第20話 ダンジョン内商品PR伝説

 企業案件。

 冒険配信者にとって、一番実入りがいいお仕事の一つだ。


 冒険配信をして、届け出をした時点で国から最低限のお金はもらえるんだけどね。

 そのうえで、アワチューブやネチョネチョ動画とかで収益化し、スパチャをもらうというお金の稼ぎ方も許されてる。

 それに、経済も活発化させなきゃということで、冒険配信者は企業案件を受けるわけ。


 つまりどういうことをするかと言うと……。


「みなさーん! こんきら~! 新人冒険配信者の、きら星はづきでーす! 今日はですね~、企業案件でですねー」


※『こんきらー』『こんきらー』『俺たちの返答を待たずに案件の説明を始めたぞ』『テンパってるな』


 鋭い!!

 リュックにパンパンに詰めた、本日の宣伝素材。

 どういう順番で使うかを、社員の人と外で打ち合わせしてきたけど、もう緊張で頭から吹き飛びそう!


 紹介された場所は、まさにモスキラーの商品を試すのにピッタリなところなんだけど……。


「え、ええと、こんきらー! お前ら、来てくれてありがとー! それでね、この場所は、随分前にダンジョンに呑まれた集落の入り口なんだけど、周りが毒沼になっちゃったせいで昆虫型モンスターが多いらしいのね。あっ、この配信、虫が出まーす! 虫でーす! 虫注意ー!」


※『あれだけアンドロコックローチをモザイク無しで映しておきながら!?』『コックローチを雑誌で倒すはづきちゃんらしからぬ気遣い』


 あ、あの時は気遣いする余裕なかったんだい!


「それでね。この辺りには……出るんです。そう、レッサーヴァンパイア! 血を吸う蚊が変化したモンスターで、人間の体液を吸い尽くして沼に産卵して増えます。怖いですねー! でも、そんなときこそ!」


 ここで私、嫌というほど練習した動作を行う。

 リュックを開いて取り出すのは、見慣れた企業マークの緑のスプレー!


「モスキラーのヘルジェット! やる気満々のスプレー発射口! めっちゃ遠くまで届きます! それにこの緑に輝くボデー! 容量たっぷり! どんなに大きな蚊でも、たちまちのうちに地獄行きです! じゃあ行ってみましょう!」


※『必死に脚本を暗唱してる』『がんばれはづきっち……!』たこやき『そろそろ素が出ると予想』


 たこやき!

 変なフラグ立てるんじゃない!


 私はちゃんとお仕事モードで頑張るぞ。

 ほら、頭上からプ~~ンというモスキート音が聞こえてきた。

 商品の力を、今こそ見せる時!


 出現したのは、まさにレッサーヴァンパイアだった。

 人間によく似た姿に、まるでタキシードを着込んだような体色をしている。

 顔がある所に、らせん状になった吸血管が生えていた。


 ぐ、グロい!


※『オエーッ』『閲覧注意』『なまじ人間に似てるだけにこれはいかんでしょ』


 レッサーヴァンパイアは私を見つけると、『キキキキーッ!』と歓喜の叫びをあげた。

 これだけの大きさのモンスターだから、人間一人の血なんかたちまち吸い尽くしてしまう。


 ひえー、怖い怖い!

 しかも、こいつは一対の羽を使って、ホバリングするように飛ぶ。

 蚊だった時より、飛ぶ力が強くなっているのだ!


 ダンジョン化した村は天井というものがないから、レッサーヴァンパイアが自由自在に飛び回れる。


「これは武器を当てるのが大変……!! 近接武器は届かないし、飛び道具もなかなか当たらないかも!」


※『うんうん』『大変』『かなりのクソモンスだよな』


 みんな共感してくれている。

 空を飛ぶモンスターは、冒険配信者からもとても嫌がられるのだ。

 戦う時は、魔法が使える配信者とコラボするのが望ましいと言われている。


 だけど今回は私一人。

 私の武器は、接近戦専用。

 じゃあどうする?


「こんな時こそ、ヘルジェットの出番です! えっと、この赤いピンを脱いて、スプレーの入り口をですね、ぐるっと回して噴射モードに」


※『はづきっち、上、上ーっ!』『来たよ来たよー!!』


「慌てない、慌てない。落ち着いてスプレーを蚊に向けて……」


※『落ち着きすぎ!』『あぶなーい!!』


 怒涛のようにチャット欄のコメントが流れる!

 同接数がもりもり増える!

 その数5000!


 私は妙に冷静な頭でそれを確認しながら、(これならPR大成功じゃない?)なんて思いながらスプレーのボタンを押した。

 その瞬間!

 ヘルジェット缶がエメラルドグリーンに輝いた。


 噴射口から放たれる真っ白な煙は、神々しく光ながら、まるでビームのように伸た。

 私に肉薄してきていたレッサーヴァンパイアが、どれだけ高い運動性を持っていても、この距離で回避は無理。

 視認してからじゃビームは回避できないのだ!


『ウッ、ウグワーッ!?』


 空中でのけぞったレッサーヴァンパイアは、そのままボトンっと床に落ちて、のたうち回った。


「このままでも殺虫剤は効きますけど、軽く追い打ちしとくといいです」


 シュッシュッ。


『ウグワーッ!?』


 レッサーヴァンパイアが、取れたての魚みたいにピチピチ跳ねた。

 そして、全身が光に分解されて消えていく。


「……ええと、こ、これが! モスキラーのヘルジェットの力です! すごいですねー!」


※『いや、うちでも使ってるけどさ、この威力はおかしい』『誇大広告では?』『蚊には効くじゃん』


「これがええと、動画の下の方に貼ってあるリンクから購入してもらうと、なんと20%割引! お得用も買えちゃいます」


※『えっ、お安い』『買わなくちゃいけない気がしてきた……』


「それじゃあ次は、蚊がたくさん出てきたらどうしよう? そんな時にピッタリな商品を紹介します」


※『言ってることはもうショッピング番組なんだけど』『やってることのスケールが違うんだよな……』


「はい、こちらで、ええと、あそこに見えます? 蚊柱。あれ、全部レッサーヴァンパイアなんですけど」


※『ぎゃあああああああ』『多い多い多い多い多い』『あれが全部来たら小さい街は壊滅するだろ!』『政府は何やってるんだ』


 村が滅ぼされて、村人たちの血を吸って生み出された卵が、全部レッサーヴァンパイアとして孵ったわけだ。

 本当に、ダンジョンは放置してたらダメなんだなあ……。


 私は物悲しい気持ちになりながら、リュックから次なる商品を取り出した。

 これは、火を付けると、殺虫効果のある煙が一時間くらい出続ける殺虫剤。


「えーと、こちらがインフェルノミストと言って……」


※『モスキラーの商品名、物騒すぎない?』『モンスターが実際にいる時代なんだから仕方ないだろ!』『むしろ開発者の気合が読み取れる名前だ』


 私がインフェルノミストを設置し、ポケットからライターを取り出していると……。

 これに、蚊柱になっていたレッサーヴァンパイアが気付いたようだった。


 集団で私目掛けて襲いかかるレッサーヴァンパイア!

 一匹でも厄介なのに、この数は本当に危険なのだ。


 だけど、密集してくれているから商品PRにはバッチリ!


「ここでシュッと火を付けます」


※『すげえ数のレッサーヴァンパイアが迫ってるのに、はづきっちが落ち着きすぎている』『台本で頭がいっぱいなんだろうな……』『なんか不思議な頼りがいを感じる』


 私が着火すると同時に、インフェルノミストは凄まじい量の煙を吐き出した。

 私はモスキラーの会社の人から教わった通り、ちょっと後ろに下がってから、電池式の小型扇風機を取り出した。

 これで、私の方に来る煙を払う。


「えーと、真っ白で何も見えないと思うので、Aフォンのサーモセンサー機能でなんとなーく分かるようにしますね。ええと、ええと」


※『はづきっちガチ恋距離』『顔が良すぎる』


 私がAフォンに密着して作業してたら、なんだかコメントがめっちゃくちゃ流れてる。

 なんだなんだ!


「はい、お待たせしました! これでサーモセンサー機能で見れます! ご覧くださーい!」


『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』

『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』『ウグワーッ!?』


 次々にレッサーヴァンパイアが、地面に落下していくところだった。


「えっと、下に落ちてますけど、低い所にいてもインフェルノミストからは逃げられません。軽いミストの他に、重いミストが時間差で出るからです。これで低空飛行してる害虫も一網打尽です」


※『開発者の、一匹残らず必ず駆除してやるという執念を感じる』『これモンスターに通用するのヤバいでしょ』たこやき『新しい対モンスター戦術が生まれた瞬間である』


 こうして、私の商品PRは大成功のうちに幕を下ろした。

 モスキラーの殺虫剤、その日は物凄く売れたらしい!


 ありがたいなあ。

 それからついでに、村の廃墟に巣食っていた48体のレッサーヴァンパイアは全滅したんだそうだ。

 そんなにいたんだ……!?


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