第405話 あれっ!? この歌は……伝説
3月も半ばになると、すっかりイカルガに定着した感があるスファトリーさんなのだった。
リスナーの眷属さんたちからは、『スファちゃん』『スファぴー』とか呼ばれている。
明らかにかわいいマスコットの外見なのに、口調が気高い姫っぽくて、かわいい売りをしていないのが珍しいらしい。
伸び方はなかなか。
この間の、初めて一人でカップラーメンを作って食べる配信がバズった。
説明文の解読のために眷属さんが協力し、リスナーコメントを見ながらお湯を沸かし、カップラーメンに注ぐところでこぼして「あちー!」となり。
ついに出来上がったちょっとのびたカップラーメンを、「自らの手で作るラーメンの味と達成感!」と感激するところが、一大エンターテイメントになっていたのだった。
アバターの外見でカップラーメン作る事自体が難しいからね!
あとは、彼女の言動から、異世界人だろうという考察がインターネッツでは盛んになってるみたい。
今は種族当てのために盛り上がってますねー。
彼女の正体はこっちの世界には他にいない系種族だから、わかんないと思うなあ。
「あっ、スファトリーさんがもみじちゃんとコラボしてる」
作業中二窓していると、ライブ配信で面白い光景が見られた。
二人でパンを作ってますねえ。
あっという間に打ち解けたな……!
『うまいうまい! そうやってこねるんだよスファちゃん!』
『なるほどなのじゃ。自ら手を使って異世界の食物を作り上げる。これはちょっとした錬成の魔法なのだな……! むおお、生地がペタペタしてくる! 手袋をしていなければ危なかった』
異世界出身の彼女からすると、見るもの聞くもの、触れるもの食べるもの全てが珍しい。
今一番ハマっているのは、自らの手で作ることらしい。
『わらわは今まで、破壊ばかりしてきたからな。こうやって作り出すことがとても珍しく、そして尊い作業に思える。我が一族もまた、空前の物作りブームが来ておるのじゃ!』
『へー! スファちゃんの一族さーん! うちらの配信を見て、いっぱいパンを作ってねー!』
画面の向こうに呼びかけるもみじちゃんなのだった。
そしてそして。
私はと言うと、兄の結婚式が間近に迫る頃合い。
そろそろダンジョン配信もしなくちゃなーと思っていたら、インペリアルレコードさんから新しい歌が届いたのだった。
あひー!
に、二曲目!!
『ほうほう、やっぱりこれは、私とはづきの二人に歌わせる気満々ですねえ……』
「ベルっちもそう思うか」
『でしょ? 分身できるってアドバンテージなのかも……』
「そうかなあ。でも確かに、同時にユニゾンとかハモリ収録できるからいいのかも」
ってことで、私はまたちょっとの間、ダンジョン配信はできなさそうなのだ!
すまん、すまないお前らよ……!
新曲の練習、PV作成、宣材写真……。
すっかり芸能人のような活動をしている。
こ、これでは冒険配信者ではないのでは……!?
『ダンジョン配信をしないの、体的には楽なんだけど、申し訳無さみが強いよね』
「分かるー。ダンジョンを駆け巡ってるとなんか謎の体力消費とか空腹が起きるとかあるけど、こっちはねえ。不思議なパワーを使わないから」
常識的な空腹で済みますね。
そしてやって来た、歌の収録日。
3月の最終日で、明日からは4月!
学校はとっくに短い春休み中!
私はこの間、ずーっと芸能活動みたいなことをしてましたね!
また野中さんのラジオにも出て、宣伝してきたし。
「師匠の歌の収録かや。わらわ、よく考えたら今まで師匠の歌を一度も聞いていなかった気がするのじゃ。町中ではたくさんの歌が流れているというのに」
「ははあ、ではスファトリーさんも見学に行く?」
『おいでおいで』
「行くのじゃー」
思えば、最初から私とベルっちが分かれることに疑問を抱いてもいなかったスファトリーさん。
「大魔将クラスともなれば、分身するくらいは当たり前なのじゃからな」なんだそうで。
この人は私を魔族か何かだと思っているんじゃないか……?
普通の人間ですよ。
インペリアルレコードさんのおさえたスタジオに到着して、ここで録音です。
スファトリーさんは人間っぽいアバターを被っているので、イカルガの新人ですーということで通してもらえた。
「……イカルガの新人って……あのマスコットみたいな子だよね? 中身がこんな凛々しい美人さんなの……?」
インペリアルレコードの私担当、元バレー部な長身女子ノリマキさん。
彼女がしげしげとスファトリーさんを見つめている。
「なんじゃなんじゃ? あのアバターのことかや! 最近ではすっかりあの動きにも慣れたぞ!」
「あー! 喋りが完全にスファちゃん! いやあ、驚きですよー」
すぐに仲良くなっておられる。
スファトリーさんもコミュ力が高いのでは?
そんな風な中、私の収録が始まりますよ。
今回の曲は、私の宇宙への打ち上げから着想を得た作曲家の人が作り上げたもの。
詞はあとからそれっぽいのを付けた感じなんだそうです。
ほうほう、盛り上がっていく感じがすごい。
歌いこんでたけど、一旦収録してみてから自分の歌声を聞いてオケと合わせると、こういうことだったのかーという答え合わせ感があるのだ。
『もうすっかり自分の声を聞くの慣れたよねー』
「まことにー。恥ずかしいとか言ってる場合ではなくなった……」
収録はトントン拍子で進み、予定時間には無事終了!
「オッケーでーす!」という収録担当の監督さんの声で、みんなワーッと盛り上がった。
ここで、監督さんからリクエスト。
「実は、はづきさんのデビュー曲を聞いてみたくて……。軽く歌ってもらうのありですか?」
「あ、はい、ありですよー」
それくらいのサービスはしましょう。
私の歌を聞いて、感激していたスファトリーさん。
「歌は文化じゃー。師匠の歌を聞くと力が湧き上がってくる。しかしこの歌声、どこかで聞いたような……」
そう呟いていたんだけど……。
私がデビュー曲を歌いだしたら、一瞬目を大きく見開いてから、ポカーンと口をあけたのだった。
「えっ。えっえっえっ!? ま、ま、まさか! まさかまさかまさか! あの歌は、師匠だったのじゃーっ!?」
何を驚いていらっしゃるのか。
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