第99話 懐石・食欲コントロール伝説
メイユーが希望してた懐石料理、なかなか予約が取れなかったらしい。
なので、彼女は国の戻ってこい要請を無視して長期滞在を決行。
一応こっち側のデータを色々国に伝えてお茶を濁しつつ、観光を楽しんだらしい。
「ついに懐石料理よ、ハヅキ! 楽しみね!」
メイユーが目をキラキラさせている。
「そ、そんなに楽しみ……?」
「京都観光にも行ったし、高いスシも食べたわ。だけどやっぱり懐石は食べたかったのよね。これが一番だわ!」
「そこまで……」
うちの会社まで来て訴えたということは。
「俺が予約を取り付けた。一見さんお断りな店でな。伝手を使って予約を取り付けた。ということで俺たちも行くぞ」
「ヒエッ、私も!?」
「お前は最近食べ過ぎだ。配信をしなくなったらあっという間に太るぞ。食欲のコントロールの訓練も兼ねている。あと、今のままだと暴食が出てきたらやられるだろ」
「な、なるほど……」
兄がとても納得できることを言ってきた。
確かにそう。
フードファイターの人にスカウトされちゃったし。
こうして私も連れて行かれることになってしまった。
受付さんも参加して、ものすごくお高そうな店にやってくる。
お座敷に案内された私は、まあまあ落ち着いていた。
「お高いお店は陽キャの香りがしないので……」
「はづきちゃんの陽キャ恐怖症はかなりのものだねえ」
「陽キャコワイです。今日はお弁当一緒に食べようって誘われて、すごく怖かったです」
「陽キャ側からはづきちゃんを受け入れようとしてきてない……!?」
そうだろうか……!!
きっと裏がある。
私にはわかる……!!
そんな私を見て、兄とメイユーが言葉にできない感じの生暖かい目になった。
「来たわ! これを待ってたの! うーん、美しい……。中華の料理は絢爛に広がる大華なのだけれど、懐石はワビサビよね。日常の中にあるさりげない美しさ……うーん、ビューティホー」
「メイユーさんの言葉から知性が消えた……」
「本当に嬉しいんだねえ」
「配信者は基本的にみんな同類だぞ」
旬のお野菜と海産物の盛り合わせが出てきている。
……少なくない?
「一口では?」
「食欲を支配しろ」
なんか兄にかっこいいことを言われた!
ちょっとずつ食べるのね……。
最近は確かにフードファイトし過ぎてたので、食欲コントロールは大事かもしれない。
ちびちび食べた。
「ハヅキ、箸の使い方が綺麗ね」
メイユーが感心してきた。
「あ、はい。えっと、お父さんにみっちり仕込まれまして……」
「何気にはづきちゃん育ちがいいよね」
土瓶蒸しが出てきた。
「器が美しいわ……。懐石、さすがね……。ネットで調べてきたものよりもずっと凄い……」
「わからん……」
感激するメイユーと、何一つ理解できない私。
だけど、がっつかないように欲望を制御しながらちょっとずつ食べる。
「ハヅキ、和食を食べると本当に所作が綺麗ねえ」
「あ、はい。和食はガツガツいけないので苦手で……」
「そうか、和食を食わせればいいんだな」
兄が良からぬことを考えてる!
ノーノー!
私からガツガツ食べられるご飯を取り上げないで!
「ところでご飯は出てこないので……?」
「順番だ、順番」
懐石料理、本当に順番にちょっとずつ出てきた。
食べ終わると次のが出てくる。
あー、出てきた出てきた、ご飯!
だけどここまでちまちま食べていたから、量は口にしてないのになんかそれなりに食べたーって感じがする。
これが兄の狙いか……。
メイユーはもうお皿や料理の盛り合わせの美しさについてずっと喋ってて、パシャパシャ写真を撮っている。
受付さんは日本酒をパカパカ飲んでて、どんどん出来上がっていく。
兄はソフトドリンクを飲みながら懐石食べてる。
合うの……?
お刺し身に、メインディッシュっぽい肉料理。
汁物とか口にしたら、最後に果物のシャーベットが出てきた。
うーん!
多分、量的には腹五分目くらい……。
だけど妙に時間を掛けて食べたから、これでいいかなっていう感じになっている。
「なるほど……」
「欲望のコントロールだ。ほしい時にほしいだけ詰め込むから一日に4000キロカロリーくらい食べることになるんだ」
「私の食べた量測ってたの?」
「Aフォンでデータが取れるからな。そろそろ腹に肉がつくぞ」
「ひい」
「アレだけ食べてお腹の肉があんまりついてないことが、あたしは驚きなんですがねー。ねーはづきちゃんどうなってるのその体ー」
「あひー、受付さんお酒臭い~!」
「ていっ」
「うぐわー」
兄が受付さんの額をペチッと叩いた。
「高級料理店の和室だぞ。自我を保て……」
「は、はい……。厳しい斑鳩さん、しゅき……」
なんだこれは。
「ねえハヅキ。あなた、これからどうしていくの?」
一通りお料理が出て満足したらしくて、やっとメイユーが雑談してきた。
「どうっていいますと。う、歌ってみた動画を本格PVで出すとか……」
「まあそれもこれからの活動よね。私が言っているのは冒険配信のこと。この数ヶ月で、世界は激動の時期に来ているわ。シン・シリーズが現れて、ダンジョンの脅威度が跳ね上がった。多くの人々が世界中で犠牲になっているの」
「ははあ」
「唯一、日本だけはシン・シリーズが早期に撃破されてダンジョンの脅威度が下がっているのだけれど……」
「あ、そうなんですね」
「貴女がやったのよ、貴女が!」
なんか額をつんつんされた。
「あひー」
「だから、世界は貴女のノウハウを欲しがっているわ。多分これから、世界中が貴女を欲しがるようになる」
「えっ! それって……世界一周海外旅行……!?」
「そうなる可能性があるわ」
「ひい、世界に注目されないようになりたい」
「無理じゃない……?」
なんたる無情な宣言だろうか!
陰キャ脱出のために始めた配信活動だけど、こ、ここまで有名になることは望んでいないのだ……!
どうにかして、私への注目度を減らす方法を考えなくてはならない。
例えば……私の後輩を見つけ出してそっちに注目してもらうようにするとか。
そうだ、それだ。
それで行こう。
「ろくでもないことを考えているな?」
「ぎくっ」
兄は鋭い。
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