第229話 いかにしてA氏はダンジョン配信を愛するようになったか伝説

 巷では、あの超一流配信者きら星はづきが異世界の侵略者と懇親会!?

 などと騒がれている。

 一大スクープになっているようなのだが、さっぱり分からなかった。


 会社員であるA氏は、世の中の動きについていけない。

 彼が三十五歳の時にダンジョンが出現した。

 なんだか分からないが、町一つを容易に飲み込んでしまう恐ろしいものだったらしい。


 そして、やっぱりなんだか分からないうちにダンジョンに対抗する迷宮踏破者という職業が出現する。

 要は、ダンジョン化した場所からめぼしいものを持ち帰る盗掘者であろう。


 この頃を、大迷宮時代と呼ぶ……らしい。


 ついでにダンジョンを破壊するらしいのだが、A氏にはそんなもの、まともに仕事をしていないならず者にしか思えなかった。

 やがてダンジョンが発展し、小さなものがあちこちに現れるようになる。


 迷宮踏破者のあり方も変化した。

 ダンジョンを踏破する様子そのものを見世物にし、稼ぐ者たちが出現したのである。


 そしてここで、ダンジョン実況を見ている者が多ければ多いほど、凡人でも強い力を発揮できることが分かった。

 大ダンジョン実況時代の到来である。


 この頃にはA氏は結婚しており、娘二人が生まれていた。

 幼い子どもたちは、ダンジョン実況に熱狂する。


「何がそんなにいいんだかな……。だが、タブレットやパソコンを見ててくれるならありがたい。俺は野球を見ていられるからな」


 A氏は野球を愛していた。

 彼のお気に入り球団は、横浜に拠点を置く、横浜デオキシリボ核酸ノーザンスターズである。

 ノーザンスターズは勝ったり負けたりする。

 まあまあ負けることも多い。


 だが、A氏はこの球団を愛していた。

 子どもたちがテレビに向かわず、パソコンを見ていてくれるのはありがたい。

 自分がゆっくりと野球を見られるからだ。


 やがて子どもたちは成長し、上の娘が中学に上がった。

 この頃と前後して、ダンジョン界に新たな動きがある。


 ダンジョン実況者はダンジョン配信者と呼ばれるようになり、彼らはなんと、まるでアニメかマンガのような姿に変身するようになっていたのだ。

 A氏はただでさえダンジョンに興味が無かったが、これにはすっかり呆れてしまった。


「なんてことだ。ダンジョンは遊びじゃないんだぞ。それをマンガの姿で中継とか、けしからん」


 そうぶつぶつ呟きながら出勤するA氏。


 だが、彼の娘二人はこのダンジョン配信者に夢中である。

 正直、娘たちの嗜好が理解できなかった。


 それでも、ここで介入すると娘たちに嫌われてしまうだろう。

 ただでさえ、五十代に突入した彼は年頃の若者から敬遠されているのではないかと日々気になっているのだ。


 娘たちに敬遠されたら、もう生きる喜びが無い。

 触れないでおこう。

 そういうことになった。


 職場では、若い社員とA氏たちベテランの間に埋められない溝があるのが分かる。


 ダンジョンがあるのが当たり前の世界で生まれ育った若者と、後からダンジョンが出現し、ダンジョン文化についていけない年配社員たち。


「課長。我々がダンジョン配信を見ないのを、若い連中は『配信者の作ってくれた平和にタダ乗りしてる』なんて言うんですよ」


「そうなのか!」


 二年後輩の課長補佐からそんな話をされて、A氏は目を丸くした。

 確かに、自分もダンジョン配信を見ない。

 興味が無いのもあるし、新しい文化を今更取り入れることへの反発みたいなものもある。


 何より、理解できなかった。

 そんなものより、野球を見ていたほうが楽しい。


 幼い頃の娘たちは、球場に連れて行くと喜んだ。

 だが、今の二人はそこまで野球に興味がない。

 球場帰りに中華街に寄ると喜ぶので、それをご褒美としてたまに付き合ってもらうくらいだ。


「それに、昔迷宮踏破者というのがいたでしょう。あの頃の英雄と言われてたのが今度与党の議員になって、迷宮省の長官になったんですよ」


「そうなのか! そう言えばやたらと若い長官が誕生したって言ってたな……」


 妻が、「あらイケメン」とか言ってたのでカチンと来たのを覚えている。

 そんなに若いイケメンがいいのか……!

 俺も美容院行こうかな……。


「ま、我々は我々で好きにやるさ。ダンジョン配信とやらを絶対見ろという法律があるわけでもないだろう」


 A氏はそう結論付けて、これ以上話が過激化するのを打ち切ったのである。

 彼は若者に嫌われたくなかった。

 若者の好みを否定することは、娘たちとの距離が離れることである。


 そうなってしまったら、二人が結婚した時、孫を見せに来てくれないではないか。

 それは困る……。


 上の娘がついに高校へ入学した。

 一駅ほどのところにある、評判のいい女子校だ。

 中学では陸上をやっていた娘は、すくすくと育ち、今では自分よりも背が高い。


「あんなに綺麗に育ったのだ。男たちが放ってはおくまい。女子校……正解!」


 A氏はうんうんと娘の選択の正しさに頷くのだった。

 上の娘は色々と楽しく高校生活を送っているようだった。

 ただ一つ、悩みがあるようだ。


 彼氏ができないと言っていた。

 そんなものはまだ早い、とA氏は思う。


 手塩にかけて育てた可愛いかわいい娘を、どこの馬の骨とも分からぬ男にくれてやるのは……こう、なんというか、悔しい。

 上の娘が結婚したら、一晩中めそめそと枕を抱いて泣く自信がある。

 だが……!

 娘の選択は……!

 尊重、したい……!


 なので、理解のある父親を装い、「今はまだ、お前の魅力が育ってきているだけなんだ。みんなすぐにお前のいいところに気がつくよ」などと言っておいた。

 本当はまだ彼氏とか作ってほしくない……!!


 下の娘の男友達とお付き合いを始めたとか聞いた時は、絶望にのたうち回った。

 だが、すぐに関係がなくなったことで、ホッと安堵し……。

 下の娘がその男友達と正式に交際を始めたことで、またのたうち回った。


 早い!

 早すぎる!!

 まだ中学生なんだぞ!!


 そうこうしていたら、最近上の娘の様子がおかしい。

 なんだかちょっと生き生きし始めた。


「このきら星はづきちゃんって娘がうちの学校の生徒らしくてさ。あたし、超応援してるの。あと料理を教えてもらってさ、師匠って呼んでるクラスメイトがいて、作るご飯がめっちゃ美味しいの。今度パパにも作ってあげるよ」


「ほ、ほ、本当かい!?」


 嬉しい!!

 我が世の春が来た!!

 生きてて! 良かったーっ!!


 A氏の視界がバラ色に輝き出した。

 世界は光と優しみに満ちている……。


 ……と思ったら。

 黒服の男が訪ねてきたのである。

 彼を見て、妻は「ク、クール系イケメン……!」とか呟いていた。


 何をう!

 俺だって負けて……いや、かなり負けるが、ハートの熱さでは負けないはずだ!


 対抗心を燃やすが、その気持ちはイケメンが発した言葉でどこかにぶっ飛んでいった。


「お嬢さんを配信者にしたく、ご両親の許可をいただきに来ました。私はイカルガエンターテイメント社長、斑鳩と申します」


「!?」


 A氏に衝撃が走る……!!

 ダンジョン配信は!

 自分に無関係なことなどでは無かった!!


 まさか……まさか自分の人生にこうやって入り込んでくるとは──!!


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