第440話 魔王様バイト中伝説

『バーガーエンペラーをご利用の皆さん、こんにちは! きら星はづきです。私のニューシングル『ゴボウ、宇宙(そら)を切り裂いて』は聞いていただけましたか? まさか三曲も出すことになるなんてなあ……はぁ~』


 店内に、ただいま絶賛コラボ中の冒険配信者、きら星はづきの放送が流れる。

 いつもの配信とは違って、慣れた風にスラスラと言葉が出ているから、台本を読み込んできたんだなとよく分かる。



 きら星はづきリスナー、お前らの一人である彼女は微笑みながら頷く。


「すぐ分かっちゃうんだよねえー。はづきっちが演技してるなーっていうの」


 注文が入る。

 彼女はフライヤーの網に、ポテトやアップルパイを放り込む。

 ちょうど揚げ物が切れていたところだ。今注文したお客さんはラッキー。


 揚げたては美味しいもんね。


「なっち、今日もご機嫌じゃーん」


 横から声を掛けられて、なっちと呼ばれたリスナーの少女は振り返る。

 そこには、同じクルーの衣装を着た女の子がいた。

 明るい髪のギャルっぽい娘だけど、仕事熱心だし、どんなお客にも笑顔で接するし、凄いと思っている。


「まーね。はづきっちの放送始まったでしょ。私、はづきっちの大ファンだから」


「あー、なっちも? あたしもこのコ好きー」


「そうなんだ!? 配信見てたりする?」


「見てる見てる……と、リーダーがこっち見てるから黙るねー」


「ほいほい」


 近くにお前ら仲間がいた!

 なっちはちょっと嬉しくなって、いつもより手際よくポテトを準備する。


 お得なセットだから、Sサイズ。

 カリカリに上がったフライドポテトに塩を振り……。

 はい、おまたせ!

 クルーの一人がそれを手にして、トレーの上に配置する。


 受け取ったお客さんが、「はづきっちの新曲超いいよね」「だよな。俺超アガるー」とか言いながら席に向かっていった。

 あちこちにお前らがいる!

 なんかいいよね、こういうの。


 なっちはマスクの下で微笑みを浮かべる。


 一通りお客さんがはけて、ちょっとの間の暇が訪れた。

 休憩がもらえたので、なっちはバックヤードに引っ込む。

 そうしたら彼女がいた。


「やっほ、おつ~」


「おつでーす。さっきの話の続きいい?」


「もちろん」


 ギャルっぽい彼女が笑顔で頷く。


「私ってさ、去年くらいからはづきっち追っかけてて。なんかね、勇気をもらえるっていうか、困った時、彼女が助けに来てくれるーって思えてさ」


「うんうん、不思議なパワーあるよね、はづきっち」


 彼女が相槌を打った。

 店内からは、またはづきっちの放送が流れ始めている。


 よそ行きの声だ。

 面白い。

 でも、ああいうお芝居しているはづきっちも好きかも知れない。


「私さー、バイトで学費溜めて大学目指してるんだけど」


「そうなんだー。すごくね?」


「ううん、ぜんぜん! 学校とかダメでさあ、不登校になってさ、でも家の中ずっといると腐っちゃうでしょ。だから人に慣れようって思ってバイト来て。死ぬかと思ったけど、でも家帰ったらはづきっちの配信あるでしょ」


「あーあー、分かるー。不可能を可能に変える? みたいな」


「そうそう! アーカイブでもそういうのずーっとやってきた人じゃん。イッコ上だって全然思えないくらい凄い人だし。尊敬してる。私の道はなんか、はづきっちが切り開いてくれてる気がしてるんだ」


「そっかー。あたしもそんな感じかなー。今まで退屈だったのがどんどん面白くなってきた? 的な?」


「そうなの!? どんななのー? あ、もちろん、話したくなければいいけど」


「えっへっへ、あたしはね、ずーっとゲームみたいなのしててね、勝ってばっかで退屈だったんだけど、はづきっちが出てきてからやっとね、歯ごたえが出てきてねえ」


「ふーん? よく分かんないけど、楽しくなったなら良かったじゃん」


「うんうん」


 彼女は頷く。

 そしてスマホを確認した後、彼女は立ち上がった。


「あ、んじゃまた仕事戻りまーす。あたし、こっから配達だから。お互いがんばろー」


 なっちは彼女に手を振った。


「ファイトー! えっと」


 名前がすぐに出てこない。

 彼女は笑いながら、教えてくれた。


「マロンだって」


「あ、そうだった! ごめーん! マロンがんば!」


「頑張る~! 今も絶賛頑張り中だから! 次は絶対勝つぞー! 勝ったらこの仕事もなくなっちゃうもんねー。なっちやみんなとも会えなくなるかも? あー、儚ねー」


 テンション高く、彼女は去っていった。

 ちょこちょこ、話している内容が分からなくなる。

 だけど、多分いい子だとなっちは思うのだ。


 だって、あんなに話を聞いてくれて、心から共感してくれる人っていない。

 あれが友達というやつなのかも知れない。


「ほんじゃ、配達行ってきます! えーと、富士見町二十丁目……ちょっち遠いけど、直帰すっからいっかあ。じゃあねバーガーエンペラー、割と楽しかった!』


 マロンの声が遠ざかった後。

 なっちは戸惑う。


「あれ? なんか、店が変……っていうか……。どんどん店が広がって、大きくなって、放送が聞こえなくなって……あれ? あれ……?」


 その日、とある街のバーガーショップ、バーガーエンペラーはダンジョンに飲み込まれた。

 そして、勇者パーティ最初の攻略目標となるのである。






 同日同時刻。

 キャプテン・カイワレ日本到着。

 即座に作戦に組み込まれることになる。


「OH! ハードミッション! 二十時間フライトしてきたばっかりなんだけど!?」

 

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