第211話 50万人記念はラノベ談義伝説

 イベントが始まる──。

 突貫で準備したとは言え、スタジオはすっかりラノベ図書館と化していた。

 新たに買った他、スタッフの持っている蔵書を持ち寄ったりした結果なのだ。


「夢のような空間だわ。ここに住みたい……」


 ビクトリアが目をキラキラさせている。

 ラノベ大好きだもんねえ……。


 ここに彼女と私ともみじちゃんがテーブルを囲んで座る。

 床にはモコモコした絨毯が敷かれており、その上にビーズクッションなどを置いてあるのだ。


「ああ、うちだめになる~」


 おお、もみじちゃんが配信開始前に溶け始めている……。本番前の緊張に強くなったなあ。

 配信していると度胸がつくもんね。


「それじゃあ配信五分前です!!」


 向こうで企画の人が声を張り上げる。

 撮影もやってくれるみたいだ。


 ほえー、今回のはテレビの放送みたいだなあ。

 ところどころでAフォンの撮影に切り替わったりもするみたいだけど。


「スタート!」


 ボーっとしてたらあっという間に五分経過して、配信が始まった。


「みんな、アリガトー! ビクトリアだよ……! 今日は私の、50万人達成記念で特別配信になるの」


 コメント欄を、おめでとうおめでとう、のコールが流れていく。

 愛されているなあ……。


「特別ゲストを迎えたわ。私の配信、あまりゲストが出てこないのだけれども。こちらがリーダー、みんな知っているでしょう? そう、きら星はづきチャンです」


「どうもどうも」


 私が手をふると、ワーッとコメント欄が盛り上がる。


「そしてこっちで溶けているのが……モミジ! モミジったら!」


「あっ、はっ! ほ、本日も、かいてーん! 鹿野もみじです!」


※『かわいい』『かわいい』『ビッキーの配信で得られない成分だな』


「あら、それはどういうことかしら……。私はカワイイじゃないっていうこと?」


 ビクトリアが突っ込んだので、コメント欄がドッと受けた。

 おお、彼女のチャンネルはこういう感じなのかあ。


 対等な関係みたいで楽しいなあ。


 そしてここから、私とビクトリアのラノベ談義が始まった。


「ステイツにいる頃から読んでいるけれど、この学園都市の無能力者シリーズが大好きなの。モデルになった場所は立川なんでしょう? この間遊びに行ったわ。アニメの中でもコミックの中でも描かれている光景が眼の前に広がって、とってもエキサイティングだった!」


「あー、あそこはねー。アニメでもモノレール映ってるもんねえ。で、お好きなキャラは」


「学園都市ナンバー3のパルスガン・比良坂真琴ね! 指先で銃を構えるポーズ、みんな真似したわ!」


 バーン、とやって見せるビクトリア。


※『うっ』『やられた……』『ラノベの話をするビッキーはいつも目がキラキラしてるな』


 ノリがいいコメント欄。

 そんな話をしつつ、ゲストタイムです。


 学園都市の無能力者シリーズの作者……とは違うけど、ビクトリアが最近ハマっている配信者ラノベの作者、チンアナゴ先生とザッコが繋がっているのだ。


「あーあー、んっんっ、ちょっとお水を飲むわ。うん、えー、聞こえているかしら? 私の声は届いていますか?」


『あ、はいー』


 ふにゃっとした優しい男性の声が聞こえた。


「チンアナゴ・センセイですね?」


『はい、どうもーチンアナゴと申しますー。僕の作品読んでくださっているそうで、嬉しいなあ』


「読んでますー!! 冴えない主人公がダンジョンフォールしたら、そこでピンチなヒロインを助けてしまうシーン……始まりから衝撃的でした! 彼には配信者の才能があって、そこでヒロインの使うAフォンと同調して現代魔法に目覚める……! あ、ごめんなさい。全部説明しちゃいそう」


 コメント欄もドッと笑う。

 ビクトリアが超テンション高いなあ……。

 しかし、そのラノベ、本当に今風の作品なんだなあ。


 有名配信者を助けてしまい、大活躍が配信に乗った主人公は一躍有名人に……。


 ……炎上とかしないの……?

 女性配信者と男性配信者はただでさえ勘ぐられるのだが……!!


 私は別のことが心配で仕方なくなった。

 だけど、そのラノベの世界は優しいみたいで、主人公とヒロインの関係をリスナーも優しく見守っている……。

 うんうん、世界全てがそうであればいいのになあ。


『現実だとそうはならないけれど、読者はファンタジーの世界で楽しくなりたいんですよ。だからそこはエンターテイメントに徹するんです。気を抜くと現実が顔を見せちゃう。だけどそうしたら、読者は夢の世界から連れ戻されますから』


「おおー」


「おおー」


「おおー」


 ビクトリア、私、もみじちゃんで異口同音に感嘆する。

 プロだ。

 プロのラノベ作家だ……。


 都合がいいように思える設定を、ご都合だ! って思わせないで入り込ませるプロの技!

 私たち配信者も、現実だと洒落にならないダンジョン探索をエンタメにしたりしてるもんねえ。


 色々含蓄のあるお話でした。


 ビクトリアが感激のあまり目が潤んでいる。

 お化粧落ちない……!?

 あ、ゴスのお化粧溶けてきてるじゃん!


※『ビッキー、メイク、メイクー!』『この人、うるっと来ると毎回メイク落ちてるな』『ラノベとかアニメ関係だとめっちゃ涙腺緩いんだよな』


 そうなの!?

 ビクトリアの知らぬ一面だった……!!


 その後、ビクトリアの衣装担当のイラストレーターさんからお祝いのメールが届いて、そこに新衣装デザインが添付されていたり。

 もうこれが、ひらひら、キラッキラのピンクゴスで……。


「こ、これは私とキャラが被るのでは……」


「先輩のピンクジャージと、ひらひらキラキラのピンクゴスだと色しか被ってないですよー」


 冷静にもみじちゃんが突っ込んだので、またコメント欄が大いに受けたのだった。


「リーダーと色がお揃い! 着てみたいなあ」


 ビクトリアが前向きなのだ。

 うんうん、今のイカルガの技術力なら、遠からず実現するねこれ……!!


 大盛況のうちに幕を閉じたビクトリア登録者数50万人突破イベント。

 どうやらここでチンアナゴ先生と伝手ができたみたいで、ビクトリア主演のボイスドラマみたいな脚本を書いてくれることになったようなのだ。


 おおお、私の知らない世界が広がっていく……!!


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