第269話 参加せよ、コミックイベント伝説

「魔将が迫りつつあるこんな時にコミックイベントを開催するなんて……」


 ぼたんちゃんが私の横で、さも問題だ!

 という感じで呟いた。


「日常は続けなきゃでしょ。カナンさんも言ってたけど、娯楽とか日常とかを続けられなくなったところから魔王に征服されていったって。楽しいこととか美味しいものとかがあるのは大切なんだよー」


「はづきちゃんがそう言うならそうなんだろうね……!」


 この娘、私の言うことをすぐ肯定してくるなあ!


「それにぼたんちゃんだって、チケットを買って並んでるんでしょ」


 私たちは日傘を差し、コミックイベントの午前入場の列に並んでいる。

 駐車場を利用して設けられた待機スペースなんだけど、ここを蛇行するようにグニャグニャどこまでも伸びる列。


「アーリーチケットじゃなかったのはどうして?」


「そこまで同人誌に情熱は燃やしてないし。あとは、はづきちゃんが午前チケットを買ったと聞いたから」


「あー、待ち合わせは一緒にいると、ちょっと退屈しないもんね」


「そ、そうそう」


 ぼたんちゃんが笑う。

 何か誤魔化されたような……。


「列動きまーす!」


「あっ、動き出した」


 炎天下の駐車場を、ぞろぞろと人の波が動いていく。

 コミックイベントはこの、外の待機が一番過酷なのだ!


 去年は配信で忙しくて参加できなかったから、今年こそはと買ったチケット。

 五年前くらいからダンジョン発生が激しくなり、イベントはしばらくやれなくなっていたのだ。

 で、人が密集しすぎるとダンジョンが発生する可能性があるということで、コミックイベントはチケット制になった。


 むしろ楽になった感じがあるなあー。

 中に入ったら地獄だと思うけど。


 私は一日目と二日目の両方に参加するつもり。

 一日目でインフェルノと再会して、二日目で私の同人誌を買い漁る。

 イカルガは許可を出した配信者なら、二次創作してもOKなのだ。


 で、私はオールオッケー。

 世の中は割と私の同人誌に溢れている……。

 半分くらいはいかがわしい同人誌。


 まだ18歳になっていない私は買えないのだが……。

 明日は、買うための心強い仲間としてビクトリアを連れてくる!

 それに、明日のチケットはアーリーチケット。

 真っ先に入れるのだ!


 私はあくまで、えっちな本を配っているところに紛れ込んでしまっただけ……。

 これはたまたま遭遇しただけなのだよ……。

 ということで。


「会場が見えて参りました。ぼたんちゃんは何を買うの?」


「イカルガオンリー本。なぜかはづきちゃんの本は二日目だし年齢制限ついてるんだけど。けしからん……」


「ハハハ」


 私は笑って誤魔化した。

 センシティブな本多いですからね……!

 女性ファンからはそういう本を取り締まってくれという投げ枕(コメント送付サービス)がわりと来るんだけど……。

 不思議と、センシティブな私同人誌の愛好者はアンチにならないのだ。


 本当に不思議だあ。

 こういうものに詳しい宇宙さんとたこやきが言うには、「賢者になれば様々な邪念雑念から解放されますからね」「はづきっちのエッチな本は多くの男たちを救済しているんだ」とか。

 賢者とは……? 本で救済……?


「また列動きまーす! ゆっくりゆっくり、前の人について進んでください!」


 列整理のボランティアの人大変だなあ。


「お、お疲れ様です」


「あっ! ありがとうございます!」


 ねぎらいの言葉をかけたら、チャラウェイさんのコスプレをしたボランティアの人がなんか嬉しそうに会釈してきた。

 うんうん、カラッと晴れた空の下の誘導、夏場は特に大変だと思う。

 体に気をつけて頑張ってほしい……。


 こうして、国際展示場に近づいていく私たち。

 途中で、コミックイベントが始まったらしく、みんながうわーっと拍手した。


 始まる時も終わる時も、拍手をする習わしなんだよね。

 和やかで、陽の気に満ち溢れている……。


 とても、明後日くらいに戦場になるとは思えない。

 迷宮省としても、コミックイベントをギリギリまできちんと開催させることで、この地に人のエネルギーみたいなのを満ちさせるつもりらしい。

 それに、イベントがしっかり終わって注目を集めてからの配信なら、同接数を稼げるかもだし。


 ギリギリイベントの日を避けてくれる辺り、魔将も優しいのかも知れない……。


 おっと!

 入場です!


 私とぼたんちゃんは、ようやく屋内に入れた。

 私たちはコスプレ広場に行って、そこから会場入りです。


「カメラよーし」


「はづきちゃん本格的なカメラを!!」


「そりゃあもう、稼ぎをつぎこんで。私たちのコスプレしてる人の写真を撮るんですよー」


「な、なるほど……。私も実は」


「あっ、超高画質の新しいスマホ!」


 ということで、私たちでコスプレ広場を回る。

 なお、こっちも着替えているよ!


 わざと偽物風になるように、ピンクのウィッグを被ってピンクのジャージを着て、ゴボウそっくりな棒を腰にくっつけて。

 ぼたんちゃんはあの着物風の衣装は再現しようとするとめちゃくちゃお金がかかるらしく。


「今回は無難にその美少女プラモは恋をする、の天空寺びぷらちゃんのコスプレを……」


 アニメキャラ美少女のコスをさらっと着こなして見せるぼたんちゃん!

 かっこいいー!

 つけ毛で髪の毛のインナーカラーを再現して、衣装は露出度のそこそこあるサイバーな鎧みたいな……。

 あの、結構コストかけてません?


「実はオタクくんに造形師さんがいてね。厚意で作ってくれたの。後で自撮りを公開して、『オタクくんたちこういうの好きなんでしょ?』ってやらないと」


「サービス精神旺盛~!」


 こうして二人で並んで、コスプレ広場を練り歩く。

 私のコスプレはごく簡単なやつなんだけど、ぼたんちゃんと一緒で妙に声を掛けられ、写真を撮られた。


「あのっ、きら星はづきちゃんのと天空寺びぷらちゃんのコスプレですよね!? 撮影いいですか?」


「あ、は、は、はいどうぞ~」


「ひえー、声まではづきっちみたいだあ」


 本人です。


 撮影される。

 そして私もまた、自分のコスプレをしてる人を発見すると……。


「あ、あのう、一枚いいですか」


「どうぞ~! あ、あなたのコスプレもそっくり! シンプルイズベストだねー」


「ども、ども……あの、ちょっと胸を張ったポーズで」


「はづきちゃん、自分のコスプレイヤーにセンシティブポーズ取らせてる」


 自分でやっても何も面白くないからね!

 その後、撮ったり撮られたりしつつ、私のカメラには大量の画像データが溜まった。


 いつの間にか、私たちと行動をともにしているカメラを持った男の人がいる。


「ほんとはづきっち大好きなんですねえ。俺も古参のお前らで、最初期から見てるんですよ。最初はセンシティブなだけだと思ったんですけど、センシティブはそのままにどんどんヒロイックになっていって、ご存知なかった奴らもどんどんご存知になるんで……」


 なんか遠い目をしてる。


「そうなんですねえー。は、はづきちゃんそんなに好きなんですか?」


 私はちょっと緊張しながら話を続ける。

 ぼたんちゃんは警戒態勢で、いつでも私とその男の人の間に割って入れるような……。

 いやいや、ぼたんちゃんの姿のほうがセクシーで撮影されそうだけど。


「好きを超えて、もう人生ですね……。彼女を通じてたくさんの同好の士とも出会えましたし、実はずっと無職だったんですが、頑張ってるはづきっちに申し訳ないなと思ってバイトを始めたんです」


「おおー!」


 私を通じて人生が変わる人たちが!

 感慨深いなあ。


「でも、これからも彼女のセンシティブを追い求めますよ! 俺の生きがいですからね! それじゃあ、俺はまたたくさん撮影します! どこかの配信のコメント欄でまた会いましょう!」


「どうもー!」


 去っていった。

 なんか紳士的な人だなあ。

 身につけてるシャツに広島VS大阪とか書かれてる。

 お好み焼きのことかな?



 

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