第441話 メイン盾来た伝説

「オー」


 ヒョロっとした白人の青年が、白と緑の全身タイツ姿で肩をすくめていた。


「ヒーロー活動だから良かったけど、これが仕事ならクレイジーだったね! HAHAHAHAHA!」


 大変陽気だ。時差なんてなんのその。

 そして緑色のバイザー付きヘルメットをかぶる。

 緑と白のマントがはためいた。


 彼の名はキャプテン・カイワレ。


 始まる前から勇者パーティに内定していた男。

 そしてパーティメンバーの中で、唯一登録者数が十万人にちょっと足りてない男。

 いや、登録者数だけの話をするならダントツで低い。


 彼がこれまで挙げてきた成果からすると、信じられないほど低いのだ。

 というのも、彼はコミックに登場するヒーロのアクションを生身で体現しようと、ヒョロっとした姿で動き回り、大仰なアクションをして叫ぶ。


 共感性羞恥のあまり、彼をフォローできないリスナーがたくさんいるのだ!


「……本当に彼が私たちのタンクなわけ?」


 現勇者パーティのアタッカーであるタリサが、カイワレを見て首を傾げた。


「何かにあたったらポキっと折れちゃいそうじゃない?」


「なんていうかね、良く分からない頑丈さがある人なの。はづきっちのアーカイブ見たら分かるけど」


「ああ、それね」


 タリサが笑った。


「タリサはね、ちょっとみて参考にするけど、これはダメだーって思った人はすぐやめるし忘れちゃうから」


 タイムイズマネー、と指で形を作るタリサ。


「大した自信ね! でもタリサ、覚えておいた方がいいわ!」


 ここに口出ししてきたのはシェリー。

 イギリスでもトップクラスの配信者だ。


「たまにいるのよ。登録者数や配信スタイルと無関係に異常に強いのが」


「なあにそれ? 数が全てでしょ。そんなのいるわけないない」


 アフリカトップ配信者であるタリサからすると、ナンセンスな話だ。

 彼らはバスに乗り、現場へ急行している。


 モリトンとゼルガーのコンビは、バスを追いかけて後ろから走ってきているところだ。


 なので、車内にいるのはあと二人。


「若いねー。争え争えガキ~」


 ニコニコしているのは黒胡椒スパイスちゃん。

 中身がおじさんなので、この中では最年長。

 ガキ~っていうのはどうなんですかね!


 で、残る一人はずっとモノローグしてた私!

 きら星はづきです!


 いやあ、カイワレからアメリカ土産のスナックもらっちゃって。

 濃厚なチーズ味にはちみつのフレーバーが掛かったこれが美味しい美味しい。

 ずっと無言で食べちゃった。


「いいねいいね! 最初のヒーローチームはこうやって不仲なものさ! だけど、戦いを通じて友情を育めばいい! 時にぶつかり合い、理解し合って高め合う! グーッド!」


 カイワレがずっとテンション高いなー。

 いつも元気だなー。


 タリサは彼を見て呆れているみたい。

 そりゃあ外見からじゃ強さが分からないからねー。


 さて、現地に到着。

 丸ごとダンジョンになったバーガーショップだ。


「一瞬でしょ。タリサが行くから!」


 ここでタリサちゃんがスタンドプレーだ!

 彼女が開いているコメント欄から、歓声が上がっている。

 おらが里のヒロインの大活躍を期待してるわけね。


 なるほどー。


 だけど、ダンジョンというのはどうなるか分からないわけで。


 バーガーショップに飛び込んだタリサが、大きく広がった店内を縦横無尽に駆け回りながら、出現するモンスターを撃ち倒して行く。

 ミリタリーと呪術の組み合わせで、人間には不可能な動きとパワーを発揮し、時にモンスターを蹴り倒し、壁を走り、天井を蹴って頭上から襲い……。

 モンスターは全然ついてこれない!

 これは楽勝ムード……と思われたその時。


『フレッシュミート! チョップミート、ホットプレート、バーンバーンバーン! ビーフパティ~!!』


 なんか叫びながら、真っ黒で平たいモンスター出現!

 こ、これは、肉切り包丁を持った超大型ビーフパティだ!


 おいしそー。

 そっか、ダンジョン化したのは炭火焼パティで有名なバーガーエンペラーだったもんね。

 あそこの大型ハンバーガーは凄くうまい。


「はづきさん、よだれ、よだれ」


「はっ」


 そこへモリトンとゼルガーが追いついてきた。

 勢揃いだけど、この感じだとタリサ一人でダンジョン制圧できるかなー?


「ははは、圧倒的ではないか我が軍はー」


 おっと、スパイスちゃんがフラグを!!

 そしたらタリサの放った弾丸が、ビーフパティにちくちくっと刺さって飲み込まれた。

 あー、通常攻撃が通用しないタイプですねー!


「何こいつ!? でもバラバラになるまで撃ちまくれば!」


 精霊をまとって跳び回り、あらゆる方向からビーフパティを撃つタリサ!

 だけど全然弾丸が通じない。

 ビーフ100%でこんがり焼かれたパティは、みっしりとした肉質と食べごたえで弾丸を受け付けないのだ。


 で、ビーフパティはずっとタリサを観察してたみたい。

 彼女が着地したところに、肉切り包丁を振り下ろしてきた。


『フレッシュ! 100%ビーフミート!!』


 面白い外見なのに的確な攻撃!


「あっ、まず……」


 精霊の力が切れたところで、しかも着地際。

 回避の手段なし。

 タリサ、絶体絶命!


 だけど!


「HAHAHAHAHA! こんなこともあろうかとー!」


 肉切り包丁の前に、緑色の人がボヨーンと飛び出してきた!

 靴の裏からバネが飛び出ている。

 これこそ、キャプテン・カイワレのために開発された新装備!

 ホッピングブーツ!


 一瞬だけバネがボヨーンと出て、超加速して敵の攻撃に割り込むのだ!

 この時に凄いGが掛かるから、普通の配信者だと戦闘不能になるらしいけど、カイワレだからセーフ。


 肉切り包丁がカイワレに当たり、ばいーんと跳ね返された。


『ビーフパティーッ!?』


「ウグワーッ!」


 それはそれとして、ウェイトの足りないカイワレが吹っ飛んでいく。

 で、すぐに吹っ飛んだ先でむくっと起き上がった。


「オーケー! 二回戦と行こうじゃないか! ファイッ!」


 うんうん、圧倒的ノーダメ。

 またボヨーンと飛び込んでくる。


『ヌオオオーッ!!』


「ウグワーッ!! 三回戦だ! レッツファイッ!!」


 タリサがこれを呆然として見つめていた。


「な、何、この人……!? 攻撃に自分から突っ込んでいってふっ飛ばされて、無傷ですぐに戦線復帰してきてまたふっ飛ばされる……」


「いや、肉切り包丁がだんだん欠けていってる」


 ゼルガーとともに入ってきたモリトンが冷静に告げた。

 なんかコメント欄では、※『物理無効の敵には攻撃無効のカイワレをぶつけるんだよぉー!』『完全上位互換で草』『相手の心が折れるまで突撃するぞこいつw』とか流れてる。


「ま、こいつはカイワレに任せておけばいいでしょ。力を使い切って自壊するわよ。そーれ、眷属たちおいでー!!」


 シェリーがたくさんのゴブリンを召喚した。

 これで、一気にダンジョンを踏破するつもりなのだ。


「デカいのが出てきたら、ユーシャ、任せるからね」


「はいっ!」


「今回スパイスは見学かなー。あ、怪我したら回復できるけど……。カイワレはいらなそうだなあー。あのもやしボーイつよーい」


 うんうん、常軌を逸した頑丈さと絶対に折れないハート。

 そこに、ついに一瞬で戦線復帰する機動力を手に入れたのだ。


 カイワレ、完成!

 完成早いなー!

 ピースが一個足されただけじゃん!


 私は最後のスナックを食べ終わったあと、ハンカチで指先と口元を拭いた。


「ってことでタリサちゃん」


「はづき?」


「勇者パーティはそう言う感じでメンバーを揃えてるから、バンバン頼っちゃってね」


「わ、わ、分かった!」


 素直でよろしい。

 そんな私たちの前で、カイワレに何十回目かの攻撃をした肉切り包丁がポキーンと折れ、吹っ飛んだ刃でビーフパティは真っ二つになってしまったのだった。


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