第64話 ほうとうと迷宮省伝説

 冒険配信者の配信は、これが行われると国がチェックするのがお決まりらしい。

 専門の機関で、迷宮省というところがある。


 基本的には大したコトは起こってないから、迷宮省がチェックしても直接接触してくることは少ないし、私の場合は兄が窓口を担当してくれるんだけど……。


『これは一大事ですね。ちょうどこちらにおりますので合流しましょう』


 なんか向こうからアポが来たんですけど!

 慌てて兄に連絡したら、『迷宮省のか。会話を動画で撮っておいてくれ。俺も後でチェックする』とか。


 つまり、今回は職員さんの相手を私がやるということ……!?


 愛好会のメンバーに案内されて入ったほうとう屋さんで、お料理を注文していたら職員の人が猛スピードでやって来た。

 外は暑いから、すっごい汗。


 二十代半ばくらいの女の人で、半袖のワイシャツに夏用のスラックスを穿いていた。

 黒くて長い髪を、今はくるくるっと結って流れ星型の髪留めめでとめている。

 ちょっとキリッとした感じの美人さんだ。


 あれ?

 職員さんがバーチャライズしてる?


「初めまして。迷宮省調査課の風街流星(かぜまちりゅうせい)です。あ、これは迷宮省の慣例として魔法名なんですが」


 魔法名……?

 私は首を傾げた。

 風街さんはハッとする。


「つまりですね、ダンジョンが世界に満ちる中で、これを攻略する武器として現代魔法というものが編み出されているのはご存知だと思いますが」


「あーはい、カンナちゃんが使ってました」


 科学の力で魔法を再現する、みたいなもので、効果は実際に魔法みたい。

 配信者の中には、ダンジョンの外でもこれを自由に使える才能がある人もいるらしい。


「私たちのような国の重要情報を持つ者は、狙われることがあるんですよ。そのために名前そのものに防御を施しています。これが魔法名」


「ははあー」


「あなたがた冒険配信者が、配信者としての名前で活動しているのも同じ意味を持っているんですよ?」


「ほへー」


 情報量が多い!

 私はポカーンとしながら話を聞いた。


 そうこうしているうちに、ほうとうが来た。

 味噌味美味しい。


 むしゃむしゃ食べ始める私。

 横で静かにしていた愛好会の面々も、もりもり食べ始めた。


 その一人がハッとする。


「あれ!? 風街流星と言いますと、ライブダンジョンのゼロナンバーのお一人では!?」


「ふぁ、ふぁんふぁっふぇー」


「はづきっち、食べてから反応してもいいのですぞ!」


「今は食べるのに集中しましょう!」


「ふぁい」


 私はお気遣いに甘えて、ほうとうをむしゃむしゃ食べた。

 美味しい美味しい。


 おうどんと違って、むにゃむにゃ柔らかい麺が煮込まれたお野菜と絡んで、一緒に食べるのがなんともたまらない。

 今度家で作ってみようっと。

 あ、ゴボウ入ってる。


「つまり、私は本来迷宮省の人間だったのですが、趣味で歌の活動をしていたらライブダンジョンにスカウトされまして。迷宮省は公務員ですが、冒険配信者との兼業は法律で許されているのです。双方の益になることですからね」


 難しい話をしていらっしゃる。

 そうこうしている間に、風街さんのほうとうも来た。

 彼女もむしゃむしゃ食べ始める。


 うーん、なかなかの健啖!


「ダンジョンもライブも体力が資本ですからね! ここのほうとう美味しいですねえ……」


 しばらく食事モードに入り、私はデザートまで頼んでお腹いっぱい。

 なお、愛好会はもう顔を真赤にしてそわそわしていた。


 そっか!

 この人たちとしては、大物配信者二人と同席しているんだ!

 これを明らかにしたら、愛好会は凄い量の嫉妬を浴びて炎上しそう。


「でははづきさん、本題に入るのですが」


「あっはい」


「大丈夫です? お腹いっぱいで眠くなってませんか?」


「ちょっと眠いです」


「頑張って耐えて下さい。あなたが遭遇した二体のモンスター、フンババと、もう一体は恐らくオーガジェネラルですが、これらについて矛を交えた……ゴボウを交えた感想などを伺いたいんです」


「ははあ」


 私の配信に出てきた、あの強いモンスター二人が問題らしい。

 もんじゃもなんか言ってたもんね。


 そうか、あの駅員さんオーガジェネラルって言うんだ。

 普通のモンスターが私の輝くゴボウとやり合えるんだもんね。

 確かに凄いことなのかも知れない。


「強かった気がします。えっと、速くてですね、あと凄くタフで。あ、一つ目の方はそうでもなかったですが」


「フンババに関しては、はづきさんや私クラスの配信者なら倒せるでしょうね。あれは同接4000人レベルのモンスターとして記録されています。ただ、言葉を話すタイプは初めてでした。恐らく上位種……同接8000人レベルのハイ・フンババの可能性が……」


「はあ」


「あっ、情報の許容範囲を超えてしまった」


 私が右から左に聞いた内容が流れていったのを、すぐに風街さんは察したらしい。


「つまりですね。迷宮省ではモンスターやデーモンの脅威レベルを同接数で表していまして……。データベースを見たことが無い……?」


「ほえー、そんなものが」


「それであれほどの成果を……。恐るべし天然。キャプテンやピョンパルが気にしているだけのことはありますね」


 ちなみにオーガジェネラルは、同接20000人レベルのモンスターらしい。

 ひえー。

 よくわからないけど強そうだ。


「我らあの時、二万人の視線に晒されていたでござるか」


「コワイ! 嫉妬と誹謗中傷が降り注ぎそう!」


「あ、バーチャライズしてない人はモザイクかかるんで大丈夫です」


 私が説明すると、愛好会の面々はちょっとがっかりしていた。


 その後、フンババとオーガジェネラルについて色々聞かれたので、私はどんな感じだったかを説明した。

 多分強いんじゃないかな……。

 よくわからないけど……。


「ちなみに以前はづきさんが撃退したネームドデーモンですが、あれが同接40000人レベル。この一年間において最強クラスのモンスターと考えられています」


「ほええ、そんなのと私やりあったんですか! よく生きてたなあ……」


「トップ配信者レベルでなければ太刀打ちできないでしょうね。むしろどうしてあなたが無傷でこれらの状況をくぐり抜けているのか、私にはさっぱり分かりませんが。ですが、迷宮省も会社もあなたに注目しています。今後もよろしくお願いします、きら星はづきさん」


 風街さんに握手を求められた。

 私はハッとして、手をお手拭きでゴシゴシした後、ぎゅっと手を握り返したのだった。


 甲高い歓声をあげる愛好会の面々。

 そして私たちはお店に注意されたのだった。


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