第59話 アクスタ最強伝説

 夏休み前日。

 弾む気持ちで帰宅した私の目に、ちょっとぶ厚めの大きな封筒が見えた。

 我が家のポストに刺さっている……。


 なんだろうこれ?


「お母さん、これこれ」


「あらあらまあまあ」


 母も寄ってきて、二人でそーっと封筒を開封した。

 中には……。


「硬い板が」


「まあ、なにかしら」


「なんだろうねえ」


 恐る恐る取り出すと……。

 それはアクリルの板だった。

 外枠とスタンドになるようになっていて、中には人の形をしたアクリルの板が……。


「あっ、こ、これはーっ!」


「はづきちゃんねえ!」


 私が驚き、母が笑顔になった。

 ところで配信外でも私を配信者ネームで呼ぶのはいかがなものか……!


 一瞬浮かんだ思いはすぐに消し飛んだ。

 送られてきたのは、アクリルスタンドフィギュアだったのだ!


「ふおおお、わ、私がアクスタに! あ、よく見たら封筒の送り先がバンダースナッチさんだ」


 バンダースナッチ株式会社。

 私のコラボカフェ運営をやってくれるところで、他に色々な企画もしてる。

 私のアクスタ、完成していたのか……。


 なお、抱きまくらカバーは兄がストップさせたらしい。


 テンションが上がった私は、そのままアクスタをポケットに入れてダンジョンに向かい、配信を開始した。


「お前らー! こんきらー! 今日は家の近くに発生した事故物件ダンジョンに来てます! えーと、世界全てに憎しみを向けて自死した家の人が強力な怨霊になったんだそうで……」


※『こんきらー!』『のっけから情報量が濃い』『あれっ、そこ昨日封印指定されたところじゃなかったっけ!?』『個人勢の人がコラボで行って文字通り全滅したんだよな』『ネットニュースになってた』


「えっ!!」


※『知らんって顔してるぞw』『ニュースチェックしろ』『はづきっちだもんなあ』


「せっかくダンジョン配信しながら、いいモノの紹介しようと思ってたのに……」


 いいモノ、という私の発言に、リスナーが食いついた。


※『なんだなんだ』『見せてー!』おこのみ『抱きまくらカバーだな!! 買います』


「抱きまくらカバーはお兄ちゃんがストップさせたので」


 ざわつくコメント欄。


※『い、斑鳩なんてことを』おこのみ『許せねえ、許せねえよ……! こんなことがあっていいのかよ……!』『うおおおお俺たちの抱きまくらカバーを取り戻せ』『うおおおおおお』


 ヒートアップしている!!

 ちなみにこの配信の後、凄く熱のこもったメールが大量に兄の所に届いたそうだ。


「じゃあ、今日宣伝するものなんですけど……」


『昨日に続き、今日も我が城に侵入してくるとはな……! 俗世の人間には学習能力というものが欠如しているようだ!!』


 いきなり、音割れした感じの人の声が響き渡った。

 誰か先に来てたのかな……?


 ダンジョンの床は、荒れ果てたワンルームっていう感じなんだけど、そこに真っ黒な染みが点々と散らばってる。

 その染みが集まってきて、盛り上がった。

 真っ黒な影が出現する。


 影の全身に、赤い光が宿ったと思ったら、全部が目玉になって開く。

 ひえー、なんこれー!


「なんか見たことないんですけど!」


※『はづきっちニュースチェックしてくれえ!』『そいつ、昨日国が認定したネームドのデーモンだよ!』『憤怒のナカバヤシ!』


「ナカバヤシさん!!」


『俺の名だああ!!』


 ナカバヤシさんは叫びながら、全身の目から光を放つ。

 なんか赤い光は、当たったところを溶かしたり焼いたりしながら、だんだん私に集まってくるんだけど。


「あひー」


 慌てて私はポーチをまさぐった。

 そして取り出したのは……。


※たこやき『あっ、そ、それはーっ!! この場面でそれを初公開するのかーっ!! さすが……さすがきら星はづき!!』


 たこやきが興奮してる。

 なんでだ!

 いや、それは私が取り出したのが、私のアクスタだからだよね!?


 ゴボウと間違えたー!!


 だけど、私が手にした私のアクスタは、いきなりすっごい輝きを放った。

 まばゆい棒状のエフェクトが発生し、集まってくる赤い輝きを打ち払う。


※『アクスタから出てきた棒状の光はなんだ!』『茶色い光……ゴボウだこれ!!』『おいおい、はづきっちとアクスタのはづきっちで、今宵ダブルはづきっちってことかい!?』


『な、なんだその力はーっ!! 我の滅びの光を打ち払うだと!?』


 ナカバヤシさんが叫ぶ。


※『うおおおお!!』もんじゃ『圧倒的攻撃力で場を支配するネームドにとって不規則で毎回新しいことをしてくる上に先が読めなくて一点突破の高い攻撃力と鉄壁の防御を持つはづきっちはまさに天敵……!!』たこやき『誰にだって天敵だよそれは』


 ナカバヤシさんの攻撃を弾いた私は、もたもたしながらゴボウを取り出した。

 すっぽ抜いた勢いで、ゴボウを大きく振りかぶったみたいになってしまう。

 そうしたら、いつの間にか背後に影を伝って移動していたナカバヤシさんっぽいのがゴボウに当たり、『ウグワーッ!?』と粉々になった。


『ノールックで我が分身を!? まさか読んでいたというのか!!』


「なになに!?」


※『昨日見た動画だと、ナカバヤシは光線で場を蹂躙しながら、背後に分身を生み出して同時にアンブッシュを仕掛けてきた!』『さすが初見攻撃だろうが通用しないはづきっち』『俺たちの姫はよく分からん感じで絶対にダメージを受けない』


『ば、馬鹿なーっ!! 化け物め!!』


「えーっ、ひどくないですか!? わ、私は普通です、普通!」


『お前のような普通がどこにいる!! おのれ、あまりにも情報が不足している……。せっかくこれだけの力を手に入れたと言うのに、正体不明の化け物と戦って滅ぼされるのはゴメンだ!』


「あひー! この人ひどいこと言うんですけど!」


※『的確に戦況を読んでる』『さすがネームドだな』たこやき『今まではづきっちのヤバさを理解しなかった奴らはみんなゴボウで光に変えられた。自分でも何書いてるんだか分からないが真実だ』


 お、お前らまでー!

 仕方ない、ここはゴボウでペチッと叩いてダンジョンを攻略してしまおう。


 私は小走りでナカバヤシさんに近づいた。


『ウワッ! なんか予想外の動きで寄ってきた! 怖い!』


 ナカバヤシさんが次々に攻撃してくるんだけど、妙に私とリズムが合わないみたいで、手前や後ろに赤い触手みたいなのが生えている。

 色々してくる人だなあ。


「ち、近寄りました! えいえい! 効いてます?」


『ウグワーッ!!』


 ゴボウでペチペチ叩いたら、ナカバヤシさんが半分消えた。


※『聖剣化したゴボウで小刻みに相手を叩くやつがあるかwwww』


 反撃してくるナカバヤシさんの光とか触手とかは、私のアクスタにぶつかって消える。


※『右手にアクスタ、左手にゴボウ……! はづきファランクス完成しちまったな……』『すげえ絵面www』『でもあのアクスタ超欲しい!』


 こ、これはアクスタの宣伝大成功では……!?


「み、みんなー! アクスタ凄く可愛いから買ってねー!」


 私が撮影しているAフォンに向かって手を振り、精一杯の笑顔をみせていると……。


『チャンス!! 屈辱だが退却する! 覚えていろピンク髪の女ーっ!』


 ナカバヤシさんはシュルっと細長くなり、換気扇のところから外に逃げ出して行ってしまった。

 すると……ダンジョンがあっという間に、普通のワンルームになる。


「あーっ、逃げられてしまいました」


※『初見のネームドデーモン真正面から圧倒してるだけで十分だよwww』たこやき『撮れ高しかない。思えばあの頃から強くなったなあ。強くなりすぎでは?』


 わいわいと盛り上がるコメント欄。

 なお、アクスタは予約が殺到して即座に売り切れたらしい。


 バンダースナッチさんからメールがあって、大量増産するんだって。

 それから……兄がリスナーの熱意に負けて、抱きまくらカバーにゴーを出したそうだ。


 うちのお前ら、凄いなあ……!


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