第324話 私分離作戦伝説

 この場に、宇宙さんとウェスパース氏が集まっている。

 陰陽術と、異世界の魔法に詳しい人ね。


「えー、ではこれより、きら星はづきくんと魔王ベルゼブブの分離儀式を開始する」


 宇宙さんが宣言すると、ウェスパース氏、そして外野で見学しているうちの仲間たちがわーわーと拍手した。

 場所はスタジオ。

 中心に大きな陣を描き、その真ん中に私。


 で、スタジオの壁際にイノシカチョウの三人、ビクトリアとファティマさん、バングラッド氏、トリットさん、カモちゃん、あとは兄と受付さんとマネさんたち。

 大人数だあ。


「確かにな。パワーが上がりすぎると配信に支障が出る。能力ときら星はづきの人格をある程度切り分けておいた方がいいだろう」


 兄の理解が早い!


「そして分離した力に新たな意思が芽生え、本体であったはずのお前と闘争を開始する……。燃えるパターンじゃないか」


「あのー!! 私VS私とかやりたくないんですけどー!?」


 みんながどっと沸く。

 ええい、そういうコントじゃないぞー!


「はづきくんのツッコミが冴え渡ったところで、儀式に移ろう」


 ツッコミではない。


「ウェスパース殿、そちらで手を貸して下さい。魔力側の手綱をお任せします」


『良かろう。人と、それに取り憑いた魔を分離するという儀式は一般的なものだが、これほどの規模のものとなるとわしも経験がないな。実に楽しそうだ』


 それに、この場にいる人間の大半は極めて頑丈そうだし、とウェスパース氏。

 確かにねー。

 ドラゴンであるウェスパース氏から見ても、配信者は丈夫でしょう。


 ということで、もにゃもにゃと宇宙さんが詠唱をスタートした。

 陰陽服姿もあって、大変陰陽師っぽい。


 で、ウェスパース氏ももにゃもにゃ詠唱している。

 足元の陣がピカピカ光った。


 魔法と陰陽術をハイブリッドしたやつらしいんだけど。


「こんな凄まじい儀式を異世界で見られるなんて……。人生ってのは分かんないもんだねえ!」


「そうなのかいトリット? 俺はピンと来ないなあ」


 先輩には僕と敬語、同僚には俺とタメ語。

 カモちゃん、喋り方の使い分けができている。


「カモちゃんはこの世界の普通の学生だっただろ? 魔法や陰陽術と離れて暮らしてたんだから、そりゃあそうさ。アニメとかで存在に馴染はあったでしょ?」


「あったあった。配信は全部CG処理でやってると思ってたクチだったよ。まさか現実だったとはなあ」


 カモちゃん、たまたまダンジョンハザードなどが起こってない地区の出身らしい。

 実際に経験しないと、現実感ないもんねー。


 私は内心で同意しつつ、本人としては今、儀式でやることが何も無いのでボーっとしていた。

 おや?

 なんか私の中で、もりもりと力が湧き上がる感覚が。


 そして、物凄く素直にスーッと外に出ていった。


「あれっ!?」


『おや!?』


 宇宙さんとウェスパース氏が戸惑いの声を漏らす。


「どうしたの。なんか不安になる~」


「計算外のとんでもないことが起きた」


「あひー」


 さらに不安になることを言われた!!

 被験者の心情を気遣って下さい!


『いやあ、これはとんでもないぞハヅキよ。本来、何かに宿った魔を分離する時、魔は激しく抵抗する。それこそ、宿主を死に至らしめ、周囲に殺戮を撒き散らすことも珍しくはないのだ!』


「あひー」


 また不安になることを!


「だけど、これは……」


『うむ。一切の抵抗なく、分離の力を働かせたらスルッと分離した』


「!?」


 この場にいる全員の頭の上に、!?マークが浮かんだ気がする。

 何もわからない。

 なんか理由のわからない状況になっているということだけが分かる。


 陣の発光が止まっていた。

 つまり、儀式はもう終わったというわけで。


 開始五分で終わることってある?

 あるんだなあ、これが。

 それが私です。


 うーん、我ながら意味が分からない。


『これで儀式終わり? お腹がすくばっかりじゃない』


「だよねえー。なんだか小腹がすいた」


 私は隣りにいる人と、うんうん頷き合う。


「あ、あ、あの、はづき先輩!?」


「なんですか」


『なあに』


 私の声がダブって聞こえるぞ。


 もみじちゃんがわなわな震えながら、私を指差す。


「先輩が……先輩が二人いるんですけどー!!」


「な、な」


『な、な』


「『なんだってー!!』」


 私ともう一人の声がピッタリ重なった。

 あ、向こうは私よりちょっと声が低いのね。


 で、横を見たら……。

 魔法っぽいちょっと露出度多めの衣装に身を包んだ、きら星はづきがいるじゃないですか。

 背中には一対の薄羽が生えている。


 対する私は、アバターを被ってない普段のまま。


「分離成功だ……」


 宇宙さんが厳かに告げた。

 そしてその後、凄く戸惑った感じで続ける。


「何の抵抗もなく、信じられないくらいあっさりと分離できた……。むしろ彼女は積極的に協力してくれて、魔力供給までしてくれたので五分で終わった……」


『前代未聞だぞ。実質時間は数十秒だ。もう、事前の詠唱すら必要なかったくらいだ。なんだこれ』


『きら星はづきであるからなー』


 バングラッドさんは何も疑っていない!


「光のはづきと闇のはづき……。いいじゃないかいいじゃないか。燃える展開だ。そして二人は何か、相争う理由はあったりするのか?」


 兄がトコトコと陣の中まで入ってきた。

 恐れを知らぬ人だ。


「あー、あえて言うなら」


『お兄ちゃん、お腹すいたんだけど』


「そう、それ」


『ねー』


 私と闇のはづき、マッチング100%!

 間違いなく心は一つですわ、これ。


 その後、社員さんがカップラーメンを作ってくれたので、私と闇のはづきで並んでズルズル食べた。

 大盛りビッグカップ、美味しい~。


 でも、普段よりも満腹度が高い気がする。


『分離したから、お腹の容量が減ったのかも』


「な、なるほどー! それは経済的」


「二人で同時に食べるから、結果的な量は一緒じゃない?」


 受付さんに突っ込まれて、私と闇のはづきは「な、なるほどー!」と恐れ入ってしまった。


「これ、普通にはづきちゃんが二人になっただけじゃない? 光と闇で人格が完全に同じって、そんなことある?」


「師匠が二人……ということは、同時に色々なところで活躍できるんじゃない? あたし、師匠とそろそろコラボしたかったんですよ!」


「リーダーはどうあってもリーダーなのね。なんか安心感だわ」


「二人のはづきさんからは、おなじみのほんわかした雰囲気を感じますね……。本当に分離されてるんです、これ?」


 皆さんが疑問を抱く気持ちも分かります。

 ということで、私は闇のはづきに聞いてみることにした。


「えー、闇のはづきさん」


『はいはい』


「あなたはあれです? 魔王ベルゼブブです?」


『ですです』


「あー、やはり」


 イノシカチョウの三人が、「軽ぅい!!」と突っ込んできた。

 でもなあ。

 私から分離した魔王なら、私でしょ?


 だったらこんな感じなのは、納得なのだった。


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