第65話 カンナちゃん宅でお茶配信伝説
『今日暇ですか?』
カンナちゃんからザッコが来てたのだった。
『実はこれまでの人生で最も忙しい夏休みです。当社比一万倍くらい』
『あー、今のはづきちゃん、凄い勢いだもんね。じゃあお茶に誘うのは今度にして……』
『い、い、行きます!』
そういうことになったのだった。
去年まで中学生だった私は、当然のごとく不本意に孤高を貫いており、夏休み中は家に閉じこもるか図書館、比較的気温がマシな明け方と夕方に周囲を散歩したりするくらいしかやることがなかった。
虚無。
塾には行ってたけど、講習が終わると虚無。
あとは夏休み映画を一人で観に行き、アニメショップに寄ってウインドウショッピングし、家で動画サイトや配信アニメをチェックする……。
いや、これはこれで充実してたんだけど。
あの頃の私は、全ての休みがこうして虚無の中に消えていくのだと思っていた……。
今の私は、異常に充実した夏休みという名の激務の中で過ごしている。
日々が過ぎるのが早い!
イベント多すぎる。
日々が過ぎるのが遅い!
全てが初見のイベントで脳がパンクしそう。
なので、そんな日々の中で友達と言える人に会えるのは嬉しい。
とっても嬉しい。
しかもどうやら今回は……カンナちゃんの家にお呼ばれしたのだった。
電車を乗り継いで、東京都と埼玉県の境界線辺りに来る。
私の家とは、なうファンタジーの事務所を挟んで直角方向にあるのね。
片道一時間ほど。
駅から出ると、すぐにカンナちゃんが待っていた。
「ようこそー! 我が家のティーパーティへ! 自作のアフタヌーンティーをお楽しみ下さい」
「あ、アフタヌーンティー!!」
あの明らかに満腹になるでしょって量が出てくる、イギリスのアレ!
カンナちゃんの家は、ちょっと小綺麗なマンションだった。
おお、入り口が電子ロックで管理人さんもいる……。
「ちょっと前に引っ越したんだよね。配信も軌道に乗ってきたし、グッズとかボイスも色々販売し始めたし、懐が暖かい……」
「出会ったばっかりのカンナちゃん、苦しそうだったもんね……」
「ふふふ、年上が割り勘で本当に申し訳なかった」
「い、いいのいいの」
思い出す、出会ったばかりの頃。
四月だったなあ。
彼女の部屋に通される。
2DKのそこそこ広いマンションで、パソコンが設置された部屋の壁は防音構造になっているみたいだった。
配信用だ……!
「はづきちゃん、防音ルームに興味が?」
「しょ、正直あります」
マンションだと、防音ルームを使わないと部屋配信が大変だったりするんだろうか。
うちは35年ローンがまだたくさん残ってるけど一軒家だもんなあ……。
防音ルームをペタペタいじって、PCをさわさわする。
すると、地面に置いてあった重量物に引っかかり、私は「あひー」とよろけてしまった。
ゆ、床に小さいダンベルが!
配信外では体を鍛えているのか……!
なるほど、カンナちゃんの均整が取れたプロポーションは努力の賜物。
そしてよろけた私が思わず手を突いたのは、カンナちゃんのキーボード!
カメラが回り始め、なんか明らかに配信が始まってしまった気配がする。
「あひー」
※『えっ!? この鳴き声は……』『お嬢の配信にどうしてはづきっちが!?』『突発配信ではづきっちとコラボだと……!?』
うわーっ!!
大変なことになってしまったぞ。
配信が始まると同時に、私のAフォンが反応して自動的にバーチャライズする。
そんなことには気付かずに、カンナちゃんは鼻歌混じりにお茶とお菓子をこちらに持ってくる。
移動できるテーブルがあるのね……!
「どうしたのはづきちゃん? なんかわたわたして、バーチャライズまでしてて……っていつも通りか。これはね、今朝私が焼いたマフィンで……こっちはサンドイッチ、真ん中にはゆで卵が……」
※『二人でアフタヌーンティだって!?』『すっごくおしゃれなゲリラ配信!』
コメント欄が大盛りあがりだ!
カンナちゃんもようやくこれに気づき、スーッと顔が真っ白になった。
「お……おほほほほ! はづきさん、わたくしの作ったお菓子を召し上がれ! 来賓の皆様、本日もわたくしのティールームへようこそ!」
一気にキャラを作った!
同時に彼女もバーチャライズする。
コメント欄では、笑顔のマークがたくさん流れていく。
カンナちゃんの素が出るのはいつものことなんだろうな……。
私、彼女のダンジョン配信を中心に見てるからなあ。
「本日のゲストは、きら星はづきさんですわよ! 皆様拍手~!」
※『88888888』『ようこそはづきっちー!』『大物がいきなり来たなあ』
「お、大物!!」
凄い呼ばれ方をしてしまった。
※『最近のはづきっちの活躍気になる』『ネームド狩りのはづきっち』
「つ、強そう!! な、な、なんですかそれ」
他所様のチャンネルなので、緊張する私なのだ。
ネームド狩り……!?
私はそんな恐ろしいものでは……。
「あら、はづきさんのコトは今、配信者界隈で有名になっていますわよ? 憤怒のナカバヤシを撃退し、上位モンスターの巣窟に取り残されたリスナーを守りながら、たった一人でダンジョンをくぐり抜ける……」
「あー、昨日の配信……」
「なにげに恐ろしく濃厚な毎日を送ってらっしゃいますよね」
「あ、はい。宿題はもう全部終えたので後は夏休みのロスタイムで……」
※『ロスタイムでネームドを!?』『つえー』『お嬢にも戦い方を伝授してくれ』
伝授!?
「それはいいですわね! わたくしはご覧の通り、魔法と剣の両刀遣いでやって参りましたけど……。はづきさんは魔法は使えませんものね」
「は、はあ。よく分からなくて。だけどこれ、これ効きますよ。モスジュデッカ」
「凍結系殺虫剤!」
「えっと、同接パワーがあるとお手軽な凍結魔法になります」
「なるほど……!」
※『何度も実践している人の言葉には重みがある』『生活用品でモンスターの命を刈り取る名手だもんね』
おかしい、妙に私が持ち上げられている気がする。
「あー、はづきさん、お菓子とお茶をどうぞ。冷めてしまいますわ」
「あっあっ、いただきます」
私はお茶とお菓子とサンドイッチに集中した。
「美味しい美味しい」
※『食べる食べる』『凄く食べてる』『一人でトライシグナルと同じくらい食べてる』
お茶をお代わりしながら、サンドイッチは食べ尽くしてしまった、
ちょっとお腹が膨れて、人心地がついたな……。
お菓子をもぐもぐしながら、カンナちゃんとリスナー……来賓の方々という名前らしい……のやり取りを眺める。
うーん、優しい感じで常識的!
うちの荒ぶるお前らとは大違いだ。
どうしてここで差が……?
と、ここで配信中のカンナちゃん、リスナーの言葉で登録者数が8万人になったことを知ったようだ。
大喜びで、リスナーたちもおめでとう、の大合唱をしている。
微笑ましい。
「お、おめでとうカンナちゃん!」
「ありがとうございます、はづきさん! わたくしもはづきさんを目指して頑張りますわよ!」
いや、こっちに来てはいけない……!
なんか私は妙な感じのポジションになってるから!
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