第259話 新しいマネージャーは娘さん!!伝説
「鉄は熱いうちに打てということわざがあってね」
「ドワーフのようだな……。我々エルフは金属を使わない。火は森を焼いてしまうからだ。私たちが使うのは樹木と獣の骨、そして石だな」
「なるほどお。ちなみに鉄は熱いうちに打ての意味はですねえ」
カナンさんに言いたいのは、デビューイベントが近いよというお話なのだ。
昨日の水着配信が大盛況だった。
これで、カナンさんとファティマさんは世間に大きく認知されたことだろう。
兄の狙い通りらしい。
やり手だ。
で、昨日の水着ダンジョン配信、アーカイブは四時間もあるのに一日で再生数が百万を超えました。
なんたること。
『時は来た。それだけだ』
兄はそう宣言し、デビューイベントを前倒しにしたのだった。
なお、準備は猛烈な勢いで進んでいたらしく、ギリギリ間に合うとのこと。
「なるほど。果実の熟したるは瞬きほどの間、と言うものね。何事にも、一番適した時期はあるものだわ」
納得し、頷くカナンさんなのだった。
ちなみに今日は、彼女が駅に迎えに行きたい人がいるということで。
一緒にお出かけしたらなんか駅の辺りで、真夏だというのに耳まで隠れる大きな帽子を被った女の子がキョロキョロしているではないか。
暑くないのかなー。
あ、なんか風の精霊みたいなのが帽子の間から出てきては、涼しい風を送り込んでいる。
ということはあの子、異世界の魔法が使える?
「ルンテ!」
カナンさんが声を発して、大きく手を振った。
すると大きい帽子の女の子が、パッと表情を明るくして手を振り返す。
「ママ!」
ママ!?
私はギョッとして、カナンさんと帽子の女の子、ルンテさんを交互に見た。
そうだった。
カナンさん、旦那さんとお子さんいるんだった。
エルフはいつまでも夫婦関係を続けないので、子どもが生まれた時点で関係を解消する。
子どもはエルフの集団が親となって育てると。
それでも、生みの親は特別なのだ。
精霊に対する適性が似通っているので、生みの親が魔法の師匠になるのが一番いいからなんだって。
「ママ、こちらがもしかして」
「そう。私を色々お世話してくれているハヅキ。ハヅキ。娘のルンテよ。よろしくね」
「あ、は、はいよろしく~」
ルンテさんと握手した。
指先ほっそりしててひんやり~。
なるほど、カナンさんに似ている。
二人が並ぶと、姉妹にしか見えない。
カナンさんが気が強い感じで、ルンテさんはおっとりして優しげだ。
「実はあたし、イカルガエンターテイメントに就職しまして」
「なんですって」
私とカナンさんで大いに驚く。
エルフが就職!
「あたしが、ママとファティマさんのマネージャーを担当します。よろしくお願いします」
深々と頭を下げてきた。
おおーっ!
これまでの期間、マネージャー業についてみっちり教わっていたらしい。
エルフの人は大変頭が良いので、短期間の学習で頭脳労働はすぐマスターする。
すでに社会のあちこちにエルフは溶け込んだりしてるんだよなあ。
「ではカナンさんのお嬢さんのために、私がこの辺りで一番美味しいラーメンをごちそうしましょう」
「ルンテ、気をつけるのよ。ハヅキのお勧めは胃にドシンと来る」
「大丈夫だよママ。あたしまだ若いから」
ということで、美味しい醤油豚骨を食べました。
カナンさんは完全に分かっているので、魚介スープのラーメンをレディスサイズで食べている。
「ううっ、ドシンと来たあ」
ルンテさんがよろよろと店を出た。
食べすぎたみたい。
近くの喫茶店に入って休む。
「ニッポンがね、エルフのためにアパートメントを丸ごと借り上げてくれて提供してくれたの。余裕が出たら家賃を払っていけばいいのね」
ルンテさんが色々説明してくれる。
異種族がたくさんやってきて、彼らはどうしてるんだろうと思ったらそんな事になってたのか。
カナンさんはずっと私の部屋でゴロゴロしてるから、こんな感じが標準なんだろうなーと思っていたのだ。
特殊パターンだった。
「もちろん、あたしたちエルフは妙に人気らしくて、ホームステイしない? みたいな申し出がたくさんくるらしいんだけど……。基本的にそういうのは危険だからお断りしてるって」
「あー、ですよねー」
下心ありありの人は多いと思うし。
「それでね、あたしはママにデビューイベントの台本を持ってきたんだけど……」
「ほうほう」
「しかし、どうして私にルンテのことが知らされていなかったのだろう……」
「実は私もママがイカルガにいるって全然知らなくて。昨日の配信で初めて知って、娘なんですーって話をしたら社長もびっくりしてたの」
そんなことが!
ああ、でもエルフの人はみんなちょっと似てるように見えるし、誰々の娘さん?みたいな話題はしないからなあ。
「なるほどな。私も人間は似たような顔に見えるから、そういうものだろう。体型で見分けている。ハヅキは分かりやすいぞ」
「それはどうも……」
「冷房を効かせた部屋で寝る時、ちょっとひんやりしてるハヅキを抱き枕にするととても寝やすい」
「最近よく隣にカナンさんがいるなと思ったら私を抱き枕にしてたの!?」
今明らかになる意外な事実!
「ママは寝る時に抱きつき癖があるから……。じゃあ、台本読んでおいてね。あと、ママとハヅキさんのAフォンに私のアドレス送ったから。これでザッコで会議しましょ。それじゃあ、お腹も軽くなったのでこれで……」
もう消化した!
若いなあー。
去っていくルンテさんを見送る私なのだった。
「あの胃腸が羨ましい」
「主にラーメン方面で羨ましがるんだ」
「ああ。ところで私はコーヒーゼリーを追加注文しようと思うが、ハヅキは?」
「じゃあ私、コーラフロート!」
私たちはちょっとだけ喫茶店に長居することになるのだった。
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