第33話 伝授、ダンジョンASMR伝説

 ダンジョンハザード発生!

 緊急って感じのニュースが駆け抜けていった朝。


『はづきさん、コラボしましょう!!』


 私にも緊急事態が訪れていた!

 コラボ!!

 かなり慣れてきたけれども、今でもこの単語を見るたびに全身に緊張が走る……!


 しかも相手は……。

 熾天使バトラさん!!

 女性配信者団体、ジェーン・ドゥのトップ配信者をしている人だ。


「な、なんで私に……!?」


 ザッコ(ザットコード)を使って、やり取りをすることになる。


『あなたにはASMRの才能があるわ』


「ひい、生まれて初めて聞く褒め方!」


 バトラさんとはこの間、チャラウェイさんの復活雑談配信でお会いして、むこうからザッコで友達の申請があったのだ。

 私から申請なんて恐れ多くてできないからね……!

 ひたすら受け身です……!!


 で、当然のごとく私は押し切られた。


「お、お前らー! こんきらー!!」


※『こんきらー』『こんきらー』『今日も切羽詰まってるな』『常に何かに追われている』


「ううう、うるさいぞ!」


※『今回はマジで切羽詰まってるぞ』『どうしたどうした』『私たち集合知に任せろー!』


 お、お、お前らー!

 いつもは煽ってくるけど、いざとなると頼りになる奴らだなあ……。


「実はみんな……。またコラボをすることになったんだけど」


※『はづきっち本当に人気だなあ……』『あれ? 普段は斑鳩……マネさんが管理してるんじゃないの?』


「うん、お兄ちゃんのチェックが入るはずなんだけど、バトラさんとは直接ザッコで繋がってて」


※『お兄ちゃん!!』『はづきっちのお兄ちゃん呼び!』『高火力!』『お姉ちゃんって呼ばれたい!』


 チャットの流れが加速した!!

 なんて欲望に忠実な奴らなんだ……。


※『はづきっち、マネさんに連絡しよう』『怒ると絶対怖いタイプだから』


「お兄ちゃん、ぶっきらぼうだけど私に本気で怒ったことはないなあ……」


※『あっ』『あっ』『察し』


「何が!?」


※『一応連絡しよう』『心配かけたらあかん』斑鳩『把握した』『おったわ』『斑鳩もよう見とる』『って、いたあああああああ』『斑鳩だあああああああ』


 またチャットが加速してる!

 あーっ、兄のコメントが流されていった!

 だけど、把握したとだけ書いて、後は何もなかったから……。


 これはコラボしてもいいよって言うことかな?


※斑鳩『先方とは今から連絡を取る。問題ない』


「ほんと!? ありがとうお兄ちゃん! んじゃ、コラボしまーす。なんかね、私にASMRを伝授してくれるらしいんだけど……」


※『ガタッ』『ざわざわ』『ざわ……』『はづきっちのASMR……!?』おこのみ『来ましたわー!!』おこのみ『推して良かった!』おこのみ『楽しみすぎて昼しか眠れない』


 落ち着け、おこのみ!!

 タイプめっちゃ早いな!


※たこやき『楽しみ。お待ちしてます』もんじゃ『喉を大事にな……』


 始まりの三人からも声援をもらっちゃったし、これはやる流れだなあ。


「よし、みんなありがとう! じゃあ、やります!」


 チャット欄が歓声で溢れた。

 それほどのものか、ASMR。


 でも確かに、耳元で囁かれたら脳が溶けたもんなあ……。


 こうして。

 バトラさんとのコラボのための準備期間に入った。


『ダンジョンハザードが発生しています! 連鎖的に各地のダンジョンが飽和! モンスターが溢れ出しています! ライブダンジョングループは西東京地区の鎮圧に乗り出し……』


「た、大変なことになってるなあ……!」


「なっているわねえ」


 車の中。

 バトラさんにスタジオまで案内してもらいつつ、流れてくるラジオを聞く。


「私たち、配信者ですけどいいんですか?」


「この案件はライブダンジョンが受注したもの。今頃、大々的なイベントとして配信しているんじゃないかしら」


「そうなんですねえ……」


 生返事しつつ、私バトラさん運転うめー、なんて思っていた。

 兄よりもずーっと上手い。


「良心があるというのは大事よ。全て承認欲求に呑まれてしまったら、わざとダンジョンハザードを起こしたりするようになるもの。私たち配信者って、つまり必要悪なの」


「必要悪!」


 なんか深い話始まったぞ!


「そう。だって、私たちはこの世界に住む人たちの命を預かっているのだから。本来なら娯楽じゃなくて、もうちょっと厳かな仕事であるべきじゃない? でも、ワタシたちもリスナーもみんな、自分の命が掛かったこれを娯楽として享受して、チャットで盛り上がったりスパチャ投げたり、ダンジョンでライブしたりしてるでしょ?」


「はあ」


「飽きられちゃうと、効果がなくっちゃうから仕方ないのよ。だから飽きさせないように色々なイベントをやるし、そこでお金だって動く。まともな人なら、とてもこの仕事を続けていけないわ」


「えっ!? つまり私はまともではない!!」


 ショックを受ける私なのだ!!

 ガーン!!

 薄々思ってたけど、やっぱりかあ。

 そうかあ。

 ガーンだな。


「ぷぷっ! あははははは! いいのいいの! それなら私もまともじゃないもの! みんなそう。そのまともじゃないのを楽しく続けられる人にしか、世界は救えないわけ。崇高な気持ちなんかいらないの!」


 そこまで話してから、バトラさんは「あー、スッキリしたー」とか呟くのだった。

 どうやら事務所だと、こういうシリアスな話をするのは禁止されてるらしい。


 なぜ私に……?


「はづきさん、すぐ忘れちゃいそうな気がしたから」


「鋭い……」


 既に聞いた内容の半分以上忘れた。

 バトラさんの車の助手席で、脳を溶かす声をずっと聞いてるから、私の脳はもう半分くらい溶けてて記憶できないに決まってるのだ。

 あと、緊張で半分は頭に残らない。


 つまり、全部覚えてない!


「ということで!」


 到着したのは、貸しスタジオ。

 冒険配信者専用のちょっとマニアックなスタジオらしくて、ダンジョンの中を再現してある……とか。


「ダンジョンの音響をね、こうやって再現してて。ここに、ASMR用マイクをどーん!」


「人の頭の形のマイク!! こ、これをダンジョンの中で!?」


「ええ。Aフォンと一体になれるから、飛んでついてくるけど」


「人の頭の形のマイクが空を飛ぶんですか!?」


 ホラーじゃん!


「ということで、ASMRを教えていくわね! うはー、テンション上がるわ!」


「お、お手柔らかに……!」


 こうして私は、ASMRのいろはを叩き込まれるのだった……!


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