第168話 迫るクリスマスともみじちゃんの狙い伝説

『いきなりカツ丼が現れて』『カツ丼が凄かったんです』『見たこともないモンスターが、カツ丼に薙ぎ払われて……』


「この人たちは集団幻覚でも見ていたのか……?」


 朝食の席で、テレビを見ていた父が首を傾げた。

 そのカツ丼、私です。


 終始カツ丼の姿だったので、みんなきら星はづきに気付かなかったみたいだ。

 このアバターいいぞー。

 あ、でも配信で晒しちゃったから、次回は柄を変えていこう。


 父はカツ丼のことが理解できないみたいだったけど、「最近また危ないみたいだから気をつけて配信するんだよ」と私に言い聞かせた。


「はあい。じゃあ今日のお弁当のおかずは昨日作っておいたほうれん草の卵とじとアスパラのベーコン巻きだよ」


「おお、ありがとう……。今日も一日頑張れる……!!」


 父が覇気を漲らせて出勤していった。

 母がこれを見て、ニコニコする。


「毎日あなたが作ってくれるからお母さん楽で助かるわ。私のお昼ごはんも同じになるし。いつもお弁当の献立は何で決めてるの?」


「ツブヤキックスでリスナーさんたちに聞いてます」


 集合知の力は本当に便利なんだ……。

 ということで通学です。


 すっかり寒くなった街を、モコモコに着込んだ私がトコトコ歩いていく。

 おお、お店はどこもかしこもクリスマスの飾り付け。


 もう、明後日がクリスマスイブだもんねえ。

 本日は金曜日。

 つまりクリスマスイブは日曜日ということになる……。


 期末テストもつつがなく終わり、私は順当にちょっと成績を上げた。

 シカコ氏が「この人マジか」って目で見てきたけど、ちゃんと勉強はしてますので!


 むしろ配信始めてからの方が成績が上がった気がする。

 体を動かすと頭も活性化するのかな。


「昨日の配信見た? あたしさ、最近個人勢の人追っかけてるんだけど、そしたらいきなり異世界っていうの? そこにぶっ飛んでさ」


「今朝アーカイブで見た。カツ丼を被ったはづきっちでしょ?」


 イノッチ氏とチョーコ氏が会話している。


「えっ!? あれはづきっちなの!? 全然気付かなかった……。っていうかなんでカツ丼被って顔が分からないようにしてるの!? 気付かれないため!? でも配信してたよね?」


「はづきっちは毎回よく分からないことするから……」


 そう言いながら、ちらっと私を見るチョーコ氏なのだった。

 なんだろう?

 私はいつもの愛想笑いをしながら手を振っておいた。


 なんかチョーコ氏も笑っている。

 なんだ……?

 何が起こっているんだ……?


「先輩が罪作りな女であることはうちが一番知ってますけどー」


「な、なにを言うんだシカコ氏」


 人聞きが悪い。

 私はどこにでもいるごく普通のちょっとコミュ障な女子では?


「ってことで三人とも、今日はクリスマスイブイブイブでしょー」


 シカコ氏が私たちに向かって言い放つ。


「パーティしよう! イブに並べるケーキの練習して失敗したやついっぱいあるから」


「ケーキいっぱい!?」


 私は反応せざるをえない。

 なんということでしょう。

 パン屋さんのケーキがたくさん食べられるなんて。


 私をちらっと見たチョーコ氏も、「いいよ、行く」と了承した。


「あたしは天下無敵のフリーだからなあ……行くよう」


 イノッチ氏も悲しげに応えた。

 まだ引きずってるの。

 後で聞いた話だと、別の友達がクリスマス滑り込みで彼氏を作って自慢してきたらしい。


 イノッチ氏、強く生きろ。


 こうして放課後、私たちはディアブレッドへ。

 私が顔を見せたら、シカコ氏のご両親が大歓迎だった。

 なんだなんだ。


「先輩のことは大恩人だってうちで評判だもん。神棚に飾ってあるよ」


「あはは、そんなまさか……ヒェー」


 本当に店内の神棚に私のアクリルスタンドたくさん飾ってあった。

 なんでこんなことに……。


「うちがパンで活動してるから、売上もちょっとずつ上がってるし。配信の収益で借金はどんどん返せてるし。先輩様々だよー」


「シカコー! 部屋に行くのー?」


 先行していたチョーコ氏から質問が飛んできた。


「はいはーい! 今行くー!」


 シカコ氏がパタパタと駆けていった。


 さて、シカコ氏の部屋だ。

 カーテンとかベッドのシーツとか、フリルがたくさんあしらわれている。

 可愛い女の子の部屋だ。


 もみじちゃんも、フリフリなエプロンドレスで可愛いもんね。

 きちんと取材の上でアバターが作られていたのだな……。


 シカコ氏がパタパタ働いて、甘い紅茶を淹れてくれて、ケーキをたくさん持ってきた。


「おほー! ケーキ!! こ、これ全部食べていいの……?」


「もちろんー! 悪くなっちゃう前に食べちゃってー! お砂糖たっぷりだから日持ちもするようにしてるけどねー」


「砂糖」


「たっぷり……」


 イノッチ氏とチョーコ氏がゴクリとつばを飲んだ。

 まさか二人とも、ここに来てダイエットのことでも考えてるんじゃないだろうね……?

 女々しいぞ……。


「いただきまーす」


「どんどん食べてー」


 私はニコニコしながらケーキを食べていると、なんかその横でシカコ氏がイノッチ、チョーコ両氏にシリアスな話をしてる感じだった。

 なんだなんだ。

 あっ、スポンジふっわふわ。お砂糖たっぷりだからあまーい。

 クリームも美味しい。

 こっちはチョコクリーム? チーズクリーム?

 ひえええケーキバイキングなんか目じゃないぞー。


 うおおお、私は今、ケーキを消化していくマシーンだ!!


「分かった。なる……! 私たちもなる!」


「えっ、あたしも!?」


「イノッチやなの? 彼氏の有無でキュウキュウ言う世界に留まりたい?」


「い、いやだあ~」


「じゃあ決まり!」


 何の話をしているんだ……?

 あ、モンブラン美味しい……。

 どれほどの種類のケーキを作ろうとしてたんだ。


 完成品は今日の夕方から店先に並ぶそうなので、ちょっとお土産に買って帰ろうかな……。


「先輩全然聞いてませんでしたね?」


 なんかシカコ氏がボソッと私に言うのだった。

 な、な、なんだってばよ。


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