第424話 魔王様の世の中研究伝説
『ふむふむ……これが配信ってわけねえ』
魔王マロングラーセは、漫画喫茶に入ってダンジョン配信を見ていた。
魔法の類を使って無理やり入り込んだのではない。
郷に入らば郷に従え。
きちんと、偽造した履歴書を使い、ハンバーガーショップなるところのバイトとして働き、賃金を得たのである。
人を弱らせぬ程度に己の力をセーブするのは繊細な気遣いが必要で、なかなかスリリングで楽しかった。
人間観察の場としても、世界のシステムを学ぶ場としても有用だった。
そして得た最初のバイト代で、彼女は漫画喫茶にいる。
もう少なくなってしまった業態だが、まだまだある。
そこで彼女はドリンクバーを飲みつつ、ダンジョン配信のはしごをする。
『これは話にならねーっていうか、弱いし。こっちは……まあまあやるっぽい? でも魔将まで届かないっしょ』
そう判断しながら、次々に配信者を見ていく。
リアルタイムが終われば、アーカイブをチェック。
ここで魔王は、自分が強いと判断する配信者の共通点を見つけた。
『チャンネル登録者数ってのと、同接数が多いと強いんじゃね? あ、マジだ。そうだわ。わっほ、あたし天才』
これまで侵略してきた者達が誰一人気付かなかったことに、魔王マロングラーセはたった一ヶ月で気づいたのである。
彼女がカチャカチャとネットサーフィンしていると、周辺にいた利用者が体調不良を訴え、次々に帰っていった。
魔王のいる一角のみが無人になる。
ある程度の声なら出し放題である。
そこに、パーテンションの上から覗き込んでくる者がいる。
『マロン様』
『じいじゃん。上から覗いてくんの、ここではマナー違反っしょ?』
『この部屋が狭すぎてわしが入れんのです。それよりもマロン様、人間どもに一応の楔を打ち込みましたぞ。ダンジョン攻略できぬ日を設けることで、こちらの戦力を整える猶予を得ました。ただ、勘の鋭い者達はすぐに、この楔が己を害する毒であると気付くでしょうな』
『どれくらい持ちそ?』
『あと二度ほどではないかと思いますな。その後は、ダンジョンの休日は撤廃されることでしょう』
『おっけ。十分でしょ。正面から行けば、この世界の人間も話聞いてくれるからねー。今はさ、あたしがファールディアから追っ払った連中がこっちに来てるでしょ』
『大勢おりますな』
『そいつらの受け入れ政策で、人間と違う連中でも話を聞いてもらいやすくなってっから。色々仕込みがいがあると思うよー』
『ふむ……。マロン様にしてはまだるっこしいやり方ですな。御身の力を使えば、一挙に世界を掌中に収めることもできましょうに』
『あのさー、この世界で三十年近く掛けて熟成させた遊び場を、一気に終わらせる奴がどこにいんのよ』
魔王マロングラーセは肩をすくめた。
『色々手を回してダメで、やっとあたしが手を下せる大義名分ができたところじゃん。あたしの権能は段取り。手段が確立すればあらゆる場所に入り込み、あたしのやり方をねじ込める』
『なんとも……。居並ぶ魔王の中でも最高格の武力を持つマロン様の権能がそれとは……。常々、才能があっても向いていないことはあるのですなあ』
『あ? なんだって?』
『なんでもございませんぞ』
ファールディアの人間社会は自壊したと伝えられている。
実際は、マロングラーセが人間社会に入り込み、そこで組織した政治団体が世情をコントロールしたのである。
魔王と戦うという意思は一つにしたまま、そのスタンスが噛み合わず、絶対に妥協できない二つのグループを作った。
彼らが相争い、お互いがお互いを論や武力で攻撃し、次第に街は荒廃していった。
人間社会は、最後の一人になるまで戦いを止めなかったのである。
それぞれの勢力は正義の名のもとに、その都市にあった娯楽とか安らぎと言ったものをどんどん破壊していった。
マロングラーセが立ち去ったそこは、最終的にはがらんどうになった建物以外何も残っていなかった。
そして残った一人は、マロングラーセが現れ、『いやー! サイッコーに受けた! あんがとねー』と労いつつ物理的に捻り潰したのだった。
『しっかし……この世界は娯楽っつーの? めちゃくちゃ多いし、娯楽が力を持ってるし……。あたしへのカウンターだねこりゃ』
『規制すればよろしいでしょう』
『やったっつーの。この国の、迷宮省? ってのを、不満を持つ人間の夢枕に立ってね、神様っぽくお告げしたんだって。いやー、組織を乗っ取るところまで行ったんだけどなあ。理由が分からん力で粉砕されたわ』
たはは、と笑う魔王だった。
『だからさ、じい。この世界は手強いよ。超面白い。一応、あたしの方ではね、各国のダンジョン配信反対派をちょっと動かして、政治に働きかけをさせてみっから』
『またもマロン様は遠回りな手段を……。御身の力で一蹴すればいいでしょうに』
『分かってねーなー! こういうのが面白いんだっつーの! あたし、同士討ちで滅びていく種族を見るのが好きなんだから!』
魔将が現れるまでの間、ゴボウアースを攻撃する手段は全て同世界から調達した人間で賄った。
モンスターだけは輸出したものの、こんなものはファールディアに幾らでもいる。
できるだけ現地の素材で現地をずたずたにする、というのが魔王の課したゲーム的縛りだった。
だが、それをゴボウアースは粉砕したのである。
『あたしはもう一敗してっからねー。なんか魔将がさ、あたしの気持ちを忖度? して勝手に動いて勝手に死んだし、大魔将のおっさんたちも気がついたら死んでたけどさ』
ここで立ち上がった魔王は、カップうどんを買い、お湯を入れて戻ってきた。
『超面白いわ、この世界。あたし結構好きかもしんない。これはもう、あたしの手で破壊するしかないっしょ』
ニコニコ笑いながら、彼女は動画視聴に戻ることにする。
そして、頭上から覗いているジーヤをしっしっ、と手で追い払う仕草をする。
それだけで、ジーヤはこの空間から強制的に退去させられた。
残るのは魔王のみ。
『おほー、これが地のおっさんが仕掛けたグレートスタンピードねえ。勝利確定の歌声? なんだこれ。あひー!? なんか聞いてると体がビリビリしてくるんだけど! ははーん、これ、あの時に聞いた歌とおんなじ奴が歌ってんのねえ』
五分が経過し、カップうどんが食べごろになった。
彼女はこれをずるずると啜りながら、次々に動画をチェックした。
『きら星はづき。やっぱ、こいつが一番やべー感じね。色々巻き込んで倒さねーと。でもなー……。なんかあたしの魔王の勘が、こいつにはあたしの好きな段取りが全部通じないって言ってるんだよなあ……。なんでかなあ……』
カップうどんと汁が空になった頃合いで、魔王は帰ることにした。
当面の課題は分かった。
どうも、この国はちょっと攻めづらいらしい。
『周りからやってくかなー。このインターネット? っていうやつを制限してる国はめっちゃ御しやすいし? そういうとこから支配してくかあ』
GW真っ只中。
人で賑わう街の中に、魔王は繰り出していった。
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