 ボイトレへのお誘い伝説

 夏休みも終盤になったある時……。


「はづきちゃんってさ、ボイトレ行ったりしないの?」


 トライシグナルの水無月さんがそんな事を尋ねてきたのだ。


「ボ、ボ、ボイトレですか?」


 個室レストランで三人とお昼ごはんをしてた私は、突然のことに混乱した。

 どこからそんな話が……!?


 そうしたら、カンナちゃんが補足してくれた。


「私たちトライシグナルって、配信も歌もやるユニットなのね。だからきちんとトレーナー付けて、ボイストレーニングしてるわけ。もちろん、アカデミーでもレッスン受けてきたし」


「うんうん。ダンジョンでも声を張り上げられるに越したことはないもの! それに、声が通ると配信に映えるしね!」


 卯月さんの言葉で納得。

 そう言えば元々地声の大きい卯月さんを除いて、カンナちゃんも水無月さんもその気になれば、通る声出せるもんなあ。

 私は基本的にヘロヘロした蚊の鳴くような声である。


「なるほどです~」


「あっ、一時返答を保留して食べる方に集中した」


「いつもながらの大物ぶり……」


 別に大物ではない……!

 その後ショッピングに付き合い、なぜだか四人で水着を買おうという話になってしまい、清楚かつ悩ましボデーのカンナちゃん、スレンダーだけど出るとこ出てる水無月さん、元気100%でたまらんひとにはたまらない卯月さんなどを見て……。


「わ、私はいいので……。水に沈む……いや、凄く浮かぶけど強い太陽光に晒されるとダメージを受けるので……」


「屋内プール屋内プール!」


「はづきちゃん絶対凄いから! ほら、これとかどう!?」


 卯月さんが持ってきたのはもう、胸と腰回りをちょっと覆うだけの布!!


「あひー!? か、勘弁してくださあい」


「あれ? この鳴き声は」「はづきっちがいる!?」「ざわ、ざわ」


 いけない!

 私は慌てて口を抑えて、トライシグナルのみんなは私を隠すようにスクラムを組んだ。


「はづきちゃん、定番の叫びはめっちゃ通るよねえ」


「うんうん。声も結構特徴的だからわかりやすいかも……」


「これ、ボイトレしたら伸びるよ! それはそうと水着、水着!」


「あひー」


 結局三人に押し切られて、水着を買うことになってしまった。


「はづきちゃんは恥ずかしがり屋だから、タンキニがいいでしょ」


 カンナちゃん、私への解像度が高い。

 なんかぐねぐねした柄のタンキニ?とかいう水着を試着した。


 これは胸とかが目立ちづらいらしい。

 三人は着替えた私を見て、


「おお……」


「確かに他の水着よりは目立たないけど……」


「ちょっと太って見える?」


 そうかも知れない……!

 だけど、肌の隠れる部分が多いからこれで!

 私は水着を買い、近々三人とプールに行く約束をしたのだった。


 ちなみに、インドア派でスポーツを好まない私だけど、泳ぎだけは別だ。

 放っておくとプカーっと浮かぶし、そのままバチャバチャしていると先に進むので大変楽ちん。


 ただ、人混みが苦手なので海やプールにあまり行かないのである……!


 家に帰ると、母が水着を見てニコニコした。


「まあ! 三人とプールに行くの? お母さん、あなたがちゃんと青春してて嬉しいなあ」


「大変恥ずかしくはあるんだけどね……!」


「若いうちはバンバン挑戦しなくちゃ! 頑張って! 応援してるわね!」


「それとお母さん、なんかボイトレっていうのがあるそうで……」


「あら、お兄ちゃんも行ってたやつでしょう? いいんじゃない? お腹から声が出て悪いことは無いわよ」


「お兄ちゃんも行ってたんだ……。じゃ、やるかあ」


 身内がやってたとなると、急にハードルが低くなる私なのだ。

 泳ぎもそうだったし、配信もそうだしなー。


 その後、兄にも連絡を取った。

 ボイトレは二つ返事でOKをもらい、プールの話をしたら、


『なにっ! では斑鳩合同会社も参加する。我が社の看板であるお前を守らねばならんからな』


『えっ、斑鳩さんとプール行けるんですか!? よっしゃー!! 泳ぐぞ! 超布地が少ない水着買ったんですよね!』


『お前何を企んでいる……!?』


 なんか向こうで受付の人の声が凄く聞こえる!

 これもボイトレ効果か……!!


「よし、じゃあなんかボイトレとかプールとか、色々計画がついたから……。もう一回だけ水着を試着しておこう……」


 私はいそいそと着替えた。

 水着を身に着け、よし、それでは母の部屋の姿見を借りてチェックを……と思ったら。

 脱ぎ捨てた服につまずいて、私はすてーんと転んだ。


「あひー!」


 ちょうどそこに、スカートのポケットに入っていたAフォンが!

 そんなことある?


※『配信が始まってる!』『ゲリラということは重要な配信だな』『何も見えないぞ』『おーい、はづきっちー!』


「あひー! 始まってしまった!」


 Aフォンはいらんところで気が利くので、ふわっと浮かび上がって私を映し出した。

 同時に、私はバーチャライズしている。


※『!?!?!?!?!』『唐突な水着』『な、なんですってー!!』


「こ、こんな時に中身だけバーチャライズとかしなくていいのに!? あひー」


 水着お披露目になってしまった。


※エメラク『うおーっ!! 創作意欲が湧いてきました! 水着、作らせていただきます! 勝手にやります!』斑鳩『待って下さい。今正式に依頼を出しますので』


 コメント欄でエメラクさんと兄がビジネスのやり取り始めた!

 すっごいスピード感。

 そして盛り上がるチャット。


「あの、あの! 今回は、私がボイトレ行きますーっていう報告だけなんで! あ、あと、カンナちゃんたちトライシグナルとプール行きます! 夏の終わりくらい!」


※『うおおおおおおお』『すばらああああああ』『助かるううううう』


 うわーっと盛り上がるチャット。

 もう凄い速さで流れていくし同接ももりもり増える。


「こ、これで終わり! 終わりです!」


 私は慌てて配信を切ったのだった。

 配信時間は5分。


 後にアーカイブで、おこのみによる『あああああああリアルタイムで見れなかった辛いぃぃぃぃぃ』という魂の叫びとともに、赤スパが投げつけられていたのだった。


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