第406話 大魔将一族、方針を切り替える伝説
『えー、まさか孫娘の師となった配信者が、我らと魔王殿の不倶戴天の敵であったことについてだが』
地の大魔将が議題を口にすると、一族はざわついた。
毛のない狼か、あるいはコウモリか。
それを肥大化させて直立させたような外見をしており、腕は長く地面につく。
彼らは耳をピコピコ動かし、腕を忙しくばたつかせて、ワイワイと意見を交換する。
『族長。実は我ら、あの歌でもかなり平気になってきているところだったのだ』
『うむ。むしろ聞いていると気分が良くなる』
『他の配信者の歌も好き』
『スパチャとか言うのを投げているのを見た。あれはどういう仕組なのだ?』
ワイワイと騒ぐ一族郎党。
地の大魔将は『ウーン』と唸った。
これは、完全に我が一族にまで、あの女の影響が入り込んでしまっている。
しかも、悪しき変化かと言われるとそうではない。
どうも一族の者達は、新しく、そして平和的で熱中できる娯楽を発見したようだ。
皆、生き生きとしている。
彼らが持っていた、ギラギラとした欲望や凶暴さと言ったものがすっかり薄れているではないか。
道理である。
そういう感情は、満たされていないからこそ、その欠落を埋めるための武器として発達する。
心の隙間が何か別のものでみっちみちに満たされてしまえば、しんどい感情なんか持っていなくてもよくなるのだ。
『これは、堕落だな……。我が一族は堕落させられてしまった。なるほど、恐ろしい相手よ』
一族が潜む亜空間。
まるで洞窟のような形をしたそこの壁面に、スファトリーが活躍する姿が映し出されている。
あろうことか、孫娘はこの世界の人の側に立ち、魔王殿が作り出す数々のダンジョンを攻略していっている。
その姿を見て、現地の民が大喜びするのだ。
それがスファトリーに力を与える。
『我ら魔なる者は、相手の絶望や悲しみや憤怒を吸い上げて力としておった。だが、こういう形で他者と関わることもできたのだな』
鼻息を吹き出し、大魔将は、一応は玉座の形に削り出されている壁面に寄りかかった。
『なに、数十年程度の停滞であろう。問題はない。我らの寿命は長い。この文化が終わるまでの間、これに浸っているのも良かろう』
すぐに結論づける。
短い命しか持たぬ者にとって、停滞は致命的である。
その時間で、命が育ち、別の命を育む時間を失う。
だが、魔なる者のライフサイクルは遥かに長い。
『ここは一時の停滞を受け入れよう。今、あの者と戦うことは最悪の愚策である。一族郎党が全滅し、しかも孫が悲しむ』
『族長、なんだかんだで姫がかわいいんでしょ』
『やかましいぞ』
こうして地の大魔将一族は、魔王との共闘体制を取りやめた。
もともと、彼らから一方的に取り付けていた関係だ。
一方的に辞めても、他者への興味の無い魔王は気にもするまい。
『わしはお前たちの自由を認めよう。思うように行動するが良い。だが、我らの姿をそのまま見せれば、心弱き者どもは狂う。アバターなる力で覆い、かの地に降り立て。そしてつかの間の停滞を存分に楽しむがいい』
亜空間に歓声が上がった。
『もう俺、アバター用意してあるんだよね』
『私もよ。あら、あなたのアバター犬なのね』
『お前はあの世界の子供か。では子供と一緒に散歩する犬となるか』
様々な姿に変じていく一族の者達。
彼らは大魔将に出立を告げると、次々に姿を消した。
こうして、世界のあちこちに、誰でもなく誰かに似ている者達が次々に現れることになった。
それは人々にとっては、世界のほんの小さな変化である。
だが、世界にとってはどうか?
巨大な侵略者の一族が消え、世界を仮の宿りとする者達が増えた。
世界はまた、少し賑やかになる。
※
「あれ? スファトリーさん、そちらの女性は?」
「おお師匠! これなるはわらわのまた従姉妹に当たる者でな。社長に言って雇ってもらった。わらわのマネージャーとなる者じゃ」
「よ、よろしくお願いします~」
マネージャーだという人が、ぺこぺこ頭を下げてきた。
当分はスファトリーさんのスケジュール管理とか、会社との連絡係をやりつつ……。
他のマネージャーさんの教育を受けさせて一人前に育てる方針らしい。
専属マネージャーが親族なら安心だよねえ。
その人は、いつも笑ってるみたいな猫目で、スファトリーさんとはかなり親しいみたい。
おや?
スファトリーさんは異世界人だから、この人も異世界人だよね?
普通の人みたいな姿をしているけど、アバターを被ってる……?
まあいいか。
私は考えるのをやめたぞー。
「じゃあこれから私、ルンテさんとご飯に行くけど、二人も来る?」
「行くのじゃ。わらわもアバターを被って行かねばな!」
「ご一緒します~」
四人でファミレスにランチに行くのだ。
私もスファトリーさんも、声を張ると一発で正体がバレるので……。
出先ではわざと落ち着いた感じに声を作って会話する。
「春休みももう終わりだよ。あっという間だった……。明日から学校だし、私は高校三年生になる」
「人間ってあっという間に時を重ねるもんねえ。エルフの二倍の速度で駆け抜けていく」
「わらわたち一族からすると、百倍くらいの速度じゃな」
「そんなにー!?」
という会話などしているのだ。
長生きな一族なんですねえ。
というか、人間の百倍生きるなら、もう神様みたいな寿命なんじゃん。
いやあ世の中、いろいろな人がいるもんだ。
「それでスファト……ううん、すーさん」
外だから、呼び名には気を遣わないとね。
「この間、歌枠やって私の歌を歌ってたけどどう? 難しくなかった?」
「ああ、よく聞いていたからとても馴染んだのじゃ! それに、歌っていると元気になってくる!」
「私もです~」
従姉妹のマネさんも気に入ってもらったらしい。
ありがたい~。
「私たちの一族、最初ははづきさんのお歌で戦慄してたんですけど~、今はみんなファンなんですよ~。配信者になったのは姫一人だけですけど~、みんなで姫や他の配信者の人も推して行こうって~」
「ほへー、それはありがたいことです」
どういう一族なのかは知らないけど、この世界の仲間が増えるのは大歓迎ですね。
ダンジョンによってグーッと人口が減ってしまったこの世界だけど、異世界からの移住者がたくさんやって来たんで、それなりに人の数が増え始めているらしい。
それに、種族を超えた関係みたいなのがあちこちで生まれてるとか。
うちのイカルガエンタは、それの象徴みたいなものかも?
とにかく、三年目突入。
私にとって、配信者最後の年だ。
バッチリ活動して、有終の美を飾るぞ……!
私は決意しながら、注文したハンバーグが運ばれてくるのを待つのだった。
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