第230話 こうしてA氏はダンジョン配信を愛するようになった伝説

 愛しいうちの娘が!?

 常に猪突猛進で危なっかしくて、だけど真っ直ぐで優しくて、最近は色々思い悩んでいつもの明るさが無くて心配だったうちの娘が!


 ちょっと明るくなってきて、いいことあったのかなと想像し、食卓でも笑顔が増えているのを見て自然とこちらも笑顔になってしまう、うちの娘が!?


 ダンジョン配信者に!?

 ホワイ!

 なぜ!!


 A氏の脳内を疑問が駆け巡る。

 こういう衝撃的展開の後、父親は「いかん! 許さん!!」などと娘の身を案じて叫んだりするものではないのか。

 いや、だがしかし。


 A氏は懊悩した。

 娘がやっと見つけたやりたいことを安易に否定していいのか……?

 そしてやっと、


「か、家族会議をします。ちょっとだけ時間を下さい」


 ということで、一日猶予をもらったのだった。

 妻と話し合い、自分はここでやっと、ダンジョン配信というものを何も知らないことに気づいた。


「パパ! まず配信みてみて!!」


 娘にもそう言われてしまった。

 これは見るしか無いだろう。

 仮に否定するとしても、見てから否定したほうがいい。


 こうしてA氏は、ダンジョン配信を視聴し始めたのだった。


 娘が友人から進められたという、過去配信のアーカイブ。

 その中では、どこか、あのスカウトにやって来た男の面影をした人物が戦っていた。


 二丁拳銃を武器に、次々と襲いかかるモンスターを打ち払い、なぎ倒す。

 まるで映画のクライマックスシーンのようだ。


「これは特撮……? CG映像なのか……?」


 いや、ダンジョン配信は現実のはず。

 つまりこの人物は、現実でこの動きをして、見るも恐ろしい怪物たち相手に挑んでいるということなのだ。


「な、ならなぜ二丁拳銃で接近戦をしているんだ! 銃で相手の攻撃を受け止める意味は!? 両手を交差させて射撃する意味は……!? な、なんて難しいんだ! それに明らかにこれは危険すぎる……!!」


 次につけた動画は、ダンジョンでコンサートをしている風景だった。

 三人の女の子がデビューするというイベントらしい。


 次々にカメラが彼女たちを映し出し、歌の歌詞も流れる。

 だが、背後では巨大なモンスターが出現し、それと何人もの配信者が戦っていた。


「な、なんだなんだこの温度差は! 何が起こっているんだ……!」


 背景では、ピンク色のジャージを着た少女が大きなモンスターを、手にした茶色い曲がった棒で叩いている。

 あれはなんだ!?

 ゴ、ゴボウ!?


 あの少女はゴボウでモンスターと戦っているのか!?

 娘と同い年くらいの少女が、そんな無茶な……『ウグワーッ!!』モンスターが! ゴボウで! やられた!!


「もしや、最近よくゴボウの話を聞くが、彼女がその……!?」


 あまりに情報過多だったので、リビングに戻ってきてお茶を飲んだ。

 娘が目をキラキラさせている。


「パパ、どうだった? すっごくない? 社長も昔凄かったんだって!」


「やはりあの二丁拳銃で接近戦をする男がさっきの社長! それに、コンサートの後ろでピンクのジャージの女の子がゴボウでモンスターを倒してるし……」


「それ! それがあたしの先輩なの! あたしが師匠って呼んでて、あたしにお料理を教えてくれた娘!! すっごく頼れるの!」


「なん……だと……!?」


「きら星はづきちゃんって言って……。ああ、最高の先輩だよー」


 娘のこんな嬉しそうな顔を見たことがあったか。

 幼い頃ならばあった。

 たくさん見てきた。


 だが、娘のこんな輝きに満ちた表情を、最近は見なくなっていたのではないか?

 A氏は自問自答する。


「ダンジョン配信は危険じゃないのか?」


「危険だと思う……」


「だったら駄目だ! どうして、そんな危険なものに可愛い娘をやらねばならんのだ!」


「だってパパ! あたしがやらなくても。誰かがやってる」


「そ、それは好きでやってるんじゃないのか?」


「好きだからだと思う。でも、ダンジョン配信して、ダンジョンを壊していかないと……ダンジョンハザードが起きるんだよ。これはすごく大切な仕事なんだ!」


 ダンジョンハザード。

 それだけは、A氏も良く知っている。

 日本のあちこちで時折起こる、怪物たちによる災害だ。


 A氏が若い頃は、その災害で多くの人が死んだ。

 無くなってしまった町の数も、10や20ではきかない。


 A氏が若い頃、日本は一億二千万人の人口を擁していた。

 だが、今はどうだ。

 五千万人にも満たない。


「あの暴動は、警察や自衛隊が……」


「ダンジョン配信してるみんながあれを収めてくれてるの。あたしがやらなくても、誰かがやるかもしんない。だけど、あたしがやったら、もっとたくさんの人を守れるし……! それに」


「それに……?」


「あたしもダンジョンに巻き込まれて、でも、そこを師匠が助けてくれたから!」


 娘は、そのアーカイブをブックマークしていた。

 彼女のスマホから見る動画の中で、ダンジョンに巻き込まれた少女がいる。

 顔にモザイクこそ掛かっていたが、間違いなく娘だった。


 それを、ピンクのジャージを着たあの少女が助ける。

 娘を担いで、ダンジョンの最奥まで突っ込む。

 そして恐ろしいモンスターを、雑に倒す。


「これは……」


「あたしは! 全国にいる、あたしみたいな人を助けたい! だからあたし、ダンジョン配信者になりたい!!」


 崇高な祈りだった。

 それでも、親であれば娘の命をこそ大切に思うべきなのだろう。

 だが、そのエゴは多くの助からない命を作り出すかも知れない。


 A氏は少しの間考えた。

 自分は将来、この決断を後悔するかも知れない。

 きっと全国には、自分のように悩み、決断した親が何人もいるだろう。


 今一番大切にしなければならないのはなんだ?

 それは……。

 重い口を開く。

 出てきた言葉は、A氏自身のためのものではなく。


「……危なくなったら、絶対に逃げるんだぞ」


「うん!」


「無理をするんじゃないぞ。何かあったら、パパに相談しなさい。あと、ちゃんと社長さんにも相談しなさい」


「うん、する!」


「……分かった! だけど大怪我したら止めさせるからな! 分かったな!」


「うん! ありがとう、パパ!! 大好き!!」


 娘がテーブルを超えて飛びついてきた。

 凄いパワーに吹っ飛ぶA氏。

 だが、彼の心は暖かいもので満たされていた。


 娘も自分の道を選ぶ時が来たのだ。

 それがほんの少し、早かっただけではないか。


 そう自分に言い聞かせる。

 それに、娘が危なくなった時に助けに行くのは父親の役目だ。




 娘がダンジョン配信者になった。

 紹介動画で、いきなりダンジョンで凄まじい大暴れをする娘を見て、くらっとなるA氏。


「許可出したの間違いだったかな……!! いや、でも頼れるきら星はづきさんが一緒にいるからな……」


 家に帰ってくるたび、娘ははづきさんからどんな指導を受けたかを、楽しげに話してくる。

 あまりにも彼女がキラキラ輝き、毎日充実しているので、今度は下の娘までも……。


「わっ、私も配信者なろうかな」


 とか言い出す始末だ。


「ダメだぞ! お姉ちゃんは体も大きいし、頼れる先輩もいるからいいんだ。お前はちょっと憧れているだけだろう。それに危ないぞ……」


「ぐぬう……!!」


 悔しげな下の娘。

 そう、ダンジョン配信なんか、憧れだけでできる仕事じゃない。

 もっとなんというか……娘が出会った、運命みたいなものが関わらなければ就くことがない仕事なのだ。



 家の中が明るくなった気がする。


 A氏にも日課ができた。

 野球の中継の他に、娘の配信を見るという日課だ。


 そしてある日。

 A氏は愛する球団、デオキシリボ核酸ノーザンスターズの試合チケットを買った。


 はぎゅうという名前で配信している娘は、今日は忙しい。

 下の娘は野球に興味がない。


 だから、妻と二人で見に行った。


『本日の始球式のゲストは、あのダンジョン配信者、きら星はづきさんです!』


 わーっと球場が沸く。

 A氏も笑顔になって、メガホンを叩いた。


 バックスクリーンに映し出される、ピンクのジャージの少女。

 おどおどした風に歩いてきて、周囲にペコペコした。


 彼女が活躍する動画も見た。

 歴史に名を残すほどの配信を何本もやって来た、日本最大の配信者。

 そんな彼女が、娘の指導をしてくれている。


 それだけの名声を得ても、なおも腰が低く、ちょっと挙動不審なくらいなきら星はづきは、球を受け取ると妙にシャンとした。

 そして、振りかぶってからの見事な投球フォームで……。


 ノーバウンドの速球をキャッチャーのミットに叩き込んでくる。


 スピード、150km。

 球場がどよめき、すぐに大歓声に変わった。


 慌てて、バットを振るバッター。

 だがそんな必要はない。

 完全無欠のストライクだ。


 A氏は笑いが込み上げてきた。

 そして、近くを通ったビールのお姉さんに、


「生2つ」


 妻の分も頼んだ。

 継ぎたてのビールに口を付けながら、彼は思うのだ。


 いいじゃないか、ダンジョン配信者。

 推せる。


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