第139話 始まったハロウィン伝説

 ついに来た、ハロウィン。

 この日には、ダンジョン発生件数が激増する。

 なので配信者にとっては大忙しな稼ぎ時でもあるんだけど……。


「あひっ、私の割当区分はハロウィンの大騒ぎで車がひっくり返されたりする駅!」


「はづき先輩ほどの方ともなれば、一番の激戦区でしょうねー」


 迷宮省が把握している実力ある配信者には、割当区分を知らせるお手紙がやってくるのだ。

 ここで活動したら、お手当が多めに出るの。


 私は陽キャやパリピが苦手だというのに、彼らの総本山みたいな場所に割当てなくても……。

 だけどシカコ氏は、適確な配置だとうなずくのだ。


「そんなに私の評価が高いの」


「はづき先輩は自己評価が異常に低いんですってば。世間からの評価と自己評価で富士山からマリアナ海溝くらいの高低差がありますよきっとー」


「そんなに」


 そんな私たちは、並んで電車に乗り込み、例の区へ。

 シカコ氏はテスト用のアバターを身に纏い、配信者ベータ版として私のサポートをしてくれる予定だ。


「エプロンのポケットに色々入りますからー。はづき先輩は配信に集中できますー」


「ほえー、便利ー」


 兄からも連絡が来た。


『今回は彼女の実戦練習の意味も持っている。お前と一緒が一番安全だろうしな。ただ、なるべく彼女をカメラに映さないようにしながら活動をするんだ。それでも映ってしまうだろうから、マネージャーだとでも言い訳しておいてくれ』


「はーい」


「うううー、実質配信デビュー……」


 シカコ氏が緊張している。


「配信者ネーム決まったんだっけ?」


「鹿野紅葉(しかのもみじ)ですー」


「かわいい」


 エルフなのにもみじちゃんとはいかに。

 髪の色が紅葉の色になることは決定しているみたいで、ベータ版アバターも赤毛のエルフだ。

 いや、鹿の角が可愛いコックさん帽から生えているから、鹿人間かもしれない……。


「人か、鹿人間か……」


「はづき先輩がもう配信とダンジョンのこと考えてる……。言葉の意味は分からないけどさすがー……」


 なんだか感心されているぞ。

 電車はどんどん混み合っていき、新宿で降りて山手線へ。

 さらに電車がぎゅうぎゅうだ。


「はひー」


「シカコ氏私にしがみついてー」


「はいー」


 小柄なシカコ氏が私に正面からくっついてきた。

 これでよし。


 私は人混みでもあまりよろけたりしないので、ぎゅうぎゅうな電車の中でも確固たる位置を取ることができる。

 私の数少ない特技の一つなのだ。普段満員電車乗らないから発揮されないけど。


「柔らかいのにどっしりしてるー」


「体幹が強いとよく言われます」


「配信で不思議な動きをしていても、すぐに攻撃や回避に移れるのはそういう……!」


「そ、そうなのかな……?」


 そんな話をしながら周囲を見る。

 明らかにハロウィンでしょ、という姿の人たちが多い。

 話に耳をそばだてると、彼らは東京住みじゃなく、埼玉とか千葉とかから来てるっていうのも多いみたい。

 あとは地方出身の人たちかな?


「なんでハロウィンはにぎやかなんでしょうねー」


 普段は家の手伝いで、ハロウィンの騒ぎに参加したことなどないシカコ氏。

 今年はハロウィン用のパンを作りきり、ご両親から楽しんでおいでと送り出されたのだ。


「なんでかなあ……。有識者に聞いてみよう」


 困ったときのお前らだ。

 ツブヤキックスで質問を投げつけてみる。

 すると……。


『人間には祭りが必要なんだよね。地方から上京してくると、それって周りは他人しかいないじゃん。地方人同士でも地域が違えばお祭りも時期も違うしさ』『ハロウィンは外から来た人たちがお祭りを一緒にできる機会なのよ。ハレの日ってわけ』『日常はケだもんな』


「すごく賢そうな返答が来た」


「先輩のリスナーたくさんいるから、頭いい人も多いんじゃないですか?」


「かも知れない……」


 胸元にすっぽりハマってるシカコ氏に、画面を見せる。

 彼女も「ほえー」と感心していた。

 私たち、東京地元民だもんねえ。


 確かにお祭りって、探さなくても地元でやってくれるものだった。

 そうそう。

 そういうお祭りの時も、小さいダンジョンがよく発生してる気がするなあ。


 だからハロウィンもそうなんだろう。

 兄いわく、


『人間が集まり、感情が激しく動くイベントだから、それに反応してダンジョンが呼び寄せられるんだろう』とか。


 ただ、発生したてのそういう小さいダンジョンは大して怖くないらしく、PikPokとかで配信しながら若者グループが踏破したりしちゃうんだけど。


 何故かハロウィンだけはそうはいかない。

 ガチのやつがインスタントでポコポコ生まれる。


 これはなんでなんだろうなあ。


「あっ、先輩、次」


「ほんと!? ありがとー」


 シカコ氏は優秀だなあ。

 たくさんの人たちと一緒に、例の駅へ降りることになった。


 二人で女子トイレに並ぶ。

 長蛇の列だー。

 着替えに使ってはいけませんと書いてあるけど、そんなの無視してみんな無料更衣室みたいに使ってるんだよね。


 私たちは本来の目的と、出てくる時にバーチャライズする用。

 こっちの仮装は一瞬だもんね。

 ダンジョン内でもよおすわけにはいかないので、ここで済ませておくのだ。


 一時間近く掛かった……!!

 トイレで着替える人たち許すまじ。


 私がプリプリ怒りながらトイレから出てくると、並んでいる人たちがどよめいた。


「は、はづきっちがいる!!」「えっ、仮装でしょ!?」「あ、そっか。今日ハロウィンだもんね」「トイレで着替えてたの?」「やーねー」


「ほ、本物ですー! 本物だからバーチャライズで一瞬ですー!」


 私は自らの名誉のために釈明した!

 この仕草が大変本物らしかったみたいで、みんな「本物だ!!」「本物のはづきっちがここに降り立った!」「本物見ちゃったー!!」と大騒ぎに。

 たくさん写真を撮られた!


 なお、無断撮影はAフォンがいい感じでモザイクを掛けてくれるので、私の情報が出回ることはそんなにない……はず。

 すぐにシカコ氏もアバターを纏って合流してきた。


「お、お待たせしました!」


「待ってないよー。行こう行こう。トライシグナルのみんなとゴーレム像の前で待ち合わせだから」


「は、はい!」


 私は彼女を伴い、もりもり移動した。

 人混みをガンガン突き進む。


「はづきっちだ!」「本物らしいぞ」「本物はづきっち通りまーす!」「道をあけろー!」「なんか後ろに違う子いない?」「コラボかな? でも見たこと無い……」「かわいい」


 協力的な人たちのお陰で、改札までたどり着けた!

 そこから出てしまえば、仮装した人たちばかり。

 あっという間に私もシカコ氏も紛れてしまう。


「あ、そうそう! はぐれないように手を繋ご!」


「あっはい!」


 シカコ氏……今はもみじちゃんとしっかり手を握り、私は大騒ぎなハロウィンの中に繰り出すのだった。


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